第71話 夏の到来

 結局この世界が『ヴァリアブレイド』を模したものなのか、偶然似ているだけのものなのか曖昧なまま、俺はミザライア王立学院生として初めての夏を迎えた。


 ゲーム世界らしいというか、制作された国、日本の風習と色々酷似したこの世界における夏はそれなりに暑い。

 そして学院においても、その暑い時期に夏季休暇という長めの休みが用意されているというのもやはり日本――というか前世の世界らしい風潮に感じられる。


 勿論、学生だからこそ、夏季休暇中の課題なんてものも出されているが、俺達クラスゼロに割り振られた課題はこの王国各地で発生した依頼――クエストの解決だった。


「まるで冒険者みてぇだなぁ」


 そんな反応をしたのはレオン。

 彼は夏の間故郷――おそらく獣人達が暮らす秘境へと向かうらしく、クエストもまたその近くで行われるらしい。

 だからといって彼は大して納得していないようだが。


「クエストかぁ……夏休みの間はジルくんと一緒に過ごせたらって思ったんだけどな」

「え、俺?」

「うん、鍛えて欲しくて。それに、ジルくんとなら色々連携みたいなのも試せそうだし」


 それはまた学院が再開してからのお楽しみかな、と笑うルミエ。

 彼女もまた亜人とのハーフであるが、帰るべき故郷は俺と同じく遠くにあるらしい。


「僕は……ジル、お前と途中まで一緒みたいだな」


 そう、小さな声で伝えてくるエリックもまた自分用のクエストを受け取っている。

 基本無口で、自分の興味のあること以外はだんまりを決め込む彼ではあるが、一応は俺達クラスゼロの面々には多少なりとも心を開いてくれているようだ。


 そして彼の言う通り俺達の目的地は学院から見て同じ方向に存在している。もちろん途中でバラバラになることになるけれど。


「それじゃあ途中までは一緒に行こう。折角だしな」

「ああ……あ、いや」

「なんだよ?」

「……その、彼女も付いてくるんだろう?」

「彼女? ……ああ、アイツか」


 今この場にはいない、おそらく俺達のクラスに加わる予定のお姫様のことを言っているのは明らかで、俺はつい苦笑してしまう。

 結局彼女の編入への認可は間に合わなかったが、もう一方の認可は驚くほどあっさり下りた。

 それこそ、彼女が王城では軽んじられている存在であるという話を裏付けてしまうくらい簡単に。


「なんたってジルくんは第三王女殿下の護衛、だもんね?」


 ルミエがからかうように言ってくる。

 別にからかわれるようなことでも無いのだけれど、俺はなぜかバツが悪い感じがして無意識に頭を掻いていた。


「へっ、護衛のくせして敢えて危険なクエストに連れて行くってのは失格なんじゃあねぇのかァ?」

「そうなんだけどな……とはいえ、学院で待っていてくれって言う訳にもいかないし」


 そもそもこのミザライア自体、安全とは程遠い環境だ。彼女は入学してから――正確には1件目は入学する直前ではあるが、二度もその命……血を狙われている。

 夏休みの学院が閑散とする時期、彼女を狙うのであれば絶好のタイミングだ。魔人がどう動くか気になるところではあるが……


「騒がしいのは好きじゃない……」


 そして、彼女――セラが同行することを確信してエリックがぼやく。


「まぁ、でも、こればっかりは彼女がどうするか聞いてみないと……クエストに反対して、残るよう言ってくるかもしれないし」


 そうなったら、俺は落第することになる。それはそれで問題だが、セラの護衛となった以上優先順位というのは発生していて――


「彼女はそんなこと言わない」

「うん、絶対付いていくって言うね」


 そんな俺の考えを、エリック、ルミエが一蹴してくる。まぁ、俺もそんな気はするけどさぁ……


「セラちゃんはジルくんに迷惑が掛かることをしようとはしないし、だからって学院で待ってるほど大人しくもないよね」

「彼女にはもう伝えたの?」

「いや……」

「なら早く伝えといたら。騒がしいのは好きじゃないけど、放っておくと余計面倒なことになりそうだし」


 エリックの指摘ももっともだ。あのお姫様の機嫌を損ねて得はないだろう。


「はぁ……じゃあ、行ってくる。エリック、後でいつ出発するか打ち合わせよう」

「ああ」

「いってらっしゃい。もしかしたら次会うのは夏休み明けかな?」

「へっ、精々頑張って強くなれよ」

「お前――お前たちもな」


 そんな軽い会話を交わし、クラスゼロの教室を後にする。

 レオン、ルミエ、エリック……築いた関係はそれぞれではあるが、良くも悪くも真っ直ぐな連中だ。好感が持てる。


 誰も彼も腹に一物抱えていることは確かだけれど、それによって不利益を被ってはいないしな。

 ただ一つ気になるのは――レオン=ヴァーサク、ルミエ=ウェザー、彼らが俺がゲームの中で知っていた正体不明の敵役、“シンギュラー”の構成員であること。

 ビーストロード、ドールマスター……彼らの目的を俺は知らない。ゲームで語られなかった――いや、もしかしたら、“記憶が欠落しているのかもしれない”。


 前世の記憶なんて言っても、もう16年ほど――いや、それ以上前の話だ。

 全てを覚えているわけじゃない。ましてや、俺には直接関係無いと思っていた情報だ。


「にしても、間抜けすぎる……」


 細かい設定であったとしても、そのひとつひとつを知っていることが、俺が転生者であるアドバンテージだ。それを簡単に手放しているようじゃ転生者失格……って、俺の他にそういう存在がいるかどうかは定かではないが。

 まぁ、俺という前例が生まれてしまった以上、絶対に自分しかいないと思うことも危険かもしれない。


 それこそ、俺と同じように『ヴァリアブレイド』の知識を持つ者が、俺の邪魔をしてくる可能性だって――


『……ジル?』


 不意に頭の中に声が響く。

 一度聞けば耳に残る、綺麗な響き。けれどすっかり聞き慣れたそれは、先にも話題に上がった、そして今俺が会いに行こうとしていたお姫様、セレイン=バルティモア……セラだ。


 当然、妄想などではなく、本当に彼女が俺に語り掛けてきているのだ。伝心石というアイテムを通して。

 これはリスタ先生からの護衛就任祝いらしく、セラには指輪、俺にはバングル型の対となる伝心石を渡されている。それぞれ、これに向かって喋れば脳内に直接声を飛ばせるという優れモノだ。

 それこそ着信が来て取る、みたいな要素が無いので相手の迷惑を顧みず一方的に話せてもしまうのだけれど、流石にセラはそんな悪戯は思いつかないようで、それなりに有効活用できている。


「セラ、何かあったか」


 バングルを口元に当て、そう囁く。


『今、大丈夫ですか? こちらは解散になったので、ジルに会いたくて』

「ああ、俺も会って話したいことがあったんだ」


 まさに渡りに船といった感じで乗る俺に対し、セラは嬉しそうに笑みを零した。


『うふふ、私達気が合いますね』

「……まぁ、そうだな」


 元々そういう感じがあったが、俺がセラの護衛となってからの懐きが凄い。

 まるで拾ったばかりの子犬みたいな……いや、それは流石に不敬な表現になってしまうけれど。


『それでは私、行ってみたいところがあるんです。案内して頂けませんか、ジル?』

「行ってみたいところ? まぁ、俺に案内できる場所であれば」

『その点はご心配なく。ジルなら――いえ、ジルでないと案内出来ない場所ですから』


 そんな不思議な言い方に俺は首を傾げつつも、取りあえず了承するのだった。

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