第10話 ポシェの目的
「なんだぁ、ジル。嫁でも拾ってきたか」
「なんだってそうなるんだよ……樹海に迷い込んでたんだ」
家にポシェを連れて行くと真っ先に親父がからかってきた。
それをいなしつつ、彼女をベッドに寝かせる。
ベッドは俺と親父の、2つしかないから仕方なく俺の方へ……うえ、服に涎つけられてら。
「しかし、なんたって樹海に人が……魔獣が出てくることは有っても、人が入り込むなんて少なくとも俺は前例を知らないぞ」
「お前が知らねぇなら、ワシも知るはずねぇよ。記念すべき1人目だな」
楽しげにクツクツと喉を鳴らす親父に、俺は溜め息を返す。
「随分落ち着いてるな。中から外に加えて、外から中に入ってくことにも備えなきゃいけないんだぞ。まさか親父、勝手に樹海に入っていく愚か者は放っておけなんて言うんじゃないだろうな?」
「ハッ、ガキが一丁前に色々考えてんじゃねぇよ。んなことよりちゃんと嬢ちゃんのこと、見てやってんのか?」
「……どういう意味だよ」
「あの嬢ちゃん、ミザライアの学生だろう?」
「ミザライア……? それ、彼女も言ってたけど……」
どうにも頭に引っかかる。どこかで聞いたことがあるはずなんだよな……。
「おいおい、その年で痴呆かぁ? 王立学院だぞ」
「え? ……あっ! そうか、ミザライア王立学院!」
なぜ忘れていたのか……そういえば俺が受けていた学院の名前だった。落ちたと思って記憶から不要な情報として消去してしまってたぜ。
「でも、ならどうしてその学生がこんな所に?」
「さぁな、課外授業って季節でもねぇしこんな田舎に武者修行……ってのも物好きが過ぎるな」
確かに、わざわざ遊びに来る距離ではない。俺も入学したら暫く戻ってはこれないと思っていたし……。
「あ、そうだ親父。これ、見てほしいんだけど」
「なんだ?」
親父に拳大の石を渡す。
石というにはやけにぶよぶよしていて柔らかい。しかし、どんなに強く押しても千切れはしない不思議な感触がある。
「樹海に住み着いてた魔獣が消えた後にポツンと残ってたんだ。生き残りかとも思ったけどうんともすんともいわないし、取りあえず持ち帰ってきた」
「ほう……魔獣って感じもしねぇが、面白いな」
親父が楽しげに笑う。が、すぐに興味を失ったように投げ返してきた。
「が、コイツはワシにゃあ扱えねぇな。アギトに組み込める感じはしねぇ」
「そっか」
アギトに入れられずとも、加工すれば武器になるかもしれない。ちょっと考えてみるか。
「ま、嬢ちゃんのことは嬢ちゃんが起きねぇことには始まらん。魔獣は倒したんだろう。のんびり待つんだな」
「分かってるよ。薪でも割ってくる」
彼女の戦いっぷりを見ていたら叩き起こすのも忍びなく、いつも通りのスローライフを開始する。
そして、3日が過ぎ……、
「お、溺れるぅ……ブハッ!?」
そんな個性的な寝言ともにポシェ……さんが飛び起きた。
「はぁ、はぁ……あれ? ここは……」
「ようやく起きましたか、ポシェさん」
「ふぇ? あれ、ジルくん……って」
ポシェさんはもぞもぞと布団の中で手を動かし、ほっとしたように溜め息を吐く。
落ち込んでではなく、ホッとしたように。それに俺もホッとする。
彼女は美少女だが、流石におねしょは勘弁だし……。
「ここは?」
「俺の家です。正確には俺の親父の家ですが」
「……このベッドは?」
「俺のです」
「じ、ジルくんの……すぅ」
「あの……嗅がないでください」
ほのかに顔を赤らめつつ、顔の半分を掛け布団にうずめる先輩に、思わず苦笑する。
もしかして惚れられた……なんて、一瞬自惚れかけたけれど、そんなタイミングは無かったし、きっと彼女が男慣れしていないというだけだろう。
「すみません、服も着の身着のままで。寝ているポシェさんに勝手に触れるのも失礼かな、と」
「ううんっ! それは大丈夫。この制服には保護魔法が掛けられているからいつも綺麗な状態で……って、なんで敬語?」
「だって先輩、王立学院の生徒なんでしょう? 入学規定は15歳からですし、俺より年上ってことになりますから」
流石に年上相手にタメ口をきくなんてことはしない。初対面で年下だと思ったのは置いておくが。
「むしろ、すみません。今まで生意気な口を」
「う、ううんっ! 全然いいよ! むしろいいよ! 敬語なんて堅苦しいし……」
「よくないでしょう。学院は年功序列が強いと聞きますし……まあ、俺にはもう無縁の話ですが」
俺は入試に落ちた。もしかしたら彼女を先輩と呼ぶ未来も有ったかもしれないが……。
「無縁? そんなことないよ。だって君も入学するんでしょ?」
「はい?」
彼女の言葉に思わず顔をしかめる。
なんで彼女が、俺が入学するなんて言うんだ?
「あの、ポシェさん? 一体何を言って……」
「あーっ!!!」
俺の質問を遮ってポシェさんが飛び跳ねた。ギシィと木造ベットが軋む音がした。
「そうだよ! ジルくん、あれから何日経った!?」
「え? ええと、3日ですかね」
「みっか!? 3日も寝てたの、あたし!?」
「そ、そうすね……」
明らかに慌てた様子のポシェさんは、ベッド脇に置いてあった自分の鞄を漁り始める。
しかし、目的のものが中々出てこないのか、ゴミ……もとい、ぐちゃぐちゃに丸まった紙屑を次々と散乱させ始めた。
床に落ちた紙屑を1つ拾って広げてみると、それは何かの試験用紙だった。
回答、添削済みで付けられた点数は16点……設問数的にも正解数的にも100点満点っぽいのに、16点。
「あれー? ない、ない、ない……あった!!」
密かに俺の中で評価が落ちているとも気が付かず、ポシェさんは鞄の底から取り出した紙屑を手に喜びの声を上げる。
「ジルくん、あたし、ポシェ=モントール!」
「知ってます」
「ミザライア王立学院の1年生……だけど、もうすぐ2年生になります」
「はあ」
改まって、人のベッドの上に正座しつつ自己紹介をしてくるポシェさんに俺は戸惑いながらも相槌を返す。
「今日、ここに来たのはミザライアの使いとしてなんです!」
「今日……?」
「お、おとといのおとといだけど! とにかく、合格おめでとう!」
「へ?」
「ジル=ハーストくん、君はミザライア王立学院の入学試験に見事合格しました!」
思いもよらぬ言葉に、俺は一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
けれど、次いで渡された皴だらけの入学許可書を見てそれが本当だと知る。
「合格……え、いや、でも、もう入学の4月には間に合わないんじゃ……」
「あー……ええと、それはごめんっ! つい、色々見て回ってたら遅くなっちゃったんだー!」
「ああ、そうなんですか……って、いや、ついじゃ済まないんですけど!?」
一瞬納得しかけたがすぐにツッコむ。
彼女の“つい”で俺の入学は虚空の彼方に消え去ってしまった。とはいえ、彼女を責めるには一緒に戦った経験のせいで情が湧いてしまっている。
俺は少し肩を落としつつ、苦笑いを浮かべた。
「まぁ、もういいです。落ちたと腹を括っていましたし、今更合格と言われてもそっちの方が戸惑っちゃいますから」
「ちょ、諦めちゃ駄目だよ!?」
「遅れておいて何を言いますか……ここにちゃんとありますよ。入学前日までに手続きしないと無効になるって。こっからじゃ学院のある王都までは馬車でも1か月かかるし……」
「大丈夫だよ! 3週間……じゃなくて2週間半あるし、走れば十分間に合う!」
彼女の脳筋感溢れるセリフにクラっと来てしまったのは我ながら仕方がないと思う。勿論いい意味じゃない。
確かに馬車ってのは結構のんびりゆっくりしている。歩きより若干速いくらいだし、当然瞬間時速で見れば自分の足で走った方が速い。
持久力を加味しなければ、だが。
「でも殆ど休まずペース緩めずでしょう? いやぁ、それは流石に……」
「諦めちゃ駄目だよ! 諦められたら、あたし進級できなくなっちゃうし!!!」
「はい?」
「あっ! ……その、実は教授に交換条件出されてて、ジルくんに来てもらえないと単位足らなくなっちゃうから……」
なんとも情けない話である。
どうやらこの人、あの16点の点数からも分かるとおり成績は良くない……否、すこぶる悪いらしい。
「とにかく! 急いで準備しよ! 今日出れば間に合うよ!!」
拒否もできたのかもしれないが、流石に彼女、ポシェ先輩を道連れにしては目覚めも悪い……というか、こちらは悪くないのに変に恨まれそうだったので、仕方なく従うことにした。
親父には雑な説明になってしまったが、親父は楽し気に笑うと、アギトを託してくれた。
「それじゃあ、行ってくる。体大事にしてくれよ」
「へっ、染み入るねぇ。お前の方こそ無茶すんじゃねぇぞ」
「さっそくさせられそうだけどな……」
家の外で俺を呼んでくるポシェ先輩の声に溜め息を吐く俺。
そんな俺に、親父はやっぱり楽し気に豪快な笑い声を上げるのだった。
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