第48話 出発準備

 準備といっても出来ることは限られている。

 訓練用の武器は学院からレンタル出来るのだが、形状や質という点ではかなり限られている。


 まず形状。

 この国にはアギトのような刀は殆ど普及していない。だから当然、訓練用の武器として用意されている中にも刀は存在しない。

 なので、一番取り回しの似ている細身の片手剣を持っていくことになる。無駄に軽くて、ちゃちくて、なんとも心許ない。


 そして質。

 名工が鍛えた――なんてレベルを期待しているわけでもないが、訓練用の武器はあくまで学院内で使うことを想定されている。その剣先が向くのは同じ訓練用の武器か、重傷を負わせてはならない生徒、または熟練者である教員が想定される。

 よって殺傷力を潰すのが第一であり、魔獣を相手取ることなど考慮されている筈も無いので……とにかく弱い。すこぶる弱い。

 だから武器自身の性能に深く依存する武器、矢については魔獣に対することを考えると無力以外の何物でもないため、今回の携帯は諦めることとなった。


 他にも様々な武器を扱えはするが、魔人、そしてその先にいる魔神の眷属という明確な敵が見えた以上、特に得意とする剣術と弓術を磨くと決めていた。それに訓練用はいくら数を重ねても訓練用でしかないからな……荷物が重くなるだけだ。


「最悪、今の俺なら素手でもそれなりにやれるだろうし」


 この3か月、ポシェ先輩に鍛えられてきたのだ。

 その成果を発揮するいい機会かもしれない。


 武器以外となると持っていけるものは限られてくる。非常食、携帯飲料、地図、サバイバルキット、傷薬や包帯などの簡易医療セットなど――最低限必要なものをバックパックへと詰めていく。

 出発は1週間後だから少々気が早い気もするが、直前に焦ると大体何か見落とすからな。余裕を持って用意をしておけば、出発までに猶予ができて、見落としがあってもリカバリーがきく。


 自室で粗方準備を終えた俺は、アギトと弓矢を持って再び学院、クラスゼロの教室へ戻った。中にいたのはリスタ先生だけだ。


「先生、武器を預けに来ました」

「早いですね」

「ええ、後回しにしても面倒かと思って。どうせ使う用事も無いですから」


 当然これらは大事なものだが、だからといって出来るだけ長く一緒にいたいなんていうセンチメンタリズムに駆られることもない。


「どうですか、今回の課題を受けて」

「……正直面倒だと思いました。俺達みたいな存在をAクラスは特に気に入らないと思うので」

「そうですね。彼らの中には所謂エリート意識の高い者も多いでしょうから」


 ただ、俺達クラスゼロが落伍者の群れであると喧伝したのは他ならぬ先生だ。

 レオンや俺に問題があったとはいえ、まるで他人事のような彼女の言いぶりには少々もやっとするものがある。


「ですが、今回彼らと関わることで新たに貴方達の今後の課題が見えてくると私は思っています」

「今後の課題ですか」

「ええ」


 先生には何か見えているらしいが、それを口にする気は無さそうだ。

 相変わらずの無表情・無感情――けれど、付き合いも長くなってきたせいか、段々と彼女のことも理解できるようになってきた。


(楽しんでるんだろうな、こっちの悩む反応を見て)


 彼女がそういう人だというのは、覆しようの無い事実である。

 しかし、だからといって、彼女の指示が全て適当かというとそうでもなく、むしろ正しいことも多いというからたちが悪い。


――ジルさん、一つ覚えておいてください。


「っ!」


 不意に、3か月前の彼女の言葉が脳裏に蘇ってきた。同時にあの後遅れてやってきた羞恥心も。


「なにか」

「……いえ、今後の課題とやら、意識してみます」


 俺は変に気まずい気分になって先生から顔を反らす。

 まぁいい。用事は済んだんだ。さっさと出よう。


「ああ、ジルさん」

「なんですか」

「セレインさんのことですが……もしも彼女がこの学外実習を通して心境の変化があれば、クラスゼロ側では受け入れるつもりです」

「彼女が、本気でこのクラスに入りたいと言い出すと?」

「あくまで可能性の話です。いえ、もっと薄い――予感とでもいいましょうか」


 個人の予想の範疇から出ないと言いたいらしい。だったらわざわざ口にしなければいいのに。


「だったら俺の予想を言わせてもらいますけど、彼女はそんなこと言い出さないと思いますよ。自分がいるべき場所を理解している筈です」

「そう、貴方が教えたからですか」

「……まぁ」

「ですが貴方も知っての通り、深い闇はより光を際立たせます。その逆も然り。光と闇は本来同じもの――共存共栄の関係にあるのですよ。貴方が彼女を遠ざけようとしても、決して全てをゼロに戻すことはできません」

「人を闇そのものみたいに言いますね」


 確かに闇の魔力なんて持っているのは珍しいかもしれないが、だからといって差別発言は傷つく。

 まぁ、誰からも好かれるタイプと思っているわけでもないけれど。


「まさか、Aクラスに同行させようってのも、彼女のことが関わっているんですか」

「いいえ。それは先方の希望です。意図は不明ですが――まぁ、断る理由も無いので」

「はぁ……」

「級長のフォロー、お願いしますね」


 級長、クラスゼロのリーダーに任命されたアイツか。

 これ以上話を深めても仕方ない。俺は素直に頷いて教室を後にした。

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