十年目の亡霊編

Live.57『父よあなたを許さない 〜A SECRET SESSION〜』

 季節がまた一つ巡って12月となり、道行く人たちがコートを羽織るようになった頃。


「必ッ殺! プリンセス……ドロォォォォォォップ!!」


 高度からの落下エネルギーをのせ、プリンセス・ゼスマリカのかかと落としが炸裂する。

 直撃を食らったチャイナ服のアウタードレスは地面に倒れ込むと、そのまま魂を抜かれたように装甲を排除パージ。こうして数十分間にも及んだ戦闘は、ようやくの終局を迎えるのだった。


《アウタードレス“カンフードラゴン”の沈黙を確認、今日の放送はこれで終了です。三人とも、お疲れ様っ》

「ふぃーっ……」


 作戦完了をしらせるレベッカからの通信が入り、そこで鞠華はようやく安心したようにホッと息を吐いた。

 ふとサブモニターに目をやると、nicoニコシステムを介して自分たちを賞賛するコメントが流れてくる。どうやら今回の“ライブ・ストリーム・バトル”も好調のうちに終わったらしい。

 そうしてオフィスへの帰路につく途中、百音からの有視界通信がモニター上にポップアップされる。


《そだそだ二人とも、このあとって大丈夫? 暇なら一緒に、ちょっと遅めのランチでも食べにいかない?》

《ん? ああ、そういやドレスとの戦闘ですっかり食いっぱぐれちまったからなぁ。俺は構わないぜ》


 嵐馬がそう答えた後、今度はゼスモーネのカメラアイがこちらの方を向いた。


《マリカっちは、どう?》

「ええっと、すみません。実はこれから人と会う約束をしてて……」

《あらあらぁ、もしかしてカノジョさん? それともぉ、カレピッピ?》

《ブフ"ォ"っ”!?》

「ち、違いますよ! そんなんじゃないですっ」


 何やらレベッカの咳き込む音が聞こえた気もするが、鞠華はすぐに事実関係を否定する。

 百音は観念したように一息つくと、どこか切なげに笑ってみせた。


《それじゃ仕方ないねぇ。マリカっちも最近お仕事ばっかりで大変そうだったし、たまには羽を伸ばしてきちゃって♪》

「ありがとうございます。あの、今度また誘ってくださいっ」

《ウィ☆》


 若干の申し訳なさを抱きつつも、挨拶を交わした鞠華は一足先に撤退する。

 『羽を伸ばしてこい』……とは言われたものの、実のところその用事というは、色恋沙汰とは全くと言っていいほどに無縁なわけなのだが──。





 ゼスマリカをオフィスへと帰還させた後、鞠華はある場所へと向かうべく歩道を歩いていた。

 肌寒い風が吹きつけてくるが、黒いファーが付いたピンク色のロングコートを羽織っているので何ら問題はない。ワインカラーをしたプリーツスカートの下には暖かそうなストッキングや厚底のブーツが履かれており、いかにも冬らしいレディースファッションに身を包んでいるのだった。


 そうしてバス停から徒歩で移動すること十分弱、ようやく目的の建物に到着する。

 やや薄汚れたコンクリート塀に囲まれており、周辺に建つマンションや電信柱よりもさらに一際高いその施設は、横浜市内にある拘置所だった。


(なんか、堅気かたぎっぽくなさそうな黒塗りの高級車ばっかり停まってるな……)


 駐車場の異質さに少しばかり尻込みしつつ、面会者用の入り口をくぐって建物の中へ。

 そして受付や簡単なチェックを受け、携帯などの持ち込み禁止物をロッカーに預けたあと、鞠華はやっと拘置所内の面会室へと通された。


「面会時間は30分です」


 立会いの刑務官にそう告げられ、鞠華は会釈をしつつ席に座る。

 そして短く深呼吸をすると、アクリル板を隔てた向こう側に座っている被告人へと声をかけた。


「こうして顔を合わせるのは『デスティニー・ハイランド』以来ですね」

「ああ、ちっとも懐かしくはないがな」


 被告人の女性──くれないたくみが、気怠けだるさを微塵みじんも隠さずに応える。

 グレーの作業着を着せられた彼女の顔は不健康にやつれており、黒く染めた髪も不揃いに伸びてしまっている。生え際にはストレスで色の抜けたような白髪がのぞいており、おそらくはそれが本来の髪色であることをうかがわせた。


「……用件はなんだ、逆佐さかさ鞠華まりか

「紅匠……いや、ティニー=アーデルハイド=江ノ島さん。元ヴォイド研究者であったあなたに、聞きたいことがあるんです」

「フッ……散々クスリで吐かせておいて、今さらお前に語ることなど残っていると思うか?」


 皮肉交じりに嘲笑を浮かべる匠だったが、それでも真剣な表情を崩さない鞠華をみて態度を改める。

 やがて辟易へきえきしたようにため息を吐くと、彼女は渋々と訊ねてきた。


「……なにが聞きたい」

現実世界リアルワールドにアウタードレスが出現するようになった、そもそもの原因を知りたいんです。ドレスの顕現する条件が人々の虚無感やストレスってことくらい、僕だって気付いてます」


 鞠華が言うと、匠は少しばかり考え込んでから言葉を返す。


「一応聞くが、そう思い至った根拠は?」

「人がストレスを抱いた媒介者ベクターになってしまうなら、それこそ世界中にアウタードレスが現れたっておかしくないハズ。でも、少なくとも記録上では日本──それも関東周辺の地域でしか、ドレスの出現は確認されていない」


 鞠華がそのことに気付いたのは、入院していた時にアリスと千歳の世間話を聞いたことがきっかけだった。

 もしアウタードレスが世界中に現れる存在だったならば、疎開など成り立つはずがない。ましてや、たった数機のアーマード・ドレスで防衛するどころの話ではなくなってしまう。


「つまり裏を返せば──ドレスが人を媒介者ベクターとするためには、ストレス以外にも何らかの条件を揃える必要がある……と見てもいい。違いますか?」

「……70点、と言ったところだな。たしかにお前の推測どおり、アウタードレスが特定のエリアにのみ出現するのには別の理由が存在する」


 鞠華の考えを肯定したうえで、匠は彼を試すように問いかける。


「いいのか。ここから先を聞けば、お前はもう後戻りできなくなる」

「えっ……?」

「真実を受け止める覚悟がお前にあるのかと聞いているんだ。真相を知れば、今のように人気者ヒーローではいられなくなるかもしれないぞ」


 匠がなぜそのようなことを言うのかはわからなかったが、彼女の心意気だけはハッキリと伝わってきた。

 これはきっと侮辱ではない。

 真実を知る者からの、“警告”だ。


 ゆえに、鞠華は瞳に強い意志を宿して問いかけに応える。


「僕の力は確かに必要とされている……けど、ホントはヒーローなんていないほうが一番いいんだ」

「ほう……?」

「僕はアウタードレスとの戦いを終わらせたい。仮初めじゃない、みんなの本当の笑顔を取り戻したいから……その為なら、悪魔あなたの手だって借りてみせます」


 見知らぬ視聴者だれかが笑ってくれるのなら、顔に泥をかぶっても構わない。

 鞠華のみせた表情は、ともすれば滑稽なまでの他喜力に満ち溢れていた。まさに生粋のエンターテイナーというのは、きっと彼のような者を言うのだろう。

 そんな鞠華の覚悟をしかと受け取った匠は、思わずフッと笑いをこぼす。


「まるで道化だな……が、悪くない」

「……?」

「いや、何でもない。すべてを知りたいのなら、お前自身の目で確かめろ。せいぜい私も道案内くらいはしてやる」


 匠はじっと鞠華を見据え、真摯な表情で口をひらく。


「お前が取るべき行動はふたつ。ひとつは、これまで媒介者ベクターとされた者達のデータを洗いざらい調べることだ」

「プロフィールを……ですか?」

「“オズ・ワールド”に保管されているライブラリを参照すれば、それくらい容易いと思うがね。アクターの権限があれば、レベル4の秘匿情報までならアクセスできるはずだ。お前の知りたい答えとやらも、自ずと見えてくるだろう」

「おお……」


 盲点だった、と鞠華はつい感心してしまった。

 彼自身はあまり自覚していなかったが──“オズ・ワールド”の重要人物でもあるアクター達には、相応のアクセス権限が与えられている。

 閲覧したかった情報がこんなにも身近にあるというのは、まさに灯台下暗とうだいもとくらしと言える発見だった。


「そしてもう一つ」


 表情をより険しいものに変え、匠が念を押すように告げる。



 せっかく匠を信用し始めていた鞠華も、その言葉には賛同しかねてしまう。

 反射的に匠を睨みつける鞠華だったが、目の前の彼女は発言の撤回をするつもりなど毛頭ないらしく、意にも介さずに話を続ける。


「奴は言葉から人を喰らう大蛇おろちだ。気を抜いていれば、甘いせりふで相手を丸呑みにする……かつての私が、そうだったように」

「あなた、まだそんなことを……!」

「信じるかどうかはお前の勝手だ、だが忠告はさせてもらったぞ。それともお前自身、すでに薄々と勘付かんづいているのではないか……?」


 地獄から手招きするような匠の目線に、鞠華は萎縮したように目をらす。


 ──自分が心の奥底で、ウィルフリッドを疑っている……?


 いや、そんなことはない。

 目の前の女性はただ主観的に物を言っているだけだ。

 そして一瞬でも彼女の言葉に呑まれかけたことが、鞠華にとっては背筋が凍るくらいに恐ろしかった。


 『大蛇なのはどっちだ』という本音を押し殺しつつ、一通り欲しい情報の手に入った鞠華はそっと席を立った。

 そして去り際、匠を肩越しに見据えながら言う。


「ウィルフリッドさんは、あなたのことも気にかけてました。それだけは忘れないでください」


 それだけ言い残して、鞠華はさっさと面会室を出ていく。

 取り残された匠は、うんざりとした顔で天井の染みを見つめながら──。


「………………わかってるさ、そんなことくらい」


 自分に言い聞かせるように、そうひとちるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る