Live.58『落とし物は過去にある 〜THE WAY HE HAS〜』

 拘置所にて匠との面会をした、さらに数日後。

 久方ぶりの休暇を取ることができた鞠華は、さっそくオフィス内の資料室へと足を運んでいた。


(キーワードに『媒介者ベクター』と入力して、検索……っと)


 アクター用のIDを使ってログインした閲覧用端末と向き合い、手慣れた動作で文字を打ち込んでいく。最後にエンターキーを押して検索をかけると、コンピューターは1秒も経たずに数十以上もの該当ページを叩き出した。

 さっそく目に入ってきた項目をクリック、表示された資料に目を通していく。


(氏名アリス=カスタード、年齢15歳、アメリカ生まれの横浜市在住。10年前に家族と観光目的で来日し、当時東京に住んでいた姉に引き取られる。顕現したアウタードレスは“マジカル・ウィッチ”……)


 過去に媒介者ベクターとなった者のリストには、当然ながらアリスの名前もあった。

 彼女の生い立ちについてはレベッカから話を聞いていたこともあり、目新しい発見も特には見当たらない。


 本当にこれで、自分の知りたかった答えが見えてくるのだろうか?

 匠から言われた言葉に疑念を抱きかけつつ、鞠華は次へ次へと目ぼしい資料を見つけては開いていく。


 鉄道てつどう好雄よしお、38歳、埼玉県さいたま市出身、在来線運転手、ドレスは“シュッパツシンコー・ライナー”。

 魚見うおみ瑞季みずき、17歳、千葉県鴨川市出身、女子高生で部活は水泳部に所属、ドレスは“スクミズ・マーメイド”。

 猫本ねこもともえ、26歳、東京都千代田区出身、メイド喫茶の従業員、ドレスは“ネコミミ・メイド”。


 手当たり次第に幾つかの資料を閲覧してみたものの、記されていた年齢や出身地はどれもバラバラであり、共通点などとても見つかりそうにない。

 鞠華の心がはやくも折れかけていたそのとき、ふと見覚えのある名前が目に止まった。


「これって……」


 なんと氏名欄に大きく“古川ふるかわ嵐馬らんま”と書かれた項目を見つけ、驚いた鞠華はすかさずそれをクリックする。


 古川嵐馬、21歳、東京都中央区出身、“古川菊之助きくのすけ”の名義で活動する歌舞伎役者。顕現したドレスは“■■■■■■■■■”──。


(あれ、情報に鍵が掛かってるのか……?)


 閲覧を試みたものの、どうやらこれ以上の情報はアクターの権限でもアクセスすることのできない領域らしく、もはや諦める他になかった。

 とはいえ、『かつて嵐馬が媒介者ベクターとなっていた』という過去を知ることができただけでも見返りは大きいかもしれない。

 それが解決の糸口になることを祈りつつ、鞠華は資料ページを眺めながら思考を張り巡らせていく。


(アウタードレスは関東近辺にしか出現していない……逆にいえば、媒介者ベクターの住んでる地域はそのままドレスの現れるエリアだと考えていいんじゃないか?)


 そう考えるや否や、すぐに鞠華は過去のドレス出現場所がまとめられた資料を表示させ、媒介者ベクターのプロフィールに記載された所在地と照らし合わせてみる。

 すると結果は見事に一致。これにより、媒介者ベクターは関東地域に在住する者に限られていることが判明したのだった。


 しかし、これだけでは“答え”としてはまだまだ不十分である。

 なぜ媒介者ベクターの住む地域が限定されているのか、その原因まで突き止めなければならない。


(生まれた場所……は多分関係ないよな。アリスちゃんは10年前までアメリカに住んでいたわけだし──)


 ──そういえば、そもそもなぜアリスは姉の家に引き取られることになったんだっけ?

 ふと疑問に思った鞠華は、約3ヶ月以上も前──8月下旬にレベッカから聞いた話を、記憶をさかのぼって思い出そうとする。



『……実はね。アリスと二人暮らしを始めてから、かれこれ10年くらいになるんだ』

『10年前……もしかして、“東京ディザスター”ですか……?』

『ええ、そう。当時私や私の家族は東京にいたのだけれど、それであの災害が起こって……私とアリスは無事だったけど、両親はその時に、ね』



 そうだ。

 彼女やその家族は10年前、“東京ディザスター”に巻き込まれてしまっていたのだ。

 その名に冠した東京のみならず、関東全域に壊滅的な被害を及ぼした未曾有みぞうの大災害によって──。



(ん……? ちょっとまて、って……)


 ドレスの出現領域エリアと、東京ディザスターの被害範囲。

 それまで交わることのなかった二つが、奇しくも一致しているように思えてしまったのだ。

 これは果たして偶然なのか、それとも──。


 頭で整理するよりもはやく、気がつくと鞠華の指先は勝手に動いていた。

 媒介者ベクターの“10年前”に関するデータを徹底的に調べ上げ、東京ディザスターとの繋がりがないかを隅々まで確認していく。


 すると驚くべきことに──媒介者ベクターは誰一人として例外なく、全員が何らかの形で被災しているという事実が発覚した。

 アウタードレスの出現には、東京ディザスターが少なからず関係している──。


「は、はは……これじゃもう、間違いないじゃないか……」


 どう見ても確定的としか言いようのない参照結果に、もはや鞠華は笑うしかなかった。

 自分から望んでようやく辿り着いた答えとはいえ、それは知ったとたんに“知りたくなかった事実”へと変わり果ててしまう。

 人類とアウタードレスの戦いは、10年前のから始まっていたのだ。


 父と、母と、姉と離ればなれになった、あの遠い夏の日から──。






「ぐッ、うぅ……!?」


 呆然とくうを見上げていたそのとき、不意に脳内でむしが這い出すような頭痛が込み上げてきた。

 まるで体が自分のものでなくなっていくような、そんな違和感がからだ全体に広がっていく。皮膚を剥がされ、神経を直接撫でられるような痛みと不快感。いくら押さえ込もうとしても、それらは秒の経過とともに強くなっていく。

 苦痛をともなうおぞましい感覚に耐えきれず、鞠華は目の前のデスクに突っ伏した。目眩めまいのせいで上手く視界がさだまらぬまま、ふらつきながらもどうにか顔を上げる。


 すると偶然にも、は視界に映り込んだ。

 一定時間の操作を行わなかったため、資料閲覧用端末のディスプレイは自動で画面の明度を暗く調節するようになっている。そうして黒くなった液晶上が、苦痛に歪む鞠華の顔を反射していた。


 まるで猫の目のように、闇の中で不気味に輝く双眸そうぼう

 血のような赤色の光を放っているのは、他でもないだった。


「ハァ……ハァ……。何だったんだ、今の……?」


 気がつくと、先ほどまでの頭が割れるような痛みはスッと消え去っていた。

 呼吸の乱れはまだ残っているものの、どういうわけか頭の中はモヤモヤが綺麗さっぱり吹き飛んだかのようにクリアになっている。

 鞠華は気をとりなおしてスリープモードだった端末を再び起こすと、そこでふと疑問が浮かび上がった。


 ──そもそも“東京ディザスター”って、いったい何なんだ?


 それは、10年前の2020年7月21日に発生した大災害。

 首都東京を中心として関東全域を巻き込み、国に壊滅的な被害を及ぼした。

 大規模な液状化現象によって、お台場などの埋立地はほぼ全域が水没。

 また各居住地が泥濘でいねい化の被害に見舞みまわれ、多くの難民たちがスラム街を形成するきっかけともなった。

 海外企業“オズ・ワールドリテイリング社”の積極的な支援や“我島がとう重工じゅうこう”の開発した人型重機マシンワーカーの活躍もあり、現時点で被災地の約70%以上は復元……ないし再開発が完了している。

 だが、大被害ゆえに復興作業はまるで追いついておらず、浦安市など当時の面影を色濃く残している地域もあるというのが現状だった。


 そんなことはどうだっていい。今は重要じゃない。

 問題は、10年たった今でも“災害発生の原因がわかっていない”ということだ。


 一般の報道機関はあくまで自然災害だと主張しているが、災害発生時の観測データ類は抹消されてしまっており、具体的な根拠や確証はないらしい。

 そのため“東京ディザスター”の真相はインターネットの掲示板などでは有名な語り草となっており、『政府の陰謀』や『新兵器実験の事故』など、あらゆる空説が日夜飛び交っている。


 鞠華自身もまた、真相究明を渇望かつぼうする者の一人だった。



『すべてを知りたいのなら、お前自身の目で確かめろ』



 匠に言われた言葉が脳裏でリフレインする。

 “東京ディザスター”とアウタードレスに何らかの関係性があるのは、もはや疑いようもなく明らかである。


(僕は……知りたい。いいや、アクターとして知る義務があるんだ。アウタードレスの脅威を完全になくすためにも、“東京ディザスターあの日”の真実を──!)


 ならばあとは、自分自身が選び取るのみ。

 真実を知りたいという意思を、行動に移すだけだ──!


 鞠華は己の本心に従い、キーボードを使って『東京ディザスター』という忌々いまいましきワードを打ち込んでいく。

 拳銃のトリガーを引く心地でエンターキーを叩き、神からの啓示を待つように検索結果が表示されるのをじっと待つ。












ERRORエラー:アクセスが拒否されました】






【警告。このページには秘匿情報が記載されています。閲覧するには、レベル7のアクセス権限が必要です】















あなたは知りすぎたYou have witnessed too much











「は……?」


 急に画面がノイズと共に暗転したかと思えば、赤い文字列がディスプレイ中央に浮かび上がった。

 さらに不安がった鞠華が椅子から腰を浮かした次の瞬間、相次あいついでオフィス内に警報アラートが鳴り響く。




 それは、社内で何らかの異常が発生していることのしらせ。


 そして崩壊へと続いている災禍の──その序曲はじまりだった。

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