第67話 対応の差
もうすぐ1学期が終わる。
約1か月の夏季休暇を前にしてか、学院全体が妙に色めきだっている感じがした。
こればかりは少人数で閉鎖的なクラスゼロにいたら味わえないだろう。
思えば、俺、あまり学生っぽいことをしてないよなぁ……前世の記憶がある分、学生はこういうものという認識もしっかり残っていて、今一学校に通っているのとは違う感覚がある。
「っと、ここか……うわぁ」
俺がやってきたのは1学年Aクラスの教室……なのだが、なんというか随分と大きい。
置かれている机やイスなどは艶やかに輝いており、素人目でも高価と分かる備品の数々。
そして、後方に行くほど高くなっていて、前の席の生徒の頭が気にならない真心を感じさせる仕様など、図書館の倉庫に追いやられているクラスゼロとはあまりに待遇が違う。
まぁ、これも貴族生徒が占めるAクラスだからこそなのかもしれない。特に輪の中に入りたいとも思わないし――と、負け惜しみのようなことを思いつつ教室内を覗き込むと……いたいた。
1人、窓の外を眺めているお姫様が――あれ? なんだか孤立していないか?
周囲の生徒は彼女を遠巻きに見ていて、声を掛けたそうにしているが、何か理由があって話しかけられない――そんな妙な雰囲気がある。
「おい、貴様」
「ん?」
「何コソコソと覗いている!」
っと、Aクラスの貴族様に睨まれてしまった。どうしよう……本当はファクトに頼みたかったけれど、まぁいっか。
「ちょっと人に用がありまして……」
「用? 貴様、確かクラスゼロとかいう連中の1人だったな」
「ああ、もしかして顔を覚えてくださってました? いやぁ、照れますなぁ」
「フンッ、この間の実習で、行き帰りの護衛をしていたからと偉そうに……どうせ大した魔獣も出なかったのだろう?」
偉そうなのはそちらでは。貴方が俺の役だったら、今頃ここにはいませんよ。
そんな皮肉も浮かびはしたが、それほどイライラしなかったのでスルーする。
貴族……いや、貴族のボンボンってのは大体こういうもんだ。この学院に入ってから痛いほど思い知らされているし、今更驚くことでもない。
「貴様のような奴の魂胆は分かっている。この間の恩を押し売りして貴族になんとか取り入ろうというつもりだろう?」
「ははは……」
ああ、なんて聡明なお考え。
この人もいずれどこかの貴族家を継いで、人を率いる立場となるのだろうけれど……大丈夫か、この国。
ただ、今回に関しては全く的外れな指摘でもないんだよなぁ……
「あの、セレインさん、お呼びいただけます?」
「……は?」
貴族様が目を丸くする。
あれ、そんなに変なことを言った覚えは無いんだけどな。
「貴様……今、なんて……?」
「ああ、だからセレイン=バルティモアさんを――」
「み、身の程を知れ!!」
再びセラの名を出した俺に対し、貴族様が声を上げた。
しかし、少し妙だ。
俺のような平民風情が王女殿下を呼び出そうものならば、この無礼者がと叱られるパターンは想像出来た。しかし、彼はどこか焦っているように見えた。まるで、何かに怯えるように……。
「悪いことは言わない……セレイン殿下に不用意に近づこうとするな」
「ええと……」
「以前、Bクラスの平民生徒がこの教室にやってきたんだ。『自分は腕に自信がある。だから専属の護衛にしてほしい』とな」
「ほうほう。んで、その結果は……」
「言うまでもない――と言いたいところだが……口にするのも恐ろしいというのが真実だ」
え……何やったんだ、あの王女様。なんだか凄く気になるんだけど。
「なぁ、一体何が――」
「何のお話をされているんですか?」
「「――ッ!!?」」
貴族様、そして俺はすぐ近くで聞こえてきた鈴の音のような美しい声に思わず身を震わした。
「どうやら、私の噂話をされていたようですが」
「で、殿下……!?」
噂のセレイン殿下だ。いつの間にここに……?
今の彼女は孤高という言葉が実に似合うクールで人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。
例えるなら氷。触れるものを凍てつかせるような……それこそ、『ヴァリアブレイド』の中に描かれた序盤の彼女のような……
「殿下などという呼び方、この学院内ではあまりしてほしくないのですが」
「も、申し訳ありませんっ!! セレイン様っ!!」
貴族様はセラの圧に押され、深々と頭を下げると教室の中に逃げていってしまった。
なに、この恐怖政治……?
「さあ、行きましょう、ジル」
そんな彼を気に掛けることも無く、氷のお姫様スタイルのまま声を掛けてきた。彼のせいで俺までちょっと怖いよ。
「もしかして私に用事ではありませんでした? ファクトさんに用事なら呼んできますが」
「あ、いえ、大丈夫です!」
「……なんだか話し方変じゃないですか?」
「いや、そんなことないよ。うん。セレイ――セラに用事があったんだ」
「そうですか」
ぱっと、いつものセラのような無邪気な笑顔を浮かべるお姫様。
ちょうど教室内には背を向けているので、そのギャップに満ちた表情を見られずには済んだけれど――視線はガンガン刺さってきている。
「ちょっと、移動しないか。話があるんだ」
「話……はいっ。喜んで!」
いよいよいつも通り、可憐な女の子モードにシフトしたセラに対し、俺は妙な緊張を覚えつつ移動を開始するのだった。
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