第12話 夢と現実
俺は転生者だ。
一度死に、その記憶を持ったまま別の存在として生まれ変わった。
死んで生まれ変わるなんていうのはフィクションの世界だけだと思っていたが、まさか自分が転生して、しかもその先が前世でよく知るフィクション作品そっくりの世界だなんて、あまり笑えない。
いや、最初は少しばかり浮かれる気持ちもあったんだ。
この世界が自分が遊んでいたゲームの世界だなんて知らなかったけれど、魔法があるのは分かったし、ファンタジックな世界というのは男女問わず大なり小なり憧れるものだろう。
しかも、大人の知恵と経験を持って子どもからやり直せるなんて、中々のアドバンテージだ。
それに子どもの姿なら無条件で大人のお姉さんも優しくしてくれるし……むふふ、なんてちょっといやらしいことも考えたりしたり、しなかったり。
けれど、そんな前世俺の期待はあっさり打ち砕かれた。
当然のことではあるが、この世界は決して、俺のための世界などではなかった。
俺に優しいどころか、ジル=ハーストを名指しで不幸のどん底に叩き落とす程度には、この世界は酷く、残酷だ。
前世の俺の淡い希望はあっさりと砕かれた。
この世界で自我を得て、たったの300日弱でその精神を殺された。
しかし、だからといって元のジル=ハーストが残ったかといえば、そうでもない。
この世界の未来を知って、自分の結末を知って、それでもなお何も知らないままの自分でいられるはずもない。
俺、ジル=ハーストはおそらく本来ヴァリアブレイドの中で伝説となる存在からは既に乖離してしまい、きっともう同じ道を歩めはしないだろう。
そもそも彼がどういう風に、どういう思いで生きて、そして何故死んだのか。
それはゲームにも描かれていないのだから、意図して道を辿ることも、沿うこともできない。
ただ、俺が。
前世の俺が精神を壊され、本来のジル=ハーストが空想の彼方に消え去り、残った欠片を無理やり混ぜ合わせてできた不格好な塊であるこのジル=ハーストが、生きる意味を、理由を探すのであれば、それは――
「う……ぅん……」
重たく沈んだ目蓋を擦りつつ、目を覚ます。
目の前に広がる景色は、闇。
夜というわけではなく、光の差さない屋内。それも肌を撫でる空気の感覚や薄さから、殆ど密閉された地下室ような場所らしい。
そこに座りながら眠っていた俺は腕を動かそうとして、後ろ手に縛られていることに気がつく。
状況的に、睡眠薬で眠らされる際に聞こえた声の主達に拉致られたのだろう。
「あ……」
俺でない誰かが吐息を漏らした。
動かした手が滑らかで暖かな何かに触れ、その何かももぞもぞと動いて俺の手を握ってきた。
「目を、覚まされたのですね」
それは先程……でいいのか時間経過は分からないが、俺から道案内を頼んだ少女だった。
彼女は俺と背中合わせに座らされ、互いの手を紐で縛られているようだった。
互いの顔を見えない状況だが、少女は俺が起きたということに安心しているようだった。
「……ここは?」
「分かりません……ただ」
少女は明らかに声を沈ませる。まぁ、状況的にも明るく愉快な話が出てくる筈も無いけれど。
「私たちは攫われてしまったらしく……この後私は、どこかに売られてしまうようです。そして貴方は、その誘拐の主犯に仕立て上げられると……」
「誰に聞いたんだ?」
「あのドアの向こうからそんな話し声が聞こえました」
所々恐怖を滲ませながらもすらすらと説明してくれる彼女。
一瞬グルかもという思考も頭をよぎったが、すぐに否定する。彼女を信頼しているなんて、出会ったばかりで嘘にしても白々しいが、そもそもの前提として俺にわざわざ攫う価値なんて無いのだ。
「あんた、どこかの貴族のご令嬢?」
「……否定は、しません」
少し歯切れの悪い返事。
貴族ではないけれど、特別な立場の家の娘なのかな。そういえば宰相も平民出身と聞くし。……いや、待てよ。この声、どこかで……?
「……なぁ、情報。どれくらい聞けたんだ?」
「すみません、先程話したことが全てで……」
「いや、謝ることはない……っていうか、馬鹿みたいに眠りこけていた俺が悪いし。迷惑を掛けた」
流石に所持品、入学手続きで得た控えや、武器の類は取り上げられたようだ。服を剥がれなかったのは良かった。手間だったのだろう。
それでもこんな縄くらい簡単に剥がせるが……、問題はこの少女、いや"彼女"か。
「俺はジル」
「え?」
「名前だよ、名前。あんたも攫われた口なんだろう? 被害者同士、誰かさんのままじゃ微妙だろ?」
フレンドリーにそう口にするのは、口調から不安が決壊しそうな彼女の気を和らげるだけが目的じゃない。
むしろ言葉通り、彼女が誰なのか確認したいというのが強かった。
寝てスッキリしたせいか、嫌な夢を見たせいか、彼女の声が先程よりもクリアに脳にしみ込んでくる。
俺が転生し、ジル=ハーストとなって15年。最初に抱えていたこの世界の知識もきっと俺が知らない内にいくつも頭の中から抜け落ちてしまった。
けれど、彼女の声は、彼女のことだけは決して忘れたりはしないだろう。何故なら、彼女は……
「私は……セレイン、と申します」
ああ、やっぱり。
こんな状況、互いの息遣いさえも聞こえてしまう密閉空間の中で、なんとか溜め息を堪えた俺を誰か褒めてほしい。
セレイン=バルティモア。
彼女はこのバルティモア王国の第三王女であり、ゲーム『ヴァリアブレイド』のメインヒロイン。
そして、数少ないジル=ハーストのプロフィールに関わる人物だった。
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