第20話 戦う理由
「あぁジル、良かったです……本当に、間に合って……」
「セラ……どうして――って! 危ないっ!」
セラが嬉しそうに抱きついてくるが、のんびり余韻に浸る時間はない。おそらく彼女のおかげで俺は解放されたが、すぐに別の腕が迫ってくる。
しかし、セラが上に覆い被さり身動きが取れない。
「大丈夫ですっ」
セラが宙に手を伸ばす。
そして、
「爆ぜよっ!」
先程と同じ言葉を放つ。
その瞬間、
――ドゴォォォオオンッ!!
先程と同じ、爆音と、それに恥じない大規模な爆発が巻き起こった。
超近距離で起きた爆発に、俺達に迫っていた腕は当然、俺達も飲まれていく――
(自爆……いや、これは……!?)
熱くない。痛みもない。
爆発は今目の前で起きているというのに。
『ジル』
頭に声が響く。伝心石を通してセラが囁いてきたものだ。
彼女は俺の上からどくと、手を伸ばしてくる。
『今の内です、さぁ』
何が起きているのか分からないが、従う他ない。彼女に手を引かれサルヴァから離れるよう、広場から出るように走る。
敵前逃亡、それもアイツの子供相手に……無性にイライラするが、無策で突っ込んでも先ほどと同じ轍を踏むだけだろう。
「セラ、どうして逃げなかったんだ」
暫く走った後、ようやく彼女に声をかけた。
繋いだ彼女の手に僅かに力が込められる。
「……どうして1人逃げられますか。私はまだ、ジルに感謝されるようなことをできていませんっ」
「え? それは……」
思い出すのは最初、俺達が囚われていた部屋を出るときの会話だ。
確かにあの時、後になってみたお礼を言っているのは俺の方かもみたいなことを言ったが、別に催促したつもりはない。
それに彼女が全く何も貢献できてないのかというと、それも違う。
「何もしてないなんてことはない。ほら、水を浄化してくれただろ」
「あれは……誇れることではありませんよ」
「いや――」
「だって、ジルもできるでしょう?」
一瞬、呼吸が止まった。素直に驚いてしまって。
「ジルも、できる筈です」
「……なんでそう確信できる」
「ジルがくれたビスケット。光魔法によって浄化された跡を感じました」
「あ……いや、そうか」
確かに彼女の言う通りだ。
あの時、彼女に分からないように浄化の魔法を使ったつもりだったが、しっかりバレていたらしい。
「悪い。その、別に騙そうとしたわけじゃなかったんだけど……」
「別に怒ってなんかいませんよ。話す理由も無いでしょうから」
そう、セラが苦笑する。
けれど、その笑顔は次第に乾いて、真剣なものに変わった。
「けれどジル、貴方の中にあるのは光だけじゃありませんよね?」
「え……?」
「貴方の中には、闇がある。暖かで力強い光とは対となる、昏く悲しい闇が」
心臓を鷲掴みにされる感覚というのはこういうことを言うのだろう。
セラがあっさりと告げたそれは、確かに俺の本質だった。
魔力というのは魔法を操る際に消費される体力のようなもの。
しかし、セラが光属性の魔法を扱うように、ポシェ先輩が属性魔法とは違う身体強化を扱うように、個々の魔力によって適した使い方、適した属性が存在する。
そして、俺の適性は光と闇。光と闇の使い手なんていうと中二心がくすぐられそうなものだが、実際のところは欠陥だらけでしかない。
強い光は闇を掻き消し、深い闇は光を飲み込む。
2つの対になる力は互いに抵抗し合い、じゃじゃ馬のように中々言うことを聞いてくれない。
ビスケットを浄化するくらいならできるが、攻撃に転用しようとすれば光も闇も主張し合い、互いの邪魔をしてしまうのだ。
「ジル。貴方の闇がどんどん強く、深くなっていくのを感じていました。だから心配で、放っておけなくて……」
「セラ……」
「私、後悔したくないから! 貴方は優しくて、私を守ってくれたのに……貴方が苦しんでいると分かっていて、それでも1人だけ逃げることなんてできません!」
その叫びはあまりに切実で……返す言葉が見当たらなかった。
彼女の言う、俺の中の闇が深くなっていくのを感じたというのも、きっと間違いじゃないのだろう。
本来、ジル=ハーストが持つ魔力は光。それだけの筈だった。
俺の両親は共に光の魔法の使い手で、加えて父は剣の達人、母は弓矢の達人だったという。
それらの才能を全てを受け継いだ俺は正しく約束された天才……だったのだろう。あの男、魔神の眷属に歪まされさえしなければ。
俺の身体を、光を蝕む闇の魔力は、奴への怒りが生み出したもの。後天的に宿した歪な炎だ。
眷属の子、魔人と出会ったのはサルヴァが初めてだったが、自分でも驚くほど怒りに飲まれてしまっている。
闇が膨らんでいるというのも、光の魔力を持つセラだからこそ敏感に感じられたのかもしれない。
けれど、だからといって立ち止まる理由にはならない。
逃げ出すことはできない。絶対に。
「セラ、俺はお前が思うような人間じゃない。お前は俺を優しいなんて言うが、俺はそんなことを言われる資格のある人間じゃない」
「そんなことありません……!」
「あるさ。俺は……俺が生きる理由は”復讐”なんだ。そのためなら、それが果たせるのなら、死んだって構わないと思うほどに」
「復讐……それに、死んだって構わないって……」
セラがショックを受けたように目を見開く。
そんな彼女を見て、思わず苦笑する。
彼女が悪いわけじゃない。まさかこんな話をこんなところで彼女にするなんて思いもしなかったからだ。
「確かにお前が来てくれなきゃヤバかった。あのままなら俺は、自棄になって無理に魔法を使って、下手すりゃ自爆してただろう。そういう意味では本当に感謝しかない。お前の勇気のおかげで俺は今こうして無事でいられるんだからな」
「ジル……」
「けれど、ここから先は俺の問題だ。あの魔物を殺すのが俺の復讐に繋がる……こんなことにお前が付き合う必要はないんだよ」
「……」
俺は、彼女が言葉を失ったのを見届けて立ち上がる。
例え自爆になろうが、あれは、魔物と化したサルヴァは殺さねばならない。
そうしなければ、一度滾った俺の闇は決して収まらない。
俺が復讐に支配されていると分かれば、もうセラは好き好んで俺に近寄ろうとはしないだろう。
暴発必至の火薬庫のようなものだ。復讐なんてものはただの自己満足。自己から外に出ればただの狂気でしか無いのだから。
「魔物……」
「え?」
「ジル、あれは魔物なのですか」
セラがすっと立ち上がる。
そして、真っすぐ、力強く俺を見てくる。
その瞳にはゲームの中で見たセレイン=ヴァルティモアと同じ強い光が灯っていて、俺は思わず見入ってしまう。
「ジル、戦う理由なら私にもあります。貴方と同じく、魔物を討つ理由が」
「理由……?」
嘘には思えない真剣な言葉に、俺は反射的に聞き返す。
その問いに、セラは笑う。
それは今までのような暖かなものではなく、むしろ冷たい、氷のように鋭い笑みだった。
「貴方と同じ――復讐です」
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