第110話 燃える村里

 ここ数年、バルティモア王国全体の治安は良くなりつつあった。

 その要因として最も大きいのは、各地で暴虐の限りを尽くしていた盗賊団の大掃討に王国騎士団が踏み切ったことだ。


 騎士団は国民の敵である盗賊達を狩った。

 一切の容赦も慈悲もなく、圧倒的な力で狩り尽くした。

 一部、隠れ逃れた者達もいたが、以前までの体制を維持することは叶わず、国外へ逃亡する者も多かったという。


 騎士団はそれらを執拗に追ったりはしなかった。

 大方の盗賊団を潰す行為そのものが残った者達への見せしめになると分かっていたからだ。

 事実、その目的は殆ど果たされていた。


 しかし、恐怖に駆られる者たちがいれば、ネジの外れた、合理性のかけらも持ち合わせていない者たちもいた。

 そういう者たちにとっては、大規模な盗賊団が消えたことはむしろ、漁場が解放されたと、チャンスにさえ感じれていた。


 とても自分たちが狩られる可能性があるなどと頭は回らない。

 彼らは呆れるほどに楽観的で、自分勝手で……盗賊だった。


「燃やせ燃やせ! 片っ端から奪い取れ!!」


 ビギンズの中心でそう指示を飛ばすのは、盗賊崩れのゴロツキ達を集め、ついこの間自分の盗賊団を立ち上げたばかりの、ハーストという男だった。

 一団の名前は、『ハースト一家』。


 そもそも彼の本名はハーストではない。

 この名をわざわざ名乗っているのは、この国の人間なら僅かでも耳にしたことがあるであろう、『最も若い伝説』にあやかるためだ。

 最強という単純な言葉は、彼らのような無法者には実に分かりやすく都合のいい御旗だった。


「いいか! 不用意な殺しはするなよ! 村の連中は適当に縛り上げとか!」


 過激な指示を出しつつ、一方でそんな注意も飛ばすハースト。

 これは彼が善人だから——では、当然無い。


 騎士団と密接に繋がりあう女神教の聖女には、まるで鮫のような、殺しの臭いを嗅ぎつける力があるという。

 たかが片田舎。貿易の拠点でもなく、王国にとって重要な農耕地でもない村だからこそ、足もつきづらいと襲ったのだ。

 下手に殺して臭いを追われてはたまらない。


(せいぜい焼けた家の下敷きになる、くらいですませねぇとな。くそ、やりづれぇぜ。どうせ、連中も火に包まれて死ぬのは変わりねぇのによぉ)


 そう内心毒づくハーストだが、実際彼も殺しの経験は無い。

 彼が騎士団に掃討されなかった——いや、見逃されたのは、偏に彼自身見習いより遙かに下の小物だったからだ。

 今彼が盗賊団の長になれているのは、盗賊崩れたちをその気にさせる程度に口が回るという以外無い。


(まあいい。これが俺様の覇道の第1歩だ。ここから、騎士団の連中も相手にならねぇ最強の盗賊団を——)


「頭ァ!」


 自分の成功像を思い浮かべ、にやけ顔を浮かべるハーストに、部下の1人が声をかける。

 邪魔されたことに苛立ちつつ振り返ると——その部下は1人の女性を連れていた。


「おい、攫うのは余計な足がつくから——」


 反射的に怒鳴り、しかし、ハーストは途中で言葉を切った。

 いや、見とれたのだ。その女性——セシルの美貌に。


 このような片田舎にひっそりと暮らすには釣り合いのとれない美女だ。

 苦痛と怒りで表情を歪めてはいるが、そんな姿もハーストからしてみれば魅力的でしかない。

 彼は、無意識の内に舌なめずりをしていた。


「頭ァ、この女、どうします?」

「へへ……決まってんだろ」


 かつて、騎士団も中央以外はまともに機能せず、もっと盗賊という無法者が幅を利かせていた頃。

 金品は奪い、食糧は食い荒らし、男は殺し、子どもは売り、女は犯す——それが彼らの当然の報酬だった。


(そうだ、俺は未来の盗賊王だぜ。足がつく、つかねぇじゃねぇ。戦利品はきっちり、堪能しねぇとな)


 下卑たいやらしい笑みを浮かべて近寄ってくるハーストの姿に、セシルも自分がこれからどんな目に合わされるのかは容易に想像がついた。

 しかし、それでも恐怖に顔を歪め、相手を喜ばせるようなことはしない。

 セシルはあくまで気丈に、屈する気などないと、強くハーストを睨み付けた。


「ふひっ! いいねぇ!」

「うぐっ!?」


 ハーストはそんなセシルに気圧されることなど全く無く、雑に彼女の髪を掴みあげた。


「この……こんなことをして、許されると……!?」

「おいおい、誰が許す許さないを決めるってんだぁ?」


 ハーストの言葉にセシルは顔を歪める。

 仮に彼が裁かれるとしても、それは全てが終わった後だろう。

 村は焼き尽くされ、全てを奪われ、セシルも死より苦しい地獄を味わうことになる。

 それを思えば、抵抗に吐き出した言葉はあまりに虚しく、セシルは思わず目に涙を浮かべた。


(先生……)


 助けてほしいのか、自分の未来を思い謝りたかいのか、セシル自身にも分からない。

 ただ、無意識に思い人の姿を思い浮かべていた。

 けれど、普段のように幸せな気分になれない。ただただ、罪悪感と、無理にでも思いをはっきり口にしておけば良かったという後悔ばかりが膨れ上がっていく。


「それじゃあ、ひひひっ、お楽しみといくかぁ。燃える村の中で、燃え上がるってのもオツだろ?」

「っ……!」


 気丈さも崩れ、いよいよ取り繕うこともできず恐怖に顔を歪めたその時――


「ねえちゃんを離せーッ!!!」


 レイジの怒りに満ちた声が、燃えさかる村の中に響き渡った。

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