Live.73『今日の敵は昨日のマブダチ 〜THEY ACHIEVE A REUNION〜』

「モネ……さん……?」


 鞠華の目の前に現れたその機体は、やはりゼスモーネだった。

 しかし装着しているドレスは“ウエスタン・ガンマン”とは似て非なる外見をしており、形状の異なる二挺の銃を両手に持っている。

 そして右手側に握った黄金銃をこちらに向けながら、ゼスモーネのアクター──星奈林せなばやし百音もねは閉ざされていた口をひらいた。


《マリカっち。君にもう一度だけ、聞いておかなければならないことがある》


 ゼスマリカに向けた照準を1ミリも逸らすことなく、百音は押し殺したような声で問いただす。


《その子と“オズ・ワールド”……いったい君は、どっちの味方なの?》


 訊ねられた鞠華は息を呑むと、チラリと腕の中に倒れているゼスシオンを見やる。

 たった一発の銃撃だけでドレスアウトされてしまった紫苑の機体は、まるでエンストを起こしたようにピタリと動かなくなっていた。電気系統がやられてしまったのか、紫苑からの応答もない。


 さきほど受けた黄金の弾丸が原因で、機体に障害が発生しているのだろうか?

 どちらにせよゼスシオンが動けない以上、いま彼女を守れるのは自分しかいない。

 やがて胸中でひとつの答えを決めると、眼前のゼスモーネを挑むように睨み据えた。


「『正義の味方』だ、なんてカッコつけるつもりはないですけど……無差別に街を襲うような人達に、協力なんてできない」

《じゃあ……やっぱりマリカっちは、もう戻ってくる気はないんだ?》

「オズ・ワールドが人々の笑顔を奪うというなら、ボクにとっては……“敵”です」


 かつての仲間と決別する意思を、鞠華はハッキリと告げた。


《……そっか》


 それを受けてサブモニターに映る百音は一瞬だけ寂しそうな表情を見せたが、それでも銃身がぶれることは全くない。

 そればかりかより殺気に満ちた眼光を放って、彼は躊躇なく引き金に指を添えるのだった。


《キミ裏切るんだ》

「──っ!!」


 弾丸が達するよりも早く、鞠華はゼスシオンを抱えたまま瞬間移動で射線から逸れる。

 そのまま小刻みに跳躍を繰り返しつつ、ゼスモーネとの距離を離していく──。


《逃がさないよ》

「なに……うわぁっ!?」


 しかし四度目の瞬間移動に移ろうとしたそのとき、ショットガンの散弾がマスカレイド・ゼスマリカの肩をかすめた。

 直撃はまぬがれたものの空中で大きくバランスを崩してしまい、抱えていたゼスシオンを不覚にも手放してしまう。

 すぐに体勢を立て直そうとする鞠華だったが、さらにそこへローゼン・ホワイトゼスタイガが切迫する。


「紫苑! くっ、大河か……!」

《受けた傷の礼、返させていただきますの!》


 勢いまかせな細剣レイピアをすんでのところでかわしつつも、ゼスマリカは咄嗟に“強欲の爪グリードネイル”を繰り出して応戦する。

 爪と剣先を何度も打ち合いながら、合間を縫うように放たれるゼスモーネの援護射撃をかろうじて避けていく。


(あのゼスモーネのドレス……見た目は“ウエスタン・ガンマン”に似てるけど、それよりも格段にパワーアップしてる……!)


 執拗にこちらを付け狙うゼスモーネの姿を目の当たりにし、鞠華はそのスペックに改めて警戒心を強めていた。

 右手に黄金のリボルバー銃を、左手に二連式ショットガンを握るアーマード・ドレス。

 まるでガンマン衣装の上から金色のハットやコートを羽織っているような外見を見るに、おそらくはだろうか。

 しかし、性質上どうしても不安定な“クイン・ゼスマリカ”や“ビースト・ゼスランマ”と比べると、出力はいくらか安定しているようにもみえた。


(ダブルドレスアップに似ている……けど、少しちがう。この強さはいったい……?)


 鞠華の注意がそがれた、次の瞬間。

 その一瞬の隙を突くようにして、金色のゼスモーネは死角から投げ縄を放ってくるのだった。

 予期せぬ奇襲にとっさの反応が遅れてしまい、マスカレイド・ゼスマリカは呆気なく首元を巻き取られてしまう。

 身動きの取れないまま鞠華が悶え苦しんでいると、そこへさらに装填を終えた黄金銃が突きつけられた。


 ──このままじゃ、やられる……!?


 鞠華の内にある防衛本能が瞬時にめざめる。

 彼は無意識的に“マスカレイド・メイデン”のパーツを勢いよく分離させると、今まさにゼロ距離での射撃を放とうとしていたゼスモーネごと弾き飛ばした。


《なっ!?》

「えっ……」


 驚いたのはむしろ、装甲をぬぎ払うという奇策を行った鞠華のほうだった。

 パージされた漆黒のパーツはゼスマリカを囲むように漂ってから、餌に喰らいつく魚の群れのようにフレームへと再装着されていく。

 それと同時に、痛みをともなう膨大な情報の奔流ほんりゅうが、機体に循環するヴォイドを介して脳内へと流れ込んできた。


「くっ……うぐぁ、うぅ……ぐあああ……!!」


 その痛みを──ゾワリと這い寄るような悪寒を、鞠華は知っていた。

 四肢の末端から執拗におかそうとしてくるこの感覚は、“マスカレイド・メイデン”が自分の精神を乗っ取ろうとしている前兆だ。

 一度は克服することができたと思ったものの、どうやらそれは完全ではなかったらしい。


「だ……駄目だ、いま暴走するわけには……はぐぁっ!」


 鞠華の意思に反して、“マスカレイド・メイデン”の侵蝕は止まらない。


 ──やめろ……!


 閉じかけていたまぶたが強引に見開かれる。


 ──来るな……!


 瞳の光彩こうさいが赤い血色をした輝きを放つ。


 ──く……駄目だ……っ!


 もはやこの黒いドレスの支配は、アクターの手に負えないほどに広がってしまっていた。










邪拳ジャンケン……グーゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!》


 鞠華の意識が飲まれかけていたそのとき、不意に視界の端から飛び込んでくる影があった。

 それは流麗な放熱索ロングヘアなびかせるメイド。

 否、メイドの皮を被った猫耳けものだった。


 まさにジェット噴射のごとき勢いで迫ってきた拳が、身悶みもだえていたゼスマリカを力任せに殴り飛ばす。

 痛烈な打撃が突き刺さり、沈みかけていた鞠華の意識はすんでのところで再覚醒を果たす。

 そしてまた精神を飲み込まれないうちに、彼は即座に“マスカレイド・メイデン”の装甲をフレームから切り離すのだった。


「ラン……マ……?」

《……目ェ覚めたかよ、鞠華》


 息を整えながらモニターを見やると、ウインドウにメイド服姿の嵐馬が映し出された。

 彼はゼスモーネから間合いを取りつつ、メイド・ゼスランマをゼスマリカの横へと合流させる。


「今までどこに……?」

《ン、お前ん家にちょっとな。フロも最高だったし、婆さんのメシも旨かったぜ》


 そこで鞠華はようやく、嵐馬やレベッカが自分の過去を探るために愛媛の実家へ行っていたことを知った。

 十年ものあいだ隠され続けてきたわだちを辿った嵐馬は、どこか後ろめたそうに表情をかげらせる。


《……悪かったな。断りもせずに詮索するようなマネをしちまって》

「いえ……あの」

《お前の生い立ちは婆さんから聞いた。お前の本当の名前も、双子の姉貴がいたことも……》

「ええっと……」

《気の利いたセリフは言えねぇけど……でも、これだけは言わせてくれ! たとえお前が誰を演じていようが、お前はお前なんだってことを。お前がこれまで築いてきた繋がりは、誰でもない……お前自身のものだってことを──》


「あっいえ、のはもう大丈夫です」

《は?》

「てか、みんなも僕の秘密はとっくに知ってますからねー」


 状況がうまく飲み込めず、嵐馬は口を開けたまま固まってしまった。

 遠い愛媛から駆けつけてくれた彼へと、鞠華はありのままの真実を告白する。


「ランマたちが横浜を離れている間に、いろいろあって僕のほうから打ち明けたんですよ。見ての通り、“MARiKAマリカ”も完全☆復活です!」


 呑気にピースサインをみせる鞠華を見て、嵐馬はガックリと肩を落とした。


《んだよ……つまりはただの骨折り損ってコトじゃねぇか……》

「まったくですよう。せめて一声かけてくれればよかったのにぃ」

《言わせておけばこのヤロウ……! だったら俺も言わせてもらうけどよォ……俺はずぅーっとテメーに、ムカッ腹が立ちっぱなしだったんだぜ……!!》

「むかっ……!?」


 嵐馬はいつになく迫力のある眼差しで鞠華を睨み付けると、それまでずっと封じ込めていた思いの丈をぶちまける。


《ハッ、まさか俺がテメーを慰めてやるとでも思ったか? 痛みも一緒に背負ってやろうとか、俺は微塵も思ってなかったんだからな!》

(あっ、思ってたなこれは)

《いや……そんなことはどうだっていい。ともかく俺が許せないのは、お前のそういう何でも一人で背負いこもうとする! 独りよがりで! 高慢稚気こうまんちきな態度なんだよ!》

「なっ……」

《何でもかんでも自分の力で解決しようとしやがって……役者一人で芝居が務まるわけねーだろうが! 共演者なかまだと思ってたのは俺だけか!?》


 今にも殴りかかろうとせん形相で、彼は怒りのこもった眼差しを鞠華に向けた。

 ただし、その怒りの炎に敵意は宿っていない。

 むしろ心より信頼しているからこそ、嵐馬はここまで激情しているのだ。

 それだけ大切に思われているのだということを、このとき鞠華はひどく痛感するのだった。


「ランマ……」

《そんでもって、このセリフはテメーにも向けさせてもらうぜ……星奈林せなばやし


 それまで鞠華と嵐馬のやり取りを見守っていた第三者へと、オープン回線を介して言い放った。

 声をかけられた百音はメイド・ゼスランマに照準を重ねたまま、こちらを冷たく睨み据える。


《それはこっちのセリフだよ。キミたち二人のことは仲間だと思っていたのに、裏切られた》

《なら答えろ。なぜお前は、そこまで支社長を信じようとするんだ。なにがお前をそうさせる……?》

《……かつてあの人に、救われたからよ》


 百音は確固たる決意を胸に告げた。


《ううん、昔だけじゃない。ウィルフリッドさんは数え切れないくらい多くのものを与えてくれた。こんな変なカラダをしているアタシを、あの人は抱きしめてくれた……!》

《要は恩義ってわけか……だからって、あんなことをした支社長のヤツをまだ信じるのかよ!?》

《……嵐馬くんってさ、人を好きになったコトないでしょ》


 予想もしない百音からの問いかけに、嵐馬は一瞬だけ言葉に詰まってしまう。


《は、話を逸らすな……!》

《なにも間違ったことは言ってないよ。誰かの為に尽くしたいって想いはね、パワーをくれるんだ。アタシはその力で……この“ゴールデン・ゼスモーネ”を使って、あの人の障害を撃ち抜く銃になると決めた》


 ゼスモーネが銃を構え直した。

 黄金の銃口がゼスランマに狙いを定める。


《最後に一つだけ教えてあげる。このドレスの名は“ゴールデン・トリガー”……“ウエスタン・ガンマン”をベースに、その上から強化アーマーを装着したゼスモーネの究極形》

《二つのドレスの重ね着……やはりダブルドレスアップか》


 合点がいったような嵐馬に、しかし百音は首を横に振って応えた。


《少し、違う。これはキミやマリカっちの戦闘データを元に調整された、いわば──“レイヤード”よ》

《新型のドレスだと? なんで俺たちにそんなことを教える……!?》

《まだわからないの? ダブルドレスアップの弱点を克服したゼスモーネに、今のキミたちじゃ勝てっこないって言ってるんだよ》

《言わせておけば……ッ!!》


 ごう、と足元に水しぶきを吹き上げながら、メイド・ゼスランマは砲弾のようにゴールデン・ゼスモーネに向かって飛び出した。

 数十メートルという両者の距離は、瞬きすらもできない間に縮められていく。

 が──百音がトリガーを引くスピードのほうがわずかに速い。


《“GゴールデンMマキシムFファニングSショット”──》


 黄金銃の撃鉄に掌を添えながら、素早くハンマーを起こして銃弾を連射。

 一秒足らずで6発すべてを撃ち切ると、ゼスモーネは二挺の銃をガンスピンさせてからホルスターに収納する。

 一拍置いて、被弾したメイド・ゼスランマはドレスアウトとともに膝から崩れ落ちた。


「ランマ! そんな、また一撃で……!?」

《この黄金銃にはね、着弾させた相手を一撃でドレスアウトさせる能力があるの。これで“ネコミミ・メイド”にはしばらく換装できないはずよ》


 機体をひるがえしつつ、こちらに背中を向けながら百音は言った。

 彼の言っていることが本当であれば、それはもはや対アーマード・ドレス戦に特化した性能だといっても過言ではないだろう。

 アウタードレスからの防衛が目的ではなく、危険分子を排除するための機体。

 百音はその覚悟をもって黄金のドレスに袖を通しているのだということを、鞠華は身をもって思い知った。


《今回はここまでにしといたげる。……これに懲りたなら、二度とあの人に楯突たてついたりしないで》

《待てよ! 逃すわけねェだろ……!!》


 遠ざかっていくゼスモーネの背中を追って、ゼスランマは即座に“スケバン・セーラー”へとドレスアップする。

 出現させた日本刀を構えると、水上を跳ねるトビウオのごときスピードで駆け出した。


《なっ、まだ動けるの……!?》

《とどけ──“抜刀一閃ばっとういっせん灘葬送なだそうそう”ォォォッ!!》


 百音がブリッジの上で動けなくなっていたゼスパーダに肩を貸していたところへ、嵐馬は背後から凄まじい速度で斬りかかる。

 光刃はまっすぐにゴールデン・ゼスモーネを捉えていた。

 さすがの百音も反応は素早く、ホルスターから銃を引き抜こうとしていた。だが、今度はこちらのほうが速い。


《……! モネお姉ちゃんっ!》


 嵐馬が一気にゼスモーネを仕留めようとしたそのとき、予期せぬことが起こった。

 ドレスを着ていない丸裸同然のゼスパーダは百音の機体を押しのけると、庇うようにゼスランマとの間に飛び込んだのだ。

 そのまま振り下ろされた日本刀は止まらず、コントロールスフィア付近の装甲を容赦なくえぐり、破片を撒き散らさせた。


《きゃあああああああああッ!!》

《チドりん……!?》


 その声が耳に飛び込んできたとたん、嵐馬の頭の中が真っ白になった。

 それは百音にとっても同様であり、彼は声を震わせつつも激昂する。


《よくもチドリを……くっ!?》


 すぐに百音はゼスパーダのもとへ駆け寄ろうとしたが、しかしコマンドタンク部隊の威嚇射撃がそれをさえぎった。

 ゴールデン・ゼスモーネは少しだけ躊躇ためらう素振りを見せたあと、負傷したゼスパーダは回収せず速やかに撤退していく。

 大河のローゼン・ホワイトゼスタイガも離脱し、かくして戦闘は終了した。


《無事か?》

《あ、ああ……》


 匠からの通信に生返事をしつつ、嵐馬は眼前に倒れているゼスパーダを見つめる。

 仰向けのまま動かないインナーフレームの七番機。その腹部は大きく裂け、隙間からコントロールスフィアの内側まで見透かすことができた。


 しかし、何かがおかしい。

 そこにいるべき人物アクター──君嶋千鳥きみじまちどりの姿がどこにも見当たらないのだ。


《嘘だろ…………!?》


 モニターに映る拡大映像をみた嵐馬は、そのように驚きの声を漏らすことしかできなかった。

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