Live.52『ベッドの上では誰でも優しい 〜LEAST SAID, SOONEST MENDED〜』

 あとで聞いた話によると、鞠華が最初に目を覚ましたのは戦闘があってから一日後の夜だったということがわかった。


 どうやらダブルドレスアップの反動で相当の負担がかかっていたらしく、なんと丸一日以上も眠っていたことになる。

 幸いにも怪我や後遺症などは見つかっていないが、念のためしばらくは検査入院が必要だと判断されたようだ。


 その間、戦闘不能となっていた敵アーマード・ドレスは“オズ・ワールド”が回収、三機ともオフィスの地下へ移送されたという。

 そして“ネガ・ギアーズ”の構成員であるくれないたくみ、および久留守くるす紫苑しおん両名の生存も確認され、現在は身柄を拘束されているとのことだった。


 唯一、ゼスタイガのアクター……飴噛あめがみ大河たいがだけは意識を失っていなかったのか、回収班が向かった時はすでに機体を放置して逃亡していたとのこと。依然として足取りは掴めておらず、現在も行方を捜索中らしい。

 また“オズ・ワールド”に潜んでいると思わしき内通者スパイの正体も未だ謎に包まれたままであり、それについても引き続き調査を行なっていくという。


 “ネガ・ギアーズ”の引き起こした一連の事件は、完全には解決していない――。


「――以上が、マリカくんの眠っている間にあった出来事よ」


 戦闘から二日後の昼前。

 再び目を覚ました鞠華は、病室を訪れたレベッカ=カスタードから一通りの説明を受けていた。

 ずっと気掛かりだった話を聞くことができ、鞠華はホッと胸を撫で下ろす。


「そっか……紫苑もティニーさんも無事だったんだ、よかったぁ……」

俺達みかたよりも敵の心配かよ」


 鞠華の口をついて出た言葉が気に食わなかったのか、すかさず嵐馬がねたようにツッコミをいれる。

 レベッカだけでなく彼も見舞いに来てくれており、しかも土産としてかなり高級そうな和菓子の詰め合わせを持ってきてくれていた。不器用な嵐馬なりに、ちゃんと仲間のことを心配してくれていたようである。


「そんなことないニャア〜? ちゃんとランマの心配もしてたニャア!」

「そ、その口調はやめろォ!」

「今更はずかしがることはないニャア、全国中継もされてたわけだしぃ……あっSNSのトレンドにもバッチリ上がってましたよ!」

「クソッ、もう“ネコミミ・メイドあんなドレス”なんて二度と使わねぇ……!!」


 可愛らしく猫の仕草をしてみせる鞠華に、顔を真っ赤にして頭を抱える嵐馬。

 そんなアクター二人の微笑ましいやり取りを見守りつつも、レベッカは頃合いをみて口を開く。


「話を戻すけれど……マリカくん。“ダブルドレスアップ”についても、幾つか伝えておかなければならないことがあるわ」


 レベッカは真剣な面持ちで一呼吸置くと、重々しく言葉をつづる。


「結論から言うと、今後“クイン・ゼスマリカ”への換装は原則禁止とします。あれは確かに強力なドレスだけれど……その分、アクターの身を滅ぼす危険性も極めて高いわ」


 鞠華にとってあまりにも衝撃的なその事実は、しかし彼自身も薄々勘付いていることだった。

 静かに次の言葉を待っている彼を一瞥すると、レベッカは具体的な事例を交えて説明を続ける。


「禁装指定とする主な理由は二つ。ひとつは“ワンダー・プリンセス”と“マジカル・ウィッチ”の両ドレスと同期シンクロするという特性上、アクターに強い精神負荷がかかってしまうということ」

「ヴォイドの侵食リスクが、通常シングルの時よりも高い……ということですか」

「それだけじゃなく、ヴォイドの消費量そのものが膨大なのもあるわね。シミュレーションを行ったところ、ダブルドレスアップ形態の持続可能時間は2分40秒という結果がでたわ」


 レベッカの話を総括すると、どうやらダブルドレスアップは凄まじい爆発力を得られる反面、燃料ヴォイドをすぐに使い果たしてしまう致命的な欠陥を秘めているらしい。

 今までのゼスマリカを普通自動車に例えるならば、クイン・ゼスマリカはまさしく安全性を犠牲にさらなるパワーを得たフォーミュラマシン。気を抜けば搭乗者アクターすらも振り回しかねない高スペックを持つため、大事に至ってしまう確率も格段に跳ね上がる。


「そして二つ目は、“実体のある分身を顕現させる能力”。あれの解析を行った結果、驚くべきことが判明したの」


 レベッカは鞄からタブレット端末を取り出すと、聞いている鞠華たちに画面を見せる。

 そこに映っていたのはクイン・ゼスマリカらしき図面と、何らかの数値を示す折れ線や帯の複合グラフだった。


「前の戦闘で確認された計四体のイミテーションはいずれも、コアであるワームオーブを除く機構をほぼ完璧に模倣コピーしていた。制限時間リミットがあるとはいえ、分身の一体一体がもつ性能はアーマード・ドレス一機分と同程度……それに」

「機体だけじゃなく、中にいるアクターさえも複製していた……だろ?」


 言葉の続きを言い当ててみせた嵐馬に、レベッカが首を縦に振った。

 鞠華にとってその情報は初耳だったものの、やはりどこか合点がいった様子でつぶやく。


「そうか……どうりで“マジカル・ウィッチ”の時みたく、分身を動かしている手応えがなかったんだ。確かにあの分身たちは、四体とも一人でに動いていた……」

「しかも、分身のうち一体は俺と会話もこなしていた。意思疎通ができるだけじゃなく、自我や記憶もしっかり本体オリジナルから引き継いでいたみてぇだぜ」


 嵐馬が証言を述べると、さらに続いてレベッカが補足する。


「加えて、分身の受けたダメージは全て本体へフィードバックされていることも判明しているわ。当然ヴォイドも大幅に消費してしまう以上、まさに諸刃もろはつるぎと言っても過言ではないドレススキルね」

「それが、“クイン・ゼスマリカ”の能力チカラ……」

「………………」

「……って、レベッカさん?」


 なぜか急に黙り込んでしまったレベッカの顔を覗き込む。

 彼女は何らかの感情を押し殺すように下唇を噛んでおり、眼鏡の奥にある碧眼がぷるぷると潤んでいた。無意識のうちに気を悪くさせるようなことを言ってしまっただろうか。

 そうして鞠華までもが不安に駆られていると、見兼ねた様子の嵐馬が仲介役を買って出る。


「あのなあ鞠華。レベッカのやつも大人ぶってしれっとしてるけどな、実はお前が目覚めるまで気が気じゃなさそうだったんだぜ? 病院から連絡がきた時も腰を抜かしてたし」

「ちょおっ、嵐馬くん何をぉ……!?」

「え……そうだったんですか? レベッカさん」


 鞠華が意外そうに訊ねると、レベッカは今にも泣きそうな顔でビクッと肩を震わせる。どうやら図星だったようだ。

 責任を感じた鞠華はすぐに謝罪しようとするが、それに先んじてレベッカの方から頭を下げてくる。


「ごめんなさい、マリカくん! こんな危険な目に遭わせてしまって……!」

「いやいや、レベッカさんが謝る必要はないですよ!? ダブルドレスアップも完全に独断だったわけで……僕の方こそすみません。気を遣わせちゃって」

「ううん、全っ然そんなことないよ! むしろ私のほうが、気を遣わせたと思ってしまうことに気を遣わせてしまったっていうか……」

(め、面倒くさい……っ!)


 後ろめたさからか変に意固地になってしまっているレベッカに、さすがの鞠華も顔を少し引きつらせてしまう。

 きっとこちらから譲らない限り、彼女は日が暮れるまで謝罪を繰り返すことだろう。大人としての責任感が強すぎるゆえ、かえって子供っぽくなってしまっている人物……それがレベッカなのだということは、すでにわかりきっていることだった。

 ゆえに鞠華は、ある提案によって彼女の罪を清算しようとする。


「レベッカさん」

「は、はい?」


「今度、改めて僕付き合ってください」

「え、ええ………………ひゃひっ!?」


 鞠華の予想外かつ大胆なアプローチに、レベッカの頭はものの数瞬でオーバーヒートしてしまった。その余波で傍観していた嵐馬の腹筋も壊れた。

 言葉の真意を確かめるように、レベッカはおそるおそる訊ねる。


「ま、マリカくん。そ、そういうのは……人がいるところで……」

「? ほら。前に二人で“デスティニー”へ行こうとした時も、結局お流れになっちゃったじゃないですかっ。だから、その埋め合わせをさせてください!」

「う、埋め合わせね……! あくまで……ソウヨネー……」


 何か別の答えを期待していたらしきレベッカが、ガックリと肩を落とす。

 側から眺めていた嵐馬も、これには胸中で『天然タラシが……』と悪態を吐くしかなかった。


「ワッハッハ、アオハルしとるのう!」


 意識外から聞こえてきた笑い声に、三人は驚いて窓際のベッドを振り向く。

 先ほどまで部屋を出ていたはずの君嶋きみじま千鳥ちどりが、何食わぬ顔で携帯ゲーム機に興じていた。


「き、君嶋さん……!? リハビリに行ってたんじゃ……!」

「とっくに戻ってきとったわい。それと、さん付けじゃなくて“千鳥”と呼べと言っておろう」


 君嶋改め千鳥はそう言ったものの、先ほどまで機密事項をベラベラと口走っていた“オズ・ワールド”のアクター二名と社員一名は慌てて顔を見合わせる。

 もしも部外者である千鳥に先ほどの会話を聞かれてしまっていたなら、それこそ始末書くらいでは済まない大問題である。

 当人は鞠華たちには興味なさげにゲーム画面を見据えていたが、念のために鞠華はわざとらしく話題を変えようとする。


「そ、そういえば〜モネさんの顔が見えないですけどどうしたんですっ!?」

「お、おう! 一応誘ったんだが、ちと都合が合わなかったらしいのだぜ!?」

「日曜ですからねぇ〜それはそうと後で『女装男子が病院食を食べてみた』って動画を撮りたいんで手伝ってもらってもいいですかレベッカさん!?」

「え、ええ! よくってよ!!」

「千鳥さんもご迷惑でなければ!!」

「んー? 構わんぞ……ちょ!? 今のガード間に合ってたじゃろぉ!」


 何やらゲーム機に不満を垂れている千鳥をよそに、鞠華たちはさっそく撮影の準備に取り掛かり始めた。

 そのあと必要以上に騒いでいたところを通りかかった看護婦さんに注意されてしまうが、それはまた別の話である。





 数時間前。


「苦いな」


 灯りを絞った部屋のベッドで、コーヒーを口にした男はささやいた。

 その一言が可笑しかったのか、隣で寄り添うように寝ていた人物がフフッと柔和に微笑む。

 シーツから半身を出している二人は、ともに裸だった。


「うむ、やはりモーニングは紅茶が日本茶がよい」

「もうっ、アタシの前で背伸びする必要なんてないのに」

「キミの前だからだヨ。男性おとこというのはそういう生き物だからネ」

「フフフ……それ、少しわかっちゃうかもっ」


 男女──といっても、二人の年齢は親子と呼べるほどに離れている。

 ともすれば犯罪的とも言える光景。だが、六十近い老年と二十半ばの女性が浮かべている表情は、どこか満ち足りたように穏やかだった。

 愛を確かめ合った痕跡が、シーツの上のしわや染みとなって生々しく残っている。


「それで……昨晩に話した、あの件についてなのだが」


 老年の男が顎鬚に触りながら切り出すと、すぐに女性が苦笑の声を漏らす。


「ええ、のアジトの所在が掴めたって話でしょう? 大丈夫よ、アタシがバッチリ真相を突き止めますから……!」

「いや……それもあるが、そうではない」

「?」


 どこか会話の歯車が噛み合っていないことに、女性が首をかしげた。

 すると彼女の亜麻色をした髪をそっと撫でながら、男は思い切って口を開く。


「その……アレだ」

「アレじゃ、わかりませんっ」

「だから……アレだよ、キミを養子として迎え入れたいという……」

「……!」


 その言葉を聞いて、女性の顔がぱあっと明るくなる。

 頬が熱を帯びていくのを感じながら、彼女は嬉しそうに頷いた。


「もちろん、お引き受けするわ!」

「ほ、本当かネ……!?」

「だって、しない理由がないもの。それに──」


 何かを言いかけたところで、無粋な着信音がそれを遮る。

 せっかくのいい雰囲気をぶち壊されたことに女性はかすかな苛立ちを覚えながら、仕方なくスマートフォンを取り出して着信に応じた。


 通話をかけてきた相手は、仕事先の同僚だった。


「もしもしぃー?」

《おお、星奈林か。たしかお前も今日はオフだったよな、よければ鞠華の見舞いに……》

「ごみーん☆ 今日は大事な用事があるんだぁー。マリカっちにもヨロシク伝えておいてぇーっ」

《お、おう……わかった。急に連絡して悪かったな》

「ぜんぜん大丈夫よーん♪ それじゃ、そろそろ切るねっ」


 そう言って通話を切ると、女性はすぐに男のほうを振り返る。

 そして彼の頬へ軽くキスをすると、恥ずかしそうに顔を赤らめて告げた。


「行ってきます。ぱ、パパ……」

「行ってらっしゃい、モネ」


 家族としての儀礼あいさつを交わすと、女性──星奈林せなばやし百音もねは満足げに柔らかい笑みをかえす。

 女としての自分も、男としての自分も受け入れてくれる。そんな素敵な人物と出逢えた喜びを噛み締めながら、彼/彼女はいつもの普段着に袖を通すのだった。

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