ゲームのストーリー開始前に死ぬ“設定上最強キャラ”に転生したので頑張って生きたい
としぞう
第1章『邂逅』
第1話 吹雪の島
――吐いた息が白く着色している。
身を刺すような寒さの中、俺はボーッとそれを眺めていた。
「まさか、自分の息を見るのも初めてとか言わないよな?」
「ああ、俺の住んでたとこじゃあ、ここまで寒くなることは無かったからな」
すぐ隣で俺と同じく寒さに身を震えさせる少年の、少し冗談めいた言葉に対し俺も冗談交じりで返す。
とても冗談を言い合えるような状況では無いが、ただ黙っているよりは肺が温まって良い。
つい先ほどまでここは常夏の島だった。
半袖姿でも汗が噴き出すほどの猛暑だったのに、ものの数分で吹雪舞う極寒の地と化した。
あの氷を纏ったドラゴンによって。
突然、呼んでもいないのにどこかから飛んできたあのドラゴンが、つい目の先を悠々と闊歩している。俺と少年はそれを岩場の影から眺めていた。
ここはそれほど大きい島ではないが、しかし島一つを常夏から極寒に塗り替えてしまうということから、あのドラゴンがどれほど強いか分かってしまう。
「災害認定されそうなレベルだが……まさか、あれも仕込みじゃないだろうな?」
「だとしたら、この試験を考えたやつはよっぽど性格が悪いか、子どもに恨みがあるに違いない」
少年の疑問に肩を竦めつつ返す。
「多分、試験のために余所からこの島に魔獣を集めた弊害だろう。俺達にとっては試験、腕試しの場だけど、同時に飢えたアイツにとっては絶好の餌場だろうからな」
「くそ……あんなのが居たんじゃ試験どころじゃない。隠れてやり過ごさないと」
「やり過ごせるならそれでもいいけど……」
彼の提案に、俺は頷けなかった。
勿論この場、この状況だけを切り取れば彼の意見は正しい。俺達子どもが竜に立ち向かってどうこうなるなんてのは物語の中だけだ。
しかし、俺たちがこの島に来た理由を思うと得策とは言えない。
「あれが直ぐに消えてくれるならいい。けれど試験はあと一週間もある。俺たちは一週間もこの島で過ごさなくちゃならないんだ。その間、こんな吐いた息も白くなって、身体の中まで凍っちまいそうな環境で、防寒具も何も持たずに生きられるか? それこそ凍死が先か、氷結した世界の中で食い物も手に入れられずに飢え死ぬのが先かって違いしかないだろ」
「そ、それはそうかもしれないが……ええい、学院の連中は何をしている!? こんなアクシデント……」
「それは今言っても仕方ない。現実として教員連中が無能だろうがなんだろうが、そんな心配もそれまでに俺達が死んでちゃ考えるだけ無駄だ。それに……もしも助けが来たとしてもその前に被害者が出る」
ドラゴンは肉食だ。人だって食う。
この島には魔獣や小動物、鳥、魚など豊富な食料が揃っていた。
しかし、この寒さでは鳥や魚は島に寄り付かなくなるだろう。動物、魔獣だって身を隠す。
元々自然の中で暮らしている彼らにとって身を守る術、直感は当然備わっている。
それこそ、普段ぬくぬくと平和の中で生きている人間に比べればよっぽど上手く。
「……僕たちはあいつにとって絶好の獲物というわけか」
「人間なんて普段捕食者を気取っている生き物だからな。プライドが高い分ウサギよか捕まえやすいだろうぜ。アイツももしかしたらまだこの島に人間がいるなんて気がついていないかもしれないけど、数刻待たずして誰かしらボロを出す。一人捕まえれば味を占めたアイツはこの島の人間を根刮ぎ平らげようとするだろうな」
なんたってこの島には今30人もの子どもがいる。『ミザライア王立学院』という学校の入学試験の為に。
一応はこれまでの試験を通し、一万人以上の志望者の中からふるいにかけられて最終試験に残った優秀者達だ。腕がまあまあ立つかもしれない……が、所詮は子どもだ。
この王国の未来を担う原石だとしても、加工していない今はただの石ころだ。
俺達には運がなかった。
一口に王立学院の最終試験といっても複数の組に分けて実施されているらしく、さらに試験内容も組によって異なるという。
俺達の組に課せられた最終試験は2週間の無人島サバイバル。荷物の持ち込みは一定量可能だったが、まさか事前通知された常夏の島が途中から雪国に変貌するなど誰も予想していなかっただろう。当然俺も含めて。
「で、どうする?」
「……なに? 僕に決めろというのか」
「違う。お前はどうするんだって意味」
「お前は決めているというのか」
「ああ。あれを倒す」
少年は唖然といった様子であんぐり口を開けて固まった。
その様子は可笑しく、平時であれば笑いもしただろうけれど、この状況ではいささか緊張感に欠ける。
「他に大して選択肢があるわけじゃない」
「だ、だが……」
「見たところアイツは相当飢えているらしい。元々俺達が暴れていたおかげでこの島の生き物達は警戒を高めていた。そんな中でドラゴン様の登場だ。もうとっくに身を隠したに違いない。思うように狩りが上手く行かなくて、さぞイライラしてるだろうよ」
「だが、飢えた獣は凶暴性を増すというし……」
「飢えている内は可愛いもんだ。一口食ってからのが怖いっての。空腹でイラついてくれてる方が単純になっていい……っと」
ドラゴンが首を高くし、じっと遠くに目を向ける。何か見つけたようだ。
「何かに気がついたな……。おい、貴族様。その剣貸せ」
「なっ……お前にはその槍があるだろう!? それに剣だって腰に差しているだろう!」
俺の背負う長槍と腰に差した鞘付きの剣を指差しつつ少年は明らかに嫌そうな反応を示してきた。
「策がある。このままじゃ手遅れになるぞ」
「ぐう……」
「それともお前が代わりに行ってくれるのか? 止めるってことは素敵な代案があるんだろうしな」
「……分かったよ」
少年は渋々頷き、剣を渡してくれた。かなり強引なやり取りだったが、彼も焦って冷静さを欠いているようだった。
それも当然だ。彼だって、まだ子どもなのだから。
「ああ、武器を失って僕はどう身を守ればいいんだ……」
「それこそ逃げればいい。いざとなったら“魔法”だってあるんだろ?」
「ぐぅ……」
俺にだけ任せて自分が逃げることにはプライドが痛む。しかしアレに立ち向かう勇気も湧かない……そんな感じの表情だ。
ここで普通なら優しい言葉でも投げかけ慰めてやるべきなんだろうけれど、状況的にもそんな余裕はなかった。
――ギュオォォォオン!
「ッ!」
ドラゴンが咆哮を放つ。獲物を見つけた合図だ。
俺は彼が息を飲むのを背中越しに聞きつつ、咄嗟に地面を蹴り抜き、ドラゴンに向かって駆け出した。
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