第13話 セレイン
セレイン=バルティモアの設定は実にベタなものだった。
美人で、有能。生真面目で頑固なところがあり、自信家でもあるが、不測の事態に弱い。
普段気丈な分、落ち込んだときのギャップが魅力的で、主人公にデレた後はそりゃあもう、流石はメインヒロインと言える活躍(公私ともに)を見せるのだが。
しかし、このセレインにはそんな気丈さはなく、自信家というには言葉も態度も弱々しかった。
攫われたというこの状況では今の怯えた姿が相応しくはあるのだが……。
「いや、今はそんなこと呑気に考えてる場合じゃないな」
「え?」
「いや、なんでもない」
仮に彼女が他人の空似だとしても、今やるべきことは変わらない。ここから脱出する。
王女様だろうが、なかろうが、見捨てるなんて選択肢は無い。
「とにかくここから逃げないとヤバいってことは分かった、セラ」
「せら?」
「セレインってよか呼びやすいだろ?」
これは保険。
俺のような田舎者がセレインという名前を聞いてすぐに第三王女と結びつけるのが自然かどうか分からない。
もしもセレインとそのまま呼んでいたらどこかでボロを出してしまいそうでそれも怖いからだ。
だから、セラという一少女として接する。……まあ、にしたって最初から敬語で接しておけば良かったという後悔はあるが。
名前を聞いた後に変えてしまうと、王女と知って態度を変えたと思われかねないし……考えすぎだろうか。
「セラ……分かりました、ふふっ、なんだかこそばゆいですが」
妙な葛藤を頭の中でグルグルと回す俺の気も知らず、セラは控え目に笑った。何がツボにハマったのか分からないが好意的に受け取られたならそれはそれでいいか。
「よし、とりあえずここから出ないとな」
俺は半ば独り言のようにそう呟きつつ、腕を縛るロープを力任せに引きちぎった。互いに繋がれていたということもあり、同時にセラの拘束も解ける。
誘拐犯は焦っていたのか俺達を子どもと油断したのか、拘束が甘い。
「凄いです……!」
「どうも」
セラの感心したような視線を感じ、ほんの少し照れつつ短い返事を返す。
とはいえこんなの全く解決には至っていない。
「俺は何か使える物が無いか探す。セラ、誰か近づいてきそうな気配がしたら教えてくれ」
「け、気配とは……」
「……ドアに耳当ててりゃ足音くらい聞こえるだろ?」
「なるほどっ……あの、ジル?」
「何?」
「何も聞こえませんが……」
そりゃあ、聞こえたら近付いてきているということなのだから聞こえないのが普通だろう。
ドアが分厚く音を通さないとなれば話は別だが、見た感じ薄い普通の木造ドアだ。対し地面は足音を響かせる石造り。問題なく音を通してくれる筈。
「……聞こえたら教えてくれ」
「わ、分かりました……!」
妙に緊張した様子のセラに脱力しつつ、部屋の中を漁る。
俺達が捕らわれていたこの部屋はあまり使用されていない倉庫のようだった。無造作に積まれたガラクタから出るわ出るわ。
錆びた剣、先っぽだけの槍、腐ったリンゴ、半分から先が破れた本……見事にガラクタばかりが。
「随分と杜撰だな。ちゃんとした組織の仕業じゃないのか……?」
王立学院が卒業から入学の間の閑散期とはいえ、国営の学術機関だ。それなりのセキュリティも敷かれている筈。
そこから王女様を攫い出す程だから、それなりに大きな組織の仕業だと思っていたのだが。
「もしくは誰か組織外の協力者がいたか……」
「じ、ジル!」
「セラ?」
「あしっ、足音がっ!」
直後、勢いよくドアが開かれた。
廊下から松明に照らされた、大人の男の影が入り込んでくる。
「ん……?」
ドアの影に隠れる形となったセラはともかく、ドアの正面に位置する俺は、がっつり男と顔を合わせていた。
拘束を抜け出している、そう認識した男の口が開き出す。俺は咄嗟に地面を蹴り、男に迫ると、首越しに喉を手刀で突く。
「グエッ!?」
そして男の胸元を掴んで部屋に引き込むと、鳩尾を殴りつけ強制的に意識を奪った。
「閉めろっ」
「は、はいっ!」
放心していたセラだが、俺の声を受けて開けっ放しの戸を閉じた。
どうやら来たのはこの男だけだったようだ。目的は不明だが、考えられるのは……。
「セラ」
「は、はい……」
何故か少し怯えるように、彼女が寄ってくる。
「体に違和感は? 痛むところとか無いか?」
「え?」
「セラ?」
「あ……その、てっきり叱られるのかと……。その、人が来るのに気がつくのに遅れて……」
「……別にそんなことで怒ったりしない」
冗談かと思ったが、俺の返しに安心したように溜め息を吐く姿を見ると本気で言っていたらしい。
「特に痛みはありません」
「じゃあ襲われたわけじゃないか……」
「……? 襲われたわけじゃない、とは?」
そりゃあ勿論、性的暴力……とは口にしづらい。相手は王女様だ、後からセクハラと訴えられれば今脱出してもまた豚箱送りになってしまうだろう。
「いや、お前が無事ならいいんだ。なんて、こんな状況じゃ無事って言っても微妙だけどさ」
「いえっ、心配いただき嬉しいです」
にっこりと満面の笑みを浮かべるセラに、俺はつい呆然としてしまう。
繰り返しになるがゲームでの彼女は今とはまるで違う。
堅物のクールキャラで、笑顔も口角を上がるくらいのニヒルなものだったし、こういった感謝を思い切り出してくるタイプじゃなかった。
もしかしたら別人なんじゃ……? いや、セレインなんて名前の美人が同じ国に複数もいたらゲームでも話題になっているだろう。
勿論、ゲームは所詮ゲーム。前世に数多あった創作の一つが、偶々俺の転生した世界と似通っていただけのこと。
まさか、『ヴァリアブレイド』が意図してこの世界を模したわけでもあるまい。
適当に放った石の一つが偶々空飛ぶ鳥に当たったようなもの……そりゃあ天文学的以上にハチャメチャな確率になるかとは思うが。
だから、別に現実のセレインがゲームの設定と異なっていてもおかしくは無いのだが、なんとなく釈然としない。
設定が似通っているなんてもの以上に、俺はこの世界が『ヴァリアブレイド』のものであると感覚で理解していた。
「ジル?」
「あ、いや、すまない。ちょっと考え事をしていた」
セラに声をかけられ、意識を現実に戻す。
こんなこと、何度も考えてきたことだ。今、こんな状況で悩むべきではない。
「この男が見回りなら、戻ってこないことを不審がって別のやつが来るかもしれない。さっさと脱出しよう」
男の持っていた安物の銅剣を貰いつつ、そうセラに声をかける。
男は他に碌な物を持っていなかった。剣を持っていたということで、手も触ってみたがあまり剣を握りなれていない柔らかなもので、やはり練度の低さを感じさせる。
「ジル……その、情けない話なのですが……手を握っていただけないでしょうか」
「ああ、勿論」
ここから出る。攫われた俺達が勝手に檻を抜け出たとあれば、連中も優しく対応してくれはしないだろう。
そんなことを想像しているのか身を震えさせるセラを落ち着けるようにそっと手を握ると、彼女はほんの少し頬を緩めて、ギュッと強く握り返してきた。
「ありがとう、ジル……」
「お礼は落ち着いたらちゃんと貰うさ。その時には俺が礼を言う立場になってるかもしれないしな」
そもそも互いに攫われた仲だ、どっちがどっちを助けるなんて関係でもない。
ただ、満足げなセラに水を差すのも逆効果な気がするので、少しおどけて返しつつも、しっかり彼女をエスコートする意味を込めて少し強く彼女の手を引っ張った。
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