第89話 よく似た剣術

 フレアの剣技は、衝動に駆られた狂人という印象からは大きくかけ離れた、美しいものだった。

 繊細で精緻に振るわれる剣筋は、まるで演舞でも見せられているように錯覚するほどのもので、平時であればうっとり見とれてしまっただろう。

 平時であれば、だが。


——キンッ、ギィンッ!!


 その美しい剣閃を、俺は軌道に自身の剣を滑り込ませ、弾く。

 当然自分の身を守るためなのだが、


「くふっ! ふははっ!!」


 なぜだか俺が彼女の剣をいなし、防ぐたびに、フレアは目を輝かせて笑う。

 まるで買ってもらったばかりのゲームで遊ぶ子供のように無邪気に、頬を火照らせながら。


「いいなぁジル! お前は素晴らしい、ジルぅ!」

「馬鹿の一つ覚えみたいに人の名前を連呼すんじゃねぇよ!」

「ふはは! 呼ばなければ忘れてしまうだろうが! この感動にかき消されてなぁ!」


 一切勢いを緩めることなく、感情を思い切り乗せて剣を叩きつけてくる彼女に、俺はろくな反撃もできずにいた。

 

 攻撃において、大まかな要素は三つ。

 純粋な破壊力、パワー。

 敵を絡め取る技術、テクニック。

 場を支配する速力、スピード。

 じゃんけんほど完全にとはいえないが、この三要素はほぼ三竦みの関係にあると言っていいだろう。


 どんなに強い力も触れなければ意味がない。

 どんなに技が達者でも力づくでごり押しされてしまう。

 どんなに速くても捕らえられれば優位は失われる。


 では、フレアの剣はいったい三つの内の何が優れているのか。


 ……はっきりと言ってしまおう。

 全てだ。


「ほらっ、どうしたジル! 反撃をしなければ私は斬れんぞっ!」


 絶え間なく、目にも留まらぬ速さで繰り出される剣撃。

 精練された動きながら、毎回動きを細かく変え、かつ剣で受け止めれば腕には凄まじい衝撃が走る。


 速く、巧く、強い。

 どのパラメーターも上限を振り切っているような勢いだ。


 彼女は俺と殆ど年が変わらないように見える。

 違っても1つか2つ向こうが年上ってだけだろう。

 

「っ……!」


 ああ、嫌になる。

 かろうじて攻撃を躱し、いなしながら、俺は舌打ちをしたい気分に駆られていた。

 舌打ちなんかしている暇は、当然与えてはくれないが。


「こ、のぉ……!」

「ふははっ! そう簡単に隙なんぞ与えんよ!」


 ちょっと反撃しようと動いた途端、フレアの剣筋が変化し出鼻を挫いてくる。

 最初の一歩を縄で引っ掻けるみたいに、僅かな動きで攻撃の意志を感じ取ってくれやがる。


 残像が銀色の線となって宙に残るほどの速さ。正直反応できているのは奇跡的にも思えるが……いや、実際に奇跡なのだろう。


(この女の剣は、俺のによく似ている)


 使う武器は俺と同じ刀。

 ヴァリアブレイドの知識が正しければ、剣士こそ無数に存在するが、刀使いというのは数えるほどしかいない特別な存在だ。

 通常の片手剣……両刃の剣に比べ、刀は攻撃力が劣るが、その分技術と速度に勝るという特徴がある。玄人向けともいえるだろうか。この女の刀には一振りで木を断ち切る程度にはしっかり威力も乗ってくれてるが。


 その中でも彼女の剣は“時見流”……俺が親父から習ったものによく似ている。

 完全に一致するわけじゃない。ところどころアレンジは入っているが、齧っているのは間違いないだろう。

 自分が扱う剣術だからこそ、読める筋もある。アレンジ部分は直感でカバーだ。

 綱渡りのような生きた心地のしない状況だが、魔獣や魔人などと対峙したときの、血が凍るような緊張感には襲われていない。


 むしろ、その逆。


「ハァッ!!」


 攻撃の途切れ目を待ってはいられない。

 俺は腰に差した鞘を左手で引き抜き、無理やりフレアに叩き込む。

 今まで刀一本で立ち回っていたのだ、鞘を武器に回すことは完全な不意打ちになる……と思ったのだが、フレアは最初から想定していたかのように、軽々と後ろへ跳んで躱す。


「ははっ。ふりだしだな?」

「にゃろう……!」


 そう、ふりだし。

 一方的に攻撃されるよりは余程マシだが、決して優位に立ったわけじゃない。

 ぼーっとしていれば、またさっきの状況に逆戻りだ。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、刀——アギトを鞘へと収める。

 主導権を握るには、フレアを越える速さで刃を叩き込むしかない。


 彼女は強い。

 記憶の中の両親、親父……記憶の中の誰よりも。


 ……熱い。

 冷たさとは真逆、俺の中に激しい熱が生まれている。


 彼女は若い。しかし、その剣は、彼女の才能と、一切無駄なく積み重ねてきた途方もない研鑽を感じさせる。

 彼女の歩んできた道は決して平坦などではなく、俺よりも遥かに苦しく辛い人生を送ってきたのだろう。


 今俺の胸中に渦巻く感情を言い表すなら……そう、感動だ。

 既にサリアやセラを傷つけようとした、という動機は霧散し、完全に俺は、ただ1人の剣士としてこの化け物と戦ってみたくなっていた。

 

 専門分野の異なるセラやレオンとは違う。

 同じ剣士だからこそ抱く感情。


 俺の力を試してみたい。比べてみたい。

 勝ちたい。己の全てを賭して。


「ふふ……納刀術か。やはりお前は素晴らしい」


 フレアはそう、刀を正眼に構えた。

 俺を迎え撃つ、カウンター狙いだろう。当然技は見破られていると思っていいだろう。


「行くぞ、フレア」

「来い、ジル」


 出会ったばかりのはずなのに、往年の友に対するような親愛を覚えながら、俺はアギトを抜き放った。


——さぁ、あっさり死んでくれるなよ。


 殺すつもりの全力を込める。

 死んでほしくないと、矛盾した感情を抱きながら。

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