Live.54『剣豪は嵐のごとく 〜YOU CAN’T TELL UNLESS YOU TRY〜』

 水上を移動する巨大なアウタードレス──サーカスに登場する道化師クラウンを模した装甲の集合体は、病院に進路を向けてまっすぐ迫ってきていた。


 真ん中を境に色が白と黒で分かれた仮面マスクを被り、また全身を包み込む流線的なボディアーマーも左右非対称アシンメトリーなデザイン。仮面の奥にある紫と赤色のツインアイが怪しげな輝きを放ち、そして目元の下には涙のマークが刻まれている。トランプのジョーカーに描かれているような体躯シルエットをしており、独特な形状の帽子ハットと尖ったシューズが見るものの目を引いた。


「まさか、このまま上陸するつもりなのか……!?」


 叫びまとう人々の中を掻き分けながら、それとは反対の方向へと鞠華は急ぐ。

 そして河川を一望できるコンテナヤードへと辿り着くと、彼は迫りくる敵の姿に戦慄を覚えた。


(それになんだ、この嫌な感覚……あのドレスを見ていると、なんだか頭がジリジリと痛む……)


 こめかみを押さえたまま、患者衣姿の鞠華は微かにフラついてしまった。

 視界に映る景色のなかで、道化師のドレスだけノイズがかかったように見えてしまう。

 鞠華がかつて味わったことのない、ぞくぞくとした寒気だった。


「……何だっていいさ。とにかく今は、絶対にアイツを止めないと!」


 恐れさえも覚悟へと変え、決意を固めた鞠華はすかさずゼスパクトを取り出した。

 自らを奮い立たせるようにポーズを決めて、手に握ったそれを頭上へと掲げ、そして叫ぶ。


「来いッ、ゼスマリカぁぁぁっ!!」


 周囲を満たす空気が震え、右手を伸ばしている彼の後ろを寂しげな風が通り過ぎた。

 そのまましばらく静寂が続く。そしていつまで経っても、どういうわけかゼスマリカは来なかった。


「あれ、おかしいな……来い! 来いったら来い! くっ、来いってばッ!!」


 いつもは一発で決まる位置座標転送の動作を、何度も何度も繰り返す。

 しかしいくらポーズを変えてみても、ダメ元でコンパクトに息を吹きかけてみても、ゼスマリカが呼び出しに応じることはなかった。


「そんな……なんで……ッ!?」

《病人は大人しくしてろってこった! 今回はそこでゆっくり見学してな、鞠華!》


 外部スピーカーを介して嵐馬の声が発せられた刹那。

 後ろからの突風が背中を吹き抜け、頭上を“スケバン・ゼスランマ”が飛び抜けていく。

 そして鞠華や陸地を背に河川の上へ立つと、日本刀を抜いてドレスへと差し迫った。





「星奈林も別件で来れないらしいが、ちょうどいいハンデだぜ! たかがピエロ一体如き、俺一人で叩き斬ってやらぁ……ッ!!」


 ドレスの放った投げナイフを凄まじい反射神経でかわしていきつつ、ゼスランマは敵との距離を一気に詰めていった。

 日本刀を握った腕をそのまま伸ばし、加速を乗せた鋭い突きの一撃を放っ。


 が、その切っ先は遅い──否、それよりもはやく敵が動いた。

 ドレスは常軌を逸した滑らかな動きで刃をいなすと、軽業師のような足取りでジャンプする。そしてあたかも釣り竿の先にトンボが留まるように、なんとドレスは日本刀の上にしまったのだ。

 これまで幾度となくアウタードレスと対峙してきた嵐馬でさえも、このアクロバティックな機動をみては思わず舌を巻いてしまう。


「コイツ……ぐおっ!?」


 超至近距離からの蹴りを頭部に直撃してしまい、バランスを崩したゼスランマがその場に倒れこんでしまう。

 跳び離れたドレスは空中でくるりと曲芸を決めたあと、仰向けになっているゼスランマへと馬乗りになった。

 逆手に持ち替えたナイフを掲げ、間髪入れずに容赦なく振り下ろす──。


「させるかよォッ!!」


 刃が達する寸前、嵐馬は空いている脚でドレスの背中へと膝蹴りを叩き込む。

 マウントが一時的に解かれ、すかさずゼスランマは横方向に転がるようにして難を逃れることができた。


「くそッ、なんて動きをしやがる……コイツを倒すには、どうすれば……」


 無闇に斬りかかろうとしたところで、ドレスは細い四肢を器用に扱って攻撃を避けてしまう。

 まるで雲を掴むような話に嵐馬が頭を悩ませていたとき、ドレスはあろうことかゼスランマを無視して再び陸地へと向かい始めるのだった。


「あっオイ、待ちやがれッ!!」


 嵐馬はすぐに制止を呼びかけるが、当然ながらドレスが聞き届けるはずもなく進撃を続ける。

 このまま上陸を許してしまえば、街や病院に被害が及んでしまう。それだけは何としても阻止せねばならない。

 だが、鞠華も百音もいない状況でどうすれば──。


「……へへっ、あるじゃねえか。逆境を覆す“切り札”って奴がよ」


 機体を立ち上がらせると、嵐馬は口の端をニヤリと綻ばせる。

 取り出したゼスパクトを開いて二つのジュエルに触れると、再び閉じたそれを真横に突き出した。


「ワザを借りるぜ、鞠華! ダブルドレスアップ・ゼスランマァァァッ!!!」


 叫び放った声とともに、“スケバン・セーラー”と“ネコミミ・メイド”を同時に装着したゼスランマが蒼い炎に呑まれていく。

 直後、燃え盛るベールを突き破るようにして飛び出した電光石火の機影は、先ほどまでの“スケバン・ゼスランマ”とは異なる姿だった。






 つい先ほどまで戦っていた相手には目もくれずに、道化師のアウタードレスは鞠華のいるコンテナヤードへと真っ直ぐに向かってきていた。


「こっちに来る!? うわぁ……っ!!」


 巨大な影が足元を覆い尽くし、反射的に身を伏せる。

 逆光に立つドレスは、まるでありを掴むかのように鞠華へと手を伸ばし──。


 すると突然、飛来してきたホウキ型の投槍ジャベリンが、ドレスの胸部を背後から刺し貫いた。

 自分の身に何が起こったのかわかっていないように、ドレスの仮面がチラリと後方を見やる。同様に鞠華もそちらへ視線を向けた。


「! あれは……!」


 ゼスランマらしきシルエットがこちらへと急接近してくるのが見える。

 だが、その身に装っているのは先ほどまでの女番長スケバン衣装とは似て非なるものだった。


 ベースとなっているのは“スケバン・セーラー”と同じ紺色の学生服。しかし所々に破かれたような損傷ダメージの痕があり、刺々しく逆立った様が獣のたてがみを彷彿とさせる。

 後頭部から生えた長い放熱索かみのけは一つに結んでおり、ポニーテールが風になびいて揺らめいていた。


 まるで獣がボロボロの制服を着ているような、荒々しくも番長おとこ以上の雄々しささえ纏う攻撃的な外見。

 一刀から二振りに増えた日本刀を両手に携えて、駆け抜けるその剣客の名は──“ビースト・セーラー”。

 百獣ネコの王を冠した二刀流の女番長“ビースト・ゼスランマ”が、今まさにドレスの背後を取った。


《待てって──》


 右手に握る日本刀を振るい、相手の背中をめがけて斬りかかる。

 ドレスはわずかに身を逸らし、最小限の動きのみでかわそうとした。

 しかしそこへ、回避不可能なが畳み掛けられる。


《──言ってんだろうがァッ!!》


 直撃クリーンヒット

 今まではせいぜい虚空を薙ぐことしかできなかった刃が、このとき初めて道化師の衣装を傷つけるまでに至った。


《オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!》

 

 さらに嵐馬の猛攻は止まらない。

 それどころか二刀から繰り出される剣戟けんげきは、打ち込まれるたびにより力強さを増していく。

 “スケバン”の素早い太刀筋と“ネコミミ”の野生的な動きが合わさった怒涛の斬撃に、ドレスは回避もままならぬまま一方的に押されていった。


《これで決めるぜッ! 抜刀双閃ばっとうそうせん……!》


 瀕死のドレスにとどめの一撃を放つべく、二刀を携えたビースト・ゼスランマが加速をかける。

 衝撃波ソニックウェーブで周りの水を吹き上げながらも、ドレスを目がけ一直線に突き進んでいく。

 そして懐へと飛び込み、今まさに両手の刀をクロスさせて抜き放とうとした──そのとき。


《ガ、ハッ──!?》


 大きく振りかぶった手から日本刀が滑り落ち、まるで糸が途切れたように突然倒れた。

 立ち上がることもままならないまま、装甲をドレスアウト。傷ついたセーラー服のパーツが、次々と剥がれてはこぼれ落ちていく。


「まさか、ダブルドレスアップの反動……!?」

《クソッ、なんでだよ……まだ2分40秒も経ってないだろ……ッ!》


 あまりにも早すぎる限界時間リミットタイムの到来に、鞠華はそのように困惑してしまう。

 だが、それほどに“2つのドレスとの同期シンクロ状態”を維持し続けるのは至難の技であり、実際に嵐馬の力ではたった“30秒”が限界だった。


 決して嵐馬の才能が劣っているのではない。

 ただ鞠華の適合率が異常なのだということに、彼自身も嵐馬もまだ気付いていなかった。


《……ッ! ドレスが──!》

「──自己修復した!?」


 道化師のドレスは胸に貫通していたホウキを強引に引き抜くと、なんと傷口を瞬く間に塞いでしまったのだ。

 アウタードレスがヴォイドを駆使して自己修復すること自体は、なんら不思議なことではない。

 驚くべきはその治癒速度。戦闘中に受けた損傷をその場で治してしまうドレスなど、今までいない──いや、存在し得るはずがなかった。


(ドレスが燃料ヴォイドを再チャージする速度は、元栓ゲートの開き具合によって左右される……つまり)


 考えられる可能性はひとつ。

 媒介者ベクターとされている人物が、通常では考えられない量のヴォイドを中継してしまっているのだ。

 一体どれほどの虚無やストレスを背負えば、ここまでゲートを大きく広げられるのか──。


「まずい、ドレスの傷が完全に治った……! ランマッ!!」


 再び万全となった道化師がゆっくりと、丸腰で膝をついているゼスランマへと歩み迫る。

 すでに嵐馬はダブルドレスアップで体力を消耗しきっており、まともに戦えるような状態ではない。


 このままでは、彼がやられてしまう。


「お願いだ、来てくれゼスマリカ! じゃないとランマが、街のみんなが……ッ!!」


 鞠華は必死になってゼスパクトを振り上げる。

 だが、何度やっても反応が起こる気配はない。


(もう、ダメなのか……ッ!?)


 とうとう鞠華の心が折れてしまう。

 彼だけではない。当事者である嵐馬も、ライブ・ストリーム・バトルの中継を視聴する多くの者達でさえも、絶望を抱きかけていた。







《──諦めないで!》


 希望を焚きつけるような声援こえが響いたのは、そんなときだった。

 鞠華の視界の端から突如、巨大な人型をした影が飛び込んでくる。

 そしてゼスランマと道化師ドレスのあいだに割って入り、迫り来るナイフを長い棒状の武器で受け止めてみせた。

 しばらくつばで迫り合ったのち、力負けしたドレスが咄嗟にナイフを捨ててバックステップを踏む。霧のように細かい水飛沫が目の前を覆い尽くし、それが風に流れて行ったとき──鞠華は目撃した。


 黒地にグリーンのラインが引かれた鋼鉄のフレーム。その上から装甲ドレスを纏いし、可憐なる戦姫の姿を。

 嵐馬の、そして自分たちの危機を救ってくれた、その存在は──。


「7番目の……最後の、アーマード・ドレス……!?」


 その序列ばんごうが、登場でばんが、何を意味するのか。

 この時の彼らはまだ、知る由もなかった。

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