第54話 再会と始まり

「ジル、あれを見ろ!」

「え――なっ、あれは……!?」


 魔獣との戦闘の最中、ファクトの言葉に振り返ると、道の先で空へと光の柱が伸びているのが見えた。

 光の柱――レーザービームとも呼べる鋭い光……あの根元には。


「焼き尽くせッ!」


 ファクトが周囲の魔獣を炎の津波で一掃する。

 道中、誘拐犯との戦いに備え温存してきた魔力を惜しみなく吐き出して。


「あれはやはり……」

「ああ、セラだ。急ぐぞ、ファクト!」


 あの光の柱は、魔物を討ち倒した時のものに似ていた。

 あんな力任せで暴力的な光景は他に想像できない。


 けれど、あの時とは少し違う。光の柱からはなにか強い意志のようなものを感じた。

 あれは、ただ無暗に放たれたものではない――まさか、魔人と対峙しているのか……!?


 そんな予感を裏付けるように魔人の臭いは強くなっていく。

 俺は、妙な感覚に背を押されるように強く地面を蹴って進む。途中からはもう、道の影から襲い掛かってくる魔獣さえ意に介さずに。


 そして――道の先に、彼女はいた。


「セラッ!!」

「……ジル?」


 無事だ。生きている。

 そう安堵して気が付く。

 魔人よりも、彼女を優先して考えていたと。


 妙な感覚も、セラが無事かどうかという不安からだと。


「あぁ……ジル……! ジルーッ!!」

「どわっ!」


 セラは目からボロボロ涙を流し、俺に向かって飛び込んできた。

 そんな彼女をしっかり抱き留めた俺に対し、セラは背中にまで腕を回して全身を預けてきた。


「ああ、ジル……貴方にまた会えるなんて!」

「せ、セラ……」

「あのね、ジル。私分かったの! 私が何をすべきか……ううん、私が何をしたいか!」


 顔と顔がくっつきそうな距離。それに妙に、ていうか普通にドギマギしてしまうのだけれど、セラにそんな様子は無い。

 あの一件こと、変に俺が意識していただけみたいで、セラはそんなでもなかったのかもしれないな。


「ジル、聞いてます?」

「ああ、勿論。でも今は後回しだ。お前、魔人と戦ってたのか?」

「はい。ですが倒しましたよ」

「倒した……お前が?」

「私が」


 抱き着いたまま、にっこりと笑うセラ。

 元々子どもっぽいと思っていたが、今日は特に無邪気だ。それこそ何か重い荷物を下ろしたような爽快さを感じさせる。


 にしても彼女の言葉はどうやら本当らしい。というのもぱったりと魔人の臭いが消え去っているからだ。

 しかし、まさか彼女1人で魔人を倒すなんて……


「……王女殿下、ジル」

「げ」


 そうだ、こいつがいた。

 ファクトは気まずいということをしっかりアピールするような口調をぶつけてくる。

 そりゃあ王女殿下がただの一般生徒に抱き着くなんて他のやつから見たら大問題だ。特に王家に従う貴族からすれば。


 しかし、セラはファクトの存在に気が付きつつも、何故か俺から離れようとはしなかった。


「セイラスさん、貴方も来てくれたのですね」

「……はい。ジルが殿下が消えたと知ると、“一心不乱に駆け出してしまった”ので」

「まぁ……!!」


 ファクト……!

 何故か少しばかりの脚色を加え、しかも脚色部分を強調しやがった。そんでもってセラは嬉しそうに目を輝かせているし……!


「もう、ジル。そんなに私のことが心配だったんですか?」

「ぐぅ……当たり前だろ」


 どこか揶揄うような口調に気圧されつつ、正直に頷く。心配したのは事実だし……なんだか杞憂だったらしいけれど。

 そしてセラは、まさか俺が正直に頷くとは思わなかったのか、目を大きく見開き、大げさに瞬かせていた。


「なんだか、照れてしまいます……」

「そう言うなら離れて存分に照れてくれ」

「むぅ……3か月も離れ離れだったんですよ。少しはジルからも抱きしめ返すとかあってもいいと思いますけれど」

「俺達はそういう関係じゃない……!」


 ここは力強く否定する。主にファクトに向けて。


「殿下、ジルの言う通り、蜜月の時は後ほどゆっくり楽しんでいただければよろしいかと」

「ファクト、てめぇ……!」

「ふむ、セイラスさんの言う通りですね」

「その言葉で納得されるのも釈然としない……!!」


 結果、セラは離れてくれたのだが、俺の左手を握ってニッコリと微笑んできた。「絶対離さないぞ」という圧を感じさせる。なんなんだよ……


「ジル、女の子を泣かせたんです。それ相応の覚悟はできていますよね?」

「ぐ……なんだか、雰囲気変わってないか」

「ええ。色々と吹っ切れたので。だからもうこの間のようにはいきませんよ?」


 この間のように……セラとの間にあったやり取りを思い出し、妙に重たい気分になった――その時だった。


『ふむ、随分と楽しそうじゃないか。我も混ぜてもらいたいものだが』

「「「ッ!!?」」」


 突然聞こえた声に、俺達は瞬時に反応し、互いに背を預け合うように固まる。

 が、周囲に異変は見られない。


「ジル、殿下。今の声は……」

「私にもはっきり聞こえました」

「魔人のものか?」

「分かりません。声は魔法によって加工されていたものだったので……ですが、私が対峙した魔人、女性のリザードマンでしたが、今のような雰囲気ではなかったかと思います」

「リザードマン……」


 ゲームだとリザードマンは魔法が得意ではない種だった筈。

 身体能力が高いのに加え、魔法とは違う火を吐くなどの身体的な特異性を有している。


 今のように、魔法を使って声を届けるということはあまり得意ではない筈だ。いや、魔人であればその常識には入らないかもしれないが。


「2人とも、気を緩めるなよ」

「ああ……」

「はい」

『そう硬くならないで欲しいね。私はただ称えたいだけなのだよ。そこのセレイン=バルティモア第三王女殿下をね』

「私……?」


 名指しされてセラが身を固くする。彼女を狙ってくるかとも思ったが、やはり周囲に気配は無い。当然魔人の臭いも。


『まさか油断していたとはいえ魔人を打ち倒すとは……いやはや、優秀だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。君の力を見誤っていたよ』


 どこか演技じみた口調。しかし、セラのことを以前から知っているような印象を受ける。……駄目だ、彼女の交友関係を俺が分かる筈も無い。


「ファクト!」

「ッ!」


 俺は咄嗟にセラを抱え、その場を離れるように跳ぶ。ファクトも同時に逆方向へと逃げ――次の瞬間、大きな足が俺達のいた場所を踏み抜いていた。


「足……それも」

「ドラゴン……!」


 巨大な緑の竜。だが、依然戦ったアイスドラゴンとはサイズが違う。

 全長10――いや、20メートルはあるか。下から見上げると山のように大きく見える。


『しかしね、ああもあっさり倒してしまったら拍子抜けだろう。倒された彼女も油断したままお終いなんて心残りだろうしねぇ。だから、続きを楽しませてあげようと思うんだ』

「続き……?」

『魔人は、人の身を捨て畜生へと成り果てることで、真にその力を引き出す。リザードマンの女の姿が竜へと変わるほどのエネルギーを生み出す』


――グ、オオォ……!


「魔物……!」

「さっきの、魔人が……!?」


 竜が唸る。そして、虚ろな瞳で獲物――俺達を見下ろす。


「ははっ、ファクト。どうやら俺達はこういう縁があるらしいな」

「笑い事じゃない――が、呆けている場合でも無いな。やるしかないぞ」

「分かってる。ちょっと現実逃避しかけただけだ」


 セラを庇いながら、歯を強く噛み締める。


 あれは魔物。そう謎の声は言った。

 けれど――感じない。魔物の、魔人の……魔神の眷属の臭いを。


 あれには何か妙なカラクリがある。

 それを明かさない限り――俺達は確実に負ける。そんな予感があった。

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