Live.62『崩壊のトリガー 〜ERROR CODE:INFECTED DRESS UP〜』

《やめてください! ドレスが相手ならまだしも、アクター同士が争うなんて……わたし耐えられませんっ!》


 チドリ・メイの悲痛にうったえかけるような声は、“ライブ・ストリーム・バトル”の回線を通じて鞠華にもきこえていた。

 街中の大型スクリーンやテレビ、さらには市民がもつスマートフォン画面にも同様の中継が映し出される。そうして多くの人々に見守られながら、チドリはなおも必死に呼びかけ続けた。


《だから“ネガ・ギアーズ”の皆さんも、お願いだから攻撃をやめてください! 私たちが戦う理由なんてないんです……!》

《くぅッ……! チドりん、なんて優しい子なんだぁ……!》

《……いやいや、なにフツーに感激しちゃってるの》


 その場にいるアクター全員が困惑しているなか、ただひとり嵐馬だけは喜びを噛み締めているようだった。百音がすかさずそれにツッコむ。

 どうやら彼はいつの間にかくだんの“中の人バレ事件”から立ち直っていたらしい。

 相変わらずな嵐馬の様子に鞠華が呆れていると、そのときアイドル・ゼスパーダへと差し迫る影があった。


《ハッ! アタシには大キライなものが11つある……そのひとつが、そういうなんの得にもならない綺麗事きれいごとよッ!》


 閉じた雨傘アンブレラを剣のように構えたローゼン・ゼスタイガが、ガラ空きの背中を狙って殴りかかる。

 ──が、その攻撃が装甲へ達するよりも前に、ゼスパーダは地面に突き刺さっていたマイクスタンドを強く握っていた。

 垂直に立てられたスタンドを軸とし、ポールダンスの要領でグルリと回る。そうして遠心力を乗せた力強い蹴りが、接近してきたゼスタイガをバッタースイングよろしく盛大に吹き飛ばした。

 ビルの外壁に叩きつけられたゴスロリ衣装のアーマード・ドレス。それを流し目で見据えながら、スタンドの隣に機体を着地させたチドリは告げる。


《だから攻撃はやめてって、言ったじゃないですか》


 普段の明るく元気な彼女からはほど遠い、凍りつくような声音こわねだった。

 中継を観ていた誰もが唖然とするなか、どこかいつもと様子の違うチドリは独りでに喋り続ける。


《わたし、暴力的な人ってキライです。綺麗事を頭ごなしに否定するのもよくないと思います》

《な、なによぉ……アンタだって今、アタシを思いっきり蹴っ飛ばしたじゃないのぉ!》

《そっちが先に攻撃してきたからなのです。悪いひとには容赦しません》


 敵対の意志を示すように、チドリはきっぱりと言い放つ。

 すると、きょをつかれていた鞠華の耳に突然、不快なノイズがきこえてきた。

 それまで電脳バーチャルの少女を映していた街頭ビジョンや機体のサブモニターに乱れが生じ、またたく間に映像が切り替わる。


 映し出されたのは、鞠華たちにとっては見慣れた光景でもある“オズ・ワールドリテイリング日本支社”の支社長室。

 その中央のデスクに座るウィルフリッド=江ノ島の和服姿は、関東エリア全域に向けて発信されていた。


《親愛なる視聴者ジャパニーズ諸君、いつも“ライブ・ストリーム・バトル”を観てくれてアリガトウ! ワタシはウィルフリッド=江ノ島、LSBを企画・運営している企業のエラいヒトと覚えてもらえれば結構サ!》

「ウィルフリッド……さん……?」


 思わず絶句する鞠華をよそに、映像の中のウィルフリッドは言葉を紡ぎ出す。


《突然だが諸君ッ! ワタシはこの横浜の街が、そしてこの日本くにが大好きダ!! 和服はCOOLクールだし食事もオイシイ、そして何より“萌え”という独自の文化がスバラシイ!! まったく、“男の娘”という奥深いジャンルを最初に開拓した人には拍手をおくりたいくらいだネ……!!》


 腕に抱いた愛猫エドを撫でながら、芝居がかったわざとらしい口調で彼は続ける。


《そう、すべては“萌え”から始まったのだッ! 萌えに寛容な国民性が“ライブ・ストリーム・バトル”の誕生、そして発展に繋がったのだ! 女装した少年がロボットに乗って戦うというバトルショーがこうして盛り上がったのは、他でもない視聴者であるキミたちのおかげなのだヨッ!!》


 感慨深そうに語ったあと、ウィルフリッドはカメラに向かってニッコリと笑ってみせる。


《そして……キミには本当に感謝しているヨ、ウィーチューバー“MARiKAマリカ”クン! キミの斬新なアイデアのおかげで、当初の予定よりもスムーズにが進んでくれたのだからネ!》


 まるで邪気のない純粋な笑顔。しかしそんな優しげな表情とは裏腹に、直後に続いた言葉はアクターたちの予想を裏切るものだった。


《ドレスの存在をおおやけにする以前は、秘密裏に活動せねばならず苦労していたがネ……だがLSBが始まったことによって、我が社も表立った行動をすることが可能となった! フフ……おかげで良いデータが取れたよ》


 鞠華は怪訝けげんそうな面持ちで放送を聞いていた。

 それは他のアクターや“ネガ・ギアーズ”の構成員たちにとっても同様であり、特に匠は対象を灼きつくすような眼差しでウィルフリッドを睨む。

 彼女の心境を知ってか知らでか、和服の老人は嬉々として語っていく。


《『市民の平和を脅かす外敵ドレス』をッ! 『操縦者アクターとなった者たちが倒し』ッ! 『支援者スポンサーである我々に利益が生じる』ッ!! そうして全員が幸せになる“ライブ・ストリーム・バトル”はまさに理想的な循環ビジネススタイル……いや、エンターテイメントの究極形だと言っても過言ではないッ!!》







《……だが、残念なことにLSB♪》

「えっ……」

《アクターの諸君が頑張ってくれたおかげで、必要なデータは十分に集まったからネ。しかし悲観することはないヨ! キミたちがもたらしてくれたヴォイド研究の貴重なサンプルは、世界が抱えるエネルギー問題にもきっと役に立つハズなのだから! とくにマリカくんが成功させた“ダブルドレスアップ”は、未来への大きないしずえとなるダロウ……ッ!!》

《オイ星奈林、支社長のやつはさっきからなにを言ってやがるんだ……!?》

《ああ、アイ・ラブ・ジャパン! ここはホントに最高の“実験場”だァ……!!》


 ウィルフリッドはなにを言っている?

 データ? 実験場? なんのことだ……?


 暴力的なまでの情報量に、鞠華の思考が追いつかない。

 モニターに映っているのは、いつもと何ら変わらない支社長のおどけた笑顔。

 いつも通りのうさんくさい喋り方。

 いつも通りの突拍子のなさ。


 ぜんぶいつも通りだ。

 おかしな点など何もない。

 ……何もないはずなのに、なぜか今日は言葉の節々がどうも引っかかる。



 『キミはね、キミが思っている以上に特別なのさ』



 初めてウィルフリッドと出会った時に言われた言葉。

 その言葉を胸に、鞠華はこれまで頑張ってきた。


 自分の存在が──“MARiKAマリカ”が他者に必要とされているということが、あまりにも嬉しかったから。

 WeTuberウィーチューバーとして。

 XES-ACTORゼスアクターとして。

 “特別な自分”へと寄せられる期待に応えられるようにと、精一杯おのれを磨いてこれたのだ。



 だが……今さらになって、その言葉にはなにか別の真意があったのではないかと勘付かんづいてしまう。


 『自分は特別であるが故に、利用されていたのではないか』と。


 その疑念が、違和感が。

 これまで彼に寄せていた信頼という名の隙を突いて、心へと侵食していく。




《コホン……そんな愛すべき国民たちへの感謝を込めて、最後に“むかし話”を聞かせてあげヨウ》


 ウィルフリッドはそう前置きすると、猫を抱えたままイスから立ち上がった。

 彼のするどい銀色の眼差しが、画面の奥からまっすぐにこちらを見据える。

 そして多くの視聴者たちが注目する中で、ウィルフリッドは深く落ち着いた声音で語り始めた。


 以下が、その全文である。


《今から11年前──日本人宇宙飛行士の天地あまち素晴すばるを含むアメリカの有人探査機が、火星でのミッションを終えて帰還した。

 その時はまだ公表されなかったが……探査部隊は火星のクレーターにて“未元高分子構造体ワームオーブ”と呼ばれる太陽系外の物質を発見。

 これを回収し、地球へと持ち帰っていたのだ。


 あまりにも未知数な点の多いワームオーブの存在は、地球帰還後も政府の意向によって隠蔽いんぺいされることとなる。

 が、なにも情報を独占しようとしたわけではない。ある程度まで研究を進めたうえで、全世界に向けて公表する予定だったのだ。


 その発表の場として選ばれたのが、10年前の2020年に東京で開催するはずだった、言わずとも知れたビッグイベントの開会式。

 世界中が注目するなかで、宇宙進出への夢と希望が詰まった“贈り物”の存在を明かす……人類の最先端にいる者たちは、そんなパフォーマンスを直前まで準備していた。


 だが、開会式の3日前。

 2020年7月21日に、それは起こった。


 発表へと備えて一箇所に集められていたワームオーブたちが、突如として内部に秘められた膨大なエネルギーを暴走させたのだ。

 その影響で時空は歪み、本来現実世界リアルワールドには干渉できないはずの異次元──“虚無世界ヴォイドワールド”との境界が曖昧になる。

 もっとも、人間の目では見ることのできないヴォイドを観測できるようになったのは、それから研究がさらに進んだ数年後になるわけだが……。


 話を戻そう。

 先ほど語った次元振動は、爆心地である東京を中心に半径約150キロメートル──ほぼ関東全域が収まるほどの範囲に被害が及んだ。


 ここまで言えば……あとはわかるダロウ。




 数多の悲劇を生んだ“東京ディザスター”。

 その原因は、アーマード・ドレスにも搭載されている動力源。



 すなわち──、

 だったのだよ》


 鞠華が、嵐馬が、百音が。

 その場にいたほぼ全員が。

 否──放送を視聴していた多くの民衆たちが、驚愕のあまり言葉を失っていた。


 真相を語り終えたウィルフリッドは、安心したように再びイスへと身を沈める。


《おっとそうだ! 大事な話を忘れていたヨ。こんなにも多くの犠牲者を出した“東京ディザスター”……その悲劇の引き鉄トリガーをひいた男の話サ》


 その直後。彼は急に何かを思い出したように、手をポンと叩いた。

 鞠華は先ほどの衝撃でほとんど意識が空っぽになったまま、茫然と耳を傾ける。


《先ほども名前が挙がった、日本人宇宙飛行士の天地素晴あまちすばる。彼は地球への帰還後、長期の休暇が与えられていたにも関わらず、ワームオーブが移送された研究所へ頻繁に足を運んでいたそうだ》

(えっ……?)

《ワタシも彼とは個人的な付き合いがあったが、Mr.ミスターアマチはワームオーブが秘めた可能性に多大な期待を寄せていた。研究スタッフにも解明を急げと口出しするほどに、いつしか彼は未元物質の魅力に取り憑かれていた……》


 語り部が紙芝居を読み上げるように、ウィルフリッドは語った。

 その末尾に、最悪の結末オチを用意して──。












《君ののことだよ、逆佐さかさ鞠華まりかクン。

















 ……いいや、今はあえてという本名で呼ばせてもらおうかネ》


 ウィルフリッドの巧妙な語りによって、全世界の敵意が鞠華へと向けられた瞬間だった。


「あ……ぅあっ……」

《キミの父親が持ち帰った秘宝があの災厄を引き起こし、2万人以上もの犠牲者を生み出したのだヨ。フフフ……フハハハハハハハハハッ!!!》


 ──その、たった一言が心臓を素手でえぐり。

 触れられたくない過去キオクを呼び覚まされ──。


 “逆佐鞠華”を名乗っていた透明な少年は、ついに壊れてしまった。


《鞠華ッ!?》

《マリカ!?》

《まりか……》


 アクターの精神状態に同期シンクロし、ゼスマリカまでもがその場へ崩れ落ちる。

 すると膝をついたまま沈黙しているプリンセス衣装のアーマード・ドレスへと、アイドル・ぜスパーダがそっと歩み寄った。


《おいチドりん? なにを……》


 彼女の不審な行動が目に留まり、嵐馬はすかさず呼びかけた。

 だがチドリ・メイはそれを無視しつつゼスマリカを眼下に捉えると、そっと口をひらく。


《起きてください──“心臓裂痛片恋発病ハートブレイク・シンドローム”》


 もはや生きたしかばね同然と化したプリンセス・ゼスマリカの左胸へ、トドメを刺すようにマイクスタンドの三脚が突き立てられた。

 ゼスマリカの全身を赤黒い電流がほとばしり、鞠華の意識は耳を灼くような絶叫とともに覚醒する。

 そしてぜスパーダを中心としてヴォイドの活性化を促す音波ビブラートが展開されるなか、ウィルフリッドは静かにの開始を告げる。


《さあ、これで逃げ道は絶たれた。これよりキミに与えられし道は二つに一つ。人々の敵意と憎悪の集合体であるに精神を食い破られてしまうか──それとも、“真の器”として覚醒するか。どちらの分岐ルートを辿ろうが、望むべき未来エンディングは……ワタシの手の中にある》


 鳥が空へと羽ばたくように、ウィルフリッドが和服の袖を左右に広げた──刹那。

 ゼスマリカの頭上にあった真っ黒な雲に、突如として直結10メートルほどの大穴が出現した。

 赤と黒の電撃をびた、まるで冥界へと続くゲートのような異空間トンネル。その中の深淵アビスから、刺々しい輪郭をしたナニカが姿をあらわす。


《なによ、アレ……?》

《……まさか!》


 正体不明の物体を仰ぎながら大河が怪訝そうな顔を浮かべ、匠はふと何かに気付いたように目を見開く。


 それは、漆黒のアウタードレスだった。

 闇よりも深い色彩いろに染め上げられた、見るもの全てに畏怖いふを抱かせる異形の意匠。頭部には6本の角が上方に伸びた装飾的な仮面がつけられており、4つのまなこが血に飢えたようにあかく輝きを放つ。

 両肩にはハートを真ん中で左右に割ったようなシャープな装飾、膝からつま先にかけては剣のように鋭利なブーツが履かれており、全体的なシルエットは閉じたハサミを連想させた。


《さあ、その封印を解き現世うつしよへと顕現せよ。“東京ディザスター”……その犠牲者たちの怨念という糸でわれた死装束──》


 ウィルフリッドがそう囁いた次の瞬間、バラバラに分かれた漆黒のアウタードレスがゼスマリカをめがけて降り注いだ。

 そして次々に“ワンダー・プリンセス”の装甲と融合──いやしていき、驚くべきことにインナーフレームさえも禍々しい形態へと変貌させていく。


 やがて黒いドレスにしまったゼスマリカが、膝をついた姿勢からのらりくらりと大地に立ち上がった。

 長き眠りから解き放たれた禁装の名が、ついにウィルフリッドの口から告げられる。


《十年目の亡霊──“マスカレイド・メイデン”》


 血塗られた女皇は、仮面マスクに覆われた顔をゆっくりと上げるのだった。

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