シーズン4『アクターズ・アゲイン』

太陽と月の奏鳴曲(ソナタ)編

Live.75『中に誰もいませんよ? 〜TO EXPOSE A VIRTUAL GIRL〜』

 格納庫に入った鞠華たちを迎えたのは、無数のケーブルに繋がれたインナーフレーム七号機“ゼスパーダ”の姿だった。

 激戦の跡はいまだ痛々しく残っており、とくにコントロールスフィア周辺の装甲は損傷が激しい。

 そんな惨状を見るなり、紫苑は──。


「……人殺し?」


 と、首を傾げて呟いた。


「お、俺は悪くねえぞ!? ……ねえ、よな……?」


 その一言で不安に駆られた嵐馬が、ビクッと肩を震わせながら釈明する。

 どうやら彼は罪の意識を感じてしまっているようであり、先ほどから冷や汗を滝のように流していた。

 そんな様子の嵐馬を見るに見かねたレベッカは、なだめるように声をかける。


「心配しなくても、最初から中に人なんていなかったわ」

「ど、どういう意味だよ……?」


 嵐馬が不審げに問いただすと、レベッカはありのままに判明した事実を述べる。


だったのよ。この機体──ゼスパーダは、搭乗者アクターなしで稼働していたの」

「なっ……」


 打ち明けられた事実に、その場にいた全員が驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

 嵐馬はその一言でよほど安心したのか、緊張の糸が切れたように乾いた笑みをこぼす。


「ハハッ……ほれみろ、人が乗っていないように見えたのは見間違いじゃなかったんだ……!」

「……でも、妙ですよね。バーチャルアクターの“チドリ・メイ”は、本当なら君嶋きみじまさんが動かしているハズなのに……」


 疑念の晴れた嵐馬が喜んでいる一方で、隣に立つ鞠華はどこかに落ちないといった顔でつぶやいた。

 メイドの猫本も同じ疑問を抱いていたらしく、懐疑的な面持ちでレベッカへ問いかける。


「そうですよっ。それに、そもそもアクターがいなかったらアーマード・ドレスなんて動かせるわけないじゃないですか!」


 すると訊ねられたレベッカは、納得していない様子の鞠華と猫本に対して聞き返す。


「ドレスと同期シンクロを行うにあたって要となるのは、アクターのココロよ。そのことは知っているわよね?」

「やだなぁボス、そんなの今更言われるまでもないですって!」

「じゃあ、その“心”は身体のどこにあると思う?」

「決まってます。ズバリ、心臓ハートです!」

「いや、脳でしょ……?」


 平坦な左胸をポンと叩く猫本へと、鞠華は冷ややかにツッコミを入れた。

 レベッカが話を続ける。


「どちらも正解だし、どちらも不正解だとも言えるわ。たしかにヒトの感覚を司るのは脳髄だけれど、それだけで“感じる”という行為は成立しないもの」

「それを言ったら、感覚もただの電気信号に過ぎないって話になるんじゃ……」

「そう。肌や口・目・耳・鼻は外部からの刺激じょうほうを捉えるための感覚器に過ぎず、脳は神経細胞を通じて得たものを経験する装置でしかない」


 レベッカはそれを踏まえた上で、ひとつの答えを明示する。


「人が何かを感じるときの働きや仕組み、そのものが“心”と言えるものなのよ。脳や神経だけじゃなく、全身を使って機能する『伝達』という一連のシステム。ここでいう心というのは、そんな感覚それ自体クオリアのことを指すわ」

「えと……ようするに人が物を見たり触れたりして、そこから何かを“感じ取る”までが、ドレスとの同期シンクロに必要なファクターってことですか」

「そう。そして君たちの乗るコントロールスフィアは、そんな知覚現象を擬似的に再現するための装置でもあるのよ」


 そのように前置きをしたうえで、レベッカは目の前にいるアクターたちのほうを向き直った。


「脳や脊髄せきずいから発せられる命令信号を読み取り、フレームを肉体の延長として駆動させる。また装甲ごしに感じ取った外部の刺激をコントロールスフィアが中継することで、搭乗者に“実感”として伝達させる……アクターが意のままにアーマード・ドレスを操れるのは、機体そのものを神経回路サーキットとして機能させているからなの」

「もっとも、このシステムは衝撃や皮膚感覚までアクターにフィードバックされてしまうという弱点も抱えているがね。しかしアーマード・ドレスとのシンクロ率をより高めるためには、それが最善の方法だったのさ」


 かつてオズ・ワールドの研究者でもあった匠が、やや皮肉交じりに補足した。


 彼女の言ったとおり──確かにインナーフレームに乗っている間は、まるでような奇妙な心地になる。

 はじめはその感覚になかなか慣れなかったものの、それでも搭乗を繰り返すうちに段々と順応していったのだ。それこそ今となっては、ゼスマリカを完全に“もう一つの肉体”として認識できるほどになったほどである。


 その原因がコントロールスフィアのシステムに起因していたことを知った鞠華は、この時ようやく『別のジブンをイメージする』という言葉の意味を真に理解することができた。


「ま、まってください! だったら機体を動かすには尚更なおさら、アクターの存在が不可欠だってことになりませんかね……?」


 猫本がいかにもな疑問をぶつけた。

 するとレベッカは若干表情をかげらせつつも、その質問に答える。


「確かに同期シンクロをするにはアクターが必要だけれど……逆に言えば、“感覚の疎通”さえ成立していれば条件はクリアできるの。別のジブンをイメージできるだけの資質さえ持っていれば、必ずしも生身の肉体カラダを持っている必要性はないわ」

「つ、つまり……?」

「インナーフレームを“自分の身体”として認識することができるのなら、たとえでもアクターになることは可能なはずよ」


 『……理論上の話だけれど』とレベッカはどこか自信なさげに付け加えた。

 それほど彼女にとってもこの事実は衝撃的だったらしく、驚きを隠せないといった面持ちでゼスパーダのほうを振り返っている。


「じゃあ……その、なんだ。チドりんは本当にがいない、正真正銘、マジモンの“電脳少女バーチャルアクター”だった……ってコトだよな!?」

「え、ええ……そうね」


 居ても立っても居られない様子で嵐馬がたずねると、レベッカはコクリと頷いてみせた。

 彼女は傍らの端末を操作すると、備え付けのモニターにゼスパーダの解析図を出力させる。


「たしかに乗っていなかった。けれど代わりに、人の脳髄データをコピーしたものが制御システムに組み込まれていたの」

「すると、人工知能か?」

「いいえ……ユニットの中には、脳や脊髄を模した有機的なパーツも含まれていた。言わばこれは、アクターとしての役割を担うための生体コンピュータよ」


 あえて淡白な口調で告げられた言葉に、アクターたちは絶句せざるを得なかった。

 件の“Q-UNITクオリアユニット”と表記された無骨な黒い棺桶は、解析図を見る限りどうやらコントロールスフィアの最奥に搭載されているらしい。

 その内部──保存液に漬けられた生体部品がどのように調達されたのかは、想像するだけで吐き気をもよおした。

 データを見た鞠華は悲しげに目を伏せながら、ついやり切れない気持ちを吐き出してしまう。


「生体ユニットなんて……オズ・ワールドは、こんなものも作っていたっていうんですか……!?」

「……倫理的な観点で言ってしまえば、アーマード・ドレスとて十分人道に反した兵器だよ。だからこそオズ・ワールドは人にして人ならざるものを、アクターの代用品として仕立て上げようとしたんだろう」

「でも……!」

「“紫苑バイオアクター”も、そういったプロジェクトの一環で産み出されたものだ」


 匠は語気を強めて鞠華の言葉をさえぎりつつも、隣にいる紫苑へと気遣わしげな視線を投げかけた。

 かつてそのプロジェクトに携わっていたことを匠が後悔していることは、前に彼女自身の口から聞かされている。

 その悲しげに見える横顔に、鞠華はよけいに声を荒げた。


「だからって……人が人を、装置にするなんて──!」

《ちょっと、ヘンな勘違いしないでくれませんか! “Q-UNITクオリアユニット”になったのは、わたし自らが望んだことですので!》


 突然スピーカーから発せられた声に、その場にいる全員(とくに嵐馬)が慌てて頭上を振り向く。

 そこにはなんとアイドル衣装に身を包んだチドリ・メイが、まるで空中に立っているように浮かんでいた。

 実体と見紛うほどの精巧な3DCGモデルではあったが、注意深く見ると半透明の立体映像ホログラムであることがわかる。その映像は、半壊したゼスパーダの外部出力機から映し出されていた。


「あっ天使だぁ……じゃねえ、ありゃあチドりん!? てか、このアングルだと……み、見え……見え……」

《キモいですさっさと鼻血拭いてくださいらんまお兄ちゃん。それにコレ、見せパンだから恥ずかしくないですしおすし》

「なんか前より当たりが冷てぇ!? だ、だが……これはこれで……」

《えぇ……》

「……フヒッ」


 ゴミを見るような目で見下ろすチドリに対し、どういうわけか嵐馬はニヤリとほくそ笑んでいた。

 なにやら業の深いナニカに目覚めつつある彼はひとまず無視して、鞠華は目の前にいる電脳バーチャルの少女へと声をかける。


「本当なの? 自ら望んだなんて……」

《ふんっ、二回も同じことを言わせないでください! アーマード・ドレスに乗ったのだって、全部わたしの意思ですから!》

「じゃあ、やっぱり元は普通の人間だったってこと? キミは一体……」

《そんなの禁則事項ですーっ! オズ・ワールドに敵対する悪モノアクターなんかに喋ることはありません!》


 疑問を投げかける鞠華だったが、しかしチドリは頑なに口を破ろうとはしなかった。

 すると突如レベッカがしびれを切らしたように、タブレットを片手に口裏を引こうとする。


「あなたが損傷のショックで眠っている間に、少しばかりユニットの中身を解析させてもらったわ」

《へっ……?》

「そしたら生体部品の一部に、ある人物の遺伝子情報が組み込まれてることがわかった。もちろんこれも既に照合済みよ」

《な、なにを勝手に……こんなのプライバシーの侵害ですっ! なんなら訴えちゃいますよっ!?》


 顔中に汗のエフェクトを浮かべながら騒ぎ立てているチドリに構わず、レベッカは解析で得られた結果をつらつらと述べていく。


君嶋きみじま千鳥ちどり、11歳。先天的に身体が弱く、幼少期からずっと病室生活を送っていたそうね──」

《………………》















「──そして三ヶ月前、あなたは脳梗塞のうこうそくが原因でこの世を去っているわ」

「……えっ?」


 その言葉を聞いたとたん、鞠華の頭の中は真っ白になった。

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