第17話 魔人
「やぁ、お喋りは終わったかい」
伝心石をポケットに入れ、視線を前方に戻すと、それを見計らったかのようにその男が声を掛けてきた。
ゲームでありがちな、いかにもボス戦が行われそうな丸く縁どられた広場……その中央に奴はいた。
性別はおそらく男。年齢は20代半ばといったところか。開けているのか閉じているのか分からない狐の面のような目が特徴的だ。
「お取込み中だと思ったからこっちも遠慮してたんだけどな」
バレているならコソコソする必要もない。入り口の影から出て広場に足を踏み入れる。
男の足元には盗賊らしき男の死体が転がっている。ついたった今、こいつに殺された死体が。
「ハハハ、問題無いよ。お仕置きはもう済んだからね」
男が盗賊の死体を足で転がす。死体の顔にはいくつもの殴打の痕があった。
「彼らの無能さにほとほと呆れるよ。まさか君のような番犬を引っ張ってきちゃうなんてね。殺気、隠せてないよ?」
「お前がセラ……王女誘拐を企んだのか」
「ああ、その通りだ。私はサルヴァ。この盗賊団を使い、セレイン王女殿下を拉致させて頂いた」
聞いてもいないのにペラペラと喋る。
舞台上の役者のように大袈裟に抑揚をつけた喋り方が鼻につく。
「捕まえたなら捕まえたで、逃がさないよう気を抜くなと言いたいよねぇ。まったく、タイミングを見計らえと言っていたのに早とちりで攫って、逃げられたんじゃあ世話ないよ」
「早とちり?」
「まだその時では無いからさ……っと、こんな話、君のような番犬くんにしたところで理解できないか」
「魔神の復活」
サルヴァがその細い目を僅かに開く。
「お前たちの目的は魔神の復活だ。そのためにセレインの、セレインに流れる母方の血を求めている。そうだろ」
「へぇ……?」
口では肯定しないが、反応はそれを示している。
サルヴァからの敵意が増すが、そんなことはどうでもいい。
これはただの答え合わせだ。前世の俺の知識、そして今生の俺の感覚によって導いた答え。
「サルヴァとか言ったな。答えろ。お前の父親は……魔神の眷属は何処だ」
「……なんの話かな?」
「そう簡単には吐かないか。まぁいい」
この男が関係者だと言うことは、コイツから漂う吐き気を催させる臭気からハッキリ分かる。
俺は腰に差した銅剣を引き抜き、構える。
「痛めつければ、少しはお喋りしたくなるだろうからな」
「君……随分と自信家みたいだね。僕に勝てると思っているのかい?」
「勝つとか負けるとか、そんなことに興味はない」
俺の目的ははっきりしている。この男の、その先……魔神の眷属たるあの男を殺し、父と母の復讐を果たす。
「ッ!」
前へと踏み込んだ足で、咄嗟に横に跳ぶ。
不格好に転がる羽目になったが、突如として飛んできた盗賊の死骸は躱すことができた。
「勘違いするなよ、番犬」
サルヴァの雰囲気が変容している。
悍ましい、腹の奥が煮えくり返るような臭気が増していく。
「狩るのは此方側なんだよ」
サルヴァの目が赤く輝く。
魔神の子、“魔人”としての力を発動した証拠だ。
「へぇ、どうやら本当に“僕ら”のことを知っているみたいだ。俄然興味が出てきたねぇ。フフフ、あのお姫様はまた攫えばいいんだし……時が満ちるまで、君の頭でも弄くって楽しむのも悪くはない」
「っ……」
腕だ。
奴の背後、背中から黒い、腕のようなものが生えた。それも一本や二本ではない。イソギンチャクのように無数に生え、伸びる。
松明の明かりで照らされた部屋に夜が訪れたと錯覚する程に黒が広がっていく。
「インフィニット・ハンド……僕の魔力から作り出されるこの腕達は如何なる物も逃がしはしない」
「お姫様は逃がしそうだけどな」
「その余裕、すぐに絶望に塗り替えてあげるよっ!!」
奴の激昂に合わせて、黒い腕が5……いや、6本伸びてきた。左右から3本ずつ、動きは対称的で直線的。全て俺の心臓を目指すような軌道。
今度は最初から意図して右に跳ぶ。
一跳びで全て躱すことに成功。しかし、左から伸びていた腕達は大きく弧を描くようにカーブしながらそのまま迫ってくる。
その3本、全てを同時に撃ち落とすように銅剣で薙ぎ払った……が、
――バキィッ!
「このポンコツ……!?」
たった一撃、一振りで根元からぼっきりと折れた銅剣、だったものに悪態を吐く。
ていうか、この腕……見た目から受ける印象以上に硬い。
「ハハハ! そんな鈍らじゃあこの手は落とせないよっ!」
「質量があるなら……!」
手の部分に捕まれないよう身を捩り、回転の勢いを乗せ、腕部を叩き蹴る。
「ッ……硬ぇな……!」
ジーンと足に伝わる確かな反動。
撃ち落とすことには成功したが、あまり得策とは言えないか。
「ほらほら、まだまだぁ!!」
サルヴァの声は余裕がありありと乗っている。向こうはまだまだ小手調べといったところか。
伸ばしていた腕を全て引き戻し、代わりに別の腕、また左右3本ずつを伸ばしてくる。
先ほどと違い、こちらに剣は無い。
(直線的な動きは勢いを乗せるため……勢いが削がれれば腕を引っ込めざるを得ない)
ただの推測だが、たとえ確信が持てなくても情報をかき集めて対処するしかない。
今度は伸びてきた腕を全て躱すことに専念する。動きは速いが、精々通常のパンチ程度。動きの特性上、紙一重で躱せば弧を描いて二撃目を撃ち込んでくることはできない。
「へぇ、良い判断だね。それじゃあ、少しステージ上げてみようかっ!?」
「なっ!? 速く……!?」
腕が伸びてくる速さが格段に上がる。目算、先ほどまでの倍だ。
対処できなくはない。できなくはないが……!
「ほらほらほらほらぁ! トロトロしてたら掴まっちゃうよぉ!?」
伸ばして、引っ込めて、伸ばして……その1つ1つの速さが上がれば間隔も減る。一瞬でも足を止めればすぐさま掴まってしまう。
一つにでも掴まってしまえば、一気に拘束されるだろう。
俺は徐々に距離を置くよう後退する。距離が離れればその分、射出から俺に届くまで猶予が生まれる。
「おいおい、君は見たところ接近戦が得意かと思うが? 離れちゃったら余計不利になるんじゃないかい?」
安い挑発だ。まだこの黒い腕達の全貌がはっきりしていない以上、博打に出るのは早すぎる。
「何かを待ってる? それとも隠してる? ハハハッ! 見せてみなよ、君の力ってやつをさぁ!!」
――ズガァンッ!!!
すぐ後ろから岩を砕く重たい音が響いてきた。
腕が壁を砕き破る音だ。硬さと速さから想定できていたことだが、殴られるだけでこの威力か……!
「逃げてるつもりが、追い詰められちゃった気分はどうだい?」
そう虫の足を一本一本もいでいく子どものような無邪気さを孕んだ嗜虐的な声を上げるサルヴァ。
一切勢いを弱める気はないらしい。ズガガガガと背後の壁が殴られ、砕けていく。
「う、ぐっ、ぅ……!!」
砕けた岩の破片が、背後から襲ってくる……が、それを避ける余裕はない。
腕は相変わらず、一切勢いを緩めることなく無尽蔵に襲い掛かってくる。痛みに呻いていれば捕まる。
それならいっその事、勢い任せに奴に突っ込んで……違う、それじゃああまりに短絡的すぎる。
どうする。何かある筈だ。
考えろ、ジル=ハースト。単純な方に流れるな。
アギトも無い、弓矢も無い。
”奥の手”があるにはあるが、その場しのぎで出して、警戒させるわけにはいかない。
(父さん……母さん……!!)
俺は、誓ったんだ。
必ずアイツらを、あの男を殺すと。
そしてあのサルヴァはようやく、初めて見つけた”きっかけ”なんだ。
こんなところで躓くわけにはいかない。立ち止まる訳にはいかない。
考えろ、考えろ、考えろッ!!!
――……ぉ……っ!
「っ!!」
聞こえた、岩が砕ける音に隠れて、確かに、声が。
すぐに頭が組み立て始める。この状況を変える起死回生を。
サルヴァのあのニヤケ顔を崩し、命を獲る算段を。
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