第79話 第三王女は浮足立っている
結局、少女は目を覚ますことなく、俺達は目的地までの中継地点に設定した町にまでついてしまった。
おかげさまで、眠ったままの貴族らしき少女を連れた一行として怪しげな視線を向けられつつも、細かに素性と状況を説明しつつ、なんとか宿で部屋を借りる。
もちろん、盗賊団を殲滅したなんてことを言えば逆に嘘っぽくなるので、そういう部分は隠したが。
「ふぅ……なんとかなったか」
「なんとかなったか、じゃねぇよ。説明全部俺にやらせやがって」
「適材適所でしょ」
大して感謝も無く、むしろ時間が掛かったなと言いたげなエリックに当てつけの溜め息を返す俺。けれど彼には全く響いておらず、自分の部屋へと引っ込んでいってしまった。
かなりマイペースなエリックは、拾ったお嬢さんの世話も見事に俺に押し付けた。まぁ、面倒をセラが中心になって見ている以上、どちらにせよ俺もガッツリ関わらなければいけないわけだが。
「ジル、彼女をベッドに寝かせましょう」
「……ああ」
当然のように俺と同室になったセラは、ツインルームのベッドのひとつに少女を寝かすよう指示してくる。
それに従い、着の身着のままで横たわらせるのだが……そうなると、余ったベッドは一つしかなくなってしまう。
ていうか、宿側もツインルームを2つ取ったのだから、2人ずつで使うことを想定しているよな。なんでエリック君は1人部屋に入っていって鍵までお締めになったんだろう……?
「心配はいらないですよ。なんだったら私は……お、同じベッドで寝てもいいわけですし?」
涼しい表情を浮かべつつ、しかし途中で仮面を被り切れなくなったのか声を上擦らせるセラ。
いくら護衛とその主とはいえ、同じベッドで寝るなんてあり得ない。
「却下。別に俺は最悪ソファで……いや、最悪って言うなら床でも、いいや、寝なくてもいいわけだし」
「……そんなに嫌ですか」
「いいとか悪いとかの問題じゃないから」
初めての遠出らしい遠出でハイになっているのだろうか。色々と態度が変なセラに、早く正常になってくれるよう祈りつつ、なんとか今の彼女でも言い負かすことのできるナイスな返しはないものかと頭を捻っていると、俺とセラのものでもない、唸り声が聞こえて来た。
当然、先ほどベッドで寝かせた少女のものだ。
「うぅ……ここは……?」
「目が覚めたみたいですねっ」
ほっとするようにセラが声を弾ませる。
少女はゆっくりと身を起こしつつ、状況が分からずに目を瞬かせた。
「あ……貴方は……」
そして、その目を俺で止め、大きく見開かせる。
「俺のこと、覚えてるのか」
「あ、はい……」
「え? ジル、知り合いだったんですか?」
俺達のやり取りを聞いて、セラが首を傾げる。ああ……本当にこのお姫様は……。
「お前は一度落ち着け。それができないなら先寝てろ」
「え、酷くないですっ!?」
「彼女と会ったのはさっきが初めて。ほら、盗賊に捕まってるところを助けた時に彼女も起きてたからな。ただ、気を失った時前後の記憶がすっ飛ぶこともあるから、それを確認したってだけだ」
ちなみに、彼女を見つけた時の状況についてははっきりと、しっかりとセラに伝えている。
そこで俺と彼女が予め知り合いだったなんて線は消えるわけだし……普段の彼女なら当然躓きもしないはずなのに。
「やっぱり……夢じゃなかったんですね……先ほどの出来事は」
そんな間抜けなやり取りをよそに、少女は悲し気に顔を伏せた。
俺も途中からしか状況を知らないが、馬車を盗賊に襲われ、一緒にいた人間は全員殺され、そして自身も衣服を乱れさせ……夢だと思いたくなる状況だったことは間違いない。
「取りあえず、自己紹介しておこうか。俺はジル=ハースト。そんでこっちはセラ……ええと」
「セラ=シュヴェインです。ジルとは同じミザライア王立学院に通う同級生で、相棒同士です」
素人の俺からしても完ぺきと言える所作でお辞儀をするセラ。というかシュヴェインってどこから来たんだ?
そう思って彼女を見ると、口の動きだけで『母方の姓です』と教えてくれた。
「ジルさんに、セラさん……お若いと思っていましたが、王立学院の方なのですね」
少女はまだとても明るく振る舞えないのだろう、硬い表情を浮かべつつもしっかりと頭を下げてきた。
「私は、サリアと申します。サリア=リエレン……リエレン男爵家の三女にあたります」
「三女ですかっ、私もですっ」
ああまたそうやって、偏差値の低そうな相槌を打つ……。
一応、彼女には外では王女と名乗らないようにと念を押しているものの、この調子ではいつかぽろっと零してしまいそうだ。
ただでさえ、浮世離れした美貌で目立ってしまうというのに。
「セラ……様も三女なのですね。ええと、申し訳ございません。貴族位はどちらに……?」
「え? ああ、ええと……」
ほら、早速だ。
「俺達は平民。こいつんところは兄弟の多い大家族でね――っと、失礼しました。大家族なんです」
「あ、いえ……敬語は不要です。私が爵位を持っているわけでは無く、ただ子供というだけですから」
妙に身体を縮こまらせながら、サリアは貴族らしからぬ控え目な態度で言う。
「しかし……失礼ながら、ジルさんはともかく、セラ様も平民なのですね。その、少々そうは見えなくて」
そうだろう、なんたってか彼女は王族だ。世間への露出が殆ど無いとはいえ、所作の至る所から教育を受けた跡が見えてしまう。
当のセラはそんなことにもとても気が付いてないようで、これまたお行儀良さそうに首を傾げながら、「平民ですよ」などとのたまっていた。
ああ、変にボロを出す前にさっさと寝てくれないものだろうか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます