Live.71『ひとりひとりは単なる火でも 〜OPERATING IN UNISON〜』
「ティニーさん、アリスちゃんを頼みます!」
立ち去っていく二人の背中を見届けたあと、すぐに鞠華も呼び出したインナーフレームの中へと乗り込んだ。
コントロールスフィアの全天周モニターに火が灯る。見上げた空にはいくつもの
(こんな数が一度に現れるなんて今までなかった。何が起きてるんだ……?)
ふと、脳裏にウィルフリッド=江ノ島の顔がよぎった。
彼がこの一連の事態を引き起こしたという可能性も十分にあり得る。
だが仮にそうだった場合、彼はなぜこのタイミングで──?
(……考えるのはあと。
強い意志によって決断した鞠華は、真横にいるもう一機のインナーフレームを見やる。
その白い機械仕掛けの巨人を操る少女──
「はは、なんか……不思議な気分。こうしてキミと肩を並べてたたかう日が来るなんて、思いもしなかった」
《ぼくはずっと、この
紫苑は照れを含んだ笑みを浮かべながら、懐かしむように語る。
《ずっと
「……ああ、僕もだ」
鞠華もそのように応えると、ゼスシオンの手をぎゅっと握り返す。
手を繋いだまま、大地に並び立つ二柱の巨人。
これまで幾度となく拳を交えてきた両者が、今は同じ方向を向いていた。
「紫苑、準備はいい?」
《いつでもいいよ、まりか》
互いに握った手は離さず、もう片方の手でゼスパクトを取り出す。
それぞれが半円を描くように振りかざし、そして二人は腕を
「「ドレスアップ・
二人の掛け声が重なり合ってハーモニーとなり、
ゼスマリカは“ワンダー・プリンセス”、ゼスシオンは“チミドロ・ミイラ”のアーマーを装着。やがて換装を終えた二機のアーマード・ドレスは、その勢いのままに戦場へと
「おっと、さっそく囲まれた」
《みたいだね》
四方八方に展開しているアウタードレスたちを見やりながら、鞠華と紫苑は短く言葉を交わす。
警官、巫女服、鎧武者……ありとあらゆる形状をした鋼鉄の群れは、いつしか二人を取り囲む輪へと変貌していた。
数十という軍勢に対し、こちらの頭数はたったの二機。
もはや戦力差は歴然だったが──そんな圧倒的不利な状況に反して、両者の表情はひどく穏やかだった。
《それにしても、たくさんいるね》
「ああ、一体ずつ相手にしてたらキリがない」
《それなら》
「だったら」
《まとめて
「
両機の足場が踏み砕かれた、その刹那。
銃弾のごとき勢いで飛び出したプリンセス・ゼスマリカとミイラ・ゼスシオンが、眼前の敵をめがけて一斉に襲いかかった。
鞠華はまず正面の一体を宙返りからの
ドレスの頭部を強引に引っ
そこへ集まってきたドレスの集団を、旋風脚で片っ端から
次々と敵を
だがそのとき──ほんのわずかな隙を突いた個体が、不意に視界の端から差し迫ってきた。
凍りつくような戦慄が、鞠華の全身を駆け抜ける。
《“チミドロ・バンテージ”》
が──ドレスの攻撃が達するよりもはやく、真っ白な包帯がこちらに飛来するなり腕に巻きついてきた。
ゼスマリカを絡め取った白い鞭は、まるでかかった魚を釣り上げるように軽々しく機体を持ち上げる。そうして鞠華はゼスシオンの方へと引き寄せられ、辛くも被弾を
「紫苑! 助かっ……」
《しっかり掴まっててね》
「え、ちょ、待っあああああああああ!!?」
動揺する鞠華を巻き込みながら、ゼスシオンはその場でいきなりスイングしはじめた。
伸びた包帯の先端にしがみつくゼスマリカは振り回されながらも、円周上にいたドレスたちにすかさず蹴りを浴びせていく。
そして四度目の回転をした直後、なんとゼスシオンはハンマー投げの要領でゼスマリカを思い切り投げ飛ばしてしまうのだった。
「紫苑のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
凄まじい遠心力をのせたゼスマリカという名の砲弾が、着弾点近くに群がっていたドレスもろともを余波で盛大に吹き飛ばした。
さらに今度は“チミドロ・バンテージ”に引っ張られる形で、ゼスシオンが鞠華の頭上を飛び越える。
前に出た紫苑はすぐさま両腕のクローを抜き放ち、“
《まりか、生きてる?》
「生きた心地がしない」
《無事でよかった》
ゼスシオンの手を借りてなんとか機体を立ち上がらせると、鞠華は再びゼスパクトを手に取った。
敵の数は着実に減ってきている。
であれば、このまま一気に畳み掛けるだけだ──!
「キメるよ、紫苑! ダブルドレスアップ・ゼスマリカッ!!」
《それもいいね。ドレスチェンジ“クラウン・クラウン”……!》
ゼスマリカは
同時にゼスシオンも“チミドロ・ミイラ”のパーツを切り離すと、新たに道化師の衣装をその身に
《まりか、手を繋いでて》
「ま、またブン投げるつもり……?」
《あれはもうやんないよ──“クラウン・リボン”!》
クラウン・ゼスシオンの手首から射出された白いゴム状の帯が、クイン・ゼスマリカの差し出した腕へと巻きつけられる。
そしてリボン同士で繋がれた手を、再び紫苑はぎゅっと握ってきた。
《今度はぼくを思いっきり投げて》
「なっ……」
《大丈夫だよ。信じて》
「……もう、どうなっても知らないから……ねッ!!」
完全に吹っ切れた鞠華は、半ばやけくそ気味にゼスシオンを投擲する。
数瞬遅れて、ゼスマリカもまたリボンに引っ張られることで勢いよく跳躍した。
かくして空中に投げ出された二機のアーマード・ドレスは浅い
《“サウザンド・ナイフ”!》
「“
投げ放たれた幾多ものワイヤー付きナイフがドレスたちの動きを止め、“
鞠華の進撃を止めようとするドレスがいるならば、ゼスシオンが先手を打ってナイフで滅多刺しにし、彼の進行ルートを切り
(なんか、不思議な感じだ)
戦いながら、鞠華の思考回路はなにか巨大な全能感のような感覚に支配されていた。
それは紫苑にとっても同様であり、彼らは目まぐるしく前後衛を入れ替えながらも、言葉を介さずに意識を共鳴させる。
「一人ではできないことも」
『今ならできる気がする』
「体が軽い」
『まるで羽根が生えたみたい』
「君となら」
『まりかとなら』
「どこまでも飛んでいける」
『そんな気がするよ』
「二人で力を合わせれば」
『怖いものはなにもない』
「誰も僕たちを止められない──!」
「『止められるものなら、止めてみろッ!!」』
背中合わせに飛翔した二機のアーマード・ドレスが一つとなり、
そうして敵の半数以上を撃破しながら、巨大なブリッジの上へと着地したクイン・ゼスマリカとクラウン・ゼスシオン。
そんな彼らの目の前──長い長い橋の向こう側に、巨大な影が立ちふさがる。
「あれは、“ゼスパーダ”……!」
アイドル衣装のアーマード・ドレスはマイクスタンドを槍型の武器に変形させ、頭上で大きく振りかぶる。
そしてスカート内側のブースターを噴かしながら、長大な槍を振るってゼスマリカに飛びかかってきた。
鞠華は刃をかろうじて
「なんのつもりですか、
《そちらこそ、すみやかにドレスへの攻撃をやめてください。さもなければ、こちらも然るべき対応をさせていただきます》
「攻撃をやめろって……街に被害が出てるんだぞ!?」
《もはやこの都市を防衛することに意味はなくなりました。我々の計画は、すでに次の
「なに……!?」
冷徹な口調で語るバーチャル少女“チドリ・メイ”に、鞠華は背筋の凍りつくような悪寒を感じずにはいられなかった。
援護に入ったゼスシオンがナイフを数本投げつけ、アイドル・ゼスパーダはそれを真上に飛び上がって回避する。
そして主塔のうえにそっと着地すると、サブモニターに映るチドリはマイクに向かって口を開いた。
《“
鼓膜を張り裂くような不快な歌声が、街全体に響き渡る。
すると直後、あろうことかゼスパーダの周囲に幾つもの
次々と湧いて出てくるドレスの大群をみて、鞠華の中でひとつの推測が浮かび上がる。
「まさか……歌でヴォイドの暴走を誘発させて、意図的に
《
マイクスタンドを構えたゼスパーダが、再びゼスマリカの頭上へと
勢いよく振り下ろされた槍を、鞠華は
《
「それがみんなを傷つけることだっていうなら……悪いけど、僕だって加減はしないぞ!」
さらに飛んでいった方向の先に、炎の翼を広げたゼスマリカが回り込む。
──いや、違う。ゼスパーダを待ち構えていたのは、ゼスマリカの生み出した実体を持つ分身だった。
受け身も取れぬままゼスパーダはなす術もなく蹴り上げられる。そのまま分身から分身へと、鮮やかにパスが繋がれていく。
「紫苑、そっちに!」
《“クラウン・リボン”》
ゼスシオンの両手首や腰布からいくつもの白い帯が伸びる。
それらはブリッジの
かくして凄まじい速度で落下してきたゼスパーダを、橋の上にできたゴールネットがふわりと包み込む。
「これでフィナーレだ! “クインテット・ドロップ”──!!」
計五体のゼスマリカが、炎の翼を広げながら急降下していく。
分身たちはドレスの大群を吹き飛ばし──そして鞠華の乗る本体は、リボンが絡まって身動きのとれないゼスパーダへと一直線に迫る。
もはや勝敗は決したかに思われた、そのときだった。
《“
どこからともなく声が聴こえ、とっさに振り返る。
それは刃先が幾多にも枝分かれした
今まさにトドメを刺そうとしていたクイン・ゼスマリカは、不意な真横からの襲撃に機体を吹き飛ばされてしまう。
“ワンダー・プリンセス”と“マジカル・ウィッチ”の装甲を散らしながら海面に不時着し、それでも痛みをこらえながら頭上を仰いだそのとき──鞠華は、破壊されたはずのアーマード・ドレスの姿を目撃した。
「なっ……」
ブリッジの上からこちらを見下ろす機体は、オレンジのラインが入ったインナーフレームをゴスロリ衣装で包み込んでいた。
その装甲色は漆黒ではなく、
よく見ると“ブラック・ローゼン”とは細部の形状が異なっており、ロングスカートは動きやすいような丈の短いものに、そして背中には
まるで中世フランス王家の騎士を彷彿とさせるような、整然とした佇まい。
そんな姿の機体と同様の衣装をまとっているアクターが、通信回線越しに語りかけてくる。
《久しぶりですわね、マリカスさん》
「
思わぬ人物との再会を果たした鞠華は、しかし信じられないといった面持ちで聞き返す。
「どうして……ゼスタイガはあのとき、確かに破壊されたはず……」
《……ええ。確かにわたくしの
邪悪な笑みを張り付かせて、大河は忌々しげに言い放つ。
《アナタの手によって》
「……っ!」
《アナタが散々
どこか以前までとは様子の違う大河に、鞠華は思わず身構える。
大河は紅潮した頬を手で押さえながら、興奮さめやらぬといった表情で身を
《気持ちよかったですわぁ……わたくしの心に、他人が入ってくる感覚。
「違う、僕は……」
《だってあのときのアナタったら──》
「あれは、僕じゃない……!」
《──嬉しそうに、笑顔を浮かべてましたものねぇ》
白い衣装のゼスタイガはレイピアを構えると、その刃先を眼下のゼスマリカへと向ける。
《さあ、また思う存分
「大河、きみは……」
《このアウタードレス──“ローゼン・シュヴァリエ”に衣替えをしたわたくしが……ふふふっ、お相手をして差し上げますわぁ……ウフフフ》
クスクスと
細長く冷たいレイピアの刀身は、確実にゼスマリカへと狙いを定めている。
《ウフフ……アハハハハ!! さぁ……
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