Live.13『おてんば姫のお通りだぁ! 〜DRESSES MAKE THE WONDER PRINCESS〜』

 10年前に発生した大災害“東京ディザスター”によって、都心及び近辺の街は壊滅的な被害をこうむった。

 そしてそれは、東京都心から約30キロメートル圏内にある横浜も例外ではない。


 災害から10年が経過した現在いまでこそ街並みは一見元どおりに復元されているものの、当時は多くの埋立地が液状化現象を起こすなど甚大な被害に見舞われていた。

 地面を泥水が覆い、建物はドミノ倒しのようにいとも容易く崩れ、食糧や衣服といった生活必需品なども枯渇する。辛くも災害を生き延びた人々を待っていたのは、まさに“死んだほうがマシだった”と言えるほどの生き地獄だったのだ。


 首都機能が停止し国中が混乱する最中、そのような状態の日本に対して多額の寄付金と衣服を提供した海外企業の一つが、アメリカに本社を置く“オズ・ワールドリテイリング社”である。

 彼らの助力もあって復興は少しずつではあるが着実に進んでいき、そして3年前の時点で被災地の実に60%以上の再建が完了するにまで至った。とくにこの横浜エリアは“オズ・ワールド”が街全体の再開発を行ったこともあり、今では日本支社とその傘下企業が立ち並ぶ企業城下町と化している。

 いわばこの街の実質的な統治者は、ウィルフリッド=江ノ島が支社長を務める“オズ・ワールドリテイリングジャパン”だと言っても過言ではなかった。


(あの人は復興支援に利用していた地下トンネルだって言ってたけど、まさか巨大ロボットまで運べるなんてね……)


 そして現在。

 横浜に設けられた地下通路を、ゼスマリカに乗った鞠華は移動していた。

 機体は壁面に固定されており、リニアエレベーターによって地上に伸びるシャフトの内側を駆け抜けていく。なおコントロールスフィアの中は無重力によって慣性を相殺するようになっているらしく、高速で動くリフトに乗っていても鞠華の身体に負担がかかるようなことはなかった。


《もうすぐで地上に到達するわ。マリカくんは、地上に出たらすぐに装甲換装ドレスアップできるよう準備していて》


 中枢司令部にいるレベッカからの通信音声が届く。どうやら彼女がオペレーティングをしてくれるらしい。


「ドレスアップって、あの昨日モネさんや嵐馬あいつのインナーフレームがやっていたアレですよね。それでえっと、肝心のドレスは一体どこにあるんです……? 格納庫にも置かれてませんでしたけど……」

《ドレスなら仕舞しまわれているわ。“ゼスパクト”を取り出してみて》


 いまいち要領を得ないまま、とりあえず鞠華は言われるがままにワインレッドのコンパクトを取り出す。

 ケースを開いてみると、昨日の時点ではなかったはずのショッキングピンク色をした宝石が、合計六つある小さなくぼみの一つに嵌め込まれていた。


《それは君が昨日倒したアウタードレス──“ワンダー・プリンセス”のジュエルよ。それに触れることで、ゼスマリカはドレスを取り出してくれるわ》

「ドレスを取り出す……?」

《時間がないから詳しい原理は割愛して説明するけれど、インナーフレームは物質を物理的に圧縮して保存する能力を持っているの。そして圧縮したドレスを収納する機体内部倉庫のことを、私達は便宜上“クローゼット”と呼称しているわ》


 要するに、インナーフレームはドレスを限りなく小さくして機体の内側に収納するためのポケットを持っているということだろうか。


「……もしかして、ゼスマリカに乗ったら下着姿になってたり、降りたら服が戻ってくるのも」

《ええっと……それらも“クローゼット”から出し引きされているわ。だからマリカくんがさっきまで着ていた服も、今は機体側が……ということになるわね》

「な、なるほど……」

 

 説明を受けてなお鞠華が困惑していると、上昇を続けている機体の頭上に眩い光条が射し込んだ。地上のゲートが開いて、間もなくリフトが到着しようとしているのだ。

 昼過ぎの太陽に目を細めながら、天を仰ぐ鞠華はレベッカにそっと語りかける。


「……レベッカさん。このドレスの出現と、アリスちゃんが倒れたことにはやっぱり関係があるんでしょうか……?」

《わからない。でも、今はどうかドレスを倒すことだけに集中して欲しいの。私も、頑張るから……》

「……わかりました」


 鞠華が決意を固めた刹那、リフトは地上へと到達し、整備された横浜の大地にゼスマリカが現れる。

 すぐに周りを見渡すと、街中の建造物を地下からせり出てきた防御隔壁が覆っているのが見えた。レベッカ曰く、既に地域住民の大半は避難が完了している状況らしい。

 そして鞠華が正面を向きなおすと、“敵”の姿はすぐに捉えることができた。

 

 薄い桜色の装甲色。手袋やスカートなど至るところに白いフリルがあしらわれた可愛らしい意匠をしており、胸には蝶の形に結ばれたリボン、そして丸く大きな帽子には一対の白い羽根が付けられている。手に持っているステッキの先端にも同様の小さな翼が生えており、そのファンシーかつ妖精的なシルエットはまさしく、日本のアニメや漫画で親しまれている“魔法少女”の衣装そのものだった。

 人類を脅かす存在としては、あまりにも愛らしすぎる外見。そのミスマッチさから来るプレッシャーに鞠華が息を飲んでいたとき、ウィルフリッドからXESゼス-ACTORアクター達に向けられた通信が入った。


《三人とも、配置についたネ。ではこれより、目標の識別登録ドレスコードを“マジカル・ウィッチ”とする。周囲に被害が及ぶ前に、すみやかにこれを迎撃してくれたまえ!》

《ハン。こんなふざけたドレス、俺一人で十分だぜ……ドレスアップ・ゼスランマ! “スケバン・セーラー”ッ!》

《ちょっと嵐馬くんってば、先走らないで……ああもう! ドレスアップ・ゼスモーネ! “サンバ・カーニバル”!》


 各々の装甲ドレスを着込んだゼスランマとゼスモーネが、先行して“マジカル・ウィッチ”と名付けられたアウタードレスの元へと向かっていく。

 まずスケバン・ゼスランマが日本刀で斬りかかり、対してドレスは長いステッキを構えて刃を受け止める。その死角を突くようにカーニバル・ゼスモーネが背後から迫るも、直後にドレスがステッキを横薙ぎに振るい、悔しくも一撃を加える隙は潰されてしまった。


「あのドレス、二人を相手にして互角……いや、それ以上に渡り合ってる……?」


 素人目ではあるものの、少なくとも鞠華の眼にはそのように敵の姿が映った。

 前の戦闘ではゼスマリカ単機でドレスを仕留めることができたとはいえ、今回の相手は比較にならないほどの強敵なのかもしれない。


「……やれるさ。二人でダメでも、三人がかりなら……!」


 自らを奮い立たせるように叫び、そして鞠華は手に持ったゼスパクトを前へと突き出す。そのまま両手を大きく回転させて、L字を描くようにクロスさせる。

 そして翼を広げるように両腕を開きながら、鞠華は凛としてかけ声を言い放つ。


「ドレスアップ・ゼスマリカッ!!」


 その言葉に呼応するように、ゼスマリカの背後からショッキングピンクをした無数のパーツが出現する。

 鋭利なハイヒールのブーツ。横幅の大きいロングスカート。手の甲から肘関節までをすっぽりと覆うグローブ。レースのあしらわれたショルダー。そして、銀色の煌めきを放つ頭部のティアラ。

 それらはパズルのピースをはめるように次々とゼスマリカの全身へと装着され、丸裸のマネキンをまるで一国の王女として彩っていく。それと同時にコントロールスフィア内の鞠華も、みすぼらしい下着姿から華やかなプリンセスドレスへと装いを一新していった。

 最後に王冠を模した頭部の隙間から白いマスクがせり出てきては顔面を覆い、遂にを終えた鞠華の分身がアスファルトを踏みしめた。


換装完了コンプリート、“ワンダー・プリンセス”! さあ行くよ、ゼスマリカッ!」


 天上天下唯我独尊のお転婆姫てんばひめ、その名も──アーマード・ドレス“プリンセス・ゼスマリカ”。

 桃色のドレスをまとう王女をたたえるように今、すさまじい追い風が横浜の街を駆け抜けた。

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