第18話 逆転

「音がしたのはこの辺りだな……っ!? あれは!」

「なっ!? 侵入者!? それにあの小僧じゃねぇか!」


 ドタバタとこの広間にやってきたのは、この遺跡をアジトとする盗賊達だった。


 散々騒いだんだ。岩を崩す音もさぞアジト内に響き渡ったことだろう。

 振動も感じただろうし、これで気付かなければあまりに間抜けだ。


「チッ」


 しかし盗賊達の来訪を受けて、忌々しげに舌打ちをしたのはサルヴァだった。

 普通に考えればこれで不利になったのは俺だ。口振りからサルヴァと盗賊達には協力関係があるのは分かる。それはつまり、俺から見れば敵が増えてしまったことに他ならない。


 しかし、それはあくまで数で見ればの話だ。

 サルヴァと盗賊達はおそらく雇用関係。セレインを攫う為にサルヴァ、ないしは奴の協力者が王立学院に奴らを手引きした。

 しかしそんな関係だからこそ、サルヴァが盗賊達を信用していないのも感じた。盗賊達からしてもそうだろう。あくまで金でできた繋がりだろうからな。


 それにサルヴァは1対1で俺を十分追い詰めていた。ここで余計な茶々を入れられるのは面白くない筈だ。

 そして、そんなこととは別にしても、彼らの到来は俺にとって助け船となった。


「おいっ、あの小僧は雇い主だ! 加勢しろ!」

「お、おう!」

「な、なんだあの手……気持ち悪ぃ……」


 入り口から次々入ってくる盗賊達は俺への敵対意識は持ちながらも、統制は取れていない。中にはサルヴァの出したインフィニティ・ハンドだったかを見て間抜けに足を止めている奴もいる。


「っ!」


 そんな彼らに向かって、俺は壁沿いに走り出す。背後で俺を追う腕が壁に刺さる音がするが、追いつけてはいない。

 昔見たアクション映画でガトリング弾から逃げる映画スターみたいだ。ガトリング弾に比べてしまえばあの腕は遅く、弾幕も薄いだろうけれど。


「き、来やがっ――うぐぅっ!?」


 盗賊の1人に差し掛かると同時に、勢いそのまま跳び膝蹴りを放つ。膝が鼻尖に突き刺さり、骨ごと砕いていく。

 そして、そのまま倒れる男の腰に差されたナイフを奪い取った。


「くっ……邪魔だ、雑魚共!!」


 サルヴァが俺の目的に気が付き、盗賊達に怒鳴り声を上げた。


 盗賊達は当然武装している。丸腰だった俺はただ無様に逃げるしかできなかったが、獲物が有れば話は変わってくる。


(とはいえこのナイフも微妙だな……手入れも碌にされてないし、正面からあの腕にぶつかれば銅剣の二の舞だ)


 そう全てが都合良く行くわけもないが。


「ウガッ……!?」


 背後で呻き声が上がる。

 俺を追っていた腕が、俺に倒された盗賊を巻き込んだのだろう。


「なっ!?」

「お、おい、小僧! 俺達ゃ味方だぞ!」

「チィ! 面倒な……」


 盗賊達の当然とも言える抗議にサルヴァが悪態を吐く。

 お陰で腕の動きが鈍った……!


「ここだ……ッ!!」

 

 漸く巡ってきたチャンス。俺はそれを見逃さず、逃げから一転、足先をサルヴァの方に向けた。


「ぐっ……!」


 それにサルヴァも気が付き腕を差し向けてくるが、既にその速度には慣れている。

 それに奴のこの技、おそらく魔法の特徴も把握した。


 確かに無数に生えた黒い腕が与えてくる視覚的な威圧感は凄い。

 けれどその動きは単純だ。


 そもそも人間の脳ってのはそれほど複雑に対応できるわけじゃない。

 2本の腕でさえ、右と左で別の字を書くことに訓練を要するのだ。それが更に何本も増えればどうしたって単純化させなくちゃいけない。


 サルヴァの腕は伸ばし、引っ込める。それだけの単純な動きを繰り返していた。同時に扱えるのも左右3本ずつで、右左と規則正しく順番に襲ってきて、しかもその軌道は直前の動きを踏襲している。

 その素直すぎる動きは単純で、非常に読みやすい。


「うぐぅ……!」


 腕の動きを紙一重で躱し続ける俺に、サルヴァが焦ったような唸り声を漏らした。

 先程まで防戦一方だったのだ、サルヴァは俺が攻撃を避けながらも余裕が無いと思っていただろう。

 実際、決め手が無かったからこそ攻めに転じられ無かったのだが。


 ただ、やはり近づくにつれ攻撃が激しくなっていく。単純に伸ばす、引くの動作に必要な距離が減るからな。一定距離以上に近付けば躱し続けるのも難しいだろう。


 だが、それなら近付かなければいいだけのことだ。


「ふっ!」


 拾ったばかりのナイフをサルヴァの脳天目掛け思い切りぶん投げる。

 それを想定していなかったのか、サルヴァは咄嗟に黒い腕を複数動かし、顔を抱き締めるようにガードした。

 許容量を超える動きに、伸びていた腕が地面に落ち、溶けるように消えていく。


 それにしても酷いガードだ。飛んでくるナイフを空中で掴むどころか、ピンポイントで弾くこともできないらしい。


「このっ!!」


 そして、接近する俺を払いのけるようにガードしていた腕を振り広げてくる。あまりに単純な動きだが、点より面を意識した攻撃は結構脅威で笑えない。

 が、十分に予想できていたので、地面を強く蹴り跳ぶことで軽々と回避する。背後からはボーッとしていた盗賊連中が凪ぎ払われる悲鳴が聞こえたが、無視。


「ぐっ……」

「…………」


 空中から、サルヴァと目が合った。あっさり動きを読まれたのがプライドに響いたのか、先程までの余裕が怒りに変わっている。


 けれど、こちらは最初から怒りに支配されている。

 遊びなど最初から一切無いし、当然、この行動もここで奴をおちょくって終わりな訳がない。


 隠し持っていた石片、先程奴の腕が砕いた壁の破片を拝借したものを振りかぶる。

 それを見てサルヴァは大きく目を見開いた。慌てて防ごうと腕を動かすが、遅い。


「うぐぅッ!?」


 放った石片が額を打ち抜き、サルヴァが大きく仰け反る。ナイフほどの殺傷性は無い。

 しかし、奴が頭で考え黒い腕を動かしているという性質上、この状態であの腕を操ることはできない。


「漸く、届いたぞ……!」

「なっ……グアァッ!!?」


 無防備なその顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。

 便利な腕の影に隠れているだけあって、その体は華奢で軽い。


「うっ! ぐっ!? あがっ!!?」


 腕で反撃する隙など与えない。

 怯むサルヴァにひたすらラッシュを打ち込んでいく。

 ただひたすら、奴の出す黒い腕が消えるまで。


「あ……ぐ、ぁ……」


 地面に倒れ伏すサルヴァを俺はただ眺めていた。特別な感慨もない。

 この男への、いいや、この男に流れる血への怒りは依然として胸中を渦巻いているが、この男を痛めつけたところで一切晴れはしないのだから。


「答えろ、サルヴァ。お前の父親は何処にいる」

「き、さま……なぜ、父上を……」

「セシル=ディカード、レクス=ディカード。この名前に聞き覚えがある筈だ」


 俺が口にした2つの名に、サルヴァは腫れた瞼を見開かせる。

 そして、改めて俺の顔を見て……笑った。


「そう、かぁ……フハハッ! 貴様ぁ、あの2人の息子かぁ……! ククク、フハハハハ!!」


 その笑いは痛めつけたにも関わらず、不快に、この広間に響く。


「まぁ僕は知らないけどさぁ? 随分と良い声で鳴いたらしいねぇ。特に君のお母さんは」

「黙れ……! 好き勝手喋ることを許したつもりはない!」

「ああ……我が父の居場所だろう? それなら――」


――言うわけが無いだろう、貴様のような忌み子如きに。


 そんな呪詛のような言葉と共に、サルヴァの身体から無数の腕が溢れ出した。

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