第112話 怒りを推進力に
(どうすれば……くそっ、ねえちゃん……!!)
レイジは混乱する頭で必死に考える。
もしも盗賊の言うことに従えば、間違いなくレイジは殺される。その後でセシルも死ぬよりつらい目に合うかもしれない。
それは分かっている。しかし——
「レ……イジ……だめ……」
首を掴まれ、締められているからか、まともに呼吸もできず、それでも必死に声を絞り出すセシル。
それを前にすれば冷静な思考など吹き飛んでしまう。
脅迫に屈するべきではない。それはなんの解決にもならない。
しかし、それでも、
「……分かった」
レイジは剣を地面に投げ捨てた。
そんな姿にハーストはにやっと口角を上げる。
大人相手に圧倒的な力を見せた子ども、レイジ。
それでも剣を奪ってしまえば、それこそただの子どもだ。
とはいえハーストは自ら手を下すなどという真似はしない。
(いずれ部下の誰かが駆けつける。そいつにこのガキを殺させ、殺しの臭いもそいつに擦り付けちまえばよォ)
自分は手を汚さず、女を手に入れることができる。
そんな下衆な考えを浮かべるハーストは、無様に丸腰姿になったレイジを勝ち誇ったように見る——が、
「んぁ……?」
レイジの姿はとても絶望に打ちひしがれる者のそれではなかった。
拳を強く握り締め、肩を振るわせ、その目はギラギラと怒りの炎を燃やし、射殺せるのではないかと錯覚するほど強い眼光をハーストへと向けていた。
——え? 怒ったこと?
こんな状況で、レイジは数週間の出来事を思い出していた。
『ああ、誰か他人を……まぁ、ぶっ殺したいって思うくらい』
いつもの稽古の最中で、不意に先生から向けられたそんな質問に、レイジは腕を組み、うんうんと唸る。
『んー……無い!!』
そして、自信満々に言い切った。
実際、彼は怒りとは無縁の生活を送ってきた。
接する相手が限られる辺境の農村で生まれ育ち、穏やかな家族に囲まれて暮らしてきたのだ。
些細な苛立ち、くだらない口喧嘩をすることはあっても、何日経っても思い出せるような怒りを抱いたことなどなかった。
『そうか……』
そんなレイジに先生は、何か眩しいものを見るような目を向ける。
『あ、でもどうして先生に一太刀も浴びせられないんだってイライラすることはあるかな』
『なんというか……正直だな』
『別に先生には黙ってたってバレてそうだし』
レイジは彼に全てを見通すような雰囲気を感じていた。
それもまた、レイジが彼を先生と仰ぎ、遙か高みに立つ存在として憧れる所以の一つだ。
しかし、当の先生は納得いかないように「買い被りすぎだ」と肩をすくめた。
『まあでも、レイジは分かりやすい部類だな。嘘もつけないし、単純だ』
『バカにしてるだろ!』
『まさか。べた褒めだ。お前のそれは十分美徳だよ。ただ……戦いにおいてはマイナスになることもある』
攻めっ気を見せれば警戒される。守りに入れば付け入られる。
そこにフェイントを混ぜられないレイジは、戦いにおける駆け引きにおいてはどうしたって後塵を拝してしまう。
『まぁ、それも優秀な仲間がいれば解決しそうなものだけど……』
『仲間?』
『……いや、今のは違うな。忘れてくれ。今は、お前のその単純さをどうするかだ』
先生はそう問題提起するが、レイジから見ればもう彼は答えを持っているように感じられる。
そういうところが、“すべてを見通している”と思える理由なのだが、指摘したところで煙に巻かれそうなので、レイジは大人しく黙っておくことにした。
『一つ試してみるか』
『試す?』
『ああ。俺にはできないことだが、お前ならもしかしたらってな』
『先生にもできないことを、俺が……!?』
『なぁに、簡単さ。お前が感情的で真っ直ぐなら、それを押さえ込まず爆発させてやればいい』
『感情を、爆発』
『駆け引きなんて挟ませないほど、強く、圧倒的に攻め立てるイメージかな。ここ一番、限界を越える勢いで敵を圧倒する』
先生の中には明確なイメージがあるようだった。
けれど、彼の言葉を信じれば彼はそれを実践できない。
暫く先生に剣や戦い方を習ってきたレイジだが、こんなことは初めてだった。
『言われるだけじゃ分かんないよ』
『そういう手段があるってことだけ知ってれば、それで随分違うさ』
『うーん……』
『もっと簡単にしよう。ここぞというときに感情と力を爆発させる、お前の必殺技』
そうだな、名付けて———
(レイジングバースト)
レイジは先生から教えられたその言葉を頭の中で反芻する。
自分の名前が入ったその言葉に、最初は妙な気恥ずかしさを感じたが、しかし、他の教えと同様にすんなりとレイジの身体に染み込んだ。
(あの時はすぐにできなかったけれど、今は、分かる……!)
彼の中に渦巻く怒り。それは今、彼自身を飲み込むほどに強く、大きく膨らんでいる。
これをもしも爆発させられれば、自身の推進力とできれば、姉を盗賊の凶刃が襲う前に助けられるかもしれない。
(やるしかない。このまま、手をこまねいていたって変わらない……! やるんだ。ねえちゃんを助けるんだ。そうだろ、先生。きっと、先生はそのために俺の前に現れたんだ!)
もしも彼に鍛えられていなかったら、さきほど切り捨てた盗賊たちにもまともに抗えなかったかもしれない。
剣を捨てさせられて、それでも戦意を保てなかったかもしれない。
(俺は、大切な人を守る……そのために、俺は……!)
レイジは強くハーストを睨みつける。
ハーストはそんな彼をせせら笑うが、その油断もレイジにとっては好都合だ。
レイジは、今までに無い力が身体の中で渦巻いているのを感じていた。
まるでそれ自体が独立した意志を持つかのように暴れていて、溢れ出そうとしている。
ただ放出するのではない。敵を倒すため、セシルを守るため、レイジは深く集中し、そしてそれが最高潮に高まった瞬間——
「レイジング、バーストッ!」
彼は無意識に、それでいて力強く、叫んでいた。
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