Live.14『ミイラの方から取りにきた 〜AN ENCOUNTER ENEMY〜』

「受けてみろ! プリンセス……ナッコォォォッ!」


 鞠華が咆哮をあげながら、プリンセス・ゼスマリカがドレスに迫る。

 拳を振りかぶり、全力で右ストレートを放つ。その一撃を胸部に受けた“マジカル・ウィッチ”だったが、パンチが効いていないのか全く物ともせずに平然としていた。


「やっぱりこいつ、昨日戦ったヤツよりも全然強い……くぅッ!?」


 ドレスの鋭い膝蹴りがゼスマリカの腹部へと叩き込まれる。怯んでいる鞠華をめがけ、ドレスがさらにステッキを振り下ろそうとしていたとき、不意に視界の端からブルーの影が飛び込んできた。


《どけ素人アマチュア! いい加減……大人しく斬られやがれェッ!!》


 日本刀を構えたスケバン・ゼスランマがアスファルトを踏み砕いて跳躍し、上方からドレスに勢いよく斬りかかった。

 ドレスはゼスマリカへの追撃を中断し、手に持っていたステッキで虚空を薙ぐ。すると次の瞬間、ドレスとゼスランマの間に突如として巨大な円形の紋様が浮かび上がった。


《なッ、魔法陣だと……!?》


 通信機の向こう側で嵐馬が驚愕のうめき声を上げる。

 まるで光の盾とも呼べる魔法陣はスケバン・ゼスランマの日本刀を受け止めると、鋼と鋼がぶつかったような重い音を立てて刃を弾いた。

 敵から少し距離の離れた場所に機体を着地させる嵐馬。その彼を逃すまいと、再度ステッキを振るった“マジカル・ウィッチ”のまわりに火の玉が次々と出現する。


《なあ星奈林せなばやし、この強さはやっぱり……》

《ええ、普通よりもヴォイドの絶対量が多いみたい。これはちょっと厄介かも……》


 嵐馬の問いかけに、百音はコクリとうなずく。

 どうやらこのドレスの異様に高い戦闘力の原因は、リソースとするエネルギーの大きさによるものらしい。


《……っ! 来るわよ!》


 咄嗟に百音が叫び、三体のアーマード・ドレスがそれぞれ別の方向へと弾ける。それまで空中にとどまっていた火の玉が、こちらを目掛けて一斉に放たれたのだ。

 燃え盛る火球が眼前にまで迫り、鞠華は回避するべく機体を真横へと跳躍させる。

 しかし、間一髪で避けられてしまった火の玉はカーブを描いて進行方向を変えると、まるで追尾型ホーミングミサイル弾頭のごとく再びゼスマリカに向かってきた。


「こっちに来る……!? うわぁぁぁっ!!」


 予期せぬ自体に軽くパニックを起こしてしまった鞠華は、ろくに前も見ないまま必死に逃げ走る。

 それが仇となってか、プリンセス・ゼスマリカは同じく火の玉に追われていたスケバン・ゼスランマと衝突を起こしてしまった。


「ぎゃふんっ!?」

《うわッ、テメェなにしやがる……ッ!》


 後ろから機体をぶつけられた嵐馬が苛立ちを吐き捨てる。

 そんな地面に倒れこんでいる二機に、無慈悲な火の玉が襲いかかった。


 着弾。次いで炸裂。

 あまりにも膨大な威力を内包した衝撃が、ゼスランマをもたれかかっていたゼスマリカもろとも盛大に吹き飛ばした。

 地面を転がる二機のアーマード・ドレスはすぐに体勢を立て直すも――しかし搭乗者同士の溝は埋まるはずもなく、不毛な言い争いだけが続く。


《クソっ、テメェが邪魔しなきゃこんな攻撃くらい避けられたのによォ……!》

「んなっ……! そういうあなたこそ、さっきボクごと敵を斬ろうとしてましたよねっ!?」

《ハン、三流役者アマチュアにできる配役しごとなんてたかが知れてるだろーが。せいぜい囮役くらいマトモに演じ切りやがれってんだよ!》

「あーっ、またアマチュア言った!! 今日三回目!!」


《ちょっと二人ともぉ! 喧嘩なら後にしてアタシを助けてってばぁ……!》


 お互いに一歩も譲らぬ険悪な雰囲気をかき消すように、百音の悲鳴にも似た叫び声が響く。

 すぐに彼のほうを見やると、カーニバル・ゼスモーネがたった一機でドレスと渡り合っているところだった。しかし互角の戦いを繰り広げているとは言い難く、ドレスが立て続けに放つ火の玉に終始押され気味である。

 ゼスモーネは両手のタンバリンで襲い来る火球を払いのけ、被弾しつつ致命傷だけは何としても避けているようだ。とはいえ、このまま持久戦を続けていても押し負けてしまうだろう。

 嵐馬もそう判断したのか、鞠華に提案を持ちかける。


《おい、素人アマチュア。星奈林を助けるイイ作戦を思いついた》

「またアマって……そういうことなら一応聞きますけど」


 鞠華が聞き返すと、嵐馬は極めて冷淡な声音で告げる。


《そのスカート、脱げ》


 あまりにも通報したくなる提案だった。


「……はい?」

《いいから、早くしろッ!》

「え……やだ、ちょっと……ああんっ!」


 スケバン・ゼスランマは嫌がるプリンセス・ゼスマリカの両腰を引っ掴むと、履いているロングスカート型のアーマーを勢いよくずり下げる。

 全長にして約20メートルを誇る人形巨大ロボット“アーマード・ドレス”の、あまりにも大胆なスカート下ろし。機体が脱がされると同時に、コントロールスフィア内にいる鞠華の下半身も衣服が消失する。

 煌びやかな桃色のスカートが粒子となって消え去り、隠れていた下着とニーソが晒け出される形となった。


「うぅ……ひ、ひどい……っ!」

《装甲面が狭い“スケバン・セーラー”じゃ、あの火線は潜り抜けられそうにないからな。こいつは盾代わりに使わせてもらうぜ……!》

「ああ、ちょっと待てェ! このスケベ・強姦魔ゴーカンマ!」

《スケバン・ゼスランマだッ!》


 制止を呼びかける鞠華の声には耳も貸さず、日本刀と盾代わりのスカートを構えたスケバン・ゼスランマがドレスの元へと突っ込んでいく。

 “マジカル・ウィッチ”はすかさずステッキを振るい、魔法陣から極大の火柱を出現させてこれを迎え撃とうとした。

 噴火したように魔法陣から炎が飛び出し、ゼスランマへと一直線に向かっていく。対しゼスランマは鞠華から奪い取ったロングスカートを前へと突き出すと――正面から炎を受け止めながら、なおも足を止めずに前進していった。


 ドレスの眼前にまで迫ったゼスランマは、炎を受け続けているスカートを構えたまま渾身の体当たりを繰り出す。かくして自らの放出したエネルギーをそのまま返上されてしまったドレスは苦しみ出し、そこへ日本刀を抜き放ったスケバン・ゼスランマが差し迫り──。


《──抜刀一閃・灘葬送なだそうそう


 振るわれた刃がきらめき、風に舞う木の葉をも切り裂く高速の居合切りが、ドレスの片腕を容赦なく切り落とした。

 ステッキごと腕部のアームグローブを失ってしまったドレスが、痛みを訴えるように悶え始める。それをゼスランマは背後から乱暴に蹴り飛ばすと、地面に倒れたドレスへと日本刀の切っ先を突きつけた。


《ここらで閉幕しまいにしようや、ドレス野郎》

 

 暴れるドレスの胸元を靴底で抑えつけ、ゼスランマが断頭台のごとき冷たい刃を振り下ろそうとした瞬間。


 


《え……?》


 何が起こったのか理解の及んでいない嵐馬が、思わず困惑の声を漏らす。

 一部始終を見ていた鞠華にとってもそれは同様であり、ハッとしてめぐらせた瞳にゼスランマの刀を折った犯人はすぐに映った。


 白いアーマード・ドレス。

 ゼスランマでもゼスモーネでもない四機目のインナーフレームは、全身に包帯を巻きつけたおぞましい外見をしていた。頭部からは兎の耳にも似た二本のブレードアンテナが立てられ、両腕には熊手のように黒く鋭いかぎ爪が装備されている。

 突如として現れた謎の機体。その鮮血を連想させる赤い双眸は、確実に鞠華の方へと真っ直ぐに迫ってきていた。


「っ……!?」


 プレッシャーに防衛本能を掻き立てられ、咄嗟に体が反応する。

 瞬きもできぬ間に迫ってきた白いアーマード・ドレスの毒手を間一髪でかわすと、すかさずゼスマリカは後方へと跳躍して距離をとった。

 状況を見定めようと顔を上げた鞠華に、普段の落ち着きを欠いた百音の声が飛び込んで来る。


《マリカっち、気をつけて。そいつはネガ・ギアーズの所有するアウタードレス……ドレスコードは“チミドロ・ミイラ”……!》

「ドレス……? でも、この機体は……」


 衣服の形を模したアウタードレスは、それ自体がまるで意思を持っているかのように自律して動く存在だ。

 だが、たったいま対峙している人型兵器は違う。どこをどう見てもそのなりは、アウタードレスを全身に纏ったインナーフレームだ。


(あれがゼスマリカと同じアーマード・ドレスなら、人が乗ってるんじゃないのか……?)


 そう思い至った鞠華は、通信回線を介して目の前の白い機体へと呼びかける。


「答えてください! あなたは一体誰で、何者なんですか……っ!?」


 しかし、白い機体は答えない。

 ただ大地の上に立ち尽くしながら、じっとゼスマリカを見据えている。


(攻撃……してこないのか?)


 鞠華は構えた拳を下ろしつつも、しかし警戒心までは解くことなく白い機体を睨む。

 少なくとも自分たちの味方でないことは火を見るよりも明らかだったが、それ以外のことはまるでわからない。喉に溜まった唾を飲み込むことすら躊躇われるほどの戦慄が、視線を交わす両者の間をただ静かに流れていった。


《“マジカル・ウィッチ”の反応消失……チッ、逃げられちまった》


 嵐馬が悔しげに吐き捨てる。こちらの三機が白いアーマード・ドレスに注意を引き付けられる間に、傷を負ったドレスは次元転位ゲートを開いて逃げ去ってしまったようだ。

 すると白いアーマード・ドレスも、まるで目的を達したと言わんばかりに身をひるがえす。防御隔壁を蹴って跳躍し、壁から壁へと飛び移りながら遠ざかっていった。


「何だったんだ、一体……」

《……“ネガ・ギアーズ”。こうして度々ドレスとの戦闘に介入してくる、規模も活動拠点もわからない謎の組織》


 鞠華のつぶやいた疑問に、百音が憤りを押し殺したような声音で応える。


《わかっているのは、何故かドレスの撤退支援を行うということと、アタシ達の敵ということだけね》


 何でそんなことを、と鞠華は思わざるを得ない。

 それでは自分たちの敵であるアウタードレスを手助けしているようなものだし、事実として撃破寸前にまで追い込んでいた“マジカル・ウィッチ”を逃す結果となってしまった。

 とはいえ、これで一先ず戦闘は収まった。となれば、無闇矢鱈むやみやたらに得体の知れない組織のことを詮索している場合ではない。


(アリスちゃん、大丈夫だろうか……)


 今はただ、それだけが何よりも気がかりだった。

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