Live.25『まじかる☆パワーは止められない 〜MAGICAL IS UNSTOPPABLE〜』
太陽はなく、のっぺりとした灰色の雲に覆い尽くされている横浜上空。
神々の
まさに世界の
「羽ばたけ、“
天使を彷彿とさせる一対の翼が生えた杖を
鞠華は自らが
《フン。さっきは防がれちゃったけど、果たして次はそう上手くいくかしらねぇ……?》
無論、みすみすと接近を許す大河ではない。
“ローゼン・ゼスタイガ”は右手に傘を握りながら、空いている左手の人差し指を天へと掲げる。
すると刹那、ゼスタイガの背後に黒く禍々しい
《さあ、避けられるものなら避けてみなさい──“
大河の流麗な指先が振り下ろされたのを皮切りに、列をなす紋様から千を越える光弾が撃ち放たれた。
マズルフラッシュにも似た閃光が鞠華の視界の先できらめき、数瞬遅れて一斉掃射の波が飛行中のゼスマリカへと押し寄せる。
たった一羽の鳥を堕とすには余りある物量の応酬。無尽蔵に射出され続ける一撃一撃を、ゼスマリカは魔法の杖を巧みに操りながらフルスピードで掻い潜っていく。
《アハハハハハ! 堕ちちゃえ、堕ちちゃえっ!》
(くッ、避けきれない……!)
そう瞬間的に判断した鞠華は即座にゼスマリカを空中静止させると、機体前方に魔法陣の防壁を展開する。
光り輝く円形の盾は光弾を物ともせずに弾き返す。それでも、防戦一方なこの状況を覆すまでには至らなかった。
(確かに“マジカル・ウィッチ”は、単純なパワーと防御なら“プリンセス”とは比べ物にならないくらい強大だ。でもそれと引き換えに、致命的な弱点までも抱えてしまっている……)
同時に2つ以上の魔法陣を出すことができないのだ。
攻撃に注力すれば防御が疎かとなり、逆に防御を行っている間は攻撃に手が回らなくなってしまう。光弾の集中砲火に晒されている今、まさにマジカル・ゼスマリカはそのジレンマに直面してしまっていた。
《あっれれぇ〜、長続きさせないんじゃなかったんですかぁ〜?》
「悪いけど、そのつもりさ!
あくまで強気な姿勢を崩さない語調とは裏腹に、鞠華の頬を大粒の汗が伝う。
切り札と大口を叩いたは良いものの、その実は咄嗟に閃いた
当然ながら予行練習など一切なし。ぶっつけ本番の
「“汝、我が姿を観よ。だが真に我を視ることは一人として叶わず”──」
その途中、攻撃を受け続けていた防壁にとうとう亀裂が生じてしまった。
着々と侵食していく裂け目。もはや打ち破られるのも時間の問題かと思われたが、鞠華は平静さを乱されることなく唱え続けた。
(迷うな、恐れるな。そうすれば全部上手くいく……!)
ひたすら頭へと流れ込んでくる
その先にいる“ローゼン・ゼスタイガ”とこちらの距離を今一度確認すると、ひと呼吸置き、
(ボクはただ、ボクに出来ることをするだけだ……ッ!)
そして鞠華は、
「──“
《いい加減、やられろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!》
次の瞬間、これまで光弾からゼスマリカを守り続けてきた光の盾が限界を迎え、ガラスの如くバラバラに砕け散った。
阻むものがなくなり、無防備をさらけ出したゼスマリカへと光弾の嵐が容赦なく襲いかかる。その勢いは苛烈を極め、やがて生じた爆風が被弾し続けるゼスマリカもろともを包み込んだ。
《ハァハァ……どうよ、これで流石にくたばったでしょう! そうじゃなきゃオカシイわ!》
大河が震えた声で呻く。
事実、莫大な数の光弾が一つの撃ち漏らしもなく叩き込まれたのだ。
もし市街に向けて放たれていれば、虫の一匹たりとも生かしてはいなかったであろう破滅の流星雨。それをさらに集束させた攻撃だったのだから、もはや標的の生存確率など皆無に等しいだろう。
その、はずだった。
「ザンネンでした! まだ終わりじゃないよっ!」
《オカシイでしょうよぉ!?》
予想外にも返ってきた鞠華の声に、思わず情けない悲鳴をあげる大河。
現実を受け入れられないでいる彼へその姿を見せつけるように、爆風の中からマジカル・ゼスマリカが勢いよく飛び出した。
《な、なんでまだ生きてんのよ……! そ、それに……》
「さあ、ここからは攻守交代といこうか!」
《なんで……なんでそんなにイッパイいるのよおぉッ!?》
現れたマジカル・ゼスマリカの姿は、一つだけではなかった。
数にしてなんと100体。その
「これがマジカル・ゼスマリカの
《……ふ、ふーんだ、そんな手品にビビると思ったら大間違いなんですけどぉ!? だってそんなのタダの見掛け倒し、ハッタリじゃない! 全部撃ち落とせばいいだけだわ! 生憎だけど、こっちには千以上の光弾があるもの……!》
「だったら敢えてこう言わせてもらうよ、タイガ……」
杖の翼を羽ばたかせる、百の魔法少女。
敵を迎撃せんと構える、千の眷属たち。
互いに向かい合う二柱の戦士──否、その戦力はもはや“軍勢”と呼ぶに相応しい。
「……『やれるものなら、やってみろ』!」
《言われなくたってぇぇぇぇぇぇぇっ!!》
二つの叫び声が重なる。
同時に、魔法少女の群れが一斉に動き出した。
各々がバラバラな軌道を描いて飛行している分身たちを、それを上回る物量の光弾が出迎える。
うち何体かは避けきれずに撃ち貫かれ、赤黒い粒子のような煌めきを残して消滅していった。
《またハズレぇ!? ああもう、本体はどれなのよぉっ!!》
片っ端から次々と分身たちを
残る分身は約七十。気付けばローゼン・ゼスタイガの弾幕による防衛網も少しずつ、しかし着々と突破されつつあった。
「どうやらそっちの黒いドレスも、近距離戦闘は不得手なタイプとみた! 近付きさえすれば、ボクにも勝機はある……!」
《調子に……乗んなぁぁぁぁっ!!》
残り五十体。どれだけ倒してもゾンビのように恐れを抱かず迫ってくる分身たちを前に、強がっていた大河の顔にも徐々に焦りが表れはじめる。
《これじゃあ埒が明かないじゃないのぉ……こうなったら作戦変更! 本当はじわじわと
痺れを切らしたローゼン・ゼスタイガは、雨傘の先端を再び頭上へと向けた。
そこへ周囲の風や雲が渦を巻いて集束していき、螺旋の剣を
やがて空気が限界まで圧縮されると、ゼスタイガは膨大なプラズマを帯びた一撃を躊躇いなく解放する。
《一撃で葬り去ってアゲル──“
一度閉じられた雨傘がいま一度開かれ、驚異的なエネルギーを内包したいかづちの刃が横浜上空の曇天を貫いていく。
その一射だけでも数十の
《アタシの前から……いなくなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!》
力任せにそれを振るい、全長1キロメートルにも及ぶ電撃の奔流を横に向けて薙いだ。
鞭のようにうねる長大な剣の一振りが、周囲に散らばる暗雲もろともゼスマリカの分身たちをゆっくりと
たとえ逃れようとしても暴れ狂うような空気の流れがそれを許さず、魔法少女の軍勢は成すすべもなく羽根をもがれては吸い寄せられていった。
《ハァ……ハァ……まさか、これだけやっても無事だなんて言わないでしょうね……?》
持てる力の全てを出しきり、雨傘の石突から迸っていた光が消える。
もはやゼスタイガの目の前に、分身は一体たりとも残っていない。
それもそのはず、数十体いたゼスマリカは文字通り塵一つ残さずに全て両断されたのだ。その中にはアクターの乗った本体も含まれていたはずだ。
だが、ゼスマリカのXES-ACTOR──逆佐鞠華は、またも大河の
「ボクはここだ! タイガ……ッ!」
《っ……!?》
すぐさまゼスタイガは頭上を仰いだ。
暗澹とした模様の空に、キラリと白い影がよぎる。
両翼を広げた杖に跨がり、流星の如くもの凄いスピードで舞い降りてくる機体──つい先ほど倒したはずのマジカル・ゼスマリカだった。
「分身の群れの中に、
《うるさい、うるさい、うるさい! そんなところからアタシを見下ろすなぁッ! あんたなんか、すぐに撃ち堕として──》
大河は犬歯を剥き出しにしながら、すかさず紋様を展開させて迎撃しようとした。
が、それは失策に終わる。全力を出し切ったゼスタイガには光弾を発射することはおろか、紋様一つ出現させる力すらも残ってはいなかった。
《嘘、ガス欠だっていうの……!?》
「もう勝負はついた! 二度と悪さをしないって約束するのなら、ボクもこれ以上戦いを続けるつもりはない……!」
《負けを認めろっての? ハッ、冗談じゃないわよ!》
大河はそのように吠え散らかすと、背後に聳えるタワーの屋上へと
その行為が逆鱗に触れ、鞠華の目の色が変わる。
《こっここ、こっちには人質がいるんだから! そう……そうよ! アタシが
ガンッ。という鈍い音が生じ、大河の脅し文句はそこで中断される。
一瞬でローゼン・ゼスタイガの真横まで距離を詰めたマジカル・ゼスマリカが、その装飾過多なステッキで顔面を思いきり殴りつけたのだ。
「フザけてるのはそっちだよ」
《が、はァ……ッ!》
フルスイングによる殴打をもろに喰らい、ゼスタイガはタワー屋上から空中へ放り出された。
そのまま直下の横浜湾へ墜落。頭から激突し、盛大な水飛沫をあげる。
「悪いけどボクは怒ってるんだ。アリスちゃんを怖がらせた……そのことを謝る気がないのなら、ボクは鬼にだってなるよ……」
マジカル・ゼスマリカもタワーの上から降り立つと、水上から半身を出して這いつくばるゼスタイガの真上で静止した。
空中に浮遊したままステッキを掲げ、虚空に大きな魔法陣を描いていく。
「“原初の火が灯る。闇夜を照らし、明日への路を示せ” ──」
《いや、いやよ……こんなの絶対に認めないわ……》
搭乗者の心の揺れ動きに同調し、ローゼン・ゼスタイガは左右に首を振った。
鞠華は一応耳を傾けつつも、特に言葉を返すことなく詠唱を唱え続ける。
《だってオカシイでしょ……? あんなに分身を沢山生み出して、なんでアンタはまだそんなにピンピンしてるのよ! 普通ならとっくにヴォイドを使い果たしてるハズじゃないの!?》
(“ヴォイド”……なにを言ってるんだ?)
それがアウタードレスのエネルギー源であることは知っている。
なぜその単語がいま大河の口から出たのかが、鞠華にはわからなかった。
《ズルいわ……ええ、きっとそうよ。これは最初から公平な勝負じゃなかったんだわ! じゃなきゃあんなヴォイドの量はありえない……あれ程の
粉々に砕けたプライドをかき集めるように、大河は痛々しく何度も叫びたてる。
鞠華はほんの僅かに良心を痛めつつも、やがて何かを諦めたように目を瞑った。
《認めない……認めたくないわ……》
「──“
《アンタなんか、アタシは絶対に認めないんだからぁぁぁぁぁぁっ!!》
全てを拒絶するような悲しき断末魔は、魔法陣から繰り出された轟々と燃え盛る特大の火球によってかき消された。
ローゼン・ゼスタイガは恥辱に震えながら立ち上がろうとするも、脚にうまく力が入らないのか再び膝をついてしまう。かくして大河は逃げることも命乞いもかなわないまま、自分をめがけて落下してくる小さな太陽をただ唖然と見上げているのだった。
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