Live.74『終曲へのプレリュード 〜AN OMEN OF DEATH OR DESTRUCTION〜』

 “オズ・ワールド”のアーマード・ドレスたちが撤退した直後、鞠華たちもまたメイド喫茶の地下アジトへと帰還していた。

 

「完全なダブルドレスアップ……“レイヤード”か」


 胸元で腕を組みながら、匠はつぶやいた。

 ブリーフィングルームに集められたアクターたちの前には“ゴールデン・ゼスモーネ”の解析図が映し出されており、それぞれ怪訝けげんそうな面持ちでモニターを見つめている。


「どうやら重ね着した上衣アーマーそのものが、制御システムとしての役割も兼ねているようだ」

「つまり、百音さんの言っていたことは……」

「ああ、『ダブルドレスアップの弱点を克服した』というのはただの誇張ハッタリではなかったらしい。これは推測だが、おそらく制限時間の問題も解消されているはずだ」


 鞠華が不安げに発した言葉へと、匠はうなずきながら答えた。

 彼女の意見を聞いたとたん、嵐馬は思わず眉をひそめる。


「そいつがあれば、俺も……」

「ランマ?」

「なあ、あんたはアーマード・ドレスの開発スタッフだったんだろ。どうにかしてあれと同じモノを作れないのか?」


 心配する鞠華をアイコンタクトで制しつつ、嵐馬は匠に問いかけた。

 匠は少し考え込んだ後、どこか釈然しゃくぜんとしない口ぶりで応じる。


「……既存のアウタードレスを“重ね着用レイヤードレス”に調整すること自体は、このアジトの設備だけでも十分に可能だろう」

「! じゃあ……!」

「もちろん数日を要することにはなるがな。だが、それだけではマッチング条件をクリアすることができないんだ」

「なに……?」


 嵐馬が聞き返すと、匠は手元のコンソールに何らかの数値を打ち込み始める。

 すると直後、モニターの画面が切り替わった。それが“ゼスランマ”の各形態とレイヤードを組み合わせたシミュレーション結果だということは、すぐにわかった。

 コンソールを叩きながら匠は続ける。


「レイヤードが制御装置として機能するとはいえ、完全に安定化させるためにはもう一つ前提条件がある……ベースとなるドレスと、搭乗者アクターとのシンクロ率だ」

「俺の“スケバン”や“ネコミミ”じゃあ不十分だっていうのかよ」

「シミュレートの結果を信じればな。というより……シンクロ率が100パーセントに達していなければ、ベースドレスとレイヤードを同調させることはできないようだ」


 その説明を受けて、話を聞いていた鞠華は合点がいったように顔を上げる。


「まさか……実質それが可能なのは、アクター自身が媒介者ベクターになったドレスだけってことじゃ……」

「早い話がそういうことになる。そうだな……仮にそれを“ネイティブ”と呼ぶことにしよう」


 匠は頷いてから、先ほどの戦闘で得た“ウエスタン・ガンマン”と“ゴールデンレイヤー”の解析図をモニターに表示させた。

 二つのドレスは重なって一つになり、同調率が80パーセント以上──すなわち安定領域に達したことを意味する数値を叩き出している。


「“ネイティブ”と“レイヤード”……その二つが揃えられれば、理論上はダブルドレスアップと同等以上のスペックを引き出せるはずだ」

「たしかに“ウエスタン・ガンマン”は、星奈林のネイティブドレスってことになる。だからあれほどの強さと安定性を……」

「そうだ。だが、こちらの元にあるのは逆佐の“クラウン・クラウン”だけ。仮にレイヤードが用意できたとしても、ゼスランマには……」


 匠の発言を、そのとき鞠華が何かを思い出したようにさえぎる。


「いや……ランマは過去にドレスを顕現させているはず。そうですよね?」


 鞠華が指摘すると、嵐馬は驚いたように彼を見やる。

 その意外そうな反応が、いかにも図星であるということを示していた。


「なんでお前がそれを……」

「前にオフィスで資料を漁っていたときに、偶然見つけて。閲覧制限がかかっていたので、詳しいことはわからずじまいでしたけど」


 ともあれ嵐馬がネイティブドレスを所有しているのであれば、ゼスランマのさらなるパワーアップも可能ということになる。

 しかし嵐馬は首を横に振ると、バツが悪そうに後ろ首を掻いた。


「……悪ぃ。俺のネイティブドレス──“フリソデ・チャンバラ”は、ゼスランマの内部格納空間クローゼットにはねぇんだ。というか、一度も姿を拝んだことすらねぇ」

「えっ……じゃあ、今はどこに」

「さあな。もしを知ってる奴がいるとすれば、たぶん星奈林だ」

「モネさんが……?」


「二年前──媒介者ベクターとなった俺を救ってくれたのは、アイツだからな」


 つまり嵐馬が顕現させたアウタードレス“フリソデ・チャンバラ”は、当時からアクターだった百音の手によって討伐されたということらしい。

 ドレスを倒した本人であれば、現在の所有者……ないし保管場所を知っているかもしれないという推測は、たしかに頷ける話だった。


「話の途中で悪いけれど、ちょっといいかしら」


 ドアが開かれる音とともに、レベッカが部屋へと入ってきた。

 こうして鞠華が顔を合わせるのは数日ぶりであり、前に会ったときのすれ違いから思わず目を伏せてしまう。

 彼女のほうもそれを察してか、気まずさを振り切るように一拍置いてから話し始める。


「鹵獲した“ゼスパーダ”のアクターが目を覚ましたわ。……もっとも、彼女を人間と呼んでいいのかはわからないけれど」


 レベッカはそれだけ報告すると、無言のまま『ついて来て』と言うように身体をひるがえす。

 鞠華と嵐馬もしばらく顔を見合わせてから、彼女の背中を追ってブリーフィングルームを後にした。





 男の目の前に、真っ暗な闇だけがどこまでも広がっていた。

 太陽がなければ星の輝きもない。

 そこは一切の光源が存在しない空間であり、物理的にものを視覚することはできないはずである。

 そのような場所であるにも関わらず、男には自分の周囲にいくつもの置物オブジェクトが置かれているのがハッキリと見えていた。


 自由の女神像、黒い鷲アドラー、メイプルリーフ……様々な国のシンボルや名産品を象ったアイコンが、モノリスのように中心の男を取り囲んでいる。

 そして彼の正面に最後のオブジェクトが出現すると、腕に猫を抱いた和服姿の男──ウィルフリッド=江ノ島はようやく口を開いた。


「これで全員揃ったようだネ。本日はお忙しい中、このような召集に応じていただきアリガトウ」

《前置きはいいからさっさと始めてくれ。私は忙しいんだ》


 自由の女神像から急き立てるような声が英語で発せられた。

 それに対してウィルフリッドは『フム、いいでしょう』と言ってお辞儀をすると、何もない空間上に資料データを表示させる。

 世界各国にある主要報道機関によるニュース、さらには一般市民はアクセスする権限を持たないようなレベル7クラスの機密情報まで──ありとあらゆる情報が、ここにいる者たちの前面を覆った。


「まずはこちらをご覧頂きたい。皆サマもすでにご存知だとは思うが……東京では先日、ついにアウタードレスの大量発生が観測された」

《くく……それを仕組んだ張本人が、よくも言えたものだな》

《さすが怪獣映画ガッジーラの街だ》


 パンダのオブジェクトが中国語で苦笑し、額縁に入れられた肖像画がフランス語で冗談めかしく笑い飛ばした。

 ウィルフリッドは構わず続ける。


「ともかく、かねてより増加傾向にあったゲートの出現率はここ数ヶ月で急増している。関東エリアにおける次元境界線の不安定化も著しい」

《つまり、早急に対処をしなければ我々の国も……ひいては人類全体にも危害が及ぶ可能性があると》

「その危険性は極めて高いと言えるでしょうな。このままアウタードレスの出現範囲が広がってしまえば、我々人類はなす術もなく奴らの侵略を許してしまうことになるダロウ」


 黒い鷲のオブジェクトが発したドイツ語に、ウィルフリッドは神妙な面持ちで答えた。

 彼は眼前に浮かぶ半透明のコンソールパネルを指で弾き、日本列島の描かれた立体地図をポップアップさせる。


「幸いにも、ドレスが顕現する範囲は東京およびその近郊に集約されており、現在はエリア外への脱出を禁止させている。通信インフラについてもこちらで徹底的に掌握・統制しているため、住民は外部との通信手段を持たない状態だ」

《ほう。実質の鎖国状態、ということか》

《たしかにそれならば、多少が起きたところでさほど問題にもなるまい》

《真実は歴史の闇に葬られる……当事者すべてを抹消してしまえば、我々が罪を被ることもなくなる。ゆえに、我々の行いは正義だ》

「ハナシが早くて結構」


 ウィルフリッドはほくそ笑むと、周りを取り囲むオブジェクトたちに向かって堂々と告げる。


「未知なるエネルギー“ヴォイド”……その研究実験都市としての役目を終えた日本は、もはやアウタードレスが発生する危険地帯に他ならない。そこでワタシは、である諸君らに、『東京へのミサイル攻撃の承認』を提言したい」


 どっと場がざわついた。

 様々な言語で飛び交う議論はしばらく止まなかったが、やがて各国の代表たちは自分たちの分身アバターであるオブジェクトに青いランプを点灯させる。


《非人道的ではあるが、致し方ない……》

《これは侵略行為ではない、人類全体にとっての自衛行動だ》

《最小限の犠牲で済むのなら、それに越したことはない》

《賛成だ。ゆえに、私は承認する》

《同じく》

《承認》

《承認》


 瞬く間に“承認”をあらわす青い光が視界を覆い尽くし、とうとうランプを点けていないオブジェクトは残り一つだけになる。

 和を彷彿とさせる、鎧武者の甲冑──その分身アバターを隔てた向こう側にいる人物へと、ウィルフリッドは試すように選択を促す。


「総理、ご決断を」

《し、しかし……私には国民を守る義務が……》

「無論、総理やご親族様の身の安全はこちらで確保させていただきます。もっとも、承認していただければ……ですがネ」

《脅すのか、この私を……!》

「いえいえ、ワタシはただお力添えができればと思っただけですヨ。アナタが世界の意思に叛逆するというのであれば、話は別だがネ?」


 言葉の上は穏やかだったが、それは事実上の脅迫だった。

 この場で孤立することが、どのようなことを意味しているのか──想像した総理大臣は、苦虫を噛み潰すような低い声音で告げた。


《……わかった。日本国内閣総理大臣・江ノ島えのしま紅葉こうようの名において、本土への戦略ミサイル使用を……承認、する》

(それでいい、我が弟よ)


 喉の奥から絞り出したようなか細い声を聞き届けると、ウィルフリッドは静かに口元を歪めた。

 全ての加盟国が青いランプを灯していることを確認し、彼は最後に閉会の辞を告げる。


「この議題はこれまでということで。では諸君、よしなに」


 その言葉を皮切りに、各国のオブジェクトが次々と黒い空間から消滅していく。

 最後に鎧武者の甲冑が消える様子を見届けると、ウィルフリッドもまたログアウト──顔にかけていた眼鏡型情報端末スマートグラスをそっと外した。

 それまでVR空間にある会議室を映していた視界が転じ、現実世界の支社長室へと意識が引き戻される。


「ご苦労じゃったな、ウィル」


 背後からかけられた声に振り向くと、やはりそこには君嶋千鳥の姿があった。

 齢10歳ほどの外見をした少女。いつもラフな格好をしている彼女だったが、しかし今日は打って変わって正装に身を包んでいる。

 羽織っている黒い外套をなびかせながらウィルフリッドの横に並び立つと、千鳥は窓越しに横浜の街並みを見下ろすのだった。


「国連が東京を攻撃するために、アウタードレスを意図的に出現させて口実を作る……まったく、嫌な役回りをさせられたものじゃわい」

「人類だ正義のためだと謳いながら、結局彼らはただ欲しいだけなのですヨ。この世界の常識を覆す、呪われた秘宝──ワームオーブがね」


 ウィルフリッドもまた愛猫の頭を撫でながら、千鳥に同感の相槌あいづちを打つ。

 彼がそっと閉じたまぶたの奥には、ある男の顔が浮かび上がっていた。


(見ているがいい、素晴スバル。お前の持ち帰ったパンドラの箱が、この宇宙のことわりさえも創り変えていくシナリオ、その終局を──)


 ウィルフリッドは碧眼を見開き、迷いのない眼光で虚空を睨みつけた。


(──性を超越した演者アクターたちが魅せる、一世一代の大舞台を)


 そして、戯曲はついに最終幕を迎える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る