第11話 休憩はまだ遠く

「それじゃあ、あたし教授のところに行かないと! またね、ジルくん!!」


 先輩と一緒に走り始めて2週間ほど。本当に殆ど休むことなく走り続けた結果、なんとか王都、そして王都の中にあるミザライア王立学院に辿り着いていた。


「え、あぁ……はい……」


 本当に、殆ど休まずに。

 俺はぐったりと肩を落としながら、力なく頷く。

 実際、殆ど体力も残っちゃいなかった。


 先輩は3日間寝続けていたのが、どうやら寝貯めになっていたらしく、ピンピンしている。

 対して、先輩がいつ起きるか分からず気が気でなかったというのと、彼女にベッドを占領され固い床で寝ていたせいで碌に疲れも取れていなかった俺は正直、酸欠と睡魔で頭がおかしくなりそうだった。


「あー、と。入学の手続きはもういいっぽいけど、入寮手続きは自分でやらなきゃいけないのか……」


 先輩にあれこれ連れまわされ、言われるがまま入学手続きを進めたのでそこは問題ない。

 ただ、なぜか入寮だけは別オプションになるらしい。その理由はどうやら王都にある自宅から通う貴族様は必要ないからということらしく……ポシェ先輩のことだ、面倒だったんだろうな。

 入学手続きは案内してくれるのだからその程度ケチケチするなと言いたいが……ああ、眠い。

 わざわざこれからやる行動を口にしないと整理できない程度には、眠い。


「そもそも寮ってどっちだよ……?」


 学院なんて言ってももの凄く広い。ちょっとした町かってくらいには広い。

 ゲームではヒロインが王女ということもあり、この王都にも寄る機会は多かったが、学院は描かれなかった。

 なので、この場所に関しては完全に所見だ。


「ええと、本館があって、実習棟、訓練場……食堂の近くに寮が……って、駄目だ。そもそもどの建物が何なのかもわからねぇ……」


 先ほどから見取り図と睨めっこしているがどうにも頭に入ってこない。


 ああ、眠いし腹も減ってきた。

 樹海で迷ったときは食料もあったし雨が降れば喉も潤った。寝ようと思えばいつでも寝れたし。

 しかしこんなところでは食料も水分もそこら辺に落ちているわけではない。空も快晴、とても雨が降る気配はない。

 せめて睡眠だけ……なんて、転がればすぐに睡魔の餌食になってしまう。


「いや、駄目だ。こんなところで寝て変な騒ぎになっても面倒だ……っと、あれは」


 ふと道の先を見ると、1人の少女が歩いてきていた。

 丁度年度の変わり目だからか閑散としてある学院内で初めて、ポシェ先輩や職員以外で見つけた人物だ。

 考えるよりも先に俺は足を動かしていた。


「あのっ! すみません!」

「え?」


 少女がこちらを見た……感じがする。

 正直、目蓋が重くてあまり顔が見えなかった。


 声と体つきから同い年くらい……きっと学生だろう。

 ただポシェ先輩のような制服は着ていない。ブラウスにロングスカートという、上品な貴族令嬢という印象を受けた。

 もしかしたら彼女も俺と同じ新入生なのかもしれない。ポシェ先輩曰く、殆どの学生は既に手続きを済ませているらしいけれど、俺のように『夏休み終了間際に駆け込みで宿題を片付ける』タイプなのかもしれない。

 いや、今回俺に関しては課題の存在をギリギリに明かされた感じになるんだけど……なんて、ああ、眠さで思考が変なところをぐるぐる回っているぞ。


「ええと、学生寮ってどこにあるか分かりますか?」

「学生寮、ですか?」


 なぜかどこか懐かしい感覚がした。

 けれどどこかで会ったという感じはしない。

 知っている相手ではないと、眠たいながらに頭は理解していた。

 ではこの懐かしさはいったい……。


「ええと、そうですね。ここを真っ直ぐ行ってもらって右に……」


 少女は突然声をかけられたことに戸惑いつつも、道案内を始めてくれる。

 が、その瞬間、


「あっ……」

「えっ?」


 突然少女がこちらに倒れてきた。

 咄嗟に抱き止めることはできたが、あまりに突然過ぎて意味が分からない。


「ええと、お嬢さん?」


 少女は俺に体重を預けながらも脱力している。すぐに規則正しい呼吸が聞こえてきた。


「寝てる……なんで……? ていうか俺の方が寝たいのに」


 つい、そんな嫉妬じみたぼやきを漏らしてしまう。

 しかし、俺はこんなのんびりと彼女を抱き止めている場合ではなかったのだ。

 

 不意にチクリ、と首筋に小さな痛みが走る。

 直後、俺の全身にあらがいようの無い全身が痺れるような凄まじい睡魔が駆け巡った。


(ああ、そうか)


 本当に間抜けだ、俺は。

 彼女が寝たという状況に気を取られ、何故彼女が寝たのかという原因に意識を振れなかった。


 恐らく首に刺さったのは睡眠薬が染み込んだ針だろう。倒れながらも少女の首に同じ物が刺さっているのが見えたから。


 本来、俺にはあまり睡眠薬は効かない。

 けれど、元々体力的に限界が近かったことから、軽く背中を押される程度でもあっさり睡眠の底へと落ちてしまう。


「くそっ、どうすんだよ、コイツ!? 殺っちまうか!?」

「いや、ここでバラすのはマズい、顔を見られたかもしれねぇし……チッ、連れてくぞっ!!」


 そんな、大人の男2人の声をぼんやり遠くに聞きながら。

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