第80話 提案

 サリア=リエレンと名乗った少女は平民といった俺達にも特に気にした様子を見せなかった。

 それだけでいい子認定を出したくなるね。学院に通うプライドの高い連中も彼女を見習ってほしいくらいだぜ。


 ただ、もしかしたらセラが平民というのに納得がいっておらず、そんな彼女と対等に振る舞う俺のことも貴族ではないかと疑っているのかもしれない。


「ところで、ここは……?」

「ああ、オーリスって宿場町だ。俺達はこの先……ああいや、王都から来て、ロマーナって町に向かってるからその道すがらな」

「ロマーナ、ですか?」


 サリアが目を丸くする。

 その反応で察することができた。どうやらエリックの言っていたことは当たり、かつ彼女を貰い受けるのも俺達なようだ。


「サリアさんもロマーナに向かわれていたのですか?」

「ええ、まぁ……はい……」


 少し歯切れの悪い返事。

 一見後ろめたい何かがあるのかと疑いたくなるが、これは多分少し違う。

 後ろめたいのは俺達に対してじゃない、彼女に同行していた者達にだろう。


「サリア」

「は、はい」

「思い出したくないことだろうけれど、聞かせてくれ。お前はどうしてロマーナに向かっている。それも大して護衛を付けずに」

「それは……」


 サリアが苦し気に俯いた。

 本来、男爵の娘でもあれば盗賊が出る可能性のある街道を行く際はしっかりと護衛をつけるだろう。

 万が一に備えてではなく、その備えが無ければかなりの確率で襲われてしまうのだから。


 しかし、サリアには護衛の類はいなかった。それはあの場に倒れていた死者を見れば分かる。いたのは戦闘慣れしていなさそうな執事と御者だけだ。


「……もしもお前が望むなら、ロマーナまで送ってやってもいい」

「え……」

「乗り掛かった舟だ。これから一人で行くか、それとも帰るか――それに比べれば遥かにマシな選択肢だろ。さっきのエリックってやつとは途中で別れることになるが、俺とセラは一緒だ。護衛代わりにはまぁまぁ役に立つと思う」


 信じられない、といった視線を飛ばしつつも、俺の言葉にはハッキリ頷いてみせる。

 少々かまをかけてみたのだが、彼女にとってロマーナに行くのは余程譲れないことらしい。怖い思いをしたんだ、普通帰りたくなるものだし、帰れないと分かれば少しは落胆を見せると思ったのだけど。


 彼女のこの素直な反応がどうにもきな臭いと思いつつ、俺は言葉を続けた。


「ただし、お前の目的を聞いてからだ。あの盗賊達がたまたま狙ってきたならいい……いや、良いって言い方は間違ってるか。まぁ、ともかく、たまたま狙われたんじゃなくて、アンタに何か狙われる理由があったなら聞いておきたいんだ」

「狙われる、理由……」

「気を悪くしたなら謝る。乗り掛かった舟ってやつだ。アンタをここでほっぽり出す訳にはいかないが――」


 となりでボケっとしているセラの頭を軽く撫でる。


「ジル?」

「俺はこいつも守んなくちゃいけないんでね」


 不思議そうに見上げてくるセラをよそに、そう“アピール”した。

 一応、万が一に備えてではあるが――サリアの様子からは特に違和感は見られない。


「……なんてな。まぁ、話せるようなことが無いならいいんだ。今はゆっくり休んでいてくれ。一緒に行くかどうか……決めるのはそれからでも遅くないしさ」


 そう笑いかけ、灯りを消す。

 そして、彼女に気を遣わせないように部屋を後にした。既に日は暮れていたが、寝るにはちょっと早いし。


「ジル」


 そんな俺に付かず離れずでついてくるセラが少し遠慮するように声を掛けてきた。


「サリアさんを疑っているんですか」

「疑う? どうしてそんなこと」

「目が怖かったですから」


 気を遣うように、控えめに手を握ってくる。

 まるで親に叱られた後の子どもみたいに……いや、それは少々心外だ。


「……確かに少しは警戒している。万が一ってこともあるからな」


 状況から、サリアが魔人かその関係者である可能性は低い。しかし否定できることでもない。

 俺の鼻も、魔人相手には利いてもその協力者には利かなかったし、サリアがそうでない可能性は否定しきれるものではない。


「気にし過ぎでは? あの状況と、彼女の様子から、とても私達を謀るようには……」

「ああ、見えない。けれど、作ろうと思えば十分作り出せる状況だ」


 そう、だから警戒するに越したことはない。

 俺は自分の行動を顧みて、何一つ間違っていないことを再認識――


「ジルっ!」


 セラが俺の名前を強く呼ぶ。

 振り返ると、彼女は何か悲しむように目を潤ませていた。


「今のジルは、ジルじゃないです」

「……え?」


 僅かに怒気さえもはらんだその言葉に、俺はただ間抜けに聞き返すことしかできなかった。

 しかし、自分でも気が付かない内に抱えてしまっていた何かを掴まれたような、そんな奇妙な感覚を覚えていた。

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