第34話 収束と波紋

 リスタ先生が現れてからの事態の収束は早かった。

 彼女が手を指揮者のように軽く振るうと、フィルの表情から敵意と怒りが抜け落ちた。

 彼は、呆然と宙を見つめていたが、すぐに自分のやったことに気が付いたのか顔を青くし、罪悪感に満ちた表情を向けてきた。


 この変わりよう、リスタ先生が手を加えたというよりは、憑き物を祓ったという方がしっくりくるな。


「フィルさん、私の生徒が迷惑をお掛けしました」

「え、いや……何故私はこんな……丸腰の相手に一方的に力を振るうなんて……」


 自分で自分が信じられないといった様子のフィルを、リスタ先生はもう見ていなかった。

 謝罪はした。だからこの件は終わりだと言わんばかりに。


「さて、ジルさん。ルミエさん。行きましょうか」

「え、ええと……? 何処にですか?」

「当然教室です。これから授業を行いますので」


 まさかの言葉に顔を見合わせる俺達。今日はもう授業は無いと聞いていたのに。


「通常のクラスの話です。貴方達にはそのような暇は不要でしょう。貴方達、そしてここにいない2人に関しても、この学院に来た目的は同じなのですから」

「同じ……」

「私達が……?」


 俺と同じなんて、そんな荒んでいるようには見えないけれど。

 しかし、授業に関しては教師に言われてしまえば従う他無い。

 昼飯は途中だったが、すぐに先生に付いていけるよう準備を整え始める。


「あの、先生」

「なんでしょうか、セレインさん」


 セレイン? 視線を向けると何故かわざわざセラがリスタ先生に話しかけていた。


「ジルは――いえ、あのお二人、それにレオンと名乗った彼はいったいどういう繋がりがあるのですか?」

「彼らは同じクラスメートです。そして私は彼らの担任ということになりますね」

「クラス……Aでも、Bでも、Cでも、Dでも無いのですよね……?」

「ええ」


 先生があっさりと頷いたことで、周囲があからさまにどよめく。

 この人、この場で言うつもりだ。クラスゼロのことを……!


「先せ――むぐっ」

「ジルさん。今はお口にチャックですよ」


 咄嗟に声をかけようとした俺の口を、指で挟むことで封じる先生。

 セラが一瞬驚いた後、なぜか剣呑とした怖い視線を向けてくる。何故……?


「彼らは特別なのです。良い意味でも、悪い意味でも」

「え?」

「彼らに求めるのは社会への貢献ではなく、一代で完結する、排他的で独善的な力」


 まるで一人一人が自分勝手な暴君みたいに言ってくれる。

 まあ、誰かに意志や力を継ぐ願望など持ってはいない。世界が平和になるに越したことはないが行動理念には根ざしていない。そんな俺に否定する由も無いか。


「彼らは世界を救う特効薬とも、逆に世界を壊す劇薬ともなりうる稀有な存在。私は彼らをクラスゼロとして育てる役目を負っています」

「クラス、ゼロ……」

「などと、格好付けて言ってみましたが、その実情はどのクラスにも悪影響を及ぼすからと弾きだされた落伍者の集いですが」

「ふぉい」


 口を塞がれつつもツッコまずにはいられない。そんな余計なことを言う必要は無いだろうに。

 お陰で、「つまり落ちこぼれってことかよ」などと冷たい視線を浴びることになってしまった。

 レオンが築いてくれた悪い印象がしっかりと働いたことも後押ししているかもしれない。


「私は、セレインさん、貴方もクラスゼロに加わるに相応しい存在だと考えています」

「……え?」


 リスタは俺達へと向けられる蔑みもどこ吹く風で、あろう事か王女殿下を勧誘し始めた。


「せ、先生。流石にそれは……!?」


 今正に落ちこぼれクラスと紹介したというのにそこに王女を誘うなど、落ちこぼれがお似合いだと言っているようなものじゃないか。

 心なしかでは済まないほどに周囲の視線がキツい。ダメ押しを加えたおかげで、改めてクラスぐるみで敵と認識されてしまったような気がする。何しに来たんだ、この人……。


「勘違いしないでください。個人の主張で簡単にクラス替えなどできませんし。あくまで、適性があるとお伝えしただけです」


 それがアウトなのだということに気が付いた上で言っているのか、本当に気が付いていないのか。どちらにしろたちが悪い。

 ああ、もう。セラもさっさと見切りをつけて怒るなり、去るなりしてくれないだろうか。これ以上悪化する前に。


「でも……そうですね。セレインさん、今日AからDクラスはもう予定もないわけですし、よければクラスゼロの授業を見ていかれませんか」

「私が、ジル達の……?」

「ええ。今日なら面白いものも見れるでしょう」


 面白いもの――なんて嫌な響きなんだ。

 出会ったばかりだがこんなに信頼できない人もいない。きっと碌でもないことに決まっている。

 セラも断るに決まっている。こんな訳の分からない――


「分かりました。是非、見学させてください」


 って、頷くのかよ!?


「なっ!? お、王女殿下!?」


 今度はフィルではない別の取り巻きが悲鳴のような声を上げる。フィル君は……ああ、暴走して魔法を使いそうになったことにショックをお受けになってますねぇ……。


「私は多くのことを学ぶためにこの学院に入りました。何か学べる機会があるならば断る理由もありません。そういうわけですから先生、よろしくお願いいたします」

「はい。歓迎しますよ、セレイン=バルティモアさん」


 セラの周囲に対する鋭い拒絶、そしてこれまた周囲を置き去りに話を進めていくことで誰も口を挟めなかった。

 当然クラスゼロの当事者であるルミエも、相変わらずリスタ先生の指で物理的に口を閉ざされた俺も含めて。


 そんなこんなで落伍者の集い、クラスゼロに初のゲストが加わった。

 なんともこういう展開になってしまうと、最初に教室でリスタ先生がセラのことを挙げた時から全て計画されていたのかと疑いたくなるが――


「ふふっ、よろしくお願いしますね、ジル?」


 周りに見えないように、そして聞こえないように。

 楽し気に微笑み囁くセラを見ると、なんというか収まるべくして収まった感じがしてしまうのだから不思議だ。

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