第21話 優れた才能

――復讐。


 セラの口から出たそれの真偽を確かめる術を俺は持たない。

 俺に寄り添うための出任せか、それとも真実か……復讐と言いながら詳細を明かしていない俺に言及する資格はない。

 少なくとも彼女が魔物、魔神の存在を既に知っていて、それらに対し復讐を口にしたという時点でもう俺と同じだ。


 実際、ゲーム内のセレインも魔神打倒に執念を燃やしていたから、全く不自然な話でも無い。ただ、それはジルの死に魔神が関与していたからではないかと思っていたため、今の彼女には関係のないこととスルーしていた。

 しかもジルの死に~という話も、あくまでファンの考察に過ぎない。ゲームでは殆ど語られない、本当にいる必要あったのか、というのがジル=ハーストという男なのだ。


「……分かった」


 そんな思考を回していては、セラを突っぱねられる言葉が見つかるはずも無く、納得せざるを得なかった。

 頷く俺に、セラは少しばかり安心したように息を吐く。


「セラ、お前の事情は聞かない。俺も、俺の事情は話したくないんだ」

「そう、ですか」

「聞きたかったか? でも、命に代えても果たしたい復讐の理由なんて聞いたって楽しいもんじゃないさ」


 少し歯切れの悪いセラに苦笑する。

 まったく現金な話だが、1人でただ魔人、魔物と成ったサルヴァへの殺意を抱いていた時より、彼女と2人でいる方が余裕を持てている。殺意を抱きつつも、思考はクリアだ。


 だから分かる。

 あの魔物の物量には今の俺では歯が立たない。

 まともな武器――欲を言うならアギトか自前の弓矢があれば……。


「そういえば、セラ」

「はい?」

「さっきの魔法? あれは何だったんだ?」

「あれは、ライトボムですよ?」


 むしろ知らないの? という感じで小首を傾げるセラ。

 ライトボムという魔法の存在は知っている。光属性の最初級攻撃魔法だ。

 ただ、最初級というだけあって殺傷性は低く、あの魔物の腕を吹き飛ばすほどの爆発を起こせるものではない。それに俺たちに一切のダメージが入らないのも――


「少しばかり出力を調整しただけですよ。それと魔法の干渉範囲からジルと私を外して……私、少しばかり魔法の扱いが特殊なようで、そういうことができるんです」


 言葉だけ聞けば中々の自慢だし、実際魔法について専門外の俺にも特別だと分かるが、なぜか本人の表情は暗い。


「あの爆発は中、いや上級くらいの威力だったろ。それをライトボムで出せるなんて凄いじゃないか」

「……ありがとうございます。ジルはやっぱり優しいですね」


 素直に称賛したつもりが彼女には世辞に思えたらしい。それとも、これはかなり常識的な話なのだろうか。


「ジル、本当に優れた魔法使いというのがどういう存在か、分かりますか?」

「え? ええと……」

「私は私1人で見たらジルの言ってくれた通り、凄いのかもしれません。ですが、私は仮に天寿をまっとうしたとしても精々数十年程度しか生きられません。与えられる影響もその程度です」

「なるほど……優れた魔法使いは、後世に残る発明をした者のことって意味か」

「はい」


 そういえばどこだったか、こんな話を聞いたことがある。

 殴って岩を壊せる男がいたとする。トンネルを掘る際に彼は重宝されたが、彼が事故で倒れ、それ以上掘り進めることはできなくなってしまった。

 しかし、別のある者がツルハシを発明した。ツルハシは岩を壊すことしかできない。ただ、人を選ぶこともない。

 勿論女子供でも、という訳にはいかないが、普通の成人男性であれば、ツルハシを使うことで岩盤を砕くことができる。

 男1人に依存せず、他の者達でもトンネルを掘り進むことができる。

 

 岩を壊せる程の男であれば、他に幾らでも出来ることがあるだろう。重い荷を運んだり、暴れる獣を打ち倒したり。

 しかし、人が求めたのはツルハシという誰にでも扱える道具の方だった。


 優れた人間よりも優れた道具――少し極論かもしれないが、事実でもある。

 セラには魔法を行使する優れた才能があっても、後世に遺せる術式や理論、魔道具と呼ばれる魔法的効果を発揮する道具の作成などはできない。

 だから、優れた魔法使いではないと……けれど、


「そんなの関係無い」

「え……?」

「俺を助けてくれたのは長い魔法の歴史なんかじゃない。セラだろ?」


 事実であっても極論は極論。その対極には真逆の事実が隠れているものだ。

 もしもツルハシでも壊せない壁が現れたとき、それを誰かが個人技で壊せるのならそれが正になる。


「お前は誰かを助けることのできる力を持ってる。喩えそれがお前の手の届く範囲しか、お前の生きている間しか護れなくても、お前が守った誰かがまた別の誰かを護ってくれるかもしれない。未来ってのはそうやって繋がっていくんだ」

「ぁ……」

「それに、仮にお前が優れていないとしても――俺達はアレを倒す。俺達がこれからやることに変わりはないさ。そうだろ?」

「っ……! はい……はいっ!!」


 俺の差し出した手を、セラが強く握る。そして、その目に涙を浮かべながらも力強く頷いてくれた。


「よろしく頼むぜ、相棒」

「相棒……任せてくださいっ!!」


 そうだ。

 形がどうあれ、過程がどうあれ、俺の成すべきことは変わらない。

 そしてセラも、彼女の道を違えはしないだろう。その瞳からは自信……とは少し違うかもしれないけれど、確かに前向きで力強い光が灯っている。


「あ、そうでした。ジル、私貴方に渡すものがあって……」

「渡すもの?」

「はい、1人でここを彷徨っている最中に見つけたのですが――」


 そう言って、彼女が何処からともなく取り出した“それ”は思いがけずも求めていたもので――なんというか色々と出来過ぎてる展開に、思わず笑ってしまった。


「ふ、ふはっ……!」

「……ジル?」

「ああ、いや。悪い悪い。なんというか、もしかしたらお前は俺にとって女神なのかもしれないな」

「め、めが……っ! もうっ、からかっているでしょう!?」

「はははっ、思ったことを言っただけだよ」


 これから命を奪おうというのに、仇の一端をとろうというのに、俺達は共に気楽に笑う。


「さあ行くぞ、セラ!」

「はいっ、ジルっ!」


 ピースは全て揃った。

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