Live.29『メイドで修行が始まります 〜DOUSHITE KO-NATTA〜』

 オズ・ワールドリテイリング横浜支社、医務室VMO


「はん……こいつぁまた、厄介なドレスを使っちまったなぁ」


 数時間前に行われた戦闘の記録映像を見聞するなり、専門医の水見みずみ優一郎ゆういちろうは呆れ果てたように呟いた。

 彼の傍にかけられたカーテンの向こう側では、戦闘後に体調を崩してしまった嵐馬が眠っている。そんな彼の身を案じて、同じアクターである鞠華と百音はメディカルチェックに立ち会っていた。


「あの“ネコミミ・メイド”ってドレスに換装してから、嵐馬さんの様子がおかしくなってましたよね。あれは一体どういう……」


 率直な疑問を口にした鞠華に、百音は訝しげに頷く。


「多分、ドレスギャップが原因だと思う。それで嵐馬くんはあのドレスを制御しきれなくなって、暴走しちゃったんじゃないかな」

「ギャップ……?」


 聞き慣れない単語を聞いて鞠華が頭に疑問符を浮かべていると、水見が代わって説明を始めた。


「アウタードレスが、どうして人間の着る色々なコスチュームの姿形をしているのかは知ってるかい?」

「いえ……たしかにずっと不思議だとは思ってましたケド」

「あれはな、媒介者ベクターとした者の深層心理や願望のカタチ模倣トレースしてるのさ。白馬の王子サマを夢みていりゃお姫様プリンセス、社会への反抗心が強けりゃ女番長スケバン……ってな具合にさぁ」

「は、はぁ……」


 『まあ、これについても諸説あるんだがな』と水見は何とも大雑把に付け足す。


(その考え方に当てはめていくと、アリスちゃんには実は魔法少女願望があった──なんてコトになるんじゃ……!?)


 彼女が媒介者となって“マジカル・ウィッチ”が顕現したということは、つまりそういうことだろう。

 この件について本人に直接聞くことも出来なくはないが、デリケートな問題そうなのであまり触れるべきではないだろうと鞠華は胸中で結論づけた。


「それでその、ドレスが人の心をかたどるっていうのは、嵐馬さんが暴走してしまったことと何か関係があるんでしょうか……?」

「ああ、大アリだともさ。様々な姿のアウタードレスは、それぞれが固有の波長を持っている。わかりやすく言い換えるなら、ドレスの持つ個性キャラクターってやつさぁ」

「……! それって……!」


 知識はなくとも、思い当たる節があった。

 そんな鞠華の反応を見て、水見は頷いて肯定を示す。


「これについては俺よりもアクターのほうがよっぽど身に覚えがあるんじゃないかね。ドレスアップによって性格が変わったり、気持ちが昂ぶったりする現象──それらはドレスの持つ波長がアクターの精神に影響を及ぼしているからなのさ」

「アウタードレスが、僕たちアクターの精神を……?」

「言ってしまえば、アーマード・ドレスの戦闘力もそれで決まるようなモンだからな。ドレスとの波長が合えば合うほど、アクターもより多くの力を引き出せるってわけさぁ」


 アクターというのは、文字通り演者である。

 つまりは身に纏うドレスのロールをどれだけ上手くが、そのままアーマード・ドレス操縦者としての適合率に結びつくということだろう。


「幸いにも君はどうやら“ワンダー・プリンセス”とも“マジカル・ウィッチ”とも親和性が高いみたいだ。ドレスの持つ波長と合ってるってコトだな」

「じゃあ逆に、その波長ってのが合わなかったら……」

「それこそが所謂“ドレスギャップ”ってわけだ。今回の場合ケースで言えば、アクターである嵐馬と“ネコミミ・メイド”の相性がイマイチだったってコトになる」


 たしかに普段の嵐馬と猫耳メイド服とでは、女装の方向性があまりにも乖離しているように思えた。違和感があったという話も頷ける。


「ドレスギャップ……それが原因で、ゼスランマは暴走を……?」


 鞠華は不安げに呟いたが、水見は首を横に振って否定する。


「いんや、少し違うな。いくらドレスギャップがあったからって、普通ならせいぜいドレスの性能を発揮できなくなるくらいだ。暴走するなんて話は聞いたことがねぇ」

「えっ……じゃあ、原因はドレスギャップじゃないってこと?」


 百音が意外そうにたずねると、水見は肯定も否定もせずに首を捻った。


「前例のない話だが、どうやら“ネコミミ・メイド”っつードレスは相当にらしい。その強過ぎる個性キャラクターで、アクターの精神を乗っ取っちまったみてぇなんだ」

「そんな……ドレスが逆にアクターの精神を汚染するなんて……」

「その分、戦闘力だけでみれば他のドレスよりもズバ抜けているがな。どうやらあのドレスは、相当に手懐けるのが困難なチェシャ猫らしい」


 水見の言う通り、“メイド・ゼスランマ”はアウタードレスを一方的に蹂躙するほどの性能を秘めていた。特に格闘能力と俊敏性においては、おそらく“オズ・ワールド”の所有するどのアーマード・ドレスよりも抜きん出て高いだろう。

 だがその反面、アクターである嵐馬は正気を失ってしまうデメリットを抱えている。ともすれば味方や市街地にまで害を与えてしまう危険性を孕んだ、まさに諸刃の剣とも言えるじゃじゃ馬のようなドレスだった。


「……ハン、なーにがチェシャ猫だ。そんなの、俺が着こなしちまえば問題ねぇハナシだろ」


 聞こえてきた第四者の声に鞠華たち三人が振り返る。

 医務室のベッドを覆っていたカーテンが引かれ、その中から嵐馬が着衣を整えながら出てくるところだった。


「嵐馬くん! カラダの方はもう大丈夫?」


 百音が気遣わしげに声をかけると、嵐馬は頷いてから水見のほうに向き直る。


「世話になったな。じゃあ、俺は失礼するぜ」

「あっオイコラ待てって! 念のためにもう一回検査をだな……!」

「必要ねぇ。俺が大丈夫っつてるから大丈夫だっての」


 再検査を促す水見の声も無視して、ぶっきらぼうに医務室を立ち去ろうとする嵐馬。

 だが部屋の出口に差し掛かったところで、彼はその足を止めた。ちょうど医務室を訪れてきたウィルフリッドと鉢合わせたからである。


「なにをニヤニヤしてやがんだよ、支社長。立ち止まってないで退いてくれねぇか」

「それはできないネ。何故ならキミ達アクター三人に用があってココに来たのだから」

「あん? 用ってのはなん……」


 眉をひそめている嵐馬の顔面へと、ウィルフリッドは唐突に何かを突きつける。

 それは、メイド服の少女たちが描かれたチラシだった。


「何だよ、コレ」

「あーっ! “PUREぴゅあはぁとMAIDメイド CAFEカフェ”ですよね! 秋葉原の……!」


 呆然とする嵐馬の前に、鞠華が目をキラキラと輝かせながら割り込んできた。

 その反応を見るや否や、ウィルフリッドは満足そうに頬を緩める。


「流石は鞠華クン、やはり存じ上げていたとはネ!」

「そりゃ、メイド喫茶発祥の地とも言われてるくらい有名なお店ですしっ! アニメとのコラボも積極的にやってる所ですよね!」

「あたしも知ってるよー。たしか料理も美味しいって評判なんだよねぇー」

「俺も一回行ったことあるな。店員さんがみんなレベル高かったなぁ……」


 オタクカルチャーに精通している鞠華はともかく、なんと百音や水見までもがそのメイド喫茶について知っていたらしい。

 一人だけ妙な疎外感を覚えてしまった嵐馬は、顔を引きつらせつつもウィルフリッドを急き立てる。


「それで、その有名なメイド喫茶とやらがどうしたってんだよ」

「フッフッフ、喜びたまえアクター諸君。これが次の任務ミッションサ!」

「……は?」


 嵐馬が聞き返すと、ウィルフリッドは大仰に手を広げて高らかに告げる。


「“ライブ・ストリーム・バトル”の流行によって、ゼスアクターはいま爆発的に知名度を上げている。そんなキミ達の集客性を見込んでか、なんとメイドカフェの方からコラボ企画のオファーがあったのサ! その名も『男の娘メイド1日店員〜限定メニュー&グッズもあるよ〜(仮)』ッ!!」

「1日店員……って、俺達がメイド喫茶で働くってことかよ!?」

「そうとも! ワタシとしてもアクターのイメージアップに繋がるし、悪くない話だと思ってネ。当然二つ返事で了承したとも!」

「了承したとも、じゃねぇ! そんなハナシ聞いてねぇぞ……!?」

「えー、そんなこと言いつつ、嵐馬クンもホントは着たいんでしょー? メイド服ぅー」

「んなわけねぇだろ!」


 露骨に嫌がる嵐馬だったが、そんな彼とは裏腹に他のアクター二人は案の定ノリノリで応じる。


「いいじゃないですか! やりましょうよ、1日メイド!」

「そうだよー嵐馬くん。絶対楽しいってぇ!」

「うるせぇ! 何と言われようが俺は絶対やらねぇからなッ!!」


 左右からの同調圧力にも頑なに屈しようとしない嵐馬。

 このままでは埒が明かないと判断したのか、ウィルフリッドはアプローチを変えて仕掛ける。


「は?」

「嵐馬クン。キミは前の戦闘で“ネコミミ・メイド”を着こなすことができず、結果的に暴走させてしまった。それは他ならぬ、キミ自身のアクターとしての実力不足ではないのかネ?」

「ンだとぉ……?」


 挑発され、鬼のような形相で睨み返す嵐馬だったが、ウィルフリッドはあくまで真剣な表情を一切崩すことなく続ける。


「虚勢を張るのもいい加減にしたまえ。メイドが何たるかもわかっていない今のキミに、“ネコミミ・メイド”など扱えるわけがない。また世間の前で醜態を晒してくれるつもりかネ?」


 その一言は嵐馬の血を沸騰させるのに十分過ぎる発言だったが、同時に彼にとっては目を背けたくなる現実そのものでもだった。

 ウィルフリッドの指摘通り、今の嵐馬では“メイド・ゼスランマ”を制御することなど到底不可能だろう。そんな状態では、世間からの不人気だって覆せるはずがない。


 無念さ、屈辱さ、悔しさ──胸の内から込み上げてくる負の感情たちが、却って嵐馬の闘志に火を灯した。


「……ハッ、いいぜ。そこまで言うならやってやろうじゃねえか。テメェら全員“キュン死に”させてやるよッ!!」

「フッ、それでこそ古川嵐馬クンだ……! では数日後、キミたち三人を秋葉原に派遣する。そういうコトでよろしかったかネ?」

「おうさッ!!」


 嵐馬は威勢良く返事をすると、ウィルフリッドの持っていたチラシをブン取って真剣に目を通し始めた。

 そんな彼の様子を見て、鞠華は隣に立つ百音へ小声で耳打ちする。


「……ウィルフリッドさんって、嵐馬さんの扱い上手ですね」

「というか、嵐馬くんが案外チョロいのかも?」

「なんか言ったかッ!?」


 地獄耳の嵐馬に内緒話を聞かれてしまい飛び上がる鞠華に、『べつにぃー?』といつもの調子で誤魔化す百音。

 かくして、嵐馬が一人前の“猫耳メイド”になるための武者修行がいま、始まろうとしていた──。

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