第74話 役立たずの主人公

「わぁ、お馬さんですねっ」


 学園の入り口脇、エリックが用意しておいてくれた2頭の馬を見て、セラがわっと声を上げた。


「でも、馬車ではなく馬だけですか?」

「馬車を使うほど荷物を持っていくわけではありませんから」


 馬の1頭を撫でつつ、エリックが丁寧な口調で答える。

 本来、セラが王女であることを踏まえると彼の態度が正しいのだけれど……まぁ、俺は完全に敬語に戻るタイミングを失ってしまった感があるし、注意されるまでは今のままでいいか。


「それにエリックとは途中から別れるからな。足は2つあった方がいい。セラには窮屈な思いをさせるけど、俺と相乗りってことで」

「あっ、それは問題無いです。むしろ、騎乗はあまり得意ではなくて」


 経験が無いではなく、あまり得意ではないということから、彼女にも馬の騎乗経験があることが分かる。

 まぁ、王族としての教育の一環で通ったのだろう。


「むしろジルはちゃんと乗れるの?」


 これはエリック。それを聞かれると、俺もエリックに本当に馬に乗れるのか知らないけれど。


「ああ、正確には馬じゃないけれど、馬型の魔獣は何度か足代わりにしたことがある。魔獣に比べれば、コイツは人を乗せるように調教されているし、楽なもんだろ?」

「そうだな。荒っぽそうな印象を受けるけれど」

「ま、否定はできない」


 エリックが触れていない方のもう1頭に歩み寄り、その背に触れる。柔らかな体毛、引き締まった筋肉、生き物らしい暖かな体温――俺はあまり動物の良し悪しには明るくないが、優良そうな印象は受ける。


「これからよろしくお願いしますね」


 そしてセラも俺に並んで馬に触れる。不思議と俺が触れた時より気持ち良さげにしているように見える。

 実際、俺の手は剣士らしくマメやタコで何度も潰れ、鉄のように硬くなっているし、触り心地も違うのだろうけれど、ちょっと現金なやつだなと思ってしまう。


「この子に名前はあるんですか?」

「ええと……シィラというみたいですね」

「シィラですか……なんだから私とジルの名前を合わせたみたいですね?」


 セラはどこか嬉しそうに俺を見上げて微笑む。

 一瞬良く分からなかったが、言われればそんな気がしないでもないような……。一瞬でその発想に至る頭の回転の良さにはただただ脱帽だ。


「……キミら、やっぱりそういう関係なの?」

「違う」

「そういう関係、とは?」


 エリックの訝しむような言葉に、俺は即時否定を返し、セラは首を傾げる。

 当然、恋仲かどうか疑う発言だろうけれど、セラはそういう方向には頭が回らなかったようだ。これに関してはそういう気質か、運が良かったか――まぁ、理解したらしたで話が拗れるだけだと思うのでここはサラッと流しておこう。





「うわぁー! 風が気持ちいいですね、ジル!」


 馬上でセラが気持ち良さげに叫ぶ。位置的には、彼女は俺の前、俺の身体を背もたれにして座っている。

 互いに子供とはいえ2人分の体重と荷物が乗っかれば、馬もあまり走ってくれない感じがするが――そこはナチュラル・ボーン・チートであるセレイン様と、未知数ながらなんやかんやで有能そうなエリックのおかげで馬にも優しい旅程となっている。


 というのも、


「なんというか、やっぱり現実のこととは思えないなぁ……」


 そうエリックが唸るのも尤もな、セラの異次元にアイテムを仕舞う魔法のおかげで、俺、セラ、エリックの荷物を収納。馬に乗っているのは実質俺達自身と手持ちの武器程度しかない。


 そして、


「でも、このふわふわした感覚も面白いですね! 全然お尻痛くなりませんし」


 そうセラがレビューする通り、俺達は今ふわふわと浮いている。ほんの僅か、馬の上で数ミリ程度だが。

 これはエリックの魔法、レビテーションというやつで、まるで馬に乗っているように追従しながら浮き続けられるものだ。


 こうして浮くことによって、馬は俺達の加重を受けることなく、さらに俺達も乗馬によって尻にダメージを受けずに済む。

 ちょっとばかし違和感は合ったけれどすぐに慣れたし……なんだこいつら有能すぎるだろ。俺1人だけ、スタートから何の役にも立ててないんだけど。


「……もしも魔獣が出たら、ジル、対処は頼むから」

「はいっ、ジルが頼りです!」

「絶対そんなことないんだよなぁ……」


 魔獣が現れた際、馬上から対処するのに一番適しているのは俺の弓矢だ。

 しかし、セラにはぶっ壊れ性能の魔法があるし、エリックもメインウェポンはナイフ。投げて対処することは容易いだろう。

 つまり――気を遣われているんだ、俺は。役立たずだから。


「はぁ……」

「わっ、ジル?」


 俺の腕に抱えられるような体制のまま、セラが驚いたように声を貰す。

 というのも、脱力した俺がつい、彼女の頭に顎を乗せてしまったからだ。

 実に不敬。それこそ相手が王女でなくても失礼な態度だけれど……失礼なだけあり、すっげぇ楽だ。


「あーいい天気だなぁー」

「もう、ジル? 重たいですー」

「……やっぱり、そういう関係なんじゃないか……?」


 こそばゆい感じに身を捩るセラ。そして、エリックはそんな俺達を見て訝し気に首を傾げる。

 そして肝心の魔獣だが――この世界が俺に優しくないことを証明するかのように、こういう時に限ってぱったり現れず、俺達はのどかな街道をのんびりゆったり進むのだった。

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