Live.56『駄目なサンタのバラシかた 〜BE EXPOSED AS A BETRAYER〜』

 河川上にて道化師ドレスとの戦闘があった、その翌日。


「退院おめでとう、マリカくん!」


 会計窓口での清算などを終えた鞠華が病院ロビーに戻ってくると、レベッカが開口一番に祝いの言葉をかけてくれた。

 どうやらずっと待ってくれていたらしく、すっかり元気になった鞠華はペコリと頭を下げる。


「いえ、僕のほうこそお陰様かげさまで……ランマはどこに?」

「ええっと、嵐馬くんならそこに座っているけれど……」

「?」


 何やら引きつった表情でレベッカが待合室のベンチを指差したため、鞠華も怪訝けげんそうにそちらを見やる。

 するとそこには、スマートフォンを横向きにして何かを見ている嵐馬の姿があった。珍しく動画でも視聴しているのだろうか、気になった鞠華はこっそり背後に忍び寄る。


「らーんまっ、なに見てるんですー?」

「ン? なんだ鞠華か。いや、最近オレもWeTubeウィーチューブとやらを見始めたんだが、これがなかなか面白くてな……」

「えっ、LSBの出演者なのに今さら……?」

「今までは興味がなかったんだっつの。とにかくお前も見てみろよ」


 てっきり恥ずかしがってスマホを隠すとばかり思っていたが、意外にも嵐馬は面白さを共有したがっているらしい。

 彼をそこまで夢中にさせてしまう動画とはいったい何なのか。鞠華は差し出された片方のイヤホンを受け取ると、それを耳に挿してから嵐馬のスマホ画面を覗く。


「これって……」

《どーも、世界を股にかける電脳バーチャルアイドルこと“チドリ・メイ”でーすっ! ブラジルの人ぉ、聴こえますかー!?》


 小さな液晶の中に映っていたのは、バーチャルWeTuberウィーチューバーと呼ばれる3DCGモデルの少女だった。

 ニコッと天使のような笑顔を浮かべ、画面ジゲンへだてた向こう側にいる視聴者たちへ手を振っている。


「え、うそ、ランマがハマっちゃったのって、まさかの二次元アイドル……!?」

「なっ、なんだよ……悪ぃかよ」


 驚いて鞠華が問い詰めると、嵐馬はいじけたように目を伏せてしまった。

 この照れ方、どうやらなようだ。


「い、いや、ちょっとびっくりしちゃっただけで……イイと思いますよ、ウン」

「だよなッ!! チドりんマジで最高オブ最高だよな……ッ!?」

(そこまでは言ってない……)


 てか、いまスゴイさり気なくて。


 これまでの彼からは想像もできない豹変キモオタっぷりに鞠華がドン引きしていることも気付かず、嵐馬はさらにとんでもないことを呟いていく。


「オレさ……チドりんに呼ばれちまったんだよ、“らんまお兄ちゃん”って……」

「は、はぁ……」

「その時のことを思い出すと……こう、胸がドキドキするっていうか……スゲェ熱くなってさ……」

「重症ですね」

「ああ、クソっ! もう一回呼んでくれねぇかなぁ〜! それを録音すれば、毎日好きな時に好きなだけ聴けるのによぉ……!」

(それは普通に盗聴アウトじゃないかな……?)

「はぁ……着信音にしてぇ」


 どうやら今まで無趣味だった人間が二十代前半このとしにもなってからこういうコンテンツに触れてしまうと、このように変なハマり方をしてしまうらしい。

 とはいえ、突如として自分たちの前に現れたバーチャルWeTuber──“チドリ・メイ”について気になっているという点については、鞠華も同感だった。


「何者なんでしょうね、あの子。少なくとも敵ではないみたいですけど……」

「さあな、表面的なこと以外はさっぱりだ。あの七号機がオズ・ワールドの管轄かんかつにある機体なのか、それとも別働隊なのかどうかも」

「七号機……七人目の、アクター……」


 肩をすくめた嵐馬をみて、鞠華は悩ましげに表情を曇らせる。


 アウタードレス“ドメスティック・アイドル”をまとっていたあの機体──搭乗者アクターであるチドリ・メイはそれを“ゼスパーダ”と呼称していた。


 存在しないはずの7番目のワームオーブはどこで調達したのか。

 なぜ正体を隠し、バーチャルアクターという体裁ていさいでLSBに参戦したのか。

 仮に味方なら、なぜ“ネガ・ギアーズ”との戦いが終結したこのタイミングで投入されたのか。


「……ウィルフリッドさんは、全部知ってるんですかね」

「その可能性も否定できねぇ。支社長はなんつーか、秘密主義なところもあるからなぁ……まあ、根は悪いやつじゃねーんだろうけど」

「秘密主義、かぁ……」

「ああ……たぶん」

「…………」

「…………」


 どこか腑に落ちないといったように、鞠華と嵐馬が同時にため息を吐く。

 これまでにも彼が色々な真実をひた隠していたことは事実だし、そうせざるを得ない理由があったことも重々承知している。

 愛想を尽かしたわけではない。むしろウィルフリッドに全幅の信頼を寄せているからこそ、時折もどかしさややるせなさに苛まれてしまうことがあった。

 と、アクターの二人がベンチで落胆していたとき、不意に後ろから声が飛んできた。


「なんじゃ、せっかくの退院なのに暗い顔しとるのう」

「あっ、君嶋さん」


 鞠華が振り返ると、そこに立っていたのは君嶋きみじま千鳥ちどりだった。

 どうやら見送りをするために、わざわざ点滴スタンドを引っ張ってロビーまで来てくれたようだ。

 たった二日間とはいえ同じ病室で時間を過ごした相手に、鞠華は感謝を込めて頭を下げる。


「短い間ですけど、お世話になりました。君嶋さんもどうかお元気で……!」

「呼び捨てでいいと言っておろうに……うむ! マリカも達者での……う?」


 互いに別れの挨拶を済ませ、そこで鞠華は病院を後にしようしたものの、千鳥のほうはまだ何かあるのかその場にじっと留まっていた。

 その視線は、嵐馬の持つスマートフォンの画面に注がれている。おまけにどこか興味津々そうだ。


「君嶋さん、どうかしましたか?」

「ん? ああ、すまんの。その娘があんまりにも見目麗みめうるわしいから、ついつい魅入みいってしまったわい」

(見目麗しいて)

「おお、ガキんちょ! お前もチドりんの良さがわかるのか!?」


 会話を聞いていた嵐馬が、やや興奮気味に割って入ってきた。

 理解者を見つけられたことがよほど嬉しかったのか、彼は目をぱぁーっと輝かせて千鳥の両手を握る。


「ぬおうっ!? こ、これはまた情熱的じゃなあ……」


 至近距離から熱い眼差しを向けられ、何を思ったのか千鳥までも頬を赤らめて目をらしてしまう。

 そんな様子の彼女にもお構いなく、嵐馬は自分がハマっている電脳アイドルへの思いの丈をぶちまける。


「チドりんはいいよなぁ……この荒みきった時代に差し込んだ一筋の光、いや……うっかり地上に落ちちゃった天使。あ、マイエンジェルチドりん」

「のうマリカ、こいつ大丈夫なのか? なんかキャッチコピー製造機みたいになっとるぞ」

「さ、さあ……念のためてもらいます?」


 すっかり自分の世界へトリップしている嵐馬に、さすがの千鳥も対応に困っているようだった。

 とはいえ気分を害したわけではないらしく、彼女もどこか嬉しそうに口元をほころばせる。


「うぇへへ……そこまで手放しに褒められてしまうと、わしも年甲斐としがいなく照れてしまうのう」

「だから年甲斐て……ん?」


 いま何か、とてつもなく重要なことをサラッと言っていたような気がする。

 嵐馬にとっても聞き捨てならなかったらしく、彼はすかさず確認した。


「いや待て、俺が褒めたのはチドりんであって、別にお前じゃねえぞ」

「ぬ? でもアレはじゃぞ」

「えっ」


 顔から一切の表情が消え失せた嵐馬が、石化フリーズしたように固まってしまった。

 そんな状態の彼にハンマーを振り上げるかのごとく、千鳥はさらに衝撃的な情報を次々と開示していく。


「バーチャルWeTuberウィーチューバーなんじゃから、動きやボイスを当てる“中の人”が存在するのは当たり前じゃろ?」

「うそだ、チドりんはうたでみんなをえがおにするためにうまれたAIだっていってたもん」

「はいはい、そういうじゃな。そして3DCGモデルやモーションキャプチャーを用いて、“バーチャルアクター”を擬似的に再現していたのも」

「いやだ、しんじない」

「コントロール・スフィア内で“チドリ・メイ”のふりをして機体を動かしたのも」

「やめて」

「全部、わしじゃよ」


 残酷なまでに真実を叩きつけられ、幼児退行していた嵐馬がついに膝から崩れ落ちてしまった。

 それでも彼は現実を受け入れたくないのか、震えの止まらない手でスマートフォンをしっかりと握りしめている。画面に映る二次元バーチャルの天使が、彼の傷心を癒すようにそっと微笑んでいた。


 だが、そんな彼の背後に三次元リアルの君嶋千鳥が歩み寄ると、彼女は呆れ切ったように嵐馬を見下ろす。


「お、俺は信じねぇぞ……チドりんは俺の妹になってくれるかもしれなかった女の子だ!」

「むぅ……意固地よのう。わしとしては同じアクターとして情報共有をはかりたかっただけなんじゃがのう」

「それならもっとやり方があるような……」


 あんまりな仕打ちに思わず同情してしまう鞠華だったが、そのとき千鳥が「そうじゃ!」と何か策を閃いたように手をポンと叩く。

 そして膝をついている嵐馬の隣に立つと、彼の耳元にそっとささやいた。


「ンンッ、あー……

「…………!!」


 千鳥の口から出た声は、動画上のチドリ・メイとまったく同じものだった。

 そのことが果たして何を意味するのかは、もはや言うまでもない。


 この数秒後──嵐馬は声にならない悲鳴をあげた挙句、泣きながら暴れたため病院から追い出されてしまうという、なんとも悲壮感漂う形で純粋な憧れに終止符ピリオドを打たれてしまうのだった。





「──支社長、アジトで発見されたデータの解析作業が終了しました」


 百音がそのように報告すると、社長机に座すウィルフリッドは「うむ」と相槌あいづちをついた。

 詳細の記載されたタブレットを手渡され、ウィルフリッドがそれに目を通していく。読み進めていく途中、彼の表情が次第に強張っていくのを、かたわらに立つ百音は決して見逃さなかった。

 やがて報告書を読み終えたウィルフリッドが、残念そうにため息を吐く。


「そうか……我が社に潜入している内通者は、やはり……」

「? まさか支社長は正体に気付かれていたんですか?」

「このデータを見るまで確証はなかったがネ。だが、これまでにも不審な事例はいくつか存在していたダロウ」


 ウィルフリッドはそう前置きすると、例の内通者にまつわる過去の出来事をひとつひとつ挙げていく。


「例えば、昨日に起きたアウタードレスとの戦闘。鞠華クンからの報告によると、彼はゼスマリカを呼び出すことができなかったらしい」

「そんなことが……?」

「そして原因はスデに判明している。あの戦闘の最中、どうやら社内の機体移送システムにトラブルが生じていたようなのだヨ。だからアクターが端末ゼスパクトを用いて座標位置の転送を行っても、正常に出撃シーケンスが開始されなかった」


 しかも出撃システムにエラーが発見されたのはゼスマリカだけで、嵐馬は何事もなく機体を呼び出すことが出来たという。

 まるで当時入院していた鞠華の体調をいたわるように……というのは、流石に考えすぎだろうか。


「さらに言えば、これと真逆のケースも過去に起こっている」

「真逆、というと?」

「アーマード・ドレスは基本、アウタードレス出現時などの緊急時以外は出撃できないように設定されているのだヨ。アクターが無断で出撃してしまうのを防止するためにネ」


 国の貴重な防衛戦力でもあるアーマード・ドレスを私的運用させないための対策が施されているというのは、考えてみれば納得のいく話だった。

 だがウィルフリッドの発言の裏を返せば、そのシステムの権限を無視してアクターが出撃してしまった経歴がある、ということになる。

 百音が過去に起きた出来事を振り返っていると、思い当たる節はたしかに存在ていた。


「まさか、マリカっちと嵐馬くんが河川敷で決闘ケンカしたあのとき……!」

「うむ。報告によれば、その時にも出撃システムにエラーが発生した痕跡が残っていたという。おそらくは外部からのハッキング──それも、社の内部システムを把握している者の犯行だろう」

「つまり……その犯人は、あえて二人を戦わせるためにシステム側のロックを外した……と」

「あるいは、彼らの迷いにケジメをつけるための手助けをした……と受け取るのは好意的すぎるかネ? どちらにせよ、このハッカーは我が社のセキュリティシステムに精通した人物──それも、アクターたちのプライベートな事情にも深く関わっている者に限られてくる」


 突き付けられた証拠の数々を並べてみると、内通者の姿も自ずと浮き彫りになってくる。

 そうして真相を知ってしまった百音が、その者の名前をささやこうとした──そのとき、ドアの開かれる音によって行動はさえぎられた。


「はあ、この身体でヘリの移動は堪えるわい……来てやったぞ、


 百音が振り向くと、見知らぬ少女がそこにはいた。

 長く流麗な黒髪を腰のあたりで結んだ、10歳くらいの子供。

 オフィスに迷い込んでしまったのだろうか?


 そう思ってすぐに追い返そうとする百音だったが、予想に反してウィルフリッドはすぐに椅子から立ち上がるや否や、小さな来訪者を笑顔で迎え入れた。

 

「これはこれは、お待ちしておりましたヨ。君嶋千鳥ちゃん──














──いや、オズワルド=Aアルゴ=スパーダ社長と呼ぶべきですかネ」


 真名まなで呼ばれた少女は、意味ありげな微笑みを老人にかえすのだった。

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