Live.16『「やったか」は、やってない 〜ONE'S STOCK JOKE, VERY FUNNY...〜』

 横浜の街は、夜更けを迎えてもなお眠ることを知らない。


 日付を越えた時間にもかかわらず人々は活気に満ちており、湾岸沿いに建てられた都市型遊園地の観覧車が極彩色のイルミネーションとなってまわっている。木々のように建ち並ぶ高層マンションとビルの群れは、集団となってダイヤの如ききらめきを放ち続けていた。


 運河に対し張り出したような埋め立て地の都会、みなとみらい。そこでは今、夜の賑やかな喧騒を掻き消すほどのけたたましい警報音が鳴り響いている。

 状況理解も及ばぬまま勧告に従い避難している人々が見つめる先にいるのは、突如海上に現れたアウタードレス“マジカル・ウィッチ”。あたかも美しい夜景に誘われるかのようにゆっくりと進撃する、異形の侵略者だった。


「急に避難しろだとか、ヘンなのは現れるわ、もうわけわかんねぇよ!」

「俺、まとめサイトで見たから知ってるぜ。噂だと、昨日のコミサが中止になったのもアイツのせいだってんだろ……!?」

「なんなのよ、あのでっかいドレス……!」

「ふえぇん……こわいよぉ、ママァーッ!」


 あちこちで悲鳴があがり、避難民たちの表情が次第に絶望の色で塗りつぶされていく。誰もが絶体絶命の状況を悟り始めていたそのとき、一筋の天明が射し込むように事態が一変した。


「……! おい、見ろよアレ!」


 最初に気付いた一人が声をあげ、周囲の人々もそちらに視線を向ける。中にはスマートフォンやビデオカメラを取り出し、目の前に現れたをフレームに収めようとする者もいた。


 まるで外敵ドレスから街と人々を護るように海中から出現した、それぞれ装いの異なる三体の巨神タイタン


 一体は、桃色のプリンセスラインドレスを纏いし戦姫。鋭い剣のようなハイヒールの足底が、水面の上に波動を作って浮かんでいた。

 一体は、紺色のセーラー服を纏いし女番長。日本刀を肩に背負い、月光を帯びた刃が冷たい殺気を放っている。

 一体は、橙色のサンバ衣装を纏いし踊り子。両手にタンバリンを掲げ、情熱的な舞を今にも魅せつけようとしていた。


「あのロボット達……オレ達を守ろうとしてくれてるのか……?」

「ピンクのドレスを着てる奴、カワイイ……」

「こいつぁスクープだ! お台場がドレスに襲われたって噂は、嘘じゃなかったんだ!」


 横浜湾の一望できるあらゆる場所で、感嘆の声があがる。いつしか避難民たちは、先程まで抱いていたはずの恐怖すら忘れ去ってしまうほどに、ヒーロー達が立ち並ぶその光景に目を奪われてしまっていた。

 かくして海上のステージへと登壇した演者アクターたちは、侵攻を続けている敵役ドレスの前へと立ちはだかる。闘争という名の劇場の幕が、今まさに上がろうとしていた。





《……あじゃぱー。ここまで大勢の人に見られちゃあ、もう情報統制も隠蔽も意味なくなっちゃうかもねぇ》


 相変わらず場違いに呑気な百音が、通信機の向こうでまるで他人事のようにつぶやいた。それを聞いて鞠華は、全天周囲のモニター越しに背後を見やる。


 埋立地となっている地上の上には、まだ多くの民間人が避難を続けている。その群衆のうち大多数が、移動しつつもこちらへ奇異の視線を向けていたのだ。

 恐らくは写真や動画もとっくに撮られてしまっていることだろう。もしかしたら今頃ネットの掲示板には、実況スレッドの一つや二つも立てられているかもしれない。“アーマード・ドレス”の秘匿性は、もはやこの時点でほぼ失われてしまったと言っても過言ではなかった。


「……でも、ボクらは後ろにいるあの人たちの暮らしを守らなくちゃいけない。そうでしょ、天才女形おやまさん?」


 横に立つ味方機へと呼びかけながら、鞠華は再び前を向き直る。数百メートルほど先の海上に佇むドレス“マジカル・ウィッチ”を見据えていると、同じ敵を睨んでいた嵐馬がぶっきらぼうに応えた。


《ケッ、アマ風情が一丁前にタメ口きいてんじゃねーよ。……でもまあ、それについては不本意ながらテメーと同意見だ。アイツが上陸する前に、海上ココで叩き潰すぞ……!》

《合点承知の助ーっ! ……と言いたいところだケド、結局あのドレスの膨大なヴォイド量については解決してないのよね……。そう上手くいくかなぁ》


 百音がそのように危惧を口にするのも無理はなかった。

 媒介者ベクターにされたと思わしきアリスのストレスは未だ解消されておらず、前の戦闘でボロボロになるまで追い詰められていたドレスは、再びヴォイドをチャージして殆ど完全な状態にまで回復している。これほどの戦闘力を有する相手に、少なくとも苦戦を免れることはできないだろう。

 それでも、鞠華はたじろぐことなく拳を構える。サブカルチャーをこよなく愛する女装男子の彼には、そうするまでの理由があった。


「アリスちゃんのことはレベッカさんに任せておきましょう。どちらにせよここでボク達が戦わなきゃ、お台場のビッグサイトの二の舞になる……!」

《なぜ建築物名を限定する……?》

「だって横浜といえば“パシフィコ国立大ホール”ですよっ!? ここもやられちゃったら、どこでオタクイベントを開催するってんですか……っ!!」

《お、おう……気持ち悪いくらい気合い入ってんなオメー》


 いまいち正義感に欠けた動機はともかくとして、アクター達に後退の選択肢がないというのは事実である。それについては嵐馬も百音も異論を唱えることはなかった。


《……っ! 何か来るよ、気をつけて……!》


 百音が警戒を促した直後、“マジカル・ウィッチ”は手に持つステッキを頭上でクルクルと回転させると、先端を水面に向けて勢いよく振り下ろす。

 次の瞬間、水面に蒼い魔法陣が浮かび上がると共に、ステッキを起点とするように海上が一斉に凍り始めてしまった。まるでスケートリンクのように凍りついてしまった横浜湾の上へ、さらに幾つもの氷柱が水面を突き破って出現する。


《クソッ、この野郎……前より強くなってやがる……ッ!》

「炎だけじゃなくて、氷の魔法も使えるなんて……うわっ!?」


 真下から現れた氷の腕に脚を掴まれ、プリンセス・ゼスマリカはゆっくりと氷塊の中へ引きずり込まれてしまう。

 スケバン・ゼスランマも迫り来る氷柱を次々と切り払っていたものの、不意に背後から腕や足を絡めとられてしまい、身動きを封じられてしまっていた。

 はやくも2機のアーマード・ドレスがピンチに陥っていたそのとき、何処からともなく現れた火の玉が、両者のほうへと弧を描いて飛んでいく。


《“荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ”──!》


 否、それはドレスの放った火球ではなく、火炎をまといし二つのタンバリンだった。

 カーニバル・ゼスモーネの投げ放ったそれは味方機を拘束していた氷柱を焼き斬ると、そのままブーメランのように主のもとへと戻っていく。ゼスモーネは器用に回転しながらタンバリンをキャッチし、一曲踊り終えた時のように華麗なポーズを決めた。


「た、助かりました! モネさん……!」

《ふふーん。先輩だもん、これくらいのアシストは当然とーぜん♪》


 熱されて水蒸気となった氷に包まれながら、ゼスモーネがオレンジ色の双眸を輝かせる。氷の魔法を用いるドレスに対して、それを容赦なく溶かすほどの炎を操れる味方がいることは何とも心強かった。

 百音自身も仲間に頼られている嬉しさで、つい『へへーん』と誇らしげな笑みを浮かべてしまう。だがその直後──ドレスの右隣に魔法陣が現れ、そこから竜の形状をした水の柱が飛び出したことによって、百音の表情は次第に深刻シリアスなものへと変貌シフトしていった。


「何あれ……水の竜アクアドラゴン!? モ、モネさん……!」

《ご、ごみーん……アレの対処はちょっと、炎じゃ無理カナー》

「モネさん!?」


 喋っている間にも、弾丸のごとき勢いでこちらに迫ってくる水流の塊。ゼスマリカは咄嗟に真横へと転がって回避運動を取り、どうにか敵の攻撃をやり過ごす。


「ハァ……ハァ……何とか避けられたけど、これだけ距離を離されていたら、あのドレスの思う壺だ……!」


 鞠華は凍った水面の上に片膝を突きながら、遥か遠望に佇む敵を見やる。

 “マジカル・ウィッチ”はそのドレスコードが示す通り、遠距離からの魔法攻撃に長けたドレスだ。しかも操れる魔法は確認できただけでも炎・氷・水と多彩であり、こちら側の装備で一つ一つを対処していくのは難しいだろう。


《チッ、イライラするぜ。何とかして懐に潜り込めりゃ、俺の刀でなます切りにしてやるのによォ……。あのふざけた魔法陣は何とかならねぇのか……!》

「……っ、それだ! 魔法陣だよ、アイツの弱点!」

《あン……? なに言ってんだ、クソアマ……》

《マリカっち、どういうこと?》


 いまいち合点がいかない様子の嵐馬と百音に対し、鞠華は“マジカル・ウィッチ”に関して発見したあることを手短に告げた。

 説明を受けた嵐馬と百音は機体を再び立て直させると、依然として同じ場所から動こうとしないドレスを見据えながら今一度確認する。


《……つまり三方向から別々にヤツへと近付いて、一気にトドメを刺す……と。そういう段取りでいいんだな?》

「かいつまんで言うと、そういうコトですっ!」

《むーん。なかなかに骨が折れそうだけど……まっ、賭けてみる価値はありそうだニ☆》


 ゼスマリカ、ゼスランマ、ゼスモーネの三機はドレスを囲むように位置を取り、それぞれの得物ウェポンを構える。三角形トライアングル型に包囲された“マジカル・ウィッチ”は、じっと佇んだままゆっくりと虚空に魔法陣を描き始めた。


「行くよ、二人とも! せーの……っ!」

《GO! GO・GO!》

《オレに命令すんじゃねぇ!!》


 鞠華の合図と共に、三機のアーマード・ドレスが同時に水面を蹴って飛び出す。

 ゼスマリカは氷面にハイヒールのエッジ部分を滑り込ませると、あたかもフィギュアスケート選手のように氷の上を滑走し始めた。着々と距離を詰めてくるゼスマリカの存在に気付いたドレスは、すかさず魔法陣から氷の柱を出現させて迎撃にあたる。

 途端に氷の足場が崩れ始め、ゼスマリカはすぐに真上へと跳躍。それを追うように、無数の氷柱が蛇のようにうねりながら飛び出した。


「くっ……そうだ、もっとボクを追ってこい……! ……嵐馬さん!」

《オイオイ、あんな大根役者に気を取られてていいのかよ! あいつはただのだぜ……ッ!》


 背後を付け狙うように、ゼスランマがスカートのスリットからヨーヨーを取り出しつつドレスへと突っ込む。するとドレスはゼスマリカを攻撃していた魔法陣を一度ステッキでかき消し、また新たに朱色の魔法陣を空中に出現させた。

 魔法陣の中から蛍火のような火の玉が次々と飛び出し、ミサイルのような軌道を描いてゼスランマへと襲い掛かる。嵐馬は直撃しそうな火球のみに狙いを絞り、それ以外の攻撃をかすりながらも、高速回転させた両手のヨーヨーで確実に弾き落としていった。


《へっ、いいぜ……もっと俺を狙ってこいよ! 何故なら俺は――》

《――嵐馬くんは、だからね♪》


 “マジカル・ウィッチ”が振り向いた時には、既に遅かった。

 いつの間にかすぐ近くにまで接近していたゼスモーネは両手のタンバリンに炎を纏わせると、ドレスめがけて左右とも投げ放つ。

 ドレスは咄嗟に新しい魔法陣を出現させて水のバリアを張り、タンバリンをガードしようとした――次の瞬間。


「そして、キィィィィックっ!!」


 上空から舞い降りてきたプリンセス・ゼスマリカ渾身のかかと落としプリンセス・ドロップが、隙だらけだった“マジカル・ウィッチ”を背中から容赦なくえぐった。それは同時に、鞠華の立案した攻略法が功を奏したことも意味していた。

 

(やっぱりそうだった! このドレスの魔法攻撃は確かに強力だけど、二つ以上の魔法陣を同時に出すことはできない……!)


 魔法陣を一つしか出せないのであれば、敵が一度に攻撃できるのも正面にいる相手のみだ。ゆえに三方向から別々に波状攻撃を仕掛ければ、ドレスは対応に見舞われて魔法陣の生成が追いつかなくなっていくのだ。

 3機いるアーマード・ドレスのうち1機を相手していれば、残り2機の接近を許してしまう羽目となる。そして今まさに、ゼスマリカの攻撃で怯むドレスに対して、さらなる追い討ちが左右から畳み掛けられようとしていた。


《“抜刀一閃・灘葬送なだそうそう”ッ!》

《“荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ”!!》


 音を置き去りにするほどの素早い居合斬りと、万物を燃やし尽くす業火を携えたタンバリンの一撃が同時に叩き込まれる。

 深刻なダメージを一身に受け、激しく痙攣する“マジカル・ウィッチ”。やがてステッキを握っていた拳が解けると、本体もまた力なく水面に倒れこんだ。


《ハァ……ハァ……。……?》

「……っ!! 嵐馬さん、そのセリフはまず──」


 荒い呼吸を整えながら、嵐馬は真偽を確かめるようにそう吐き捨てる。

 それに対して鞠華が大袈裟に反応した時には、すでに突っ伏していたドレスは再びその手にステッキを握り締め、起き上がろうとしていたのだった。


《う、うそ……“マジカル・ウィッチ”が、またゾンビみたいに動き出した……》

「あーもうばかばか! バカランマ! 考えなしにあんなテンプレセリフを言っちゃうからぁ!!」

《オ、オレが悪いのかよ……ッ!!? ぐおお……っ!!》


 予想外の事態に慌てふためいていた三機のアーマード・ドレスを、魔法陣によって現れた巨大な竜巻が一斉に吹き飛ばす。

 かくして、第二ラウンドの開始を告げるゴングは鳴り響いてしまっていた。

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