第14話 脱出は腹が減る
ゲーム『ヴァリアブレイド』には敵にバレないように隠れて進むという要素は無かった。
多数を相手になぎ払っていく爽快アクションと、敵を倒して手に入る経験値を貯めて強くなるレベルシステムの存在によって、雑魚敵は片っ端から全滅させていくのが当然だった。
むしろそうしないとボス戦でレベルが足りず歯が立たないなんてこともあったし。
しかし、現実にはレベルシステムなんて存在しない。いや正確には、可視化されていないからあるかどうか分からないというのが正しいか。
ゲームによく似た世界観を持つこの世界でも、メタ的な要素は“殆ど”存在しない。
そして爽快アクションなんてのもメタ的な表現だ。仮に大暴れするにしても、魔獣相手ならいざ知らず、今回のようなたとえ悪人でも人間相手にやるには気後れしてしまう。
よってーー
「あの、ジル……」
「静かに」
何か言いたげな彼女の口を手で塞ぎ、動いてはみ出さないように後ろから抱き締めつつ、俺も息を潜める。
直後、柱の影に隠れる俺たちの目の前を男が通り過ぎていった。
ーー俺達はこうして影から影へ、見つからないようコソコソと移動していた。
「よし、行ったな」
「ぷはっ! じ、ジル! ままま、またっ、いきなりっ!」
「どうどう」
「私はお馬さんじゃないですっ!」
状況が状況なので小声ではあるが、小声ながらにそんな文句を言ってくるセラにあまり緊張感は見えない。
緊張でガチガチに固くなられるよりはマシだけれど。
彼女は最初こそ恐怖で固くなっていたが、移動を続けるにつれ段々と今のように変化していった。
ただ、不意に接近してくる奴から隠れるために咄嗟に隠れるのには慣れてくれない。
どうしても接近に先に気がつくのは俺だし、物影に隠れようにも2人分となれば抱きしめるなりして小さく纏まらねばならない。不可抗力ってやつだ。
セラは慣れるどころか、こうして同じような状況になる度に、段々と体温が上がってきている感じもする。
「悪いけど我慢してくれ。まだ俺達が抜け出したのはバレていないみたいなんだ。このままこっそり脱出できるならその方がいいだろ?」
「それは勿論分かっていますけれど……」
そう口を尖らせつつ、俺の手を握ってくるセラ。
捕らわれていた暗い部屋ではない、松明で照らされた通路だとその顔がよく見える。
肩甲骨くらいまで伸びた、よく手入れされた絹糸のような純白の髪、アメジストを思わせる紫色の瞳。全体的にくっきりとした顔のパーツの中でも特に、パッチリとした気の強そうな猫目が印象的な美人さんだ。
なんて、気取った比喩はゲームの説明文からの受け売りだが、実際に相対してみるとすんなり頷けるのだから怖い。美人怖い。
「その、だ、抱き締めるときは、事前におっしゃっていただけると……! 私も心の準備というものがですね!?」
「……その余裕があれば善処するよ」
やはり控え目に抗議してくるセラに、俺は殆ど口先だけで頷いた。
強気な印象を与える顔はそのままだが、むしろ中身は気弱な部類に入るだろう。ゲームのストーリーだと5年後になるが、その彼女とはやはり別人だ。
そんなことを再度認識しつつ、俺は指先を舐めて立てる。昔からよくある風が流れてくる方向、即ち外に繋がる出口の方角を確認するというアレだ。
「どうですか?」
「……方向は合ってる、筈」
風が吹いてくる方向には確かに向かっている。
けれど、景色が変わらないのでなんとも手応えがない。
俺達が捕らわれているここはどうやら地下の古代遺跡を盗賊団のアジトに改修したものらしい。そう、通りがかりの盗賊がぼやいているのを聞いた。
ーーったく、首領も首領だぜ。こう無駄に広くちゃ俺たちが迷っちまうよ。
そんな切実なぼやきが表すように、この遺跡は確かに広くて迷路のように入り組んでいる。
そもそもの遺跡が作られた目的が、何かを外から隠すためというのが多く、奥に進むのが難しくできているのだ。正直アジトとして日常的に使用するにはあまり向かない作りだ。
ちなみに、厳密には彼らが盗賊団かどうかは知らない。あくまで通りすがりの下っ端のぼやきや会話から推測しているにすぎない。何にせよ碌な連中では無いだろうけど。
ーーギュルルル
不意に腹の虫が鳴った。
俺のじゃない、それでもすぐ近く……ということは。
「あぅ……」
緊張感の欠如した王女様によるものということだ。
彼女はそれを誤魔化せずに顔を赤く染め上げつつ、自分の腹を押さえていた。
「ごめんなさい……」
「別になにも言ってないから。何か食料でもあればいいんだけどな。でもこういう組織って飯の管理だけは意外とちゃんとしてたりするからなぁ」
盗賊団なんていわばゴロツキの集まり。腹が減ったら食うが信条だ。
そんな連中に誰でもウェルカムと食糧庫の戸を開いていればすぐさま底を突いてしまう。だから、食糧の管理は金品の類と同等程度に管理されていたりする。
現在の第一目標であるアジトの出口からは余計な回り道になることは明白だけれど……。
「あの、ジル? ジルはお腹、空かないんですか?」
「ん、まぁ……」
空いてます。空いてますとも。
ただ、空きすぎて最早何も感じなくなっているだけだ。
「腹が減るのには慣れてるからな。心配はいらない」
「そう、ですか……」
少し哀れまれた気がする。
まあ、相手は王女様だ。樹海を延々彷徨って、ようやく見つけたキノコが毒入りで苦しみ悶えるなんて経験も無いだろう。
我ながら『言ったら引かれる経験ランキング』で上位を取れそうな事件だと思うが、残念ながらそんな経験を貯めてもレベルアップはしないし、そもそもそんなランキングも存在しない。多分。
「ああ、心配といえばセラ」
「はい?」
「お前、べんーームグッ」
「それ以上は言わないでくださいっ!」
まだ言い切ってもいないのに、素早く口を塞いでくるセラ。なかなかの反射神経だ。
「ジル、貴方はデリカシーというものを母親の胎に置いてきたのですか!?」
「どうどう、あまり大声は」
「あっ」
思わず大声を出してしまっていたことに指摘されて気がついたらしい。セラは今更自分の口を押さえ、また顔を赤くする。
ただ、声を聞きつけて誰かがやってくる気配は無かった。ザルな警備に救われた……いや、そもそも日常的に警備を行っている体制ではないのだろう。
「ま、連中がザルなのはこっちにとっちゃプラスだな。セラの腹が限界を迎える前にさっさとーーどわっ!?」
大声を反省したのだろう、無言で放たれたセラの蹴りが俺の尻を打ち抜いた。
思わず漏らしてしまった悲鳴に、今度は俺が口を押さえるハメになり、そんな俺を見てセラは不機嫌顔を笑みに変えるのだった。
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