Live.26『勝利が美酒とはかぎらない 〜GET TO AFTER PAIN〜』

 刀と爪が幾度となくぶつかり合い、その度に金属同士の衝突音が曇天の横浜市街に響き渡る。


 一刀一閃、全てが相手の急所をえぐるべく放たれる必殺の一撃。

 両者は互いが互いに向けられる鋭い切っ先を紙一重でなしながらも、確実に仕留めるための次なる一手を叩き込もうと踏み込み、またその一手を先んじて潰すように敵の行動を読んで立ち回る。

 冷たい鉄の刃を打ち合い、さらにはその回数の倍以上に視線による熾烈しれつな攻防戦を繰り広げながらも、対峙する“紺”と“白”のアーマード・ドレスは奇妙な均衡を保っていた。


「どうせ人間アクターが乗っているんだろうが、戦い方はまるで野生の獣みてぇだ。なァ……オイ、“チミドロ・ミイラ”ッ!」


 もはや何合目かもわからない鍔迫つばぜり合い。

 力任せに繰り出された熊手をスケバン・ゼスランマは日本刀で受け止めると、強引にそれを切り払った。

 間合いが離れ、白い包帯姿のアーマード・ドレスは近くの防護隔壁に着地すると、壁を蹴り込んで再びゼスランマへと襲い掛かる。どう猛なまでに敵を刈り取ろうとするその様は、嵐馬が揶揄やゆしたように血に飢えた野獣そのものだった。


「獣相手に遠慮はいらねぇ…………だろ、星奈林セナバヤシィッ!」

《まったくモネ使いが荒いんだから……そぉーれッ!》

《……!》


 今まさにゼスランマへと飛びかかろうとしていた白いアーマード・ドレスだったが、背後から迫る物体に気付いて攻撃を中断する。

 それは炎を帯びた二つのタンバリンだった。

 弧を描いて飛来する火炎を、白いアーマード・ドレスは大きく上半身を仰け反らせて回避する。そのまま地面に倒れこみそうな不安定な姿勢であったが、なんと包帯姿の巨人はまるでゾンビのように絶妙なバランスを保ちながらゆったりと起き上がった。


《まだまだぁー! いくよ、新ワザ!》

《……っ!》


 投擲されたタンバリンをかわして油断していたところへ、カーニバル・ゼスモーネ自身による鉄拳が叩き込まれた。

 予期せぬ攻撃を食らい怯んでいる“チミドロ・ミイラ”に対し、ゼスモーネはさらに左右から交互にビンタを繰り出す。そして地面へと手を付けると、両脚をプロペラのように回転させて二度蹴りを放った。

 後方へ吹き飛ばされる白いアーマード・ドレス。その殴打を食らった跡には、微かだが澄んだオレンジ色の炎が灯っていた。

 そしてゼスモーネの指を鳴らす合図とともに、パンチやキックの痕跡は一斉にを起こす。


《“踊り狂うは闘争の調べランブル・テンポ” ──たのしんでくれたかにゃん?》


 軽快なステップを踏んで着地したゼスモーネの背後で、立て続けに炎が爆裂した。

 白いアーマード・ドレスは業火に包まれながら、やがて苦痛に耐えきれぬように膝をつく。その姿勢のまま動かなくなり、かくしてネガ・ギアーズの刺客は戦闘不能に陥った。


《あじゃぱー……ちょっとハデにやり過ぎちったかも? 中のアクターは大丈夫かなぁー?》

「敵の心配してる場合かよ。それより、どうやらクソアマの方も無事にゴスロリ野郎を倒せたみてぇだ。あとは敵のアクター二名を拘束して連行する……と、いきたいところだが」


 刀を担いだ嵐馬はチラリと横を一瞥する。

 ゼスランマとゼスモーネが視線を向ける先──そこに立ち尽くしていたのは、もはやボロボロの状態となったアウタードレス“ネコミミ・メイド”だった。


「まずはアイツを片付けてからだな。瀕死のドレスごとき、すぐに終わらせてやるさ……」


 嵐馬はそのように豪語すると、日本刀を携えるスケバン・ゼスランマに納刀の構えを取らせる。

 足底で勢いよく地面を蹴り込み、敵対者との間合いを一気に詰めるべく飛び出した。


「いくぜッ! 抜刀一閃・灘葬なだそうそ──」


 今まさに素早い居合切りの抜刀術を繰り出そうとした、その瞬間。

 不意に後方から飛んできた白い帯が片脚へと絡みつき、姿勢を崩したゼスランマはアスファルトの上に突っ伏してしまった。


「痛ってェ……! 誰だ、俺のトドメを邪魔しやがったのは!?」

《あ、あたしじゃないよ!? それよか白いアーマード・ドレスが……!》

「ンだと……?」


 百音の慌てた声を聞き、嵐馬はすぐに白い帯の飛来してきた方向を振り向く。

 やはり妨害を差し向けたのは、“チミドロ・ミイラ”を纏いしアーマード・ドレスだった。

 腕に巻きつけられていた包帯を伸ばしているその機体。しかし先ほどまで白く鮮やかだった装甲表面には、所々に血が滲んだような黒い斑点模様が浮かび上がっていた。


「まさか再起動したってのか……!? しかも、さっきまでと姿もパワーも違ってやがる……!」


 まさに“チミドロ・ミイラ第二形態アクト・ツー”とも言うべき変貌を遂げた敵機を前に、嵐馬も百音も背筋が凍りつくような戦慄を覚える。

 白と黒のまだらとなったアーマード・ドレスは伸ばしていた包帯を再び腕に巻き取ると、熊手の両手を交差させて一歩前へ出る。


「や、野郎……! まだやり合おうってのか……!?」


《ううん。もう、今日はおしまいだって》


 独りでに焦燥を口にしたつもり嵐馬だったが、予想外にも言葉が返ってきた。

 その声は百音や鞠華のものでもなければ、ローゼン・ゼスタイガに乗っていたアクターとも異なる。

 おそらく白いアーマード・ドレスのアクターだと思わしき人物は、機体の禍々しさとは相反したたどたどしい口調で続ける。


《もう目的はたっしたから、時間かせぎはやめて引き上げてこいってタクミがいってる。だからもう、ぼくも帰るね》

「タクミだぁ? 誰だよソイツ……つかオイ待て、素直に逃すわけねぇだ、ろッ!!」


 もっともな意見を口にしつつも、ゼスランマが斬りかかった。

 しかし白いアーマード・ドレスは先ほどまで以上に身軽な動きでかわすと、壁を蹴ってゼスランマの頭上を飛び越える。

 距離を置いたところで着地し、ゼスランマとゼスモーネに背を向ける形となった。


《ふふっ、今日は楽しかったよ。また遊ぼうね》

「遊びだと……? テメェ、イカレてやがんのか」

《あっ、そうそう》


 宣言通りにその場を立ち去ろうとしていたところで、ふと何かを思い出したように顔を上げる白いアーマード・ドレス。

 すぐ側で立ち尽くしていた“ネコミミ・メイド”の元へと歩み寄ると──次の瞬間、メイド服の装甲をめがけて熊手による斬撃“死獣双牙ファング・ディバイド”が繰り出された。


「なっ……!?」


 先ほどまで自らを護衛してくれていた存在からの不意な一撃に、既にダメージの蓄積していたドレスは力なくその場に崩れ落ちる。

 そして白いアーマード・ドレスはアスファルトの上に脱ぎ散らかされたようなパーツ群を一瞥すると、なんとクローゼット内に収納するわけでもなく興味なさげに踵を返してしまった。


《そのドレスはキミたちにあげるね。じゃ、今度こそばいばい》

「あげるだぁ……!? ちょ、おいコラ! 待てって!」


 嵐馬が咄嗟に制止を促すも、白いアーマード・ドレスはこちらに背を向けたまま振り向くことなく跳躍。獣のような動きで壁から壁へと飛び移りながら離れていく。

 当然逃すまいとカーニバル・ゼスモーネは咄嗟にタンバリンを投げ放ったものの、それも呆気なく蹴落とされてしまった。


「チッ、逃しちまったか……オイ、クソアマ! そっちに白い奴が行かなかったか!?」

《それが、たったいま目の前に現れたんだけど……ゼスタイガを連れられてそのまま逃げられちゃって……》

「くそっ、相変わらず逃げ足の速え奴らだぜ……わかった。俺はひとまずドレスを回収してから帰還する。お前ははやくレベッカの妹を助けてこい」

《ごめん、アリガト! 嵐馬さん!》


 嵐馬は通信を切ると、気付けばすっかり夕暮れ時となっていた赤い空を見上げる。先ほどまで横浜上空を覆っていた暗雲は、ゼスタイガの撃墜と共に消え去っていた。

 そんな雲一つない夕焼けを背に、横浜グランドアークタワーの屋上を目指して飛翔する巨大な魔法少女の輪郭シルエットが見える。クレーンに吊るされた人質を救助する、マジカル・ゼスマリカの姿だった。

 そのあまりにも奇妙な光景は、おそらく地上からも多くの人々に目撃されてしまっていることだろう。それだけならさして問題はないのだが、その時ある重大な問題に気付いてしまった嵐馬は思わずハッと目を見開く。


「……そういえばアイツ、公園のど真ん中でゼスマリカを呼んでた……よな?」

《ア、アハハ……これはマリカっち、炎上不可避カナー?》


 状況が状況だったとはいえ──新人役者の起こした不祥事を思い出し、先輩アクターである二人はその事態の深刻さにただただ頭を抱えるしかなかった。




 タワー屋上のヘリポートに機体を降り立たせた鞠華は、ゼスマリカの両手の中に包まれていたアリスをそっと床に座らせた。

 ゼスマリカの精密なマニピュレーター操作によって拘束がほどかれ、数時間ずっと人質として捕われ続けていたアリスは晴れて自由の身となる。鞠華もようやく安堵の息を吐くと、コントロールスフィアから降りるなりすぐさまアリスの元へと駆け寄った。


「アリスちゃん! よかった、無事──」

「こないで!」


 心配する鞠華の予想に反して、アリスから返ってきたのは彼を拒絶する言葉だった。

 鞠華は驚いたように足を止めると、床に座り込んだまま顔を俯かせているアリスを怪訝そうに見つめる。

 そこで鞠華はようやく、アリスの履いているスカートにお湯で濡れたような生暖かい染みができていることに遅れて気付いた。クレーンに吊るされている間、彼女がどれほどの恐怖を抱いていたのかは想像に難くない。


「すみません、助けてもらったのに。でも私、怖くて……」

「アリスちゃん……」

「私をさらったあの人達は、あのドレスの怪物は一体なんなんですか……? それに、そこのロボットに乗っていたのも逆佐さんですよね。あの人達や怪物とも関係があるんですか……?」

「そ、それは……」


 アリスの疑問に答えようとしても、XESゼス-ACTORアクターとしての守秘義務がそれを許してくれない。

 結局鞠華は黙秘を決め込むことしかできないまま、さらに疑問を募らせていくアリスの言葉をただ受け止め続けることしかできなかった。


「やっぱり何も教えてくれないんですね……逆佐さんだけじゃない、お姉ちゃんもですよ。二人とも、私に何か隠しごとをしているんだってことはわかってます。前に私が塾で倒れた時のことを詳しく聞こうとしても、なんだか余所余所しい態度で誤魔化されましたし……」

「…………」

「教えてください。私は、本当に逆佐さんを信じてもいいんでしょうか……?」


 反射的に『信じて欲しい』という言葉が出かかったが、結局喉奥で詰まったまま引っ込んでしまう。

 アリスは今、鞠華やアリスを信用するための判断材料が決定的に欠けているのだ。そのような状態の人に信じてくれと願うのはあまりにも無責任であり、傲慢に他ならない。

 例えそれが、善意や正義感に帰するものであったとしても、だ。



──これでわかっただろう。それがお前たち“オズ・ワールド”という組織の本性だよ。



 先ほど“ネガ・ギアーズ”の構成員に投げかけられた言葉が、今になって重くのしかかる。

 確かに鞠華たちの所属する“オズ・ワールドリテイリングJP”は、ドレスの脅威から人々を守るために活動している善良な組織だ。そこに間違いはないだろう。

 ただ、守られている側の人間──アリスを始めとした一般市民たちには、そもそも善悪の判断をくだす以前に『何も知らない/わからない』のだ。

 アウタードレスがどのような存在なのかという必要最低限の情報さえ知らされていない彼らなのだから、その脅威から人々を守っているアクターまでもが得体の知れないモノに映り、恐怖を抱いてしまうことだろう。


(本当に、このままでいいんだろうか……?)


 鞠華の脳裏にそのような疑念が浮かび上がる。

 別に“ネガ・ギアーズ”の過激なやり方に賛同しようというわけではない。

 それでも鞠華は、現状の“オズ・ワールドの方針……ひいてはウィルフリッドが語っていた“正義の味方”としての在り方そのものに、いささか問題があるような気がしてならなかった。


(僕は人の笑顔を守りたかったから、アクターとして戦うって決めた。そのはずだったのに……いまアリスちゃんは、こんなにも怖がっているじゃないか)


 彼女の笑顔を取り戻したいと願って戦ったはずなのに、よりにもよってその彼女自身から怯えた目で見られてしまっている。

 それはアリスに限った話ではない。ドレスの被害にあった多くの住人たちが、“謎の巨大ロボット”に乗っていた鞠華を見れば怯え竦むことだろう。

 公衆の場でゼスマリカを呼び出した瞬間から、彼はもうではなくなってしまっているのだから──。


 自分の力ではどうすることもできない問題に鞠華が途方に暮れていたそのとき、地上の方から微かにサイレンの音が聴こえてきた。

 おそらくは市民の通報を受けた警察のパトカーがやって来たのだろう。


「ともかく、一旦“オズ・ワールド”のオフィスに戻ろう。見つかったら色々面倒なことになりそうだ」

「えっ……」

「僕のことを無理に信じてくれとは言わないよ。でも……今だけはどうか、何も聞かずに着いてきて欲しいんだ」


 仮に捕まったとしても、政府との繋がりを持つウィルフリッドの権限を行使すればお咎めなしで済みそうな問題ではあった。

 だがそんなことよりも、まず怯えているアリスを早く安心させてやりたかったのだ。


「……わかりました。正直、色々聞きたいことはありますケド……」

「………………」


 不審げなアリスの問いかけに対して黙り込みながらも、鞠華は彼女の手を引いてコントロールスフィアへと乗り込む。

 そしてヘリポートに膝をついていたマジカル・ゼスマリカは再び立ち上がると、警察が屋上へとやって来る前に夕焼けの空へと飛び去っていった。

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