Live.23『悪い男の娘もでてきます 〜LIKE ATTRACTS LIKE〜』

 そのアウタードレスは、一言で言い表すなら“メイド服”の姿形をしていた。


 本来の仕事着としての服装とは異なる、所謂フレンチメイドタイプと呼ばれる装飾過多な衣装。頭部に該当する位置には猫の耳をかたどったフリルカチューシャが浮かび、脚部には黒いニーソックス、そして臀部からは先端に鈴付きのリボンが結ばれた尻尾が生えている。

 ホウキ型の長槍を片手に握るそのエプロン姿は、まさしく戦闘バトルメイドと呼ぶに相応しい奇妙な迫力を放っていた。


「アリスちゃんが危ないって時に、なんでドレスが……!」


 あまりにも空気を読まずして現れた敵を前に、鞠華まりかの口から呻き声が漏れる。

 そんな彼と対照的にたくみは不自然なくらい落ち着き払っており、逃げ惑う一般人たちを細い眼で見据えていた。


「そういえばまだ伝えていなかったな。人質解放の条件は、あのアウタードレス“ネコミミ・メイド”を倒すことだ」

「倒せって……まさか、あのドレスを出現させたのもお前達の仕業だっていうのか……!?」


 鞠華に問い質される匠だったが、彼は肯定も否定もせずに「さあ、どうかな」と曖昧な答えを返す。そうしている間にもメイド服のドレスは市街へと降り立つと、アリスのいるタワーの方角へと進路を向けてゆっくりと進み始めていた。


「どうした、はやくアーマード・ドレスに乗らないのか。さもなければ、人質も市民たちの命も助からんぞ」

「言われなくたって、わかってるさ……!」


 鞠華はすかさずゼスパクトを取り出し、機体を呼ぶべくそれを頭上に掲げようとする。だが途中で周りから奇異の視線で見られていることに気付き、叫びかけていた鞠華は慌てて口をつぐんだ。


(くっ……こんな一眼の多い場所じゃ、ゼスマリカを呼べない……!)


 周囲に視線を向けられている気恥ずかしさから呼び出せないのではない。

 今やネット掲示板などで散々話題になっているとはいえ──本来アーマード・ドレスやゼスアクターは秘匿されるべき存在であり、その正体が世間に知れ渡るわけにはいかないのだ。ましてや人気ウィーチューバーである鞠華が関係者であると露呈してしまえば、それこそスキャンダルになってしまう可能性も十分にあるだろう。


 ゼスマリカを呼ばなければ、アリスも人々も助けられない。

 ゼスマリカを呼び出せば、アクターの存在が露見してしまう。


 そんな八方塞がりな状況に鞠華が立ち尽くしていたとき、後ろから聞こえよがしに嘲弄ちょうろうが発せられる。


「これでわかっただろう。それがお前たち“オズ・ワールド”という組織の本性だよ」

「なんだと……?」


 鞠華はとっさに睨み返すも、匠は眉ひとつ動かさずに続ける。


「外敵から市民を守るという大義名分を謳いながらも、その実態はドレスの回収と研究の為に設立された機関でしかない。データ採りさえ行えれば、所詮住民の命など二の次としか考えていないのだろう」

「そんなことはない! ボク達は人々の平和を守るために戦っている……!」

「ならば何故、“オズ・ワールド”や政府はアウタードレスの情報を頑なに開示していない? 本当に市民の事を案じているならば、まず驚異の正体が何なのかをハッキリと示すべきではないのか」


 サングラスの奥の鋭い眼光を据えられ、鞠華は思わずたじろいでしまう。

 目の前にいるテロリストの疑問に、ほんの僅かではあるが正当性を見出してしまっている自分がいることに驚かされた。

 しかし彼は抱きかけていた疑念を懸命に振り払い、たどたどしくも言葉を紡ぐ。


「それは……無用な混乱を避けるためだ。10年前の心に負った傷が、未だに癒えていない人だって大勢いる……! あんたみたいに心の強い人ばかりじゃないんだ!」

「フッ、詭弁だな。元より“オズ・ワールド”は市民を保護するつもりなど毛頭ないんだよ。君自身にそのつもりはなくてもな……君の力を利用しているのは、そういう大人達なのだということを肝に銘じておけ」


 匠の決めつけるような言い方に、普段は穏やかな鞠華の神経が逆撫でされる。

 彼の物言いは“オズ・ワールド”で働く社員達を……そして街の復興に最も貢献した支社長ウィルフリッドを侮辱するものであり、それが鞠華には我慢ならなかった。


「レベッカさんも、ウィルフリッドさんも……ボクを支えてくれているのは、みんな立派な人たちだ。それを馬鹿にするなんて、ボクは許さないぞ……」

「フン……あの男にそれ程までに信頼を寄せるとは、君もつくづくお目出度めでたい奴なのだな。まあ確かに、君のような純粋過ぎる人間は、彼らにとっても利用しやすいのだろう。アクター適性を持つなら尚のこと都合がいい」


 青年が何故ここまでハッキリと言い切れるのか、その理由を鞠華は知らない。

 それでも鞠華はこれ以上の話し合いは無意味だと判断すると、突き放すように冷たくきびすを返す。

 彼は数歩分歩み出ると、ポケットから取り出したゼスパクトをじっと見据えた。


「利用されてるとか、ドレスの研究と回収だとか、そもそもボクにはそんなことどうだっていい……」


 やがて胸中で踏ん切りをつけた鞠華は、ゼスパクトを正面へと突き出して構えを取る。

 敵組織の構成員である匠はその様子を眺めながら、しかし止めるような素振りなどは見せることなく平然と問いかける。


「いいのか。人々が注目しているぞ?」


 言われ、鞠華はチラリと周囲を見渡す。

 匠の指摘通り、公園内の噴水広場にいた人々はだんだんと鞠華に奇異の目を向け始めていた。中には鞠華の顔を見るなりざわついたり、慌ててスマホを取り出す若者も数名いる。おそらくは動画投稿者としての彼を知っている者たちだ。

 こんな状況でインナーフレームを呼び出してしまえば、鞠華がアクターであることは確実に世間へと知れ渡ってしまうだろう。


「ああ、構わない。ボクは皆の笑顔のために戦う。それがボクにとっては最大の報酬だから。それに――」


 不特定多数の視線に晒されてもなお、鞠華の決意は揺るがない。

 現実リアルではこれが初めてとはいえ――大勢に見られているという状態は、ライブ配信を数多くこなしている彼にとってもはや日常レベルで慣れ親しんだものだった。


「――もし怯えたり泣いている人達を見捨ててしまったら、きっとその時点でボクはウィーチューバー“MARiKAマリカ”失格なんだっ!!」


 声を張り上げ、ゼスパクトの握られた手を天高くに掲げた。


「位置座表転送! 来い、ゼスマリカ!!」


 その僅か十数秒後。次第に大きくなっていく地響きと共に、敷き詰められた花壇に亀裂が生じ始める。やがて鞠華から見て背後にある噴水の真下から、マネキンにも似た無機質で巨大な上半身がせり出てきた。


 長らく使われていなかった地下経路からの登場によって土煙と飛沫しぶきが舞う中、現れたインナーフレーム“ゼスマリカ”は腹部の子宮を裂くと、アクターが還ってくるのをじっと待つ。

 そして匠や周囲の民間人に見守られながらも、鞠華は躊躇なく機体の内側へと駆け込んでいった。


「……それでいい、ゼスマリカのアクター。たった今からお前は、ただのネットでの有名人から“力”を持った存在へと昇華した。君が人々の守護者となり得るか、それとも脅威となり果てるのか……全ては有象無象の審判に委ねられる」


 インナーフレームが浮上して市街へと向かっていく中、残された匠はサングラスのフレームを押し上げながら呟いた。

 そして耳の小型無線機を起動させると、彼は付近で待機しているへと指示を飛ばす。


「匠だ、これよりプランをB-2へと移行する。、お前も出られるな?」


 すると程なくして、銀のように澄んだ少女の声が返ってきた。


《いいよ、タクミ。まりかとは好きにやりあってもいいんだよね?》

「ああ。それもるたけ派手に……な」

《わかった》


 回線の向こうにいる少女は、そう短く告げて通信を終了した。

 匠もそれを確認すると、周囲に群がっている数十人もの群衆のほうを見やる。彼らは広場から市街へと飛び立っていたゼスマリカにのみ意識を集中させており、そのアクターと先ほどまで言葉を交わしていた匠の存在などもはや誰も気にかけていなかった。

 それを好機と捉えた匠は、自らもまた群衆の一人と化すように音もなく歩き出す。かくして黒を装う青年は、誰に姿を捉われることもなく風のようにその場から姿を消していた。





「ドレスアップ・ゼスマリカッ!!」


 跳躍を繰り返しながら市街を疾走するゼスマリカは、アクターの掛け声によって内部格納空間クローゼットからショッキングピンク色の衣装アーマーを取り出した。

 機体を取り囲むようにして虚空から出現した無数のパーツは、そのまま駆け抜けていくゼスマリカを追従していく。そして空中を泳ぐ魚が餌に食らいつくように、インナーフレームの全身へと次々に装着されていった。


換装完了コンプリート、“ワンダー・プリンセス”! 女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”、華麗に見参!!」


 人機ともにプリンセスラインドレスの衣装をまとい、華々しくも雄々しき戦姫の姿となったプリンセス・ゼスマリカが舞い降りる。

 着地と同時にハイヒールをアスファルトの上へと突き立て、思い切り踏み込んで再び跳躍ジャンプ。徘徊するアウタードレス“ネコミミ・メイド”との距離を一気に詰める。


せぇアンのぉっドゥ!!」


 空中で縦軸に体を捻りながら、ゼスマリカは目下の敵をめがけて渾身の回し蹴りを放った。

 回転が加わったことにより威力を増した一撃は、出会いがしらのアウタードレスをすぐ横の防御隔壁へと叩きつける。そしてプリンセス・ゼスマリカは反撃を食らう前にドレスから一旦距離を離すと、円舞曲ワルツのステップを踏むように大地へと降り立った。


「アリスちゃんを助けなきゃいけないからね。悪いけど、このまま一気にトドメをさすッ!」


 ダメージを受けて怯んでいる敵へと、ゼスマリカは一切の躊躇もなく差し迫る。

 構えなおそうとしていた箒の長槍ランスを足で蹴り飛ばし、素手で反撃しようとしてくれば腕を掴んで食い止めた。

 得物を失い、まさに防戦一方の状況に陥っているドレスは、か細い腕を掴まれたままゼスマリカに背負い投げをされてしまう。そして早くも地面に膝をついている相手を目がけ、ゼスマリカは助走をつけて勢いよく跳んだ。

 地上100メートル以上の高度へと達したところで、全身をしなやかに捻って月面宙返り。その美しい姿勢のまま落下していく途中で、ゼスマリカはブーツの履かれた右脚を空高く振り上げた。


「“プリンセス・ドロップ”、これで……フィナーレだぁっ!!」


 一刻もはやく決着をつけるべく、かかと部分の鋭利なハイヒールがドレスへと振り下ろされる。

 それはプリンセス・ゼスマリカにとって最大威力を誇るわざであり、自由落下のエネルギーをのせた必殺の一撃はそのまま敵をほうむり去る──はずだった。


《“死獣双牙ファング・ディバイド”》


 不意にスピーカーから鈴のような少女の音色がこぼれた、その刹那。

 まるで瀕死のドレスを庇うように、突如としてが眼前に現れた。

 顕現兆候アドベント・シグナルにも類似した赤黒い空間の裂け目は“プリンセス・ドロップ”と真っ向からぶつかり合い、やがて力比べに敗したゼスマリカを容赦なくなぎぎ払う。弾かれるように吹き飛ばされたゼスマリカは背中から地面へ激突し、コントロールスフィア内の鞠華も衝撃に強く体を打ち付けた。


「痛っつ……また、お前か……!」


 どうにか機体を立て直しつつも、鞠華は突然介入してきた邪魔者の正体を見定めるように顔を上げる。

 ゼスマリカからドレスを守るように立っていたのは、やはり“チミドロ・ミイラ”をまとう白いアーマード・ドレスだった。今や鞠華にとっても因縁浅からぬ“ネガ・ギアーズ”──その組織が保有するという機体との二度目の遭遇エンカウントに、彼の背筋を凍てつくような戦慄が駆け抜ける。


「なんで妨害するんだ! ドレスを倒せって条件を出したのは、お前たちの方だろうに……!」

《──そりゃ、簡単に達成クリアされちゃったらツマンナイからよ》


 目の前にいる白いアーマード・ドレスとは別の機体から送られてきた通信だった。鞠華の困惑を汲み取ったゼスマリカが、モニター上に発信源の方角を指し示す。

 マーカーの示した先──市内で最も高い建築物であるタワーの最上に、巨大な人型のシルエットが立っているのがみえた。


「誰だ!? ま、まさか……」

《言ったでしょう? これはゲームなの。人気者ヒーロー気取りのあんたが、悪役アタシにやられて無様な醜態を世間に晒すためのね……!》


 相手からのメッセージを聞いている間に望遠映像が自動的にポップアップされ、それまで逆光でよく見えなかった巨人の姿が鮮明になる。


 それは、“チミドロ・ミイラ”に続く5体目のアーマード・ドレスだった。

 橙色のラインが入ったそのインナーフレームがまとっているのは、黒い薔薇の花を彷彿とさせるゴシック・アンド・ロリータの衣装ドレス。所謂ゴスロリと呼ばれることの多い黒を基調とした洋服だ。随所にレースやフリルが装飾され、頭部には華美なミニハットを被り、脚にはヒールの高いブーツが履かれている。

 貴婦人に着飾られた人形ドールのような出で立ちをした、“ネガ・ギアーズ”第二の刺客。その演者アクターは遥かなる高みからゼスマリカを見下ろしつつ、嘲笑をたたえてその名を告げる。


《アーマード・ドレス“ローゼン・ゼスタイガ”。さあ、アタシとそいつの二人を相手にして、あんたはどれくらいもつかしらねぇ……?》


 ゴスロリ調のドレス“ブラック・ローゼン”を装いし女装少年──飴噛あめがみ大河たいがは、鞠華を愚弄するように冷酷な笑い声をあげる。

 白と黒。相反する二色のアーマード・ドレスに捉えられてしまった鞠華の表情かおには、何処にもやりようのない焦りと不安の色が浮かんでいた。

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