Live.53『敵の少女を想フもののふ 〜FEAR ALWAYS SPRINGS FROM IGNORANCE〜』

 レベッカと嵐馬が帰ったあと、鞠華は担当医師からの経過観察を受けていた。


「うんうん、特に異常はナシ……っと。この調子なら明日には退院できるだろうさぁ」

「ってか、なんで水見さんが病院ココにいるんですか」


 黒と白が入れ混じったボサボサの髪を掻きながらカルテを読み上げる水見優一郎に、鞠華がすかさずツッコミを入れる。

 オフィス内に所在を置くVMOならまだしも、ここは都内某所にある普通の大学病院である。そんな場所にアウトロー医師こと水見がいるのは何とも違和感があったが、彼はなんて事のない様子で椅子に腰かけている。


「俺も此処とはちょいと縁があってね。ちゃんと医師免許ライセンスもあるんだぜい? あっ、どら焼き貰うぞぉ」

「は、はぁ……どうぞ」


 どうやらヴォイド媒介者専門医という肩書きだけで食っていけるほど世の中は甘くないらしく、他にも医師免許をいくつか所持しているらしい(というよりはそっちが本業かもしれない)。

 この人って実は滅茶苦茶スゴいエリートなんじゃ……と鞠華が認識を改めていると、水見は嵐馬から貰った和菓子を頬張りながら席を立つ。


「ごくん……ふぅ、ご馳走さん。ほんじゃ、俺はこれで失礼させて……」

「あ、あのっ、一つだけ聞きたいことが……!」


 病室を立ち去ろうとしていた水見の背中を、鞠華は慌てて呼び止めた。

 ドアにかけた手が止まり、死んだ魚みたいな水見の目がこちらに向く。

 鞠華はいくばくかの逡巡しゅんじゅんを繰り返したあと、ずっと気がかりだったあることを訊ねた。


「紫苑……ゼスシオンのアクターも、この病院にいるんですか?」


 一瞬だけ、水見の目つきが鋭くなったような気がした。

 すぐにいつもの飄々ひょうひょうとした顔つきに戻ると、彼は試すように問い返す。


「ふぅん、何故そんなことを?」

「彼女と戦っているとき、すごく辛そうでした……きっと僕なんかよりもずっと、身体もボロボロなはずなんです。もしかしたら病院で治療を受けているんじゃないか、って……」


 紫苑が乗っていた前世代型の“T0タイプゼロフレーム”には、後継機に標準搭載されている安全装置がまだ備えられていない。

 そこへさらにヴォイドを全身へと浸透させる特性を持つアウタードレス“チミドロ・ミイラ”も相乗することになるため、彼女の身にかかる負荷は計り知れないだろう。

 それこそ生命の危機に瀕している可能性も高い。

 彼女の救済を心から願う鞠華だったが、水見から返ってきた言葉はあまりにも冷たかった。


「……わかっているとは思うが、“ネガ・ギアーズ”は国家公認のテロリストだ。その構成員の治療なんて、上の許可なしにできると思うか?」

「許可って……まだ僕とそう変わらない女の子なんですよ!? それに怪我だってしてる! 医者が患者を……」

「患者である前に、彼女はゼスシオンのアクターだ」


 感情的な鞠華の言い分を、水見の言い放った現実じじつが断ち切る。


 敵だから治療はできない?

 彼女はあんなにも苦しんでいたというのに……!


 鞠華はあまりの仕打ちに絶句したあと、うんざりと水見の目を見て睨む。


「ちょっと見直しかけてたけど……見損ないましたよ、水見さん」


 鞠華が吐き捨てるように言うも、水見は依然として硬い表情を保ったままこちらと向かい合い──。

 張り詰めたような沈黙がしばらく続いたあと、急に水見が盛大に吹き出した。


「ハァー……ったく、そんなマジになるなって。俺がいつ『許可を取ってない』なんて言ったよ?」

「へ……?」

「本当はコレ、機密事項なんだけどな。ちょうど同室者もいないみてぇだし……いいぜい、お前の心意気に免じて特別に教えといてやるさぁ」


 水見は人差し指を唇の前に立てて『あっ、支社長たちには内緒な?』と前置きしつつ、鞠華に口外無用の情報を明け渡す。


「行動不能に陥ったゼスシオンから回収されたアクターは、その時点で既に生命活動の継続が困難な状態だった。原因は……さっきお前が言っていた通りだろう」

「そんな……じゃあ、紫苑は……」

「まあまあ、そう慌てなさんな」


 不安がる鞠華をなだめてから、水見はようやく本題に入る。


「そして彼女の身柄は、オズ・ワールド地下の生体研究所ラボラトリーに移送された。ラボつっても、あそこは医療用の設備が整ってるからな。“上”としてもネガ・ギアーズの重要参考人を死なせるわけにはいかねぇから、特例処置として彼女は治療を受けることになったわけさぁ」

「え……ってことは、つまり……」

「ああ。無事に紫苑あいつは一命を取り戻して、現在はお前と同じようにのんびり経過観察中だよ」


 ニカッと白い歯を見せて笑う水見をみて、鞠華は井戸の底から引き上げられたような安心感を得る。

 紫苑が生きている。

 その事実を聞くことができただけでも、十分すぎるほどに嬉しかった。

 生きてさえいれば、いつかまた会って話し合うこともできるかもしれないから──。


「オイオイ、ゾッコンだなぁ。そんなに泣くかい」


 そう言われて、鞠華は自分がポロポロと大粒の涙を流していたことに気付いた。

 途端に恥ずかしくなり、すぐに涙を拭う。そんな鞠華を見るなり、水見は興味津々そうに訊ねてくる。


「ところで……カノジョとはどういう関係だ? まさか(小指を立てて)コレか? コレなのか!?」

「ち、ちがいますよ……というか、彼女のことはまだ僕もよくわかってないんです。ただ……」


 紫苑と過ごした短い時間の中で垣間みた、彼女の楽しそうな表情を思い出す。

 仕草。言動。息遣い。

 そのどれもが、遠い記憶の中にいた“ある人物”と重なる。


「確証はない、けど……もしかしたら僕にとって大切な人かもしれないんです。小さい時に離れ離れになって、ずっと会えなかった……僕の……」

「なるほど、な。生き別れってやつだ」


 話を聞いた水見はなにやら興味深そうに頷いたあと、そっと白衣をひるがえす。

 そして病室を出ようとしたとき、別れ際に鞠華へと声をかけた。


「なぁに、すぐに会えるさぁ」

「えっ?」

「なんでもねぇ。それじゃあな、あんまりハメを外しすぎるなよーん?」


 そう言って部屋を出ていく水見。

 すると入れ違いに、今度は二人の少女が入って来る。

 鞠華が寝ているベッドの前までやってきた彼女たちは、どちらも可愛らしい私服姿の女子中学生だった。


「ご無沙汰してます、逆佐さん」


 二人のうち片方は、鞠華もよく知っている人物──アリス=カスタード。

 一時期レベッカの家に居候していたことがあるため、鞠華にとっては妹のような存在である。


「わわっ、アリスちゃん! ホントに久しぶりぃ〜、28話ぶりくらい!?」

メタなこと言わないでくださいよ……はいこれ、差し入れです」

「おほーっ、ありがとぉ……! あらまたどら焼き」


 本日二箱目の和菓子詰め合わせを受け取りつつ、鞠華はアリスの隣に立つもう一人の少女に顔を向ける。

 ポニーテールがよく似合う、物静かなアリスとは好対照の活発そうな女の子。

 少なくとも鞠華の知らない相手だったが、彼女は一方的にこちらを知っているように深々とお辞儀をしてきた。


「はじめまして! アリスの親友やってます、藤崎ふじさき千歳ちとせですっ!」

「あっ、アリスちゃんのお友達か。僕は……」

「存じておりますよぉー! というか大ファンです、“MARiKAマリカ”さんの!!」


 キラキラと目を輝かせながら、千歳と名乗った少女はいきなり鞠華の手を握ってきた。

 どうやらフレンドリーそうな見た目の通りの、人当たりがいい女の子らしい。

 まるで打算のない、清涼感のある笑顔を目の当たりにして、ネットの有名人である鞠華のほうが逆に萎縮してしまう。


「ウィッグじゃなくて地毛なんだぁ……触ってみてもいいですか!?」

「そ、それはちょっと……はうっ」

「わぁぁ、艶々つやつやしてて綺麗……くんくん、それにいい匂い。ちなみにシャンプーはなに使ってるんですかー?」

「ええっと、パンテーラの……ふああっ」


 どんどんエスカレートしていく千歳のスキンシップに、思わず鞠華の口から甘い嬌声が漏れてしまう。

 これではフレンドリーを通り越して、もはやコミュ力お化けともだちひゃくにんつくれるタイプである。

 そんな親友の暴走っぷりは流石に目が余ったのか、すぐにアリスが後頭部をチョップして止めにはいった。


「あうちっ!?」

「こら、ちーちゃん。逆佐さんにとっては初対面なんだから、困らせちゃダメでしょう?」

「あはは、ごめんなさい。ホンモノのMARiKAマリカさんがあまりにも女の子っぽかったから、ついっ」


 アリスに咎められ、よくわからない理由で謝罪をする千歳。

 まあ、同性にはついつい軽いノリで接してしまうという言い分はわからなくもない。むしろ、まだ15歳の少女としては当然の感覚でさえある。

 とくに悪気もなさそうだったので、鞠華は笑ってそれを許した。









「……でも、ついててもついてなくても、ですよね。女の子って」

「「えっ」」


 前言撤回。彼女はただのそっち方面に明るい人だった。





 それからしばらく鞠華は、見舞いに訪れてくれた女子中学生ふたりと世間話をしながら時間を過ごしていた。


「えっ、クラスメイトの子がだんだん減ってきてるの?」


 彼女たちの『最近は教室が寂しくなったよねー』という主旨の会話が耳に留まり、話を聞いていた鞠華が驚いて聞き返した。

 アリスと千歳はコクリとうなずいてから、鞠華にもわかるように説明する。


「クラス……というよりも、学校全体の生徒がですね」

「ほら、最近の横浜ってなにかと物騒じゃないですかっ。アウタードレスなんてよくわからない敵も、なぜか関東近辺ここらへんにばかり現れますしー」

「なるほど、そんなことになってるのか……」


 言うなればそれは、戦時中に疎開するようなものだろう。

 いくら横浜が対ドレス防衛都市としての機能を備えているからといって、防護隔壁やシェルターが必ずしも安全とは限らない。

 学校に通っていない鞠華にとっては目から鱗が落ちる話題だったが、考えてみればすぐに納得できる話だった。


「あっ……ごめんなさい、逆佐さんの前で話すことじゃなかったですよね。いつも頑張って戦ってくれているのに」

「あたしからも謝らせてください! LBSファンなのにとんだご無礼を……!」

「ううん、むしろ話が聞けてよかったよ。ありがとう」

「?」


 かえってお礼の言葉を言われてしまい、アリスと千歳の中学生ペアは不思議そうに顔を見合わせる。

 その一方で鞠華はというと、彼なりに思うところがあって考え事をしていた。

 病室の窓に目を向けて──しかしそこから一望できる景色には目もくれず、思考の渦へと呑み込まれていく。


(そうだ。“ネガ・ギアーズ”を倒したからって、アクターの戦いが終わったわけじゃないんだ。みんなを守るために僕は戦う、そのつもりでいる……けど)


 アウタードレスが襲ってきて、その度に戦って、街の住民を守って──。

 それで本当に人々は笑顔になれるのだろうか。


 答えはまるだ。

 だが、完璧な解答と成り得るにはまだ足りない。


(これからも僕はアクターとして戦い続ける。でも、それだけじゃきっとダメなんだ。アウタードレスが顕現する、そのにある原因ものを突き止めなくちゃ……“本当の笑顔あんしん”は取り戻せない……)











「ん? MARiKAさんどこを見て……って、きゃああああっ!?」


 急な千歳の叫び声を聞いて、意識が強制的に現実の世界へと引き戻される。

 彼女が口をあわあわと開きながら指をさす方向──窓の奥へと鞠華も視線を向ける。

 街と街の間に挟まれた川。その水上を浮遊しながら進むがそこにはいた。


「あれは、アウタードレス! アリスちゃんたちはすぐに避難して!」

「さ、逆佐さんはどうするんです!?」

「決まってるさ……!」


 鞠華は飛び上がるようにベッドから起き上がると、患者衣を着たまま急いで病院の外へと駆けていく。


 この街を、人々を守りたい。

 護らなければならない。

 そのための特別な力が、自分にはあるのだから。


 そのような使命感が、他ならぬ己自身を縛っていることに──この時の少年は、まだ気付いていなかった。

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