Live.55『新メンバーはジゲンが違う!? 〜THE BIRTH OF A NEW GENERATION ACTOR〜』

「っ……なんだ……?」


 突如として目の前に現れた機体を、嵐馬はまじまじと見つめる。


 白と黒のモノトーンを基調とした上半身の装甲。その至る所にフリルなどの装飾が施されており、胸元にはグリーンのリボンがかわいらしく結ばれている。

 下半身には横に大きく広がったようなミニスカートが装着され、さらに内側にはスパッツみたいな形状をした二次装甲──いわゆる“見せパン”が履かれていた。

 マイクスタンド型の長物を手にしたその姿は、まさに戦場に舞い降りたアイドル……あるいは歌姫ディーヴァと呼ぶにふさわしい。


 眺めているうちに落ち着きを取り戻しつつあった嵐馬は、ようやく状況を取り巻いている違和に気付く。


「識別コード、インナーフレームNo.7ナンバーセブン……七号機!? でもそいつはたしかまだ火星にあって、地球には持ち帰ってはいないハズじゃ……!」


 11年前、火星のクレーターで発見された7つのコアユニット──ワームオーブ。

 そのうち探査部隊が回収できたのは6つとされており、その数をインナーフレームの生産数が上回ることは、原則として絶対にあり得ないはずであった。


 だが、現に7のアーマード・ドレスは目の前にいる。

 地球上に存在しないはずのコアを内包した機体がそこにいる。


 信じがたい光景をみて嵐馬が途方に暮れていたそのとき、着信をしらせる電子音とともにサブウィンドウが開かれた。

 “ライブ・ストリーム・バトル”の回線を介して通信を送ってきたのは、状況からして間違いなくこのアーマード・ドレスに搭乗している者だろう。


 その人物──のゼスアクターが、ついに閉ざされていた口を開く。









《ブラジルのひとぉー! きこえますかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?》


「……あ"?」


 サブモニターに映し出されたのは、カメラに思いっきり頭頂部のつむじを向けている少女だった。

 まさかとは思うが……先ほどの叫び声は、彼女が地球の裏に向けて放ったものなのだろうか。


(こ、このアホが……俺たちと同じ、アクター……?)


 思わず嵐馬が唖然としてしまっていると、モニターの中にいる小柄な少女がゆっくりと顔を上げる。


 やや目尻の吊り上がった大きな瞳。毛先にかけてウェーブがかかった長い黒髪には、ところどころにエメラルドグリーンのメッシュが入っている。

 身にまとっている衣装は、アーマード・ドレスと同様にアイドルらしい格好。だが少しだけヘソのあたりが露出しており、まだ未発達な体型ながらも少女としての魅力を存分に発揮していた。


 外見的な特徴だけ挙げても、その偶像アイドルにはまるで実在感がない。

 ……というより彼女はどう見ても、精巧なポリゴンにテクスチャーを張って造られた、やけに出来のいい3DCGアバターだった。


《うん、ちゃんと聴こえてるね! それじゃあさっそく私のことを知ってもらいたいので、まずはカンタンに自己紹介から始めるのですっ!》


 バーチャルの存在である少女は満足したようにニパッと笑うと、カメラの向こうにいるLBS視聴者たちに向けてピースサイン。


《私の名前はチドリ・メイ。せんとりに、いのちと書いてチドリ・メイですっ! 好きな食べ物は電脳TKGたまごかけごはんでぇ、それからそれから……》

(千鳥だと? そんな名前のやつがいたような……あっ)


 何やら長くなりそうな自己紹介は聞き流しつつも、嵐馬はチドリと名乗った少女をじっと見つめる。

 性格や喋り方は真逆と言っていいほどに異なっているものの、外見に関しては昼頃に病室で出会った人物──君嶋きみじま千鳥ちどりと瓜二つだった。


 鞠華と同じ病室にいたあの者が、チドリ・メイのモデルになっているのか。

 もしくは、君嶋千鳥自らがモーションキャプチャーなどを駆使することによって、“チドリ・メイというキャラクター”を演じているのだろうか。


(……いや、流石に考え過ぎか? 他人の空似ってこともあるだろうし)


 そもそも君嶋千鳥は病人であるはずだし、それ以前にまだ幼い少女である彼女がアクターの適性を持っているとも考え難い。

 疑問を募らせていくばかりの嵐馬を置き去りにするように、チドリはなおも楽しげに語り続ける。


《こう見えても私、実はとってもスゴいんですよ? なんと私は、世界で初めての“戦うバーチャルWeTuberウィーチューバー”なのですっ!》


 バーチャルWeTuber……VTuberバーチューバーなどと称されることもあるそれは、文字通りVRアバターなど2次元のキャラクターを代理として出演させる者を指す言葉である。

 そう呼ばれる人々は数年前から存在していたし一時期は流行にもなったほどだが、アクターとして“ライブ・ストリーム・バトル”に参戦するバーチャルWeTuberというのは確かに前例のない話だ。


「……って、ハァ!? オイオイ本気マジか!」

《マジもマジですよっ、らんまおにいちゃんっ!》

「おに……っ!?」


 赤面してうろたえている嵐馬をよそに、チドリはマイクスタンド型の武器をくるくると頭上で回す。

 そしてマイク部分が顔の正面に来るように構えると、中継を観ているすべての視聴者たちに向かって名乗りあげる。


この子フレームのお名前は“ゼスパーダ”、この御洋服ドレスは“ドメスティック・アイドル”。そして二つが合体したこの姿こそが、歌って戦えるアーマード・ドレス──その名も“アイドル・ゼスパーダ”なのですっ! そしてぇ……!》

 

 自信たっぷりにチドリが言い放った直後、アイドルを纏いしアーマード・ドレスが動いた。

 スカートの内側に取り付けられたブースターを爆発的に噴出させ、道化師クラウンのドレスをめがけ一直線におどり出る。

 マイクスタンド型可変式武器の先端から鋭利なランスをせり出させると、アイドル・ゼスパーダは勢いよく上段から斬りかかった。


《今日から私もアクターとして、大好きなみんなを守りますっ!!》


 ドレスはとっさに左右の腰からナイフを抜き、クロスするように構えて斬撃を防ぐ。

 が、ゼスパーダは力任せにマイクスタンドをいでガードを押し崩すと、片手に持ち替えてから横に振るう。

 怒涛の追撃に対し、上半身を大きく仰け反らせて回避するドレス。だがそこへゼスパーダの空いた拳が叩き込まれ、直撃を食らったドレスはそのまま空中へと殴り飛ばされた。


「なんだアイツ、メチャクチャ強ぇ……」


 戦いを側で見ていた嵐馬の口から、つい素直な感想がこぼれてしまう。

 アイドル・ゼスパーダの太刀筋はみてくれこそ豪快ではあるものの、注意深くみると無駄な力が一切入っていないことがわかる。

 見切るタイミングから攻撃の緩急まで全てが完璧であり、まるで一曲の譜面を奏でているようなリズミカルな戦闘バトルスタイルは、取り巻く視聴者たちの心さえも掴んで離さなかった。


《さあ、これでラストナンバーですっ!》


 スカートのブースターを噴かして頭上をとったゼスパーダが、胴部をがら空きにしたドレスに向かってマイクスタンドを振り下ろした。

 ランス部分が枝分かれして再び三脚の形状に戻ると、三方から掴みこむようにしてドレスを引っ捕える。

 これで道化師は逃げられない。


《“心臓裂痛片恋発病ハートブレイク・シンドローム”!!》


 マイクに向かってチドリが大きく口を開いた。

 すると刹那、ゼスパーダを中心としてドッと押し寄せるような衝撃波が立て続けに発生する。


(これは……音波振動? いや、ヴォイドそのものを震わせているのか……!?)


 目の前で繰り広げられている光景を見て、嵐馬はそのように直感する。

 チドリの美しいビブラートを間近で聴かされたドレスは、全身をはげしく痙攣けいれんさせてもがき苦しんでいた。まるで体の内側に張り巡らされた血管が破裂していくように、装甲の隙間から赤黒いヴォイドが鮮血のごとく吹き出していく。


 これこそがアイドル・ゼスパーダの持つ固有能力ドレススキル──ヴォイドの活性化、および暴走の誘発。

 その特性を駆使した必殺技は、見事にドレスを行動不能に陥らせた……かに思われたが。


《────!?》


 ふいにチドリの表情が強張ったものへと変わる。

 次の瞬間、なんとゼスパーダに捕らえられていたドレスは霧消むしょうしたかのように無くなってしまった。

 赤黒い霧が風に流れていき、静けさの戻った河川にアイドル・ゼスパーダと下着姿のゼスランマだけがポツリと取り残される。


「脱出芸、ってか。あの野郎、まだそんな余力を残してやがったとは……」

《ふぇぇ……逃げられちゃいましたぁ……》


 ふっと緊張の糸が途切れたように、腰を抜かしたゼスパーダがその場に座り込む。サブモニター上に映るチドリも同様に、バーチャル空間の床面に尻餅をついていた。


(……コイツのことも、あとで支社長にたださねえとなぁ)


 いつもの胡散臭い和服老紳士ジェントルマンの顔が浮かび、嵐馬はうんざりと溜め息を吐いた。





 東京湾の底に、巨大なひつぎが沈んでいる。

 平べったいホールケーキのような形状をしたその建造物は、かつて『未元物質科学研究機構ラボラトリー』と呼ばれていた場所だった。

 当時は何万という科学者たちがここで日夜研究を行なっていたものの、“東京ディザスター”の発生を境に人足は途絶え、研究所自体も海底に眠ることとなる。

 もはや10年前の輝かしい栄光は失われ、時が経つにつれ人々の記憶からも忘れ去られていった──。


(──なーんて思われてたんだけどねぇー。まさかネガ・ギアーズがここを隠れ家アジトとして使っていたなんて……)


 防護服を着た特務部隊員数名を引き連れながら、長い廊下を歩く百音は呆れて物も言えない面持ちで息を吐いた。

 てっきり海底に沈む古代遺跡のような光景を想像していたこともあって、埃一つ被っておらず殆ど当時のままな研究所内の様子を見るなりつい拍子抜けしてしまう。

 だがそれはすなわち、つい最近まで人が立ち入った痕跡のあることを証明するものでもあった。


(とはいえ、連中はすでに立ち去ったあと。メモリー類もすでに削除済み……と。まったく、気味が悪いくらいに徹底しているわね……)


 鳥肌が立つような心地を抱きつつも、しかし百音は躊躇ためらう素振りもなく通路を進む。

 頭の中に地図が入っているのか、迷うことなくコンソールパネルの並んだ部屋へと入っていき、順繰じゅんぐりに記録媒体を調べていった。

 そして隊員の一人がある部屋に入ろうとドアロックを開け、暗い室内にハンディライトを向けたときだった。


「うわあぁぁぁ!?」


 何事かと思い、すぐに百音もそこへ駆けつける。

 部屋の中を覗くと、ライトに照らされて複数の死体が浮かび上がっていた。血に染まった白衣を着ていることから、おそらくは研究者か技術者たちだろう。


「集団自決、といったところかしらね。……ちょっと退いて」

「ちょ、百音姐さん!? 平気なんですか?」

「むぅ……失礼な。アタシだって夢見くらい悪くなるわよ」


 ねたように吐き捨てつつも、百音はズカズカと部屋に入っていく。

 うつ伏せに倒れていた死体を無理やり起こすと、手際よく白衣やズボンのポケットに手を回していく。

 まるで墓を掘り起こすような……ともすればバチ当たりでさえある彼の行動を、隊員たちはただ黙って見守っていた。


「んっ、これは……?」


 白衣の内ポケットに何かを見つけたらしい百音が、手探りでその小さな物体を取り出す。

 それはごく普通に市販されているようなタイプのデータスティックだった。こうして白衣に仕舞われていたことから察するに、おそらく研究者の私物だろう。


「ビンゴね。帰投したら、すぐに解析を行いましょう」

「これで何か手掛かりが掴めればいいんですけどねぇ……それこそ情報を隠蔽するためなら、集団自決もいとわないような連中ですし」

「とはいえ、“ネガ・ギアーズ”も一つじゃないわ……それこそ研究者個人の端末なら、まだデータが残っているかもしれないもの」


 百音が真剣な眼差しを向け、隊員がうなずきを返す。




『大河がやられただと? ええい、所詮はやとわれか……』


 先日の戦闘中、くれないたくみはそのようなことを呟いていた。

 ゼスタイガのアクター……飴噛あめがみ大河たいがはあくまで傭兵でしかない、と。

 彼女の何気なく発した言葉は、刃を交えたゼスモーネの交信記録ログにもしっかりと刻まれている。


『アタシは生き残るためならなんでもやるわ! ボスがアタシを駒として利用するなら、アタシも自分のために組織チームを利用し尽くすだけ!』


 その飴噛大河は、自分が駒だと認めたうえで野心をむき出しにしていた。

 他のメンバーがどうかはわからないが──少なくとも彼の戦う理由については、“忠誠”とはまた別の要因に起因しているらしい。




 これらの証言が真実だと仮定した場合、大河と同じように“ネガ・ギアーズ設立後”からのメンバーが他にもいるかもしれない。

 そうなれば、自ずと組織としての統率にも乱れが生じてくるはず。


 百音たちも、そうした“歪み”という名の可能性に賭けていた。


(鬼が出るか、じゃか出るか……。もしかしたら内通者スパイの正体も、これで判明わかっちゃうかもねぇ)


 彼らは外で待機している仲間にを報告すると、入手したデータスティックを手に帰投していく。


 かくして──海底の神殿で人知れず秘匿かくされ続けるはずだったデータは、このようにして再び地上へと引き上げられてしまったのだった。

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