Live.17『服を着ていちゃ始マラナイ! 〜DIVE TO THE PERSONAL-AREA〜』
突風に吹き飛ばされた三機のアーマード・ドレスはどうにか体勢を立て直すと、再び動き出した敵の方を仰ぎ見た。
竜巻が風に流れ、衣服を模した異形の怪物が姿を表す。一度はトドメを刺されたはずの“マジカル・ウィッチ”が、まるでゾンビのような足取りでのらりくらりとこちらに近付いてきていた。
《クソッ、滅茶苦茶だぜ! ぶっ倒したはずなのに、また息があったなんてよォ……!》
「まさか、あの短時間のうちに回復したっていうんですか……?」
張り詰めた空気の中で嵐馬が苛立ちを吐き捨て、鞠華が僅かに声を震わせながら呟く。
こちらの攻撃が効いていなかったというわけではなく、確かに致命傷を与えた手応えはあった。それによってドレスは一度力尽き、その上で復活を遂げたのだ。
おそらくエネルギー源であるヴォイドを再び充填したのだろうと鞠華は考えたが、直後に百音の言葉がその可能性を否定する。
《ううん、そうじゃない。どんなに強いアウタードレスだって、完全に回復するには少なくとも半日以上はかかるもん。ヴォイドの中継ぎをしているのは、あくまで
通信に耳を傾けながら、鞠華は医務室で水見から聞いた例え話を思い出す。
戦闘でヴォイドを使い果たしてしまったドレスは、言うなれば空っぽのコップといった状態であり、回復するには再度
しかしバルブを締めたり緩めるのはあくまで媒介者自身の
「なら、“マジカル・ウィッチ”にはもう戦うだけのヴォイドも残っていないはず。なのに、どうしてまだ動けるんだ……?」
《そうね、アイツは確かに力を使い果たしてる。限界なんてとっくに超えてる》
氷の上を一歩ずつ踏みしめながら近付いてくるドレスは、既に満身創痍と言っていいほどにボロボロの状態だった。ステッキを握る拳は解けそうなくらい弱々しく、今にも倒れそうなくらいに足元もおぼつかない。きっと逃げるだけの力も残されていないのだろう。
そもそも“マジカル・ウィッチ”は遠距離からの攻撃を得意とするドレスであり、仮に万全であれば自ら相手に近付くような真似などするはずはない。
そんな状態でも、ドレスはまだ戦う意志を捨ててはいなかった。
まな板の上で
それは、執念からくる“最期の足掻き”だった。
(“心の
媒介者とされた少女──アリスのことを思い出す。
このドレスが顕現した原因は彼女の精神重圧であり、それをどうにかしない限りは、いくらドレスを倒したところで根本的な問題は解決しないだろう。
(二人の笑顔を取り戻すって、決めたんだ。アリスちゃんの“心の
立ち尽くしているプリンセス・ゼスマリカの眼前へと、ステッキを振り上げた“マジカル・ウィッチ”が差し迫る。エネルギー切れによって魔法は使えないものの、ステッキによる物理的な殴打が今にも叩き込まれようとしていた。
「……なら、ボクも全てを
鞠華が決意を込めて叫んだ瞬間、それまでゼスマリカのフレームを覆っていた桃色の
纏っていた“ワンダー・プリンセス”のドレスをことごとく
振り下ろしたステッキを、飛来してきた装甲に弾かれてしまう“マジカル・ウィッチ”。その時に生じた隙をついて、ゼスマリカが一気に間合いを詰める。
「……だから、キミもその重苦しい
祈るように伸ばされた、ゼスマリカの右手。
その刹那。
繊細な指先は、まるで少女の葛藤や苛立ちさえも優しく包み込む聖女のように、“マジカル・ウィッチ”の左胸へと──触れた。
*
――ここはどこだろう……。
朦朧とする意識の中で、少女は呆然と周囲を見回す。
音も光も届かない場所。赤黒い水みたいな何かが、空間を満たしていた。
まるで深い海の底に落ちていくような感覚。
息ができない。
苦しい。
寒い。
暗い。
イタイ。
コワイ。
口の中の空気が一斉に吐き出され、徐々に視界が真っ赤に染まっていく。潜水時の減圧症にも似た痛みに耐えきれず、少女はもがき苦しんだ。
このまま自分は誰にも助けられぬまま、溺れ死んでいってしまうのだろうか。
そんな未来への絶望感が水流となって、彼女の肺を暴力的に満たしていく――その矢先であった。
――……ス! アリス……!
誰かの自分の名前を呼ぶ声に、少女の沈みかけていた意識は再び浮き上がる。
声のした方を見上げると、そこには髪の長い少年にも少女にもみえる人物の姿があった。必死そうに何かを叫びながら、こちらへと手を伸ばしている。
そうだ、私はまだこんなところで終われない……。
今にも溺れかけていた少女は、抗うように手足を使って海上を目指した。
呼吸は叶わず、意識は細い糸のようにブツブツと何度も途切れる。それでも彼女は溺れまいと、微かにみえる光へとか細い手を伸ばし――
咄嗟に“なにか”を掴んだ。
(……えっ?)
まとまりつつあった思考が一気に混乱する。
柔らかく……しかし芯のある感触を、少女は今一度たしかめるように強く握り返した。
――ひゃうんっ!? ア、アリスちゃん……ダメ、そこは……っ!
艶めかしい声が漏れた。
同時に、少女も手で掴んでいる
そういえば前にも一度風呂場で溺れかけた時に、同じような出来事があった。
どう見ても可憐な美少女の外見をしたその人物が、確かに男性であることを証明する部位。
そんな禁断の聖域に少女が触れてしまったのは、これで二度目だった――。
「いぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「〜〜〜〜〜〜っ!!?」
医務室中に響き渡る絶叫とともに、ベッドの上のアリスはようやく悪夢から飛び起きる。そして慌てて周囲を見回すと、ベッドのすぐ横で姉のレベッカが腰を抜かしてしまっていることに気付いた。どうやら驚かせてしまったらしい。
「いったたぁ……はっ、アリス! よかったぁ、やっと目が覚めたのね……!」
「お姉ちゃん……ここは……?」
「会社の医務室よ。ほら、家よりも近かったから……ね?」
そう言われてアリスは、塾で激しい頭痛に襲われて倒れたことを思い出す。
ようやく意識の戻った今もまだ万全とは言い難く、左胸のあたりに形容しがたいもやが蠢いているような気持ち悪い感覚が残っていた。
そうしてアリスが自らの体調を把握していると、レベッカは突然申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、アリス! 私が間違ってました……!!」
「お姉ちゃん!?」
今にも床に土下座しそうな勢いのレベッカを、アリスは慌てて制止する。彼女からしてみれば、謝られるだけの理由に心当たりが全くなかった。
アリスが説明を求めると、レベッカは昏倒の原因が自律神経の乱れ──すなわち、精神的なストレスであることを打ち明ける。そしてどうやらレベッカは、自分が重圧をかけた張本人であると思い込んでいるらしい。
「パパとママがいなくなって、身寄りもない私達は二人だけで暮らしていかなきゃいけなくなったでしょう。でも、アリス……あなたにだけは、それを重荷だと思って欲しくなかったの。私が働いて学費も生活費も稼ぐから、アリスは何も気にしないで勉強して欲しいって……」
「あの、お姉ちゃん」
「私、勘違いしてた。私はアリスに将来を自由に選択して欲しいと思っていたつもりだったけど……そう思っていたはずなのに、逆にアリスを縛っていた」
「お姉ちゃん、ねえってば」
「はは……バカなお姉ちゃんだよね、私。アリスの本当にやりたいことを聞きもしないで、塾へ行かせて勉強させて……それでアリスは私を重荷に感じ」
「おねえちゃん聞いて!!!」
鼓膜を突き破りかねないほどの声量で、アリスは姉の耳元で叫んだ。
それまで無我夢中で長ったらしい謝罪を述べていたレベッカが『はいいっ!?』と飛び上がる。
「あのね、お姉ちゃん。幾つか勘違いしているようだから訂正させてもらうけど……別に私、勉強嫌いじゃないよ?」
「……えっ?」
「むしろどっちかっていうと結構好きかな。それに、お姉ちゃんに縛られてると思ったことなんて一度もないってば」
「で、でもでも……昔アリスに塾のチラシを見せた時、『行きたくない』って言ってなかったっけ……?」
「あれは『家でも勉強できるから行かなくても大丈夫』的なニュアンスだから。ハァ……お姉ちゃんってば、心配性なわりに心配するポイントがいつもズレてるんだよね」
口ではそう言いつつも、そういった天然なところが姉らしいのだともアリスは思う。心配していたことが単なる誤解だったことにレベッカもようやく気付いたようで、ホッと安堵の息をついた。
「あれ……? でもそれなら、ストレスの原因は一体……」
こうして症状が確認されている以上、アリスがヴォイドの
率直な視線をレベッカに向けられると、アリスは何故かバツが悪そうに目を逸らした。
「アリス、何か心当たりは……あるみたいね」
「でも……」
「大丈夫よ、大丈夫だから。お姉ちゃんに話してみて」
遠慮がちなアリスをなだめるように、レベッカは優しく微笑みかけた。
それを見てアリスは、自分の中で張り詰めていた何かがゆっくりと溶け出していくのを感じる。小さな勇気を振り絞って、ようやく重い口を開いた。
「……心配だったの、お姉ちゃんのことが」
「うん」
「二人で暮らすことになってから、お姉ちゃんはいつも私を養うために女手一つで働いてくれてた。それは私も嬉しいし、いっぱい感謝だってしてる」
「うん」
「でも……最近になってふと気付いたの。もしかしたら私の世話までしなきゃいけなかったことが、未だにお姉ちゃんが男の人と付き合ったことがない原因なのかも……って」
「うん?」
レベッカの表情が笑顔のまま凍りついていることにも気付かず、アリスは弁明を続ける。
「ううん、恋愛のコトだけじゃない。思えばお姉ちゃんって仕事に手一杯過ぎて、趣味らしい趣味が一つもないんじゃないかって。休みの日も部屋にずっと引きこもってるし」
「うっ」
「迂闊だった……アラサーOLが休日に、たったの一度も男の人と外出したりしないなんて、よく考えたら少し……いやかなりおかしい。というか危ない、オンナとしてもはや危険域」
「ごふっ」
「このままじゃ、もしかしたらお姉ちゃんは一生ケッコンできないかもしれないって……それが心配で仕方なかったの! だって今年でにじゅうは……」
「ぐはっ……ア、アリスちゃんそこまでで一旦ストップ……! もうお姉ちゃんのライフはゼロよ……!」
ノックダウンのベルが鳴り、熱弁していたアリスはふと我にかえる。
横を見やると、見えざる剣が背中に何本も突き刺さり、真っ白な灰となって今にも消え入りそうな姉の姿があった。このままでは彼女までもがストレスで倒れてしまいそうである。
「ゴメンお姉ちゃん。オブラートに包まなすぎた……」
「いや、気を遣われてもそれはそれで良心が傷つくというか……えっ、ちょ、え? 私って、そんなに心配させるくらいモテなさそう……?」
「えっと……はい、そうですね」
凄く申し訳なさそうにアリスは言った。それも何故か敬語で。
「し、失礼な……っ! そりゃ、確かにお付き合いしたコトとかは一度もないけど……で、でも趣味くらいあるわよぉっ!」
「えっ、お姉ちゃん趣味あったんだ? どんな趣味?」
「そりゃモチロン男のk……ハッ」
途中まで言いかけて、レベッカは思わず口を両手で塞ぐ。
アリスは不思議そうに顔を覗き込むも、気まずそうに顔をそっぽに向ける。
言えるはずがない。他人に……それも、よりにもよって唯一の肉親である妹に。
「まあ、言いたくないなら無理に教えてくれなくても別にいいけど……」
「……いや、一方的にカミングアウトさせてばかりじゃ不公平だし、アリスにはちゃんと腹を割って教えとく。お姉ちゃんの好きなこと、人生の楽しみ、それでいて生き甲斐をね」
何よりもこれ以上、姉として妹を心配させたくなかった。
だからこそ、せめて姉妹の間で隠し事をするのは良くないと思い至ったレベッカは、しばらくの沈黙が流れた末にようやく踏ん切りをつけ……。
「聞いて、アリス。私の趣味はね──」
一つ一つ、余すことなく打ち明けた。
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