第84話 異変と噂

 ザーフという男はいかにも雇われという感じの町長だった。

 いや、主観が入り過ぎているか。ただ、常に眉尻が垂れ下がった不安げな表情を浮かべているのと、気弱そうな猫背から、きっとセラ――は分からないが、サリアは同様の印象を抱いたのではないだろうか。


「本当に君達が依頼を……? まだ子供に見えますが」

「はい。ミザライア王立学院の生徒として、正式に冒険者ギルドから受託されております」


 既に挨拶は済ませ、俺が王立学院の生徒であることも伝えていたが、それでもなお疑いの目を向けてくるザーフに、あえて「ミザライア王立学院」という部分を強調するように繰り返す。

 彼らが依頼を飛ばした冒険者ギルドというのはいわば冒険者――腕っぷしのフリーランスへの仕事斡旋所といったところか。リスタ先生はそこから正式な手続きを経て、俺達生徒へと依頼を委託させている筈。おそらく、が頭についてしまうのが、あの人の秘密主義の悪いところなのだが。


「はぁ……分かりました」


 ザーフは相変わらず辛気臭い態度で、俺――というより、両サイドに座るセラ、サリアを見て溜め息を吐いた。もしかしたら女連れでデートついでの軽い気分で来ていると思われているのだろうか。

 しかし、彼はそんな態度ながらも概要の説明を始める。藁にも縋る気持ちなのかもしれない。実際、この町の代名詞でもある市場を閉めるほどの事態なのだ。その深刻さは想像に難くない。


「実は、最近この町で失踪が続いているのです」

「失踪? 町民がですか」

「ええ。それも町民だけでなく、この町へとやってきた行商人やその家族も含め、老若男女見境なくです」

「原因は……いや、分かっていたら苦労ありませんね」


 なるほど、理由も分からず人が消えるなどあれば、そりゃあわざわざ商売に訪れはしないだろう。

 また、失踪は集団で纏まってではなく、1人ずつ、順繰り順繰りに起きているという。

 となれば人為的な……所謂「人攫い」的なものが想像できる。攫う側にキャパ的な制限があるということだからな。


「ねぇジル。盗賊団の仕業ということはないかしら。その……私の時みたいに」

「それはあまり考えられないかな」

「え、なんでよ」

「お前の時はお前が間抜けだったのが原因だ。護衛もつけずにのんびり馬車を回してたんだからな」

「う……」

「この町にも衛士はいるし、商人たちだって当然ちゃんと護衛はつける。金も人も集まるが、捕まるリスクだって高い。勿論、それほどに腕が立つ人攫いの仕業って線は残るが――」


 俺は町長の前ということもあり、それ以上を口にはしなかった。

 あくまで俺の考えは失踪を人攫いの仕業と仮定した際の、人攫いの立場になった際の想像にすぎない。


 確かにここは流通の拠点。交易の町だ。

 だからといって、ここで人を攫うのはリスクとメリットが釣り合わない。


 せいぜい商人の子供を攫って身の代金を要求する、といったところか。奴隷として売るなら見た目の綺麗な子供を狙った方が金になりそうなもの。

 しかし、町長は“老若男女問わず”と言った。衛士や商人の護衛を避けてまで老人まで攫うことで得られるメリットは……うーん。


「……その、ジル殿と申しましたか」

「はい」

「実は、あまり信憑性の無い話のため、お聞きいただく必要ないとも思ったのですが」

「何かまだあるんですか?」

「ええ――」


 ザーフは、相変わらず眉尻を落としながら、しかしこれまでで一番自信なさげに言った。


「実はある目撃談が上がっていまして」

「目撃談?」

「ええ……なんでも、一部の失踪者が消える前に、“死者を見た”と」

「え?」


 思わず呆けた声を漏らす俺に、セラとサリアが不思議そうに見てくる。


 死者を見たって、それって幽霊……だよな……?

 俺は自分が奇異の視線に晒されていると気が付いていながらも言葉を発することができなかった。


 そう……他でもない、この俺は。


 幽霊が、大の苦手だった。

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