Live.28『世はまさにダイ男の娘時代! 〜LIVE STREAM BATTLE, ON AIR!〜』
鞠華と“オズ・ワールドリテイリングJP”の間に専属契約が交わされてから、約一ヶ月後。
若者たちの間ではいま、全く新しい形のエンターテイメントが流行し始めていた。
「おおっ、今日の
「マジで! 俺にも見せて見せて!」
横浜市内のとある市立中学校。
昼休みを迎えた教室の中心で、複数の男子生徒たちが行儀悪く弁当を食べながら、横向きに置いたスマートフォンを見て盛り上がっていた。
本来ならば校則で禁止されているはずの携帯電話持ち込み行為を黙認しつつも、ポニーテールの少女は呆れたように呟く。
「ほんっと、私立高校組は気楽でいいよねぇ。まだ受験が終わってない
「んーまあ、変に気を遣われるよりはいいんじゃないかな。あっ、ちーちゃん口元にご飯粒ついてる」
教室の端の席に座るアリスは、いつものように親友の少女と机をくっつけながら昼食の談笑に花を咲かせていた。
ちーちゃんと呼ばれた少女──大きな目がチャームポイントの、いかにも元気そうなタイプ──は指先についた米粒をペロリと舐めとると、おかずの卵焼きに箸を伸ばしながら話題を持ちかける。
「ところでさ、アリスはLSBみてる? ちなみにあたしは断然“モネ姐さん”推しなんだけどぉー!」
「へっ?」
「ほら、いまスッゴく流行ってる“ライブストリームバトル”だよっ! 男の娘たちがアーマード・ドレスっていうカッコカワイイ巨大ロボットに乗って、悪い敵をやっつけるぞーっていう
「う、うーんと、知ってるというか……何というか……」
アリスはなんとも曖昧な返事をしつつも、聞こえてくるライブ中継の音に耳を傾ける。
すると刹那、彼女にとっては聞き馴染みのある声が飛び込んできた。
《グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆彡 戦う女装ウィーチューバー“
(さ、逆佐さんだ……)
つい先月までアリスの家に居候していた人物──逆佐鞠華、
少なからず面識のある少年から発せられる愛らしい
「なんかコメント送ろうぜ! コメント!」
「『じぇすまいかー! がんばえー!』っと」
「どこの幼女だよ(笑)」
《わー! みんなコメありがとー! あはは、『がんばえー』だって!》
「「ウォォォスゲェ読まれたァァァァァァァッ!!」」
動物園の猿たちのような雄叫びをあげている彼らを遠目に見て、アリスはその端正な顔立ちを若干引きつらせる。
一方、向かいに座る少女はどこか羨ましそうにそれを眺めていた。
「うわわぁ、いいなぁ……あたしもこっそりスマホ持って来ればよかったかも……あいたっ!?」
「こらっ、ちーちゃん。仮にも学級委員長なんだから、校則を破っちゃダメでしょう?」
「ひぃーっ。相変わらずキビシイですなぁ、副委員長さんはー」
「もうっ。勉強の息抜き程度に動画を見るのはいいけど、そういうのはほどほどに……」
《それじゃあさっそく、
「し……て……」
《なーんちゃって、ウソウソw 本当はいつものドレスアップなのでしたーっ! いえいっ!》
生真面目に親友を叱っていたアリスだったが、途中からは聞こえてくる中継のほうに注意を奪われていた。
完全に上の空状態となってしまっている彼女を見て、ポニーテールの少女はニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべる。
「フッフフーン。アリス殿もなんだかんだ言いつつハマってるクチですなぁー? そして王道を征く“マリカ推し”とみた……っ!」
「ち、違うからっ! こないだちょっと観ただけであって……!」
言葉の上では否定しつつも、満更でもなさそうな表情を浮かべているアリスを少女は決して見逃さなかった。
そう。“男の娘”や“女装男子”がニッチなコンテンツとして扱われていたのも、いまは昔の話。
巨大ロボット“アーマード・ドレス”を駆り、華麗に戦う彼らを、いつしか世間は憧れと羨望の眼差しで見つめるようになっていた──。
*
《──世はまさに、大
ありったけの夢をかき集めだしそうなくらいに活気溢れたウィルフリッドが、通信回線の向こう側で突然声を張り上げた。
スケバン姿の嵐馬はそれを聞くなり、コントロールスフィアの中で気怠げに悪態をつく。
「ったく。どうかしてるぜ、今どきの流行りっつうのは……」
《嵐馬君、聞こえる? 10秒後にカメラがそっちに変わるから準備しておいて》
「あ!? おい、ちょっと待ちやがれ……!」
インカム越しに聞こえてくるレベッカからの指示に慌てふためいていると、中継映像をストリーミングしていたサブモニターの画面がすぐに切り替わる。
するとそこには、引きつった嵐馬の顔がしっかりと映し出されていた。それはすなわち、ゼスランマのコントロールスフィア内の様子が全国にライブ配信されていることを意味している。
(ったく……これから戦闘をおっ始めようって時に、なんでアイドルの営業じみたコトをやんなきゃいけねぇんだよ……)
《嵐馬君、名乗りだよ! スマイルスマイル!》
(あー、面倒クセェ……)
嵐馬は気が進まないのを隠そうともせずにため息を吐くと、あらかじめ用意されていたセリフを声に出す。
「遠からん者は声を聞け、近くば寄ってアタイを拝みな! スケバン・ゼスランマ、推して参る……ッ!!」
舞台経験があるというだけあって、たしかにその演技は真に迫るものだった。
しかし、あまりにも迫力に満ちた嵐馬の演技は、演者としては優れていても
<茶目っ気なさスギィ!>
<男の……娘……?>
<野郎はお呼びじゃないんだよなぁ>
<完 全 に ネ タ 枠>
(う、うぜぇ……!!)
Nationwide.Interlock.Comment.Observe-system(民間自由批評論連動監視機能)。
略称『
つい先日コントロールスフィア内に導入されたばかりの新機能であり、“ライブ・ストリーム・バトル”視聴者から送られてくるコメントを
この機能は『視聴者への反応があったほうが盛り上がるに決まってるネ!』と豪語していたウィルフリッドによって導入が決まったのだが、嵐馬の目にはもはや気分を害する邪魔なものにしか映っていなかった。
さらに嵐馬が不満を抱く理由はそれだけではない。
《チャオチャオー♪ カレーはぁ……ふつーに飲み物じゃないと思う。黄色担当のモネでーすっ》
<モネ姐さああああああん!!!>
<あぁ^〜癒されるんじゃあ^〜>
<世界で一番かわいいよ!!>
<モネママァ……>
<( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!>
<生きる希望。>
(そんでもって、この反応の差は一体なんだってんだよ……!?)
はじめからウィーチューバーとして活動していた鞠華はともかくとして、なんと百音までもが熱狂的なファンたちの獲得に成功していた。
なんでもニューハーフという強烈なキャラクターとその適当すぎる語り口が、かえって一部のネットユーザー達にウケてしまったらしい。やや客層が偏っている気もするが、それでも嵐馬の不人気ぶりと比べれば雲泥の差だろう。
「だいたい何だよ、さっきの
《こちらレベッカ、まもなく目標が海上に浮上します。三人とも、準備はいい?》
全員が名乗りを終えたところで通信が入り、横に並ぶ三機のアーマード・ドレスは同じ方向に頭部を向ける。
現在彼らアクター達は、東京湾に顕現したとされるアウタードレスを迎え撃つべく、海域を一望できる場所にて待機していた。
波ひとつ立てない静かな湾を目前に、撮影用ドローン十数機のプロペラ音だけが虚しく響き渡る。やがてその静寂を打ち破るように、水面からトビウオのような黒い影が弾け飛んだ。
《アウタードレス確認。以降、目標の
《よぉし……いくよ嵐馬さん、モネさん! ライブ・ストリーム・バトル! オン・エアーっ!!》
鞠華が掛け声を言い放つとともに、“プリンセス・ゼスマリカ”、“スケバン・ゼスランマ”、“カーニバル・ゼスモーネ”の三機は一斉に水上へと降り立った。
三色のアーマード・ドレスたちはそれぞれが水面に足をつけて着地すると、波紋の尾を引きながら敵との距離を詰めていく。そして一番最初にドレスと接触したのは、機動力に長けた“ワンダー・プリンセス”を纏いしゼスマリカだった。
《引き寄せてからのぉ……キィーック!》
猪のように突撃してきたスクール水着型のドレスへと、タイミングを見計らって放たれた上段蹴りが容赦なく叩き込まれる。
ホームランの如く吹き飛ばされた“スクミズ・マーメイド”は、そのまま水面の上を水切り石のように何度もバウンドする。そして正面からの力比べで分が悪いと判断したのか、再び水中にその身を沈めた。
《へへっ、逃がさないよぉ──ドレスチェンジ・ゼスマリカ!》
鞠華がカメラの前でポーズを決めると同時に、それまでインナーフレーム・ゼスマリカを彩っていた鮮やかなピンクドレスが弾け飛び、新たに魔法少女の装いが飾り付けられていく。
「なあ、レベッカ。あのポーズって必要あるのか……?」
《そんなの必要に決まってます! 変身バンクですよ、変身バンクっ!》
「へいへい……」
呆れ切った様子の嵐馬や数十万人の視聴者に見守られながら、ゼスマリカはまるで妖精が踊るようにアーマーを着付けていく。
そして“マジカル・ウィッチ”へと生まれ変わったゼスマリカは、両手に握るステッキを水面へと振り下ろした。
《“
鞠華が
徐々にその範囲を拡大させていく氷塊は、まるで逃げ泳ぐ
やがて水柱が立ち、海中に消えていた“スクミズ・マーメイド”が再び姿を現す。
「フン、やっと水上に出てきたか。また潜られちまう前に、俺が切ってサバいて刺身にしてやら……」
《あっ! 攻撃はまって、嵐馬君!》
ゼスランマが日本刀を構えて飛び出そうとした矢先、レベッカからの制止を呼びかける声が割り込んできた。
当然ながら嵐馬は納得するはずもなくこれに抗議する。
「ああん!? なんでだよ……!」
《それが……スポンサー企業からのお達しがあって、『トドメを決めるのは人気があるゼスマリカかゼスモーネにしてくれ』って……》
「何だよそれ!? ふざけんな……っぐぅ!?」
嵐馬の注意が削がれていた一瞬──足元の海面を割って飛び出したゲル状の触手が、ゼスランマの右手の甲を鞭のように叩いた。
意識外からの不意打ちに、嵐馬は思わず日本刀を手放してしまう。かくして得物を失ってしまったスケバン・ゼスランマに、四方八方から次々と触手が襲いかかっては絡みついていく。
「な、なんだこいつぁ!?」
《おそらくそれが“スクミズ・マーメイド”の
「くそッ、ヌルヌルしてて気持ち悪ぃ……ッ!!」
ゼスランマはすぐに太腿のホルダーからヨーヨーを取り出そうとするも、先制して触手に弾き飛ばされてしまった。
“スケバン・セーラー”が持つ全ての武器を喪失し、嵐馬の顔に焦燥の色が浮かぶ。そんな絶望的な状況に陥っている彼に対して、世間の目はあまりにも冷ややかだった。
<男の触手プレイとか……>
<誰得だよwwwww>
<オエーッ!!>
<エンディングまで吐くんじゃない>
<人類には早すぎる絵面>
(どいつもこいつも……オレを馬鹿にしやがってェ……ッ!!)
その嘲笑うようなコメントの奔流が、かえって嵐馬の闘志を爆発させた。
「うおおおおおおおあああああああああああああああああッ!!」
喉の奥から込み上げてくる憤怒に全身を突き動かされ、本能のままに獣のごとき咆哮をあげる。
その叫びに呼応するかのように、スケバン・ゼスランマの周りの空間から無数のパーツが出現した。それらは鋭利な投げナイフのように触手を次々と叩き切り、そして束縛から解放された主人の元へと集結していく。
「ドレスチェンジ・ゼスランマァァァッ!!」
野性を覚醒させたゼスランマが、白と黒のモノトーンに染め上げられていく。
四肢を漆黒のグローブとニーハイソックスが覆い被さり、そして人体には本来存在しないはずの猫耳と尻尾が取り付けられる。両頬と後頭部からは女性の長髪を連想させる数千本もの放熱索が生えていた。
「……
装いを一新し、水面へと着地するゼスランマ。
水面が揺れる。風が吹く。
潮風に後ろ髪を靡かせるその姿は、まさしく流麗な
《嵐馬くん、その
《新しいドレスに換装したんですねっ!》
「みんな……」
《へっ?》
「みんな……みんな死ぬニャアアアアアアアアアアッ!!!」
《嵐馬さん!?》
「ウゥゥ……ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
否、それはメイドの皮を被った
猫耳を生やしたアーマード・ドレス──“メイド・ゼスランマ”は両手を前脚のように水面へとつけると、弾丸のような勢いで飛び出す。
撮影ドローンの追従も許さぬ凄まじいスピードで、“スクミズ・マーメイド”の方へと一直線に突き進んでいく。触手が行く手を阻もうとするものならば、両手でそれを掴んでは乱暴に引き千切っていった。
「フンッッッ!! ウニャアアアアアアアアアアアッ!! ニャアアアアッー! ニャニャニャアアアアッ!! ニャアアッー!!!」
《レ……レベッカさん。嵐馬さんの様子が……な、なんかコワいです……!》
《こ、ここは一旦CMで……!》
その後、十数分間に渡って
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