第3章『剣』
第70話 運命に恋する少女
その少女は飢えていた。
幼い内に父に捨てられ、母を病で亡くし――そんな彼女を守ったのは皮肉にも彼女を捨てた父から学んだ剣だった。
まだ年齢が1桁の時から、彼女は大人に混ざりその剣を振るった。
幼いといってもそれはあくまで見た目だけ。彼女はいの一番に前線へと駆け抜け、両手に持った双刃を容赦なく振るう。
如何なる魔獣も――それこそ、固い鱗や甲殻に覆われたものでさえも斬り捨て、その返り血や体液に身を染める。
そんな姿を見た大人たち、冒険者は口を揃えて彼女をこう評した。
――人の姿をした鬼。“血染めの剣鬼”と。
実際彼女の外見は非常に恵まれたものだった。
美麗な顔つき、早熟で扇情的な色香を放つ肢体。
彼女の本性を知らない大人達の中には、それこそ彼女が子どもであることを度外視し手籠めにしようと画策するものもいた。
しかし、そんな大人達さえも彼女は一蹴する。
時に腕を切り落とし、時に足を両断し、冒険者としての命を奪う。
過剰とも言える防衛行動に批判を受けても、彼女は一切意に介すことなく、魔獣・人間に関わらず、襲い掛かってくる“敵”に対してその剣を容赦なく振るった。
それこそ、本人からすれば人間に対しては命を奪わないという区別を行っているつもりであり、その文句も正当とは思ってはいないが。
だが、彼女にとってはそんな雑音よりも余程耳障りな言葉があった。
――剣士としての誇りは無いのか。
度々、同業――剣使いから投げつけられる言葉。
それを受けるたびに彼女はイラつきを覚える。
(剣など所詮は殺しの道具。命の殺り獲りに礼節も何もあるものか)
剣の正道など、彼女にとっては何の意味もない。
礼節に通じていようが弱い者は弱い。逆に無法者でも強い者は強い。
彼女にとっては強さこそ全て。そして、少なくとも彼女の周囲には彼女より強い存在はいなかった。人だろうが、魔物だろうが。
たとえ血に塗れようが、重傷を負おうが、彼女は必ず勝つ。勝つべくして勝つ。
それこそが、彼女の、そして彼女を取り巻く世界の常識だった。
やがて彼女はそんな自身の世界に飽き、外の世界へと足を向けるようになる。
冒険者として世界を渡り歩き、自由気ままに剣を振るう。時に英雄のように祀り上げられ、時に悪魔として恐れられ、そして彼女が辿り着いたのはミザライア王立学院という、彼女と同年代の才能のある子供達が集うと噂の学院だった。
彼女自身、戦う以外のことに興味はなく、知識を深めたいという欲求は無かった。
ただ、行く先で出会った者の中に偶々学院の関係者がおり、是非にと強く勧めてきたこと。そして、“才能ある子供達”という言葉に惹かれたことから、彼女は入学を決めたのだが――
「正直、期待外れもいいところだったな」
彼女は3年生になる直前、そんなことを言い残し、学院を後にした。事実上の自主退学だ。
事実、彼女の欲求がミザライア王立学院で満たされることは無かった。
1年生にして当時の2年、3年を圧倒し、教師陣でさえ彼女との立ち合いを恐れた。
2年生となっても状況は変わらず、新たに増えた新1年生にも当然彼女に敵う存在はいなかった。
僅か片手で数えられる程度に才能を感じさせる者がいるにはいたが、現実として彼女に届きはしなかったのだから。
毎日良質な食事がとれること、そして雨風の心配なく眠れること――それらが魅力的であったにせよ、毎日のように知らない相手から交際を求めらえるという煩わしさもあった。
外は自由だ。何も彼女を縛らない。
煩わしい視線に晒されることは多くとも、環境が劣悪であっても、全て力で押しのけることができるのだから。
しかし、以前のようには戻れない。
一度期待をしてしまった自分と対等――いや、自分以上の存在を彼女は追っている。追ってしまっている。
「――ふふっ」
少女はそれを思うとつい口元を緩めてしまう。
きっと、彼女は恋をしているのだろう。
今だ出会わぬ自分を超える存に。
そして、その存在に打ちのめされた時、身も心も捧げてしまう――そう彼女は直感していた。
たとえそれが人だろうが、人では無かろうが。
正義だろうが、悪だろうが。
世界は広い。きっと彼女を超える存在などゴロゴロと存在している。
しかし、出会わない。それは彼女の前には未だ現れない。
まるで、運命がそう導いているかのように。
そしてその運命は、少しずつ彼女へと近づき、もう間もなく彼女の目の前に現れようとしていた。
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