Live.18『酔えない人が損をする 〜THAT'S LIFE〜』
装甲を脱ぎ払ったインナーフレーム“ゼスマリカ”とアウタードレス“マジカル・ウィッチ”を中心に、海水が盛り上げられるほどの爆発が起こった。
おそらくは“マジカル・ウィッチ”が道連れ覚悟で放った最期の魔法だろう。爆発の範囲自体はそこまで広くなかったものの、密接していたゼスマリカ一体を巻き込むには十分な威力だった。
「……ッ!」
《マリカっち……!!》
大量の水蒸気がたゆたっている爆心地を見つめながら、嵐馬と百音は唖然として立ち尽くす。彼らが乗る機体の上を、吹き上げた水が
やがて海上を覆い尽くしていた白い霧が風に吹き流されていき、見覚えのあるシルエットが徐々に姿を現す。しかしそこに広がっていた光景は、嵐馬や百音の期待を裏切るものであった。
羽根の付いた帽子、フリルのあしらわれた衣装、右手に持つステッキ……霧に包まれてもなお特徴的な輪郭をしたそれは、明らかにアウタードレス“マジカル・ウィッチ”のものだ。
そしてドレスと対峙していたはずのゼスマリカの姿は、立ち退いていく爆風の中に見つけることができなかった。
「まさかアイツ、本当にやられちまったってのか……?」
嵐馬の震えた唇から、不安に満ちた力ない声が漏れる。
馬鹿な、そんなはずはない。まだ出会って間もないというのに……。
そんな行き場のない絶望を嵐馬が抱きかけていたその時、不意に通信回線から聞き覚えのある──というよりは妙に耳に残るソプラノ声が飛び込んできた。
《生存フラグが立ちそうなセリフ、ありがとした! 嵐馬さん!》
《マリカっち! よかった……生きてた……!》
《えへへ……モネさんも、グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆彡》
彼が決まり文句(らしい)フレーズを言い放つと共に、視界を覆っていた霧が完全に晴れていく。
海上に浮かんでいたのは衣服のみの自律兵器ではなく、アウタードレス“マジカル・ウィッチ”を装甲として着込んだゼスマリカ──すなわち、魔法少女のアーマード・ドレス“マジカル・ゼスマリカ”だった。
ちゃっかりと新たなる装いを獲得していた鞠華を見るなり、それまで深刻な面持ちをしていた嵐馬は思わず拍子抜けしてしまう。
「お前……んだよ、生きてたんなら早く通信よこせっての。心配損じゃねえか」
《えっ。嵐馬さん、ボクのこと心配してくれてたんですか?》
「ハァッ!? 違っげェよ、んなわけねーだろド阿保! 図に乗るのも大概にしろ、このクソアマ野郎!」
《ひどい……っ! ってかボクのことを“クソアマチュア野郎”略してクソアマ野郎って言わないでくれます!?》
仲間が生存していたとわかった途端、すぐ安心して喧嘩腰になる嵐馬。そのやり取りを側で聞いていた百音も、つい笑いを堪えられずに腹を抱えてしまう。
《ぷくく……ほんっと、嵐馬くんって素直じゃないよねぇー。
《なんか言ったかッ!?》
《べっつにぃー。それよか二人とも、そろそろ会社に戻ろっか。ほら、ここに長居しているのも色々とマズイし……ね?》
百音に言われ、嵐馬と鞠華はふと周囲を見回す。
ドレスの上陸する前に迎撃が成功したため、結果として横浜の街は無事だった。それはいい。
だが、避難警報の解かれた街の海岸沿いには現在、アーマード・ドレスを一目見ようと一般人たちが大量に押し寄せてしまっていた。彼らからすれば三機は“敵から人々を守った謎の巨大ロボット”も同然であり、すでに数え切れないほどのカメラレンズに捉えられてしまっていることは、確認するまでもなく明白だった。
「こりゃ、支社長さんは後で始末書を大量に書かされまくるな……。仕方ねぇ、オフィスへは海中トンネルを使って戻るぞ」
嵐馬はそう言うと、水上に浮遊していたスケバン・ゼスランマを沖合へと降下させる。カーニバル・ゼスモーネとマジカル・ゼスマリカもそれに続き、三機三様のアーマード・ドレスは海の深くへと沈んでいった。
*
横浜湾での戦闘があってから、二日ほど経った日の夜。
「そんなワケで皆々さん、丸太のようなジョッキは持ったかネ!」
暖色系の照明に照らされた掘りごたつの個室席で、テーブルに座すウィルフリッドが偉くハイテンションにビールの入ったジョッキを天高く掲げる。すると個室内にいる十人前後の大人たちも、同様に各々の飲み物が入った容器を持ち上げた。
「えー、本日は皆さん。このような会にお集まり頂き……」
「支社長、誰も耳を傾けてません! 一刻も早くお酒を喉へ流し込みたそうにしてます……!」
「ウチの社員はどうも社長の扱いが雑すぎるネ!? ……コホン。では、マリカ君が正式に我が社の
「「乾杯ぁーいっ!!!」」
カツン、とグラス同士のぶつかる心地のよい音が響いた。この場で唯一の未成年である鞠華も、コーラの入ったコップでそれっぽく乾杯する。
ウィルフリッドが先ほど言っていたように、今夜は鞠華の祝賀会を執り行う(……という名目でお祭り騒ぎをする)べく、“オズ・ワールドリテイリングジャパン”の一部社員たちと居酒屋を訪れていた。なんでも日本食通のウィルフリッドが自信を持ってオススメする、鍋の美味しい店らしい。
テーブルを取り囲むのは鞠華も見知っている人物ばかりで、嵐馬や百音といった他のアクター達はもちろん、秘書のレベッカやVMOの水見も同席していた。ちなみに鞠華の両隣にはレベッカと百音が座っており、テーブルを挟んで正面にはウィルフリッドのご機嫌な顔がみえる。
「ごめんね、マリカくん。お酒飲めないのに居酒屋で食事することになっちゃって……」
「何ならマリカっちも飲んでみるぅ? このお店、何気に地ビールが何種類も置いてあって意外と穴場スポットなんだよぉー」
「ダメですよモネさん! 未成年にお酒を勧めちゃあ……!」
(せ、狭い……)
二人のグラマラスな肢体に挟まれ、鞠華は若干居心地の悪そうに愛想笑いを浮かべる。時おり左右の肘や二の腕に柔らかい肌が触れ、気恥ずかしさで少し体温が上がってきてしまった。
「あれー、マリカっち。なんか顔赤いけど大丈夫ー?」
「ち、違うんです! これは鍋の熱気にあてられて……というか何故に鍋?」
「ハハハ、暑い夏にこそ熱い鍋サ! さあさあ、社長特権により代金はワタシ持ちだから、遠慮なく食べてくれたまえ!」
気前よくウィルフリッドは言うと、彼自身もお椀を片手にテーブルの中央に置かれた巨大な土鍋を見据えた。
中身は鶏もも肉から出汁をとった博多風
「ふっへっへ……どれどれ、ワタシもさっそく肉を頂戴し──」
が、やわらかな鶏肉を掴もうとしていた彼の箸は、まるで真剣白刃取りをされたかの如く別の箸に阻まれてしまう。あまりにも予想外な行動で場の全員を戦慄させたのは、アルコールが入っても相変わらずな仏頂面の古川嵐馬、
「………………何のつもりだネ、古川嵐馬クン。ワタシと戦争したいの?」
「それはこっちのセリフだ、支社長。博多風水炊きつったら、まずはスープを先に一杯いただくのが流儀だろうが」
そう言って嵐馬は
「フッ……なかなかイケるな。ほら、支社長サマもさっさと
「オーウ、ご丁寧にどうも……ってチョイチョーイ! これでもワタシ一応キミの上司よ!? その口の利き方は何なのだネ!?」
「いちいちうるせぇなぁ……いいか、テメーらもまずはスープだ。そしたら次は玉ねぎ、人参、椎茸、キャベツの順に具を入れていくぞ。ポン酢はドバドバ入れずにさらっとかける程度にしとけよな」
(な、鍋
よそって貰ったスープにちびちびと口をつけながら、鞠華は何とも意外そうに嵐馬のほうを見る。
彼に対してはあまり良い印象を抱いていない鞠華でさえ、不覚にもギャップ萌えのような何かを感じてしまったのが少し悔しかった。というかこのスープ、本当に旨いぞ……。
きめ細やかな味わいにすっかり気分が良くなってきた鞠華は、ふと隣に座る百音のほうを振り向いた。
「嵐馬さんってああいう一面もあったんですねー! モネさんは知ってまし……」
「ヒック」
「……………………た?」
鞠華が声をかけたのとほぼ同じタイミングで、空になったビールの大ジョッキがテーブルに叩きつけられた。
なにか嫌な予感がする。鞠華が身の危険を察知したその時には、すでに百音の腕が肩へとまわされていた。
(ま、まさかモネさん、この短い間にもうビールをイッキ飲みしちゃったのか……っ!?)
はやくも酔いが回った様子の百音は鞠華に寄りかかると、蛇のようにねちっこく頬や首筋を撫ではじめた。
「うっへっへぇ……マリカっちは肌が女の子みたいにすべすべだにぃー」
「ひうっ! い、いきなりなんですかモネさん……てか酒臭っ!?」
「恥ずかしがるなよぉ〜ん。それとも、遠回しにアタシを誘ってるのかにゃん? このこのぉ、お持ち帰りしちゃうぞぉ☆」
(からみ酒だこの人ーーっ!?)
泥酔した百音が抱きつこうとしてきたため、鞠華は慌てて身を離そうとする。しかし、おっとりとした見た目にそぐわず百音の腕力は成人男性の平均的なそれよりも遥かに強く、華奢な体躯の鞠華は為すすべもなくガッシリとホールドされてしまった。
「モ、モネさん苦じい……あと当たってます……上とか下とか……」
「当ててんのよん♪ さあさあ、今日はガンガン飲むわよぉ! 夜はまだまだ長いんだから! というわけで焼酎あるだけ全部もってこぉーい!!」
百音は空になったジョッキをブンブンと振り回しながら、今にもテーブルに乗り出しそうな勢いで騒ぎ立て始める。作法にうるさい嵐馬はすかさず彼を注意するも、酒乱モードとなった百音の耳には届くはずもなかった。
やがて百音はおもちゃに遊び飽きたように鞠華から手を離すと、席を立って他の社員へと手当たり次第に絡みだす。各所から『こいつに飲ませたの誰だーっ!』という悲鳴が上がったのは言うまでもない。
一方でようやく拘束から解放された鞠華は、すっかり疲れきった様子でレベッカへと助け舟を求める。
「あはは……散々な目に逢いましたよぉ……。そういえばレベッカさんは逆にさっきから大人しいですよね」
「………………」
「もしかしてお酒弱いとか? あっ、でもビールは普通に減ってるし違うか……」
「………………」
「あのー、レベッカさん……?」
話しかけても一向に反応しないレベッカの虚ろな横顔を、鞠華は不安げに覗き込もうとする。
すると次の瞬間、急にレベッカの瞳から大粒の涙がぼろぼろと溢れはじめた。またしても予想外な反応を目の当たりにし、鞠華は思わず面食らってしまう。
「レベッカさん大丈夫ですか!? 何か嫌なことでも……!?」
「うぅ……えぐっ……聞いてくれる……?」
(あー、レベッカさんはこの手のタイプかぁ……)
断るわけにもいかなそうなので鞠華はコクリと頷くと、レベッカは『ありがとぉ……』と謝りつつジョッキ一杯のビールを喉奥へと流し込む。
まぶたを真っ赤に腫らしながら酒を豪快に煽るその様は、典型的な泣き
「ひくっ……実はね、アリスにね……かくかくしかじかで……」
「まるまるうまうまで……って、アリスちゃんに趣味を打ち明けちゃったんですか!?」
「うぇっぐ……そうなの、そしたらね……」
するとレベッカは突然テーブルに突っ伏せるや否や、子供のようにわんわんと声を上げて泣き出し始めた。また一つ彼女のザンネンな面を知ってしまった鞠華は少し顔を引きつらせてしまうものの、泣いているレベッカはそれに気付くこともなく続ける。
「『ま、まあ……人の趣味はそれぞれだから』って、憐れむような目でやんわりと言われちゃったのおおおおお……っ!!」
「そ、それはツラい……!」
「それならいっそ露骨にドン引かれたほうがまだマシだったあああ……っ!! うぅ……うわああああああん!!」
個室中に響き渡るほどの大声で泣きわめきながら、合間で半ばやけくそ気味にビールをガブ飲みするレベッカ。綺麗に整った鼻先からは大量の鼻水が垂れており、とても
すると周りの酔った大人たちも面白がって『レベッカちゃんを泣かせるなんてサイテー!』などと鞠華を茶化し始める。ちなみにその間にも、ひどく酔っ払った百音は半裸でテーブルに乗り出して暴れており、あまり酔いの回っていない様子の嵐馬はというと鍋の出来栄えに感心しているのか、一人で満足げに頷いていた。
(とりあえず、この人達と飲んだら非常に疲れるということで
鞠華は得た教訓を切実に胸へと刻みつつ、その後も結局レベッカが泣き疲れて眠るまで愚痴を聞き続けるハメとなった。
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