嵐馬の萌え萌えキュン×2♡メイド武者修行編
Live.27『芸能界デビューは突然に 〜LIVE AND LET LIVE〜』
翌日。オズ・ワールドリテイリング日本支社、社長室。
「マリカくん。ここに呼び出された理由は……わかっているわよね?」
始業時間よりもはやい早朝にオフィスへと呼び出された鞠華は、目の前にいる大人二人から目を逸らすように愛想笑いを浮かべた。
少年の行いを咎めている大人のうち片方──社長机の
「はぁ……あのね、マリカくん。街中でゼスマリカを呼び出したことについては私も正しい判断をしたと思っているし、私個人としても妹を助けてくれたことは感謝してもしきれないくらいよ」
「え、えへへ……ありがとうございます」
「いや、一応言うけど褒めてないんだからね!? 単刀直入に聞くけれど、昨日のあの生放送は一体どういうつもりなの!?」
叱ることに慣れていないのか、当人の意思とは裏腹にあまり覇気のない怒鳴り声でレベッカが問いただした。
鞠華も鞠華で、ちっとも悪びれていない様子でそれに応じる。
「驚異の正体が何なのかを皆にも知ってもらって、安心させようっていうボクのアイデアなんです! だって、得体の知れないものほど怖いものはありませんからっ!」
「なるへそぉーっ! ……じゃなくって、それは機密事項だって言ったでしょう!?」
脈動感溢れる見事なノリツッコミをレベッカは返す。
あまりにも緊迫感の欠けた詰問を聞いて、膝に猫をのせたウィルフリッドが腹を抱えて笑っていたのは言うまでもない。
「支社長も、笑ってないで何か言ってあげてください!」
「──いや、待ちたまえレベッカ君。この流れは“アリ”かもしれんヨ」
「はい?」
唐突にウィルフリッドは猫を抱きながら立ち上がると、何かを企んでいるような胡散臭い笑みをたたえて鞠華と向き合う。
そして戸惑っているレベッカに見守られながらも、普段とは打って変わった真剣な口調で喋り始めた。
「マリカくん。キミは一般市民の恐怖を払拭するために、あえて残酷な真実を世に知らしめたと……そう言っていた。その言葉に偽りはないネ?」
「はい」
「キミの先日の動画によって、これで世間は良くも悪くも現実を直視せざるを得なくなった。その自覚はあるかい?」
「勿論あります。たしかにボクの行いは傲慢で、自分勝手なコトだったのかもしれない……」
鞠華は俯かせていた視線を上げると、挑むように言葉を紡ぐ。
「……それでも、ドレスから人々を守る存在がちゃんと居るんだってことを、知って欲しかったんです。その為の
その言葉に込められた意志が、レベッカを、そしてウィルフリッドの胸を貫いた。
ウィルフリッドはしばらく考え込むような素振りをみせると、泰然とした表情で答える。
「キミの行為は許し難いものだ。だが、根底にあるものはキミ自身の善意であり、善行に尽くそうとするその判断は決して間違いじゃない。そこには人の心を掴むチカラさえ宿っている……とワタシは思う」
「ウィルフリッドさん……」
「それを見込んだ上で、だ。我が社の貴重な
「へ……? ウィーチューバーとしての僕に、ですか?」
ウィルフリッドは抱きかかえていた猫を床に放すと、側にあった商談用のソファに座りだした。
彼に手招きされた鞠華も状況がいまいち飲み込めていないまま、とりあえずテーブルを挟んで向かい側のソファに座る。
「……それで、提案ってなんでしょうか」
「なに、ちょっとしたビジネスの話さ。ときに“
「限界、ですか」
「具体的には撮影機材や編集技術の不足、それからサポートしてくれる人材だったり……とにかく色々サ。キミの場合は衣装を買う必要もあるから、資金面でも結構泣きを見ることはあっただろう」
「たしかに、それはあるかも……」
挙げられた事例にいくつか心当たりのあった鞠華はコクリと頷く。
それを見た瞬間、ウィルフリッドは獲物を前にした狩り人のように口端を吊り上げた。まるで味をしめたように、彼は次なる
「そ・こ・で・だ! それら諸々の問題を一気に解決するために……そして、ウィーチューバー“MARiKA”がさらなる高みへ上り詰めるためにも、我々“オズ・ワールドリテイリングJP”と組む気はないかネ!?」
「「えっ……えええええええええええ!!?」」
商談を持ちかけられている鞠華だけでなく、居合わせていた秘書のレベッカまでもが驚愕に声をあげた。
聞き手にインパクトを与えられたことを確信したウィルフリッドは、さらに甘美な言葉をマシンガンのように浴びせていく。
「いわゆる企業契約というヤツさ! 鞠華クンには今まで通りウィーチューバーとしての活動に専念してもらい、我が社がそれをバックアップする。撮影に関する技術提供からマネジメントまで、我々が全力を掲げてサポートしようじゃあないか!」
「た、たしかに、それはちょっと……いやかなり助かるかも……」
「メリットはそれだけじゃあない! オフィシャルWetuberともなれば、テレビCMへの出演や商品化の企画もはるかに通りやすくなるだろう!」
「CM出演……グッズ化……!?」
「ま、待ってください支社長!」
ウィルフリッドが言葉巧みに鞠華をその気にさせていたところで、慌ててレベッカが止めに入った。
「なにかねレベッカ君! ワタシはいま大事な商談をしているところだヨ!?」
「無礼を承知で申し上げます! そもそも我が社には、ネットタレントをプロデュースするような事業部は存在してません! かいつまんで言うと、私達にWetuberのサポートは無理です!!」
「そんなものはこれから立ち上げればイイ話じゃあないか! そう思わないかね、レベッカP!」
「レベッカP!? わたしプロデューサーなんですかっ!?」
いかにもな正論を無茶振りで返され、レベッカは半ば諦めたように引き下がる。
それもそのはず、『やると言ったらやる』を地で行くのがウィルフリッドという男であり、そんな彼の暴走を部下であるレベッカが止められるはずもなかった。
「さて、話の続きをしようか。ここから先は、ウィーチューバー“
ウィルフリッドはそう前置きすると、手元のコンソールを操作してテーブルの上に
映し出されたのは、先日横浜にいた誰かが撮影したと思われる動画。アーマード・ドレス“マジカル・ゼスマリカ”と“ローゼン・ゼスタイガ”が壮絶な空中戦を繰り広げている映像だった。
「うわあ、バッチリ映っちゃってますね……」
「ん? ああ、見て欲しいのはそこじゃなくて再生数のほうネ」
「へっ、そっち……?」
言われた通りに動画左下の数字を確認すると、なんと数字が6桁も並んでいることに気付いた。
これは鞠華が普段アップロードしている動画とほぼ同じくらいの再生数である。
「見たまえ、こんな肖像権を無視したグレーゾーンな動画がこんなに伸びている光景を! ぶっちゃけクッソムカつかないかネ!? ワタシはそう思う!! 激おこプンプン丸だヨ!!」
「そ、そんなに怒るコト……!?」
「そんなに怒るネ!! これに広告が付いていたら、一体どれほどの収益になるコトか……ッ! ……ウン、だからいっそ開き直って
「うんうん、公式側で……ってハイ!?」
大胆すぎる発想に鞠華が思わず聞き返すと、ウィルフリッドは『うむ!』と誇らしげに微笑みを浮かべる。
「キミのチャンネルを使って、アーマード・ドレスの戦闘をライブ中継するのサ! 『戦う女装ウィーチューバー』ってコピーはなかなかキャッチーだと思うのだがどうかネ!?」
「そ、それは流石にどうかと思います! だいいち戦いは見世物じゃありませんし、ましてやそれでお金を稼ぐなんて……!」
糾弾の言葉を真っ向からぶつけられるウィルフリッドだったが、彼は依然として落ち着き払った様子だった。
「ふむ、キミの意見ももっともだ。市民の平和を守ることとビジネスを結びつけるのはワタシも倫理的にどうかと思うし、悪いイメージを抱かれてしまうのはキミにとっても不服だろう」
「じゃあ、何でそんなことを……」
「そういったデメリットを鑑みてもあまりある報酬があるからさ。それが何かわかるかね?」
とっさに聞かれ、鞠華は言葉につまってしまう。
「人々の“笑顔”だよ」
「……っ!」
「そして、キミ自身も笑顔になれる。キミたちアクターが市民を守るためにドレスと戦い、市民はそんな君たちに声援を送る……何とも理想的な循環だ。なぁに、そこにほんのちょっぴり利潤が生じるだけサ! キミにとっても悪い話ではないと思うがネ?」
ウィルフリッドの語るヴィジョンは、確かに鞠華の望んでいたアクターとしての在り方と殆ど一致しているように思えた。
彼の背中を後押しするように、ウィルフリッドはさらに甘く囁いてみせる。
「これは未だ前例のない“ヒーロービジネス”の提案なのだよ、鞠華クン。キミの勇姿を見て元気付けられる人々がいるのなら……それは、とてもステキなことだとワタシは思う」
「ウィルフリッドさん……」
「……それと、イメージアップも兼ねてアーマード・ドレスの商品展開も視野に入れている。そしてゆくゆくはプラモデル化、アニメ化、ソーセージ化を……」
「ウィルフリッドさん……っ!!」
気付けば鞠華は、ウィルフリッドの差し出した右手を固く握り返していた。
利害が一致したことにより、微笑みを交わす女装少年と初老の男性。けたたましいまでのサイレンの音が二人を遮ったのは、その直後だった。
「し、新宿の都庁上空にアウタードレスの
「全く、朝っぱらから人騒がせなドレスだネ……わかった。鞠華クン、キミもすぐに出られるかい!?」
「モチロンです! 新しく生まれ変わったウィーチューバー“
鞠華は威勢よく返事をすると、すぐに社長室の出入り口に向かって駆け出した。
後ろ髪の可憐に舞う姿を見送ったウィルフリッドは、部屋に残ってるレベッカへと声をかける。
「流石はレベッカ君が推薦したアクターだネ。彼は実にいい少年だ。お礼に冬のボーナスは弾んであげることを検討しよう」
「ほ、ホントですか?」
「うむ。だがその前に、まず目の前の脅威を対処せねばなるまいな。レベッカ君はさっそく、ライブ中継用のドローン数台を手配してくれたまえ!」
「了解です! 直ちに準備させます!」
そう言ってレベッカが踵を返したとき、後ろからウィルフリッドに『あ、それともう一つ』と言葉を付け足した。
「大変申し訳ないのだが、あとでこの件に関する政府宛の始末書を書くのを手伝ってはくれないかネ……」
「えっ……」
「ホラ。例の生配信の直後、ワタシのところに問い合わせが殺到していてね……。今日のスポンサー契約の件についても報告しなきゃいけないしぃ……」
「わ、わか……り……ましたぁ……っ!」
いい歳をした大人たち二人が涙目になっているのを、このとき格納庫へと向かっている鞠華は知る由もなかった。
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