第68話 2人きりのお茶会
「さぁ、ジル。遠慮せずどうぞ上がってください」
「いや、目立たないところとは言ったけどさ……」
少々混み入った話になる旨を伝えると、セラは丁度いい場所として――なんと自分の部屋へと俺を連れてきた。
俺の部屋が1人暮らしに丁度いいサイズなら、セラの部屋は子どものいる家族が十分住めるくらいに広く、調度品も豪華だ。生徒は皆平等と謳いつつ、こういうところはしっかり差別してくるな、学院。
ポシェ先輩の部屋と比べても少し大きいくらいで……まぁ、あの人も伯爵家だから、俺からすれば大差無いか。
まぁ、文句は無いけれど。むしろこんなに広い部屋を用意されても参ってしまうだろう。
実際セラもあまりこの部屋を活用できていないらしく、いかにも予め用意されていた家具類以外、殆ど物が置かれてはいなかった。
……のはいいんだけど、ポシェ先輩のもそうだったけれど、どうしてこう女性の部屋ってのはいい香りがするんだろう。癖にな――いや、ならないならない。
「あ、あの、ジル? あまり女の子の部屋をじろじろと見るのは感心しませんよ?」
「ん、ああ。悪い」
少し恥ずかしそうにしつつ、ソファに座るよう促してくるセラ。
それに従い、やけに柔らかいソファに座ると、セラはキッチンの方へと引っ込んで――なんとたどたどしい手つきながらに、ティーセットを運んできた。
「せ、セラ? お前、それ……」
「ふふっ、最近練習しているんです。新しい趣味にできないかなって」
「お姫様がやる趣味にしては、少々庶民じみてないか?」
「むしろこれくらいできないと、お茶を飲むにも一々外に出ないといけませんから」
セラは苦笑しつつ、たどたどしい手つきでお湯を沸かす――どうやら光魔法の熱で水を温めているようだ。
まだ慣れてはいないが、手順は頭にしっかり入っているということか。
「ジルは紅茶は嗜みますか?」
「いや。淹れるのはもちろん、飲んだ経験も殆ど無いな」
「ふふっ、だったら高級店の味と比べられてがっかりされることはなさそうですね?」
「むしろ王女殿下の手で淹れてもらった紅茶を飲むなんて、別の意味で胃が痛むよ」
「私も誰かに振る舞うのはジルが初めてですから、少し緊張してしまいますね」
楽しそうに微笑みつつ、紅茶をティーカップに注いでいくセラ。
彼女は一般生徒と同じ標準的な制服姿だけれど、それでも高貴さみたいなものは滲み出ていて――正直、背徳感が凄い。
それでも手伝いを申し出れない程度に門外漢な俺は、ただじっと待っているしかない。
「本当は一緒にお菓子でも嗜みたいところなのですが……まだそちらは勉強以前の段階で」
「菓子作りも自分でやるつもりなのか?」
「はい。折角ですし。それに、王女というのはどうにも不便で。お菓子を買うのもどうにも注目されてしまって……」
「それなら食材を買うのも注目されそうだけどな……まぁ、それくらいなら俺が代わりに買っても――」
「いいんですか!?」
セラは目を丸くしつつ、食い気味に声を上げる。
そんなに驚かれることだろうか。
「ああ、それくらいなら」
「では是非お願いします! 本当は一緒にお買い物も楽しみたいところですが、ジルにも変な注目が集まっちゃいますよね……?」
「別にいいよ。同じクラスになるんだろ?」
「あ……リスタ先生から聞きました?」
「ああ」
セラは少し気まずそうに苦笑する。
まぁ、俺はセラが一度クラスゼロに入ると言った時、こっぴどく反対したからな。また反対されると思ったのだろう。
「い、言っておきますけど、もう書類は提出しちゃいましたからね!? 確かに私は王女ですが、王宮は基本不干渉を貫いていますし、自己意志に基づく行動ですから否定される謂れもありませんっ!」
「別に否定も反対もしないさ」
彼女がクラスゼロに入るということは納得している。
俺が否定した時のセラと、今のセラ――クラス編入に対する考えはおそらく全く違うだろうし、それこそ俺が口出しすることじゃあないだろう。
「それより、セラ。そろそろ、紅茶冷めちゃうんじゃないか?」
「え? あっ……!! あ、温めますから大丈夫です!」
既に紅茶が注がれたティーカップに手を当て、光魔法で温めだすセラ。分からないけれど、それって紅茶を火にかけるみたいなものだよな? 風味とか壊れるんじゃないだろうか……
まぁ、そういう味の違いも残念ながら俺には殆ど理解できないのだけれど。
「お、お待たせしました……」
「いいや、全然」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるセラに苦笑しつつ、置いてくれたティーカップに手を伸ばす。当然、作法なんてものも習得していない俺だ。マナー的に合っているんか間違っているのか分からないまま、カップを取り、紅茶を一口飲み込む。
「ど、どう……ですよね……」
おそらく「どうですか」から「そうですよね」と勝手に自己完結させたセラ。
味に自信が無いのだろう。途中で温めなおすというハプニングもあったし。
「美味しいよ。なんて、舌バカの俺に言われても嬉しくないと思うけど」
そんなセラに俺は特別嘘を使うことなく正直に告げた。
自嘲する通り、俺はあまり舌に自信がない。料理の腕が壊滅的なのにずっと自炊してきて、その点は親父からもお墨付きを貰っているからな。もちろん、悪い意味で。
だから、この紅茶も普通に美味しく感じる。セラからすればお世辞を言われたと思ったかもしれないが。
「……ありがとう、ございます」
俺の言葉を受けて、セラは何かを堪えるように声を絞り出す。
「嬉しい、ものですね。自分の為に勉強し始めた紅茶ですが、いつか、私がこれを上手く淹れられるようになれば、ジルと仲直り――ううん、もっと仲良くなれるんじゃないかって思っていたので」
「そりゃあ、何とも照れるな。あと罪悪感も凄い」
「ああ、いえっ! 別にそういうつもりじゃないですし……それに、いいんです。ジルは助けに来てくれたから」
セラはとろけるような笑顔を向けてくる。本当に嬉しそうで、幸せそうで――俺なんかに向けられているのが勿体ない笑顔を。
「ジル、ありがとう」
「え?」
「ジルのおかげで、気が付けました。私の本当の気持ちに」
「本当の気持ち?」
そういえば、あの夜、魔人を倒した時も同じようなことを言っていたな。
自分が何をすべきか、何をしたいかを――と。
「でも、ジルにはまだ内緒です。だって、ジルも私に話していないことは沢山あるでしょう?」
「まぁ……そうだな」
「ふふふっ、そうですっ」
セラは楽しそうに笑う。
それに釣られて俺も思わず笑っていた。
相手は王女殿下。それにゲームのヒロイン。
俺はこの時間が永遠に続くものではないと理解している。
けれど、だからこそ、こういう時間がジル=ハーストにもあったのだと、後で噛み締められるように、心から笑った。
涙が出るくらい、笑った。
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