第4章『黎明』

第105話 ■■の追憶

お待たせしました。

もう少し書きためようと思ったのですが、我慢できなくなったので投稿します。

相変わらず不定期投稿ですが、のんびりお付き合いいただければ幸いです。


===========



「ただいま」

「あ、兄ちゃんー! おかえりー!」


 家に帰ると、中から元気な返事が返ってきた。

 けれど、彼が玄関までやってくることはなく、ズバッ、バシュッとおよそ日常的には聞くことのない戦いの音が聞こえてくる。

 俺は溜め息を吐きながら靴を脱ぎ、鞄を置くこともせずにそのままリビングへと向かった。


「またゲームか?」

「えへへ……」


 コントローラーを動かし、画面へと目を向けたまま、弟は苦笑する。


「なんか無性にやりたくなって」

「また『ヴァリアブレイド』? そんな古いの引っ張りだして――新しい、別のゲームも買ってたろ」

「そうなんだけど、飽きちゃって」


 そう悪びれもせず言う弟に、俺はまた溜息を吐いた。


 俺と弟は血のつながりがあるものの、まるで違う。

 世間的には俺は優秀と言われていた。勉強も、運動も、それなり以上にできる自負がある。

 対して弟は平凡だ。学校の成績は平均ラインを常に彷徨っているし、他に特筆すべきと特技があるわけでもない。

 けれど、俺は弟が羨ましかった。


 弟は器用だ。表情はコロコロ変わるし、人間臭い。

 友達もすぐに作れるし、ゲームだって得意――ではないかもしれないけれど、いつも楽しそうにプレイしている。


 俺は逆だ。人付き合いが苦手で、友達なんて数えるほどしかいない。

 昔はゲームも好きだったけれど、それはゲームが好きだったというより……


「どうしたの、兄ちゃん。久々にやりたくなった? 貸してあげよっか」

「ばか。元々俺のだろ」

「そうだけど、兄ちゃん最近全然やらないじゃん。昔はいっぱいやってたのにさ」


 そう、昔は俺もそれなりにゲームを遊んだ。

 それこそ履歴書の趣味の欄に、ゲームと書けるくらいには。


 けれど、ここ最近めっきりプレイしていない。

 それこそ、大学に入ってからは一度もコントローラーを握ってもいなかった。

 色々理由はあるけれど――一番の理由はこいつだ。


 俺はもう、弟ほど純粋にゲームを楽しめないから。そういう性格になってしまった。


「あ、じゃあさ。久々にやってよ、アレ!」

「あれ?」

「黒騎士タイムアタック!」

「……もう覚えてないよ」


 元々、この『ヴァリアブレイド』というゲームは俺が小遣いを叩いて買ったゲームだ。

 かなり昔の作品ではあるが、当時としては最新技術の粋を詰め込んだ画期的な作品ということで、それなりにブームにもなったりした。

 俺は寝る間も惜しんでこのゲームをプレイして、そんな俺の横で弟が目をキラキラと輝かせながら画面を眺めている――それが当たり前だった。


 今ではもう、弟が楽しんでいる姿を、俺は死んだような目で見ているだけで……


「にーちゃん!」

「……分かったよ」


 不意に、あの頃に戻ってみたくなった。

 参考書とノートパソコンを入れた重たいリュックを下ろし、シャツの袖を捲る。

 弟から渡された年季の入ったコントローラーは、もう数年単位で握っていなかったのに、やけに手にフィットする感じがした。


「ああ、でも俺のパーティーじゃまだレベル低いかも」

「お前、まさかまたあの縛りプレイしてたのか?」

「もっちろん!」


 弟は自慢げに笑う。

 こいつは『ヴァリアブレイド』をプレイするとき、主人公である『レイジ』とメインヒロインである『セレイン』だけで攻略する縛りプレイを行うのが好きだった。

 なんでも、この2人のカップリングが好きらしい。まぁ、確かに、身分差も有り、セレインの暗い過去もあり、そんな全てを乗り越えて互いに想いを伝えあうシーンは中々にドラマチックではあるけれど。


「相性的にはなぁ……2人ともゴリゴリのアタッカーだし」

「でも『力こそ全て!』だから」

「ああ、そう」


 他のパーティーメンバーも一応チェックするが、ああ、やっぱり全て加入時のレベルで止まっている。


「うーん、やっぱり黒騎士タイムアタックは厳しいかな」

「タイムアタックはな。倒すだけなら、まぁ、やってみるさ」

「おお、さすが兄ちゃん!」


 何がさすがか分からないが――まぁ、あるものでやるしかないのは世の常だ。

 俺はファストトラベルを使用し、隠しボスである『黒騎士』のいるダンジョン――『死者の谷』へとワープする。


 そして、少し進んだ先に――


「あ、いた!」


 真っ黒な鎧に身を包んだ、いかにもな雰囲気のあるボスキャラクターが立っていた。

 黒騎士は厄介な敵だ。HPが多く、また減少によって行動パターンが変化する。瀕死になれば即死技だって打ってくる。


「なんて、結構覚えてるもんだ」


 久々にしては結構なコントローラー捌きだったと思う。

 俺は画面のレイジを走らせ、先制とばかりに黒騎士へ攻撃を仕掛ける。

 行動パターンが変化するとあっても、所詮はゲームだ。それは無際限というわけではないし、動きを把握していれば対処は簡単だ。

 覚える量は多いが――でも、かつてやり込んだ経験はまだ抜け落ちていないらしく、殆ど反射的にキャラを動かせている。


「おおっ、すげー……」


 あの時のように目をキラキラ輝かせる弟。

 俺が、同じボスに何度も戦いを挑むタイプだったのに対して、こいつはストーリーを楽しむために何度も周回プレイするタイプだ。黒騎士との戦い方もあまり馴染んでいないのだろう。


「でもさ、なんか複雑だよなぁ」

「え?」

「この黒騎士ってさ、セレインが好きだった人なんでしょ?」

「言われてるだけだけどな。設定上最強のキャラ……ええと、ジルだっけ? その死体だとかなんとか」

「それをさ、セレインと今の男でボコボコにするなんて」

「やらせてんのお前だろ」


 なんて雑談しながらも、じわじわとHPが削れていき、残り僅か。最後の行動変化が起きる。

 ここからは気を抜けば即死技が降ってくるので気をつけないといけない。


「ま、いきなり出てきた強キャラだからなぁ……ろくに説明もないし、他に候補がいないってだけで。だから、全く関係ない他人かもしれない」

「うーん……でも、やっぱり俺は黒騎士がジルだったらいいなぁ」

「どうして」

「だってさ、ジルはセレインの護衛だったんだろ? そのセレインが、今はレイジと恋人になっててさ。そのレイジが最強って呼ばれてる自分を倒すんだ。だからセレインのことは安心だし、きっとジルも安らかに眠れる……って、何かで読んだ」

「受け売りかよ……っと、終わり」


 最後の一撃を叩きこむ。

 すると、ボスのHP表記が消え、カッコいいバトルBGMが止み、黒騎士が崩れ落ちた。

 鎧の隙間から中身が霧状になって消えていき、その場にはバラバラになった黒い鎧だけが残る。


 そして、最強武器の素材となるレアな鉱物が手に入った。

 当然戦闘後の会話などはなし。レイジもセレインも何もしゃべらない。


 まぁ、ここまであっさりしていれば、弟がどっかで見たような裏設定なども邪推したくなるだろう。

 なんたって、なんでも言えてしまうのだから。


 それこそ昔の俺もそうだったかもしれない。

 黒騎士に何度も挑んで、何度も殺されて、攻撃パターンを覚えて、殺されて、回復アイテムをガンガンつぎ込んで……ようやく勝てた時の感動は中々のものだった。

 そして、その感動に反し、あっさりとしたゲーム内の雰囲気にちょっとイラつきもしたものだ。せめて何かストーリーがあればいいのにって。

 だから、その補填に妄想で補うのだろう。それはこの『ヴァリアブレイド』を愛したプレイヤーの多くが通ってきた道だ。


 けれど、今の俺にとってはそんな感動はなくて、ただ、手応えのあるボスを倒したという何とも言えない実感だけがあった。


「じゃあ、こんなところで」

「え、まだやろうよ」

「大学のレポート課題があるんだ。お前も勉強しろよ。そろそろ受験勉強始めなきゃだろ」

「ちぇー」


 弟はがっかりしたように肩を落としつつ、再びテレビ画面へと目を戻す。

 まぁ、勉強しろなんて言っても強制するわけでもないし、別にいいだろう。


 弟は『ヴァリアブレイド』の世界を愛していた。ゲームとしてでなく、物語としてだ。

 主人公を愛し、ヒロインを愛し、その関係性を愛し……俺はもう、そうはなれなくて。

 だから、やっぱり俺は、弟のことが羨ましかった。


 もしも、才能とか、能力とか、そんなくだらないことに目を向けず、ただ彼のように純粋に楽しむことができたらどんなにいいか……そう思わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る