第78話 3人乗り

 その後、エリックが色々やり終えて戻ってきたものの、少女は今だに目覚めなかった。

 とはいえその場に留まっていても、再び別の盗賊か、魔獣かが襲い掛かってくる可能性もある。


 というわけで、取りあえず移動することになったのだが――


「なんで、3人相乗りなんだよ……!?」


 前に気絶した少女を置き、後ろからはセラに抱き着かせる。

 そんな、見た目的にも賑やかな姿になったが、俺としては困惑しかない。


「どっちかエリックの方に乗せてくれよ!」

「駄目ですよ、ジル。彼女はまだ目を覚ましていません。癒しの力は必要です」

「じゃあセラとこの子の2人乗りで」

「私は乗馬できません!」

「自信満々で言うなよ……!?」


 エリックの魔法で馬への負担は殆ど無いとはいえ、少女2人に挟まれながら馬を操るのはなんとも窮屈だった。

 いや、寝たままの少女はまだいい。問題は後ろのお姫様だ。


 セラは少女へ頭を伸ばすために極力前に、俺に密着してきている。

 決して無視できない、柔らかく弾力のある胸を惜しげもなく押し付けながら。


「あの、セラさん? ちょっと腕の力を緩められても……?」

「ジルは私に落ちろと言うんですか!」

「少し力緩めたくらいじゃ落ちないだろ……」


 何故か拗ねたように文句を言ってくるセラ。抗議のつもりか、頭で背を軽く叩いてくる。


「落ちちゃいます。お馬さんって速いんですから」


 そう言いつつ、余計に腕に込める力を強めるセラ。藪蛇だったか、変な対抗心を煽っただけらしい。

 そんな俺達を見て、たった1人、身軽な感じで馬を並走させるエリックが微笑を漏らした。


「まるで恋人同士みたいだ」

「こっ……!?」

「いや、全然恋人っぽくはないだろ」


 エリックの笑えないジョークを即座に否定する。万が一でもセラが本気にしたら良くないし。

 彼女の交友関係は少ない。むしろ話を聞いている感じ、俺が初めて親しくなった相手で間違いないだろう。

 そんな彼女に「ただ親しくなった=恋愛感情」と認識して欲しくはない。


 もちろん信頼して貰えるのは嬉しいし、有難い。

 けれど、彼女はいつかまだ見ぬ【ヴァリアブレイドの主人公】と恋に落ちる運命にある。

 ゲーム内でのジルがどういう関係を築いていたかは謎のままだし、俺だっておめおめと死ぬつもりはないけれど、その辺りの不安要素はなるべく回避した方が得策だろう。


 俺とセラは護衛と王女。その距離は保つべきだ。

 後ろのお姫様はやはり不服なのか、コツコツと背中を叩いてくるけれど。


「そんなことより、この子をどうするかだ。本当にこのまま連れて来て良かったのか?」

「あそこに置いていくよりはずっとマシでしょ」

「そりゃあそうだが、方向違うかもしれないし」

「いや、合ってる。馬車の頭は僕らの進行方向を向いてたし」


 俺達が来た時点で彼女以外の人間と、そして馬は殺されていた。けれど、馬車の向きからそんな判断をしていたのか。

 よく見ているというか……いや、俺が注意していなかっただけか。


「なるほどね……それなら途中までは乗っけてける――ん? 待てよ?」

「なに?」

「俺だって光属性の魔法は使える。セラをエリックの方に乗せることだって――痛っ!?」


 言葉の途中で背中に鈍い痛みが走った。当然その犯人はセラで凶器は頭。先ほどまでの小突きを本気に変えてきやがった。


「ジルはっ! 私のっ! 護衛でしょうっ!」


 ゴン、ゴン、ゴンとリズミカルながらに重い一撃を叩きこんでくるセラ。ていうか、こいつ、意外と石頭……!?


「さすがに僕も今のはどうかと思うよ」


 ついでにエリックも追い打ちをかけてくる。心底馬鹿にした感じで。


「ていうか、大事な護衛対象を僕に預けるとかありえないでしょ」

「いや、なんでありえないんだよ」


 ゴツン、再び俺の背を殴打するセラ。はいはい、失言ですね。


「……僕の本性を知ったらそんなこと言えなくなるよ」


 明らかな拒絶を見せつつ、馬の速度を上げるエリック。

 脳裏に先ほどの、盗賊を殺した時の彼の姿が過る。普段から暗い雰囲気の少年ではあるが、あの時は暗いとかじゃなく……なんというか感情を持たないロボットみたいな雰囲気だった。

 あれが、エリックの言う“本性”の片鱗なのだろうか。


「どうしたんでしょう……?」


 無駄に切り替えの早いセラがしれっと聞いてくる。それに一瞬ツッコミそうになったが、再度頭突きされるのも嫌だし、それはぐっと押し込んだ。

 そして、盗賊を殺したエリックの様子もまた、彼女に伝えるべきでないと感じた。あれはそう簡単に触れていいものじゃないし、口で伝えたところでどうしても悪く伝わってしまう気がする。


「さぁな……ってか、置いてかれたらこの浮遊魔法解けるだろ!? おい、待てよーっ!!」


 俺は話を逸らしつつ、手綱を叩いて馬を加速させた。

 実際、魔法が切れたらこの馬に一気に3人分の重さが降りかかることになってしまうし、建前の方も冗談ではすまないのだから。

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