第33話 騒動はなお加熱する
レオンから向けられたピリピリとした殺気の方がまだマシと思えるくらい、貴族のご子息様方から向けられる視線はネバネバして気持ちが悪かった。
言葉にするのなら、嫉妬だろうか。自分たちの払えなかったレオンをどこぞの誰とも知らない奴が果たしてしまった。手柄を奪われたような気分になっているのだろうか。
面倒だなぁ。面倒を片付けた先に面倒が待っているとは。
とはいえ、今の相手はクラスメートで放置をしていたらこちらにも被害が及ぶレオンではなく、名も知らぬ貴族のお坊ちゃま連中だ。彼にまともに付き合う義理はないし、そちらの問題はそれこそそちらのクラス内で解決して欲しいところだが。
「王女殿下、彼が失礼をいたしました」
というわけで俺はさっさとこの場をエスケープするために最短の道を選ぶこととした。
流石にこの場で王女を無視するということはできず、俺は深く、深ーく頭を下げる。
「ジル……」
ポツリと俺の名を呟く王女様。
「いや俺の名前を知っているなんて不自然だろ」とツッコミそうになったが、そう言えばつい先ほどレオンが俺をフルネームで呼んでいたから、名前を知っていてもおかしくないのか。
いやぁ、その一瞬で俺のような庶民の名前を憶えてくださるなんて王女殿下は人が出来ているなぁ、アハハハハ。
セラは俺の名前を呟いただけで、それ以降言葉を続けてはくれない。
一言、「気にしていない、下がれ」とでも言ってくれれば諸手を振って帰れるのだけれど……まぁ、彼女の心情を思うとこの場で俺を逃がしたくないという気持ちは察せないこともない。
俺とて彼女とどんな距離を保てばいいのか測りかねている状況だし。
……まぁいい。ここで彼女が何も言わずとも勝手に納得して出ていってしまおう。そうしよう。
そんなわけで自分にとって都合よく次の行動を確定させたところで頭を上げると――丁度のタイミングで水が飛んできた。
咄嗟のことで躱す暇もなくあっさり顔面で受け止める。冷たい。
「……へ?」
「貴様、頭を下げれば済む問題だと思っているのか?」
そう、セラを囲んでいた生徒の1人が蔑む様に言った。その手には空になったグラスが握られていて、俺の顔が濡れたのも彼の仕業だというのは確実だ。
魔法に支配された世界とはいえ、こういう時の嫌がらせ行動は変わらないらしい。
「え……!? ちょっ、何をするんですか!?」
「君は黙っていろ。これは私達の問題……いや、君も彼らの仲間だったかな?」
咄嗟に抗議をしようと出てくるルミエを手で制する。
ついでに、口を挟もうとしたセラにも視線で大丈夫だと訴えかけた。
「落ち着け、ルミエ」
「でも……」
少年の出しゃばった行動に周囲、王女の取り巻き達も最初は驚いていたものの、しかしレオンから受けていたストレスが相当だったのか、すぐに楽し気な、嗜虐的な笑みを浮かべだした。どうやら俺は完全にストレス発散のターゲットにされたらしい。
「貴様ら、どこの組だ? 王女殿下に失礼を働いたんだ……相応の覚悟はできているんだろうな?」
組ってヤクザかよ……と口に出しても当然伝わらなさそうなので、頭の中だけで処理しておく。
「Bクラスじゃねぇぞ!」
「し、Cでもない!」
巻き添えは御免とばかりに食堂内の生徒達が訴えだした。
Aクラスには貴族の生徒が集まっている。そこのシンボルにもなるだろう、セレイン王女に無礼を働いた者がいるクラスなどと目を付けられたくはないだろう。勿論、クラスメートが王女に無礼を働いたというのも問題だ。
特に平民からしたら、この学院に入る目的の一つは貴族とパイプを手に入れることにあるだろうし。
また、もしも入学式で受けた実力順という話を鵜呑みにしていたとしてもやはり同じだろう。この学院では学年が変わる度にクラスの再編が行われる。
上を目指し上位クラスに入ることを想定すれば、彼らとの接点も増えるということになる。最初の最初から軋轢を生みたくないのは当然……というか、本当に別クラスなのだから、わざわざ泥を被るなんて間抜けがいる筈も無い。
「はっ、Dクラスか。通りで安っぽい顔をしていると思った」
彼らの間で笑いが生まれる。
典型的な平民見下し系の嫌な貴族といった感じに、ついこちらも笑ってしまいそうになるが、隣にいたルミエはそんな気分にもならないようで、悔しそうに肩を震わせていた。
「ちょ、ちょっと待て……じゃない、待ってください! Dクラスにもこんな奴らいませんよ!」
「はぁ……?」
少し出遅れて、Dクラスも俺達の存在を否定。それにはAクラスのお坊ちゃんも不審そうに顔を顰めた。
そりゃあそうだろう。全ての主張を信じるならば、彼らの所属するAクラスは勿論、他の3つのクラスにも俺達は存在しないこととなるのだから。
「まさか、我が身大事で私達を騙そうなどというのではないだろうな? この場には王女殿下もいらっしゃるということを忘れるな。嘘を吐くことは殿下を愚弄するということと知れ!」
「ほ、本当です! こいつらも、あのレオンって男も俺達は知らない!」
疑われたDクラスの生徒が必死に訴える。
それに対し、俺に水をかけ、率先して会話を回しているAクラスの男子生徒は忌々しげに舌打ちをした。
「まあいい……こいつらのクラスも、誰が嘘を吐いているかはすぐに分かる――この男を痛めつければな」
「っ!? フィルさん、何を!?」
「殿下。殿下に失礼を働いたこの男は、このフィル=マスカーニが罰を下しましょう……!」
フィルと名乗った男はそう高らかに宣言すると懐からワンドを抜き放った。
一見、物差し程度の長さの棒きれだが、歴とした魔法戦闘用に作られた魔法杖だ。ナイフなどと同様に懐に隠し持つことが多いが……まさかこんなものを隠し持っているとは。
入学式初日に武器を携帯するような指示はなかった。
だから殆どの生徒が自分の武器を所有していたとしても、自宅なり寮の自室なりに置いてきている。武器を持っていても無駄にかさばるだけだからな。
けれど、禁止されていたわけでもない。
だから彼がワンドを持っていても違反ではないが……まさか、こんな堂々と見せびらかしてくるなんて。
「やめろ、フィル!」
「おや? セイラス、君も見ていたのか。しかし無礼ではないかな? 子爵家の君が私を呼び捨てにするなど」
「この学院では貴族も平民も無いだろうが!」
「そんなこと、本当に鵜呑みにしているのか? 学院の中だろうと、外だろうと、私の中には伯爵の血が流れ、貴様の中には子爵の血が流れている。その事実に変わりはないだろうが」
止めに入るファクトに対し、フィルは一切怯むことなく言ってのける。ワンドをちらつかせ、牽制をしながら。
何だ、この妙な感じ。
レオンという暴風雨は去り、後は簡単な事後処理程度だった筈だ。
Aクラスの機嫌を損ねたにしてもこんな強行に及ぶほど、直情的で頭が弱いとは考えもしなかった。
「規律を締めるのならば最初に押さえつけるのが一番効率的だ。舐めさせたままでいては貴族の名折れだからなぁ!」
風の魔法。
咄嗟にルミエの腕を引き、俺の背中に隠す。
風は空気だ。空気は目には見えないが、魔法によって引き起こされた高密度の空気の塊は視認出来るほどの歪みを生み出す。
そして空気は時に鋭い刃物にもなれば、時に鉄をも砕くハンマーになる。
フィルの杖の先に発生した空気の歪みを見て、生徒たちが騒然とし始めた。
そりゃあそうだ。フィルは本気で、こんな人の集まっている場所で魔法をぶっ放そうというのだから。
「やめなさいっ、フィル=マスカーニ!」
「喰らえぇぇええっ!!」
もはや王女であるセラの制止も聞かず、フィルが力任せに杖を振るう。
その杖先から空気の塊が離れ、そして一直線に俺に向かってきて――
「やれやれ、血気盛んなのは良い事ですが、いささか度が過ぎますね」
しかし、俺に届く直前で空気の塊は突然消滅した。
パシュッというボールがパンクするような音と、そして無感情で機械的な声と共に。
「なっ……!?」
驚愕し、目を見開くフィル。何が起きたか分からないといった様子で困惑する周囲の生徒達。
そして、そんな彼らとは少し違う驚きを抱く俺とルミエ。
「ど、どうして貴方が……?」
「どうしてとは愚問ですね、ルミエさん。生徒を守るのも立派な教師の務めでしょう」
クラスゼロの担任教師、リスタ。
彼女が全くの気配を感じさせずにそこに居た。
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